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ミニマリスト

作者: 桜坂詠恋

 高校時代からの友人の石黒さやかは、34歳、二人の子供と夫と暮らす専業主婦だ。

 昔からなかなか神経質でいて完璧主義なところがあったが、そんな彼女はここ最近になってSNSでミニマリスト・インフルエンサーとして話題になっていた。

 白とダークブラウンを基調とした生活感のない空間は、SNSで一躍注目を集め、ルームツアー動画は100万再生を突破している。

 私もいくつか視聴したが、本当に生活感の無い部屋ばかりで、ここで子供たちが遊び、学び、そして暮らしているとはとても信じがたい。


 ある日、そんな彼女から連絡が来た。

 更に無駄を省き、洗練させた我が家を撮りたいのだが、ひとりではままならないので手伝って欲しいと言う。

 直に彼女の家を見ることが出来るとあって、私は二つ返事で引き受けた。


 早速彼女の家に向かい、私は衝撃を受けた。

 我が家では、玄関に必ずと言っていい程数足の靴が出しっぱなしになっており、物が溢れているが、インフルエンサーさやかの玄関は無駄な物どころか何もない。

 脱いだ靴はきちっとシューズボックスへ入れる癖を付けさせているのだろう。

 それからも色々と見せて貰ったが、SNSや雑誌で「ホテルのよう」「モデルルームさながら」と称される理由が分かった。

 本当に何もないのである。

「すごいのね……」

「自分の作り上げるこの世界を壊すものが存在するだけで許せないの。だからとにかく収納。片付けて見えなくしてしまうのよ」

 さやかはさらりと言ってのけるが、子供がいる家でここまで出来るとはとても思えない。

 私は感心するどころか、ここは本当に彼女が生活している場所なのだろうか、ハウススタジオなのではと疑念が浮かび始めていた。

 と、そこでふと気になった。

 今日は日曜日で、子供たちも保育園や学校は休みのはずだ。

 ご主人は──?

 聞こうと思ったが、さやかは「最後の片付けをして来るから」とリビングを出て行った。

 ひとり残された私は、なんとなく、キッチンの冷蔵庫に目をやった。

 ハウススタジオなら、ここはほぼ空っぽだろう。

 流石に親子4人暮らしで、それでは生活に支障が出る──。

 そんな事を考えつつ、そっと冷蔵庫の扉を開けた。

 冷気の中から、甘いような腐った烏賊のような臭いが漏れ、思わず顔を顰める。

 そして──。


「え……」


 目の高さにある棚板に、皿の上に立てられた子供の顔があった。

 見たことがある、さやかの息子の顔……いや頭部だ。

 そしてその下の段には娘の頭。

 血の気の失せた青い顔、濁った眼。

 もぞもぞと、何か言いたげに唇が動く──と思いきや、そこから出たのは蛆だった。

「ヒーッ」

 私は腰が抜け、その場に尻もちをついた。

 震える手を床につき、なんとか立ち上がろうとするが、足が言うことを聞かない。


 ──自分の作り上げるこの世界を壊すものが存在するだけで許せないの。


 だから片付けたんだ。

 自分の生活の中にいる人間までも──。

 恐る恐る、冷凍庫を開ける。

 中には、結婚式で見た、彼女の夫の頭があった。

「ウソ……」

 その時、バッグの中でLINEが着信を告げた。


 『お風呂も片付いた。撮影お願い』


  *   *   *


「どこもかしこも整頓されてて綺麗で、とても殺人現場とは思えない家でしたね、磯山さん」

 震える私に毛布を掛けてくれた制服警官が、スーツ姿の刑事と思しき男に話しかけている。

 男は眉尻を下げると深い息をついた。

「インフルエンサー石黒さやかは、首を突いて、バスタブの中で死んでたよ。しっかり風呂蓋をして、自分をも収納していた」

「一体何なんすかね」

 

 警察は動機はなんなのかと首を傾げているが、私は知っている。

 先月、彼女は別のミニマリストに抜かれ、ランキングが2位となった。

 それからより物をなくし、生活感をなくし、そして家族をも片付けた。

 ミニマリストでありながら、彼女は承認欲求をミニマムには出来なかった。


 それがこの事件の真相なのだ──。


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― 新着の感想 ―
拝見しました。 承認欲求もここまでいくと怖いですね〜。 赤の他人にランキングを抜かれたという理由で、家族までお片付けしてしまうとは……。 何もない空間に囚われすぎるあまり、自分自身という存在をも空間…
最初の方であーそういう事ねおけおけ〜と読み進めてたら──最後の方にPさん出てきてやられた!あーそういう事か!となんか悔しぃぃぃぃ気持ちになっております。 でも、桜坂さんらしさがあってとても好きです。…
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