35 重なる笛の音
厳しい冬が終わりやわらかな春が来た。桜の花が一斉に芽吹き、まるで霞のように淡いピンク色の花を咲かせていた。時折吹く風に揺られながらも、桜の花はまだ散ろうとはしなかった。
ロゼは、渡り廊下からその様を眺めていた。陽射しは暖かく、燦々と降り注いでいる。
ロゼは横笛を手に持ち思いを馳せた。春になったというのに、まだソラリスは帰ってこなかった。便りもなく、今ごろどうしているのだろうかと思う。
渡り廊下を降りて庭に出ると、桜の花霞が一層美しい迫力を持って揺れていた。
淡いピンク色の花は、目にとても優しい。
ロゼは横笛を構え、そっと息を吹き込んだ。美しい旋律が桜並木に吸い込まれていくようだった。目を閉じて一心に笛を吹く。脳裏に浮かぶのはソラリスだった。彼が旅立ってもう1年が過ぎた。時が経つのが遅く感じた1年だった。
ソラリスを想い、ふたりで良く吹いた曲を奏でる。
ふと、ロゼの横笛の音に、音色が重なった。どこまでも伸びやかで心を打つ美しい旋律が。ロゼは笛を吹く手を止めて、驚いて目を開けた。
桜の花霞に隠れてしまうかのように、しかし確かに、白銀の煌めきが見えた。
風に白銀の髪が揺れる。ロゼは呆然とその姿に見入り、音色に聞き入った。
「ソラリス……?」
信じられない思いでつぶやくのと、横笛の旋律が終わるのは同時だった。ロゼは駆けた。一心に走ってゆくと、だんだんと白銀の煌めきと共に、ソラリスの顔が見えた。ロゼは手を伸ばす。
にこりと花が零れるような笑みを見た。
「ロゼ……ただいま戻りました」
ロゼは手を広げて、そして、しがみつくように抱きしめる。
さあっと風が吹いて桜の花を揺らした。
「ソラリス……ソラリス……」
本当はきちんと話したいのに言葉が出てこない。だから、ただ、ソラリスの名を呼んで抱きしめた。
ソラリスが、少し躊躇いがちにそっとロゼの背に手を回す。
本当はよく顔を見たいのに、ロゼの目には涙が溢れて視界がぼやけた。よく姿を見たい、よく声を聞きたい、そして話をしたい。それなのにままならないから、ロゼは抱きしめる手に力を込めた。ソラリスのロゼを抱く手にも力がこもる。
「ただいま帰りました」
その言葉に、ロゼは言葉もなく、何度も頷いた。
「ロゼの作ってくれた服を大切にしていたのですが、背が伸びて着られなくなってしまいました。また……作ってくれますか?」
「うん……うん……」
ロゼは何度も頷く。
「お……おかえり、なさい」
やっと、それだけを伝えてソラリスの胸に顔を埋めた。
桜の花が、まるでふたりのことを祝福しているかのように風に大きく揺れる。その可憐な花を風に乗せてふたりの姿を隠した。




