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ドッペルゲンガー

作者: 市松 広香

 研究室のドアをたたく音。

北窪(きたくぼ)君、ちょっとドア開けてくれる?」

 女性の声がドア越しに響く。

「あ、はーい。今行きます」

 北窪はドアに駆け寄り、研究室のドアを開け、目の前の女性に疑問を投げかける。

朸込(きめこみ)さん、どうしたんですか?」

「さっきまで、そっちの廊下で作業してたから。今日、寒いでしょ? 手が悴んじゃって、うまく動かなくてね」

「なるほど……」

 北窪はドアを開けっぱなしにして、彼女を迎え入れる。

「ありがとうね」

「いえいえ……でも、珍しいですね。朸込さん」

「ん? 何が?」

 彼女は北窪の机の近くに置きっぱなしにされていた椅子に腰かける。

「いつもなら、学食に行ってる時間じゃないですか。だから……」

「ああ、確かにそうね。北窪君、知らないの? 一月の終わりごろから、学食、ずっと工事中なのよ。三月までやるんですって」

「えっ? Hamorebi(はもれび)が、ですか?」

「そう。それに、YAMA CAFE(やまかふぇ)も開いてないし……だから、ここのところは、ずっと売店のお弁当を買ってるのよ」

「そうだったんですね」

 東京電気大学には、三つ、学生食堂がある。朸込がいつも使っているのは、Hamorebi。食券を渡すタイプの学食だ。YAMA CAFEも同じく、食券を渡すタイプの学食だが、朸込の大好きな「大盛の大盛」を注文できるのはHamorebiのほうだけ。ちなみに、もう一つ、『ひのき』という学食もあって、そちらはバイキング形式の学食だ。しかし、朸込は『ひのき』を好まない。曰く、「結果的に食券方式のほうが安く済む」らしい。

「そうよ……ところで今日は何してるの?」

 彼女は北窪のパソコンのモニターをのぞき込む。

「ああ、その……この間ゼミで話してたやつの続きです。リハビリ装置の機構のシミュレーションを、Pethon(ペェソン)でも使ってやってみようかと思って」

「あー、プログラミング? すごいね。書けるんだ?」

「いやぁ、全然ですよ。ほとんどChotto-GPTに書かせてるんで」

「はぁ、なるほどね。便利ね。AIって」

 数回の問答のあとに、静寂が訪れる。北窪は作業を続け、彼女はそれを眺めている。


「あのさ、全然関係ないこと話してもいい?」

 静寂が破られる。

「えっと、はい」

「怪異の話なんだけど」

 彼女は微笑みながら北窪の顔をのぞき込む。

「ええ? 怖いのは止してくださいよ」

「そこまで怖くはないわよ……ドッペルゲンガーって知ってる?」

「ドッペルゲンガー? ああ、自分と同じやつが出てくるやつですか?」

 北窪は彼女のほうに向きなおる。

「そう。世の中には自分と瓜二つの存在がいて、出会うと不幸な目に遭うっていう。あの話」

「それが、どうかしたんですか?」

「ん……最近、また、ちょっと怪異・怪談がブームな感じ、あるじゃない?」

「そうなんですか?」

 そうなのよ、と彼女は答えて続ける。

「それで、アクロバティックサラサラとか、何たら婆とか、いろいろ、出尽くした感じあるけどさ。まだドッペルゲンガーはそんなに話にあがってないのよ。というか、シリーズもののホラー作品でも、ラスボス枠って感じだし。わかる? そういう展開。最後の敵は自分だ! みたいな、アレ」

「なんとなくわかります。まあ、ドッペルゲンガーじゃなくてもありがちなんじゃないですか。最後の敵って、主人公と同じ能力とか見た目になりがちっていうのは」

「うん。だからと言ったらなんだけど、はやりに乗じて出てきた作品が、終わる頃合いになって、どこもかしこもドッペルゲンガーだらけになるんじゃないかなって、考えてるのよ。みんな、今まで出てきていない怪異を最後に出すわけで……みんな、ドッペルゲンガーに触れずにいるでしょ? それで、満を持して出してみたら、みんな同じこと考えてましたって話。ありそうだなって」

「なんかの漫画の考察ですか?」

「別に、そういうわけじゃないけど」

 彼女は、北窪の顔を覗きながら、ずっとニコニコしている。

「まあ、ドッペルゲンガーはホラー作品のオチに使われがちってこと。ところで……ドッペルゲンガーって、いろいろ特徴があるって言われてるの。知ってる?」

「うーん、自分とそっくりってことしか知らないですね」

「例えば、実体を持たないとか。あとは、本人の知らないところで目撃されるとか、聞いたことないかしら」

「本人の知らないところで、本人にそっくりな人が、話していたとか、そういうのは、聞いたことがあるかもしれません」

「あとは、本人には見えないっていう話もあるの、知ってた?」

「そうなんですか? じゃあ、どうして出会ったら不幸な目に遭うって話があるんですか?」

「諸説あるのよ。そもそも、自分そっくりな化け物なんて、自分のものでも不気味だけど、他人の物でも不気味でしょ。どう思う? 自分と話していた人が、実はドッペルゲンガー、偽物でしたってわかったら」

「……嫌ですね」

 北窪は、嫌な予感を覚え始めた。目の前で張り付いたような笑みを浮かべる彼女は……朸込本人なのだろうか?

「どうしたの?  北窪君、顔が真っ青よ」

「ああ、いえ、なんでもないです……」

 考えてみれば、彼女はドアも開けていないし、椅子も元から出されていたものに座った。実体がない可能性は否定できない。

「あ、ほら、見てよ。あそこの窓。誰か歩いていくわね。誰かに似てない?」

 すりガラスシート越しに見えたのは、朸込の姿だった。

「ねえ、どう思う? あれは、化け物かしら。それとも、ここにいる私が、化け物なのかしら……ねえ、こっち見てよ」

 耳元で彼女がささやいてくる。どうしても振り返れない。

「ねえ……どうしたの? 怖いの? ふふ」

 背筋が凍る。今までも幾度か怪異らしきものに遭遇したことはあったが、ここまで明確に姿形を伴って接近されたことはなかった。


 ドアノブをひねる音が聞こえる。耳元で、何かがささやいた。


「これからは私たちの時代よ」


 バン、と研究室の扉が開く。

「どうしたの? 北窪君、顔が真っ青よ」

 朸込はレジ袋を手に提げて、少し心配そうに彼を見つめた。

「その、今、ここに。朸込さんが……」

「私が……? 何言ってるの?」

「いえ、その……朸込さんの、ドッペルゲンガーが……」

「ふぅん……それって、こんな顔の?」

 朸込が微笑む。北窪はぞっとした。先ほどから脳裏に焼き付いて離れなかったその顔を、もう一度見るとは思っていなかった。

「うぇっ!?」

「なに驚いてるのよ。ドッペルゲンガーなら、私と同じ顔に決まってるじゃない。のっぺらぼうじゃあるまいし……それにしても、面白い経験をしたわね」

「全然、面白くありませんよ……」

「そう? でも、偽物だとわかったなら、好きにしていいじゃない? 私だったら、どさくさに紛れて、どこまで本物そっくりなのか、試しちゃうけど」

「そんな……」

「ふふ……詳しく聞かせてくれる? 興味があるわ。私のドッペルゲンガーがどんな感じなのか」

 その間にお弁当温めるわ、と、朸込は研究室にある電子レンジに売店の弁当を突っ込んだ。

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