26 文官への道
「ソラリス、結果が出たよ」
ある昼下がりのことだった。フィンが書類を片手にソラリスの部屋を訪れた。ソラリスを見ると優しく微笑む。
ソラリスは机に本を開いたまま椅子から立ち上がった。休日だったのでレアルの官吏服ではなく、アルーアの衣装を着ている。
「君は文官に向いているようだね」
「文官ですか……?」
フィンには劣るものの、剣の腕を磨いてきたという自負はあった。その自分が文官に向いていると言われてソラリスは戸惑う。
「剣の腕も立つ文官はそうはいない。貴重な人材だよ」
「そうなんですか……?」
自分が貴重な人材と言われたことが信じられず、ソラリスはぱちぱちと瞬きをした。フィンはソラリスの側に近寄ると、優しく頭を撫でた。
「君は自分のことになると卑下する癖があるようだけれど、そこは直した方が良い」
ソラリスはその言葉を噛み砕くようにしてうつむいた。フィンの言葉が、ただ、ありがたかったのだ。
「私はこれでも武官だからね。その私にあれだけついてこられるのだから、剣の腕は大したものだよ。その上、文官ならば異国との外交も任せられるし、天主様のお側にいてくれれば心強くもある」
「僕は、官吏になるつもりでは……」
ロゼに相応しい身分が欲しい。自分の願いはただ1つだけだ。フィンは、その言葉には何も言わず、ソラリスの頭を撫でた。ソラリスはじっとフィンを見上げる。自分と同じ白銀の髪に、優しげな水色の瞳。フィンはとても優しい。まるで本当の兄のように。
自分に期待の視線が投げかけられることを、ソラリスは気づいていた。それは今まで感じたことのない感情だった。
レアルでは髪色が、白銀、青銀、白、青の者は生まれてすぐに、王宮へと召し上げられるらしい。そして適正に応じて、文官院、武官院でその特殊能力を磨く。自分の16という年齢では遅すぎたとソラリスは思う。
「官吏になるならないは別にしても、折角の能力は磨いた方が良いよ。私も見てあげるから」
「……はい」
ソラリスは真っすぐフィンを見て、しっかりと頷いた。
「故国に、大切な女がいるというのは本当か?」
天主の私室に呼ばれたソラリスは、横のソファに座っているフィンを思わず見た。フィンは気まずそうに視線を泳がせる。
2人の前には紅茶と、パンケーキが出されていた。たっぷりとバターとクリームが添えられている。
ソラリスは天主を見る。淡い金の髪に紺碧の強い瞳。自分とさして年も違わないのに、至尊の地位にいる。そのことが羨ましかった。
「本当です」
ソラリスは淡々と事実を述べる。なんら恥じることはない。自分はロゼを愛している。
「大切な……というのはやはり、恋愛的にか? 肉親的ではなく」
そう言われて、ソラリスはこくりと頷いた。ロゼとは血が繋がっていない。この世で最も大切な人だ。
「その娘に合う、地位が欲しいと、そう思って差し支えないか?」
「はい。僕に天主様の地位があれば、すぐに求婚しています」
「それほどにか……」
天主は答えに窮する。そこまで好いた女がいるというのも、天主からすれば目新しく、新鮮だった。
「ともあれ、地位は必要なのだな?」
「はい……」
そう尋ねられて、ソラリスは力なく頷く。天主はよしよし、と頷いた。
「文官院へ入るのは年齢的にも遅い。半分はフィンに教わるように」
「……過労死するとおっしゃってたのはどなたでしたっけ?」
「フィン。命令だ」
「……はい」
ソラリス、と天主はソラリスを見つめる。
「地位が欲しいなら、官吏でもじゅうぶんなはずだ。ましてやおまえは文官だ。異国との外交も、まかせられる。アルーアとの担当にしても良い」
その言葉に、ソラリスの肩がぴくりと動く。天主はその動きを見逃さなかった。
「だから励め。その娘と釣り合うようになるためにも」
「はい。精進します」
確かに天主の言う通り、レアルでの地位も固めておいた方が良いのかもしれないと思い直す。
自分にできる限りのことはして、認めてもらおう。そしてロゼに相応しい男になるのだ、とソラリスは誓いを新たにした。
「ところで、なぜアルーアの衣装を着てるんだ? フィンから官吏服を渡されていないのか?」
「いえ、天主様。そうではなくてですね……」
フィンはひとつ咳払いをする。
「あ……今日は休みだったので。それと、ロゼが仕立ててくれた大切な服なんです」
「……そんなに、その女が大切なんだな」
天主の呆れたような声に、ソラリスは、生真面目に頷いたのだった。




