12 友達になろう
「ソラリス、ソラリスったら!」
長い廊下をソラリスに手を引かれ、小走りになっていたロゼが何度目かの抗議の声を上げると、やっとソラリスは立ち止まった。ロゼに向き直ると真剣な表情で尋ねてくる。
「好ましく思いましたか?」
「え?」
「結婚相手に好ましいと思いましたか?」
「まだ顔を合わせたばかりよ。わからないわ」
そう言うとソラリスは安堵のため息をついた。そして、ロゼの両手を取ると、真剣な表情を浮かべた。
「何度も言いますが、僕は姉上が結婚されるのは嫌です」
「そんな事を言っても、ソラリスが我が家を継ぐんだろうし、私は邪魔になってしまうわ」
「姉上を邪魔だなんて思うはずがありません」
まるで小さい子に言い聞かせるようにソラリスは言う。
「ずっと、一緒だと言ってくれたではありませんか」
「でも、それとこれとは」
「一緒です」
そう言い切られて言葉に詰まる。家に来た頃のソラリスは表情もあまりなく、言葉も少なだった。あまり幸せではなかったのかもしれないと思ったこともあった。こうして意思表示をしてくれる分、家と自分に慣れてくれたということなのかもしれないと思う。
仕方のない子だわ、とロゼはソラリスの頭を撫でた。ソラリスは大人しくされるがままになっている。そしてにこっと微笑んだ。まるで花が咲いたような笑みだと、ロゼはしばし見惚れてしまう。
2人で手を繋いで父の元へと歩いて行く。繋いだ手は、ひんやりとして心地よかった。
「ロゼ、ソラリス。来たよ」
のどやかな声がする。途端にソラリスの機嫌が悪くなるのが、ロゼにはわかった。扉を開ければ、そこにはラファティがにこにこと笑顔で立っている。
「ラファティ……また来たんですか」
「菓子も持ってきたんだ。皆で食べよう」
ソラリスの冷たい声にめげくことなく、ラファティは笑いながら言う。ロゼはため息をついた。
見合いの日から、三ヶ月が経った。ラファティは1週間も経たずに、再びひとりで訪れると、友達になろうとロゼとソラリスに告げた。ロゼには、とりあえず友達から、と付け加えてソラリスの機嫌が悪くなる。それからは2週間と開けずに訪ねてきては、ソラリスの機嫌が悪くなった。ロゼは、ため息しか出ない。ラファティはそんなロゼの気持ちはお構い無しに、笑いかけてくる。
「ロゼ、今日も可愛いね」
「ラファティ……お世辞はやめて」
「姉上は可愛いですが、ラファティは黙っててくれませんか」
「ソラリスもやめて」
ロゼは頭が痛くなってくる。ラファティは、ロゼを口実にソラリスをからかって楽しんでいるのではないか、と思う。
「ソラリス様、剣術の稽古の時間です」
剣術の師範にそう言われ、ソラリスは渋々と言う様にロゼの側を離れた。
「姉上、僕がいない間ラファティには気をつけてください」
「はは、酷い言われようだなあ」
「ソラリスったら」
手を振るラファティと呆れるロゼは二人残された。ロゼは少しだけ居心地悪いものを感じる。いつもは一緒にソラリスがいた。ラファティと2人きりになったことがなかったのだ。
「ロゼ、菓子を食べよう」
ラファティが屈託なく笑う。ロゼはぎこちなく頷いた。
庭に設えた池の四阿の畔にふたりで座った。ラファティは靴を脱いで池の水に足を浸すとロゼに笑いかけた。
「ロゼもやらないか?」
そう言われてロゼは迷いながらも靴を脱いで池に足を浸した。池はひんやりと冷たくて気持ちよかった。
「気持ち良いだろう?」
にこにこと笑いながら尋ねられ、ロゼは頷いた。ラファティはバシャバシャと水を蹴った。水滴が跳ね上がり、ロゼにまで届く。
「ラファティ、冷たい」
「はは。ごめん、ごめん」
ラファティがさほど悪いと思ってなさそうに笑いながら謝る。持ってきた包を開いて、焼き菓子を取り出すとロゼに1枚渡した。焼き菓子の表面にはナッツが見え隠れしている。
「ロゼ、どうぞ。大丈夫、ソラリスのは残しておくから」
「……あリがとう」
ラファティが大口を開けて焼き菓子を食べるのを見て、ロゼも一口食べた。ナッツの香ばしさが口の中いっぱいに広がる。
「美味しい」
思わず言うと、ラファティは顔を輝かせた。
「だろ? 口に合って良かった」
「ソラリスにも食べさせてあげたいわ」
そう言うと、ラファティは頬杖をついてロゼを見つめた。
「ロゼは本当にソラリスが大事なんだね」
「それは弟だし……」
「それでも。少し妬けるんだけど」
え、とロゼはラファティを見る。彼はじっとロゼを見つめた。ふたりの間を穏やかな風が通りすぎて行く。じっと見つめられてロゼは視線を逸らした。
「姉上……!」
「ソラリス」
走ってきたのだろう。弾む息を整えようともせず、ソラリスが声をかける。ロゼは立ち上がってソラリスを迎えた。
「稽古はどうしたの?」
「休憩になったので抜けてきました」
「ソラリスは本当に心配性だなあ」
おおらかに笑うラファティをソラリスは無視してロゼに問い正す。
「ラファティに嫌なことはされてませんか?」
「え? ええ、大丈夫」
「なにそれ、傷つくなぁ」
「ラファティは黙っていてください」
「ソラリスったら……」
そう窘めても、ほっとしている自分にロゼは気づく。ロゼはきづかれないようにそっと、ソラリスの服の裾を掴んだ。