3 共に横笛を奏でて
ソラリスとの生活にロゼは驚くほどすんなりと馴染んだ。どこへ行くにもソラリスに声をかけ、一緒に行動した。
その日の午後も横笛の稽古をするのに一緒に行こうと声を掛けると、ソラリスはこくりと頷いてついてきた。
「姉上は笛がお好きですか?」
「ええ、まだあまり上手く吹けないけど……ソラリスも吹いてみて」
笛の師匠がその言葉を受けて、ソラリスに笛の扱い方と、簡単な曲を教える。
ソラリスはそっと息を吹き込んだ。澄んだ綺麗な音色が広がる。その音色はとても真っすぐに伸びやかで、心をとても満たしてくれる音色だった。ロゼは驚いてソラリスを見る。
「ソラリス、あなた。習ったことがあるの?」
そう尋ねると、ソラリスは静かに首を振り困ったような表情をした。
「やっぱり変でしょうか?」
「なにを言ってるの!」
ロゼは思わず大声になる。そして意気込んで話し始めた。
「あなたは笛を習うべきだわ。あなたの音色、とても澄んでて伸びやかで好きよ……!」
「好き……?」
「うん、大好き!」
そう言うとソラリスはぱちぱちと瞬きをしたあと、うつむいてしまう。どうしたのか、とロゼが心配になった頃、ソラリスは顔を上げた。
「僕、笛を習いたいです」
「そうするべきよ! 私からも父様にお願いするから」
「あリがとうございます、姉上」
ソラリスは深く頭を下げた。
ソラリスはそれからというもの、笛の稽古に明け暮れた。半年もすると、ロゼと一緒に合奏することができるようになった。夜、眠る前にふたりで横笛を吹くのが日課となっていた。
「ソラリス、横笛を吹きましょうよ」
「はい。姉上」
ふたりでロゼの部屋の前の渡り廊下で笛を吹いた。灯籠の明かりが灯る。月明かりが庭の鬱蒼と生い茂った木々の形だけを浮き上がらせる。
ロゼの横笛の腕も必然的に上がったが、ソラリスの上達は目覚ましく、ロゼを喜ばせた。1年が経つころには、ロゼは、合奏を辞めてソラリスの笛の音に聞き入るようになった。ソラリスは少し複雑そうな表情を浮かべると、いつものようにロゼに願い出た。
「姉上と一緒に合奏がしたいです」
その言葉にロゼは少し困ったように笑う。、
「ソラリスの笛の音を聴くのが私の今のいちばんの楽しみなの」
合奏は楽しいけれど、ソラリスがロゼに合わせてしまい、彼の持ち味である伸びやかさを欠いてしまう。勿体ないと言う思いがロゼにはあった。
「僕は姉上と合奏するのが楽しいんです」
しかし、ソラリスには珍しくこの件には中々引き下がらない。結局、いつも最後には合奏することになった。ソラリスの味を引っ張らないようにロゼも懸命に練習をしたが、両者の差は広がるばかりだ。最近は諦めて好きなように吹くと、ソラリスは、にこりと笑う。そしてロゼに合わせて笛を吹くのだ。家に来た頃に比べて随分よく表情がでるようになったと、ロゼは思って嬉しくなり、結局毎晩一緒に合奏することになるのだった。