10 深夜の訪問
その日の夜の事だった。
寝る支度をしていると、ほとほとと扉が叩かれた。
「誰?」
「僕です」
ソラリスの声がした。扉を開けると夜着姿のソラリスが立っている。ロゼは驚いたが、ソラリスを中に招き入れた。温かいお茶を淹れてソラリスに出すと、彼はあリがとうございますと律儀に頭を下げた。
「眠れなくて……。少し一緒にいても良いですか?」
「え? ええ……」
昼間の事を思い出し、少し逡巡したが、結局ロゼは頷いた。ソラリスはじっとロゼを見つめる。まただ、とロゼは思う。なぜか居心地が悪い。ロゼは取り繕うとするように言葉を続けた。
「剣の稽古は順調?」
そう尋ねると、ソラリスはこくりと頷く。
「成長して手も大きくなりましたから」
ソラリスが手を出して見せるので、ロゼはその手を見る。自分の手を重ねて、本当だと笑った。
「前はほとんど変わらないのに。今はすっかりソラリスの方が掌も大きいのね」
「……もう、子どもじゃありませんから」
ソラリスはそう言うと、そっとロゼの手を搦めるように握る。どきん、と心臓が高鳴った。
「本当ね。ソラリスにもいつ縁談が来てもおかしくないわ」
そう困ったように微笑むと、ソラリスの手に力が籠もった。
「僕は結婚なんてしません」
「え……?」
「だから、姉上も結婚なんてしないでください」
真剣な表情でソラリスはロゼを見つめる。鼓動が高鳴る。今日の自分はなんだかおかしい。慌てて手を引っ込めようとしたが、ソラリスは手を離そうとしなかった。
「ソラリス……。離して」
懇願するように頼むと、ようやく手を離してくれた。すみません、とソラリスは謝罪する。
「痛かったですか?」
「え? ええ……そうね。少し……」
「すみませんでした」
「良いのよ、大丈夫」
ソラリスはじっとロゼを見つめる。その視線に耐えられなくなり、ロゼはぎこちなく微笑んだ。
「さあ、もう休む時間よ。ソラリスも部屋に戻らないと」
殊更明るく言うと、ソラリスは頷いた。手を伸ばし、ロゼの長い髪を掬い口づけを落とす。そして上目遣いでロゼを見つめた。
「おやすみなさい……姉上」
「おやすみ……なさい」
ロゼはそう言うのがやっとだった。ソラリスが一礼して部屋を去り、ロゼはしばらく放心したようにそのまま動けなかった。