2歩目と現状
何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
今までの生活ではあり得ない事態の連続で気持ちがパンクしそうだ。
少しでも気を紛らすため、外が見える壁側の端の椅子に腰掛け、空を眺めた。
リュエールが金の豪華な装飾付きのキッチンワゴンに、ポットやカップを乗せて戻ってくる。
彼女は、ポットを手に取ると、何か呟く。
すると、数秒でポットの注ぎ口から湯気が立ち始める。
「それは、魔法ですか?」
ポットをワゴンに戻し、答えてくれる。
「はい、生活魔法の1つで、水を沸騰させる事が出来ます、片山様の世界ではどのようになさるのですか?」
「俺の世界だと、ガスに火をつけて、その火力で水を温めますね、最近は電気を使った器具が増えてますが•••」
「ガスと電気ですか?」
彼女は、首を傾げる。
「ゴミが腐敗したり、家畜の糞が分解される時などに出る燃える気体です」
「火山地帯の低い土地に溜まる物と同じでしょうか?」
火山性ガスに可燃タイプはなかったと思うが、こんな事なら自然科学をもっと勉強しておくべきだったなと、後悔する。
「あれは燃えないはずです、俺の居た世界では、大昔の植物や生き物が地中深くで腐敗分解して出来た物から、燃える気体を集め、パイプや容器を使って送り、家やお店で使えるようにしているんです」
ライターでも有れば説明しやすいが、元の世界の道具は持ち込み禁止だ。
「それと、雷は分かりますか?」
「空から落ちる光ですよね、それと攻撃魔法にもあったと思います」
「その雷の力を電気と言って、水や風、水蒸気を使って人口的に作って、それを各家庭に送って利用するんです、魔法がない代わりに、油や人工で作ったエネルギーを使って機械を動かす技術が発展してますね」
俺の答えに、ピクッと反応して。
「すると、何か機械や道具がないと生活が困難になってしまうんですね」
「そうですね、昔は人力か動物を使ってましたが、その技術も機械になってしまって、便利ですが天災などで電気がなくなると何も出来なくなってしまいますね」
関東で起きた、大震災後の大停電、混乱を思い出す。
「危うい幸福•••ですね」
リュエールが呟く。
「ですね•••」
ポットに見慣れない草を入れ、カップにお湯を注ぐ、漂ってくる香りからミント系のハーブのようだ。
「でも、簡単には崩壊しないようになさってらっしゃるんでしょ」
カップをソーサーに乗せ、差し出してくる。
「詳しい仕組みとか安全対策は分からないけど、世界が滅びる事はないはずです」
国が滅びる可能はあるけれど、それは、どの世界でも何かのきっかけで起こる事だと思った。
「そういえば、この館は城壁と城壁の間にあるんでしたよね」
「はい、こちらに来る途中で申しました通り、第2、第3の城壁の間にあります、第1の城壁は外と市街地の間に、第2が街と貴族の方々が滞在される館や大神殿のある、このエリアになります、そして、このエリアと城の間にあるのが第3の城壁です」
いきなり、城内に転移でないと言うことは、諸手を挙げて歓迎という訳でもないようだ。
まあ、過去に転移した奴全てが、この国に協力的だったとは限らない、クレナから授かった力で、この世界を手に入れようとした連中だって居たはずだ、俺は親父の名声で他の転移者よりチェックや拘束が緩いのだろう。
でなければ、最初の部屋で質問攻めにあい、城壁の話などスルーされ、一緒に居るのもメイドではなく兵士だったと思う。
お茶をひと口飲んだ時、扉がノックされる。
「失礼します、ティア様、デセール様、入室されます」
キャローレが扉を開け、横で待機する。
ティア、デセールが部屋に入ってくる、デセールは木箱を持っていた。
最後に入ってくるエストレアは、大きな紙を丸め2箇所を紐で縛ってある物を両手で持っており、扉前で一度立ち止まり「失礼します」と 僅かに頭を垂れる。
「片山殿、待たせてしまい申し訳ない、意外と重くてな」
テーブル横に木箱を下ろす。
〈ドン〉
〈ミシ、ミシ〉
床板が軋む音がする。
(はぁ?どんだけ重いんだよ)
「デセール様、石床ではないのですから、もう少し優しく下ろしてもらえませんか」
ティアが頬を膨らませて怒る。
「そうだったな、いやぁ、スマンスマン」
頭を掻きながら、誤りつつ、箱の中からチェスの駒に似た置物をテーブルに乗せはじめる。
「エストレア、その地図を広げて下さい」
テーブルに乗せた紙から紐を外し、隅に丸い文鎮を置きながら広げていく。
80×60センチ程だろうか、テーブルが3メートルくらいあるので、皆がテーブルの1角に集まる事になる。
地図を広げ終えたエストレアは、入口横で待機しているリュエール、キャローレの隣に並ぶ。
広げた地図には、川や森、山々が描かれている、その上にデセールが木箱から出した置物を並べていく。
「改めまして、ようこそフォスキア王国へ、この赤く塗られたお城の駒を置いた場所が、今居る王都マブリナになります」
地図のほぼ中央に赤い城の駒がある。
「この山々があるのが北ですか?」
城の駒の上部に描かれた山々を指す。
「はい、この地図の上が北になります、東には、海があり、南東に遺跡群があります」
「この青い城の場所がマルブクロー帝国の首都です」
王国の西側に帝国領が広がっている。
「先程、王国が大変だと仰ってましたが、帝国と戦争状態なんですか?」
ティアが首を振り。
「帝国とは、小競り合いは時々ありますが、戦争にまで発展した事は、ここ最近ではありません、問題は帝国ではなく、東の森林と遺跡群から侵略してきたモンスター達です」
デセールが、地図上の黒い印の場所に家の形の駒を手際よく、だが暗い顔で配置していく。
「この黒い印が町や大きな村のある場所です•••そして黒い駒を置いた村が全滅もしくは、確認不可能になっています」
その数、15個•••印のない小さな村々を合わせると、どれだけの人々が殺された事か。
そして、ティアが赤い紐を地図の上に置く。
「当初、この紐の部分までモンスターの侵攻が進みました、そしてこちらの反撃によってこの紐の辺りまで押し返しています」
ティアが青い紐を地図に置く。
北部の山沿いの村から奪還されているようだが、南部の町や村は紐の外側•••ほとんど反撃出来ていない。
「南部への攻撃はしていないのですが?」
「したいのだ。だが、兵が足りん、騎士団、兵士、冒険者、志願兵等を送り出しているが、補給や治療にも人手が必要だ、どう割り振っても現状以上の反撃は無理が生じる、避難して来た人々や各町から戦える者を集め、戦士長が中心に訓練もしてもいるのだが、上手くいっていない」
デセールが悔しそうにテーブルを叩く。
「帝国や周りの国は支援してくれないのですか?」
「帝国には、何度も使者を送っているが、多少の食糧支援だけで、軍は動かしてくれんのだ!北の山にある国は精霊や妖精の国で、自分達が攻められなければ動かんだろう、帝国の西にあるビノグラート法国やツトローネ王国は、兵がマルブクロー領に入る事で余計な問題を増やしたくないのだ」
確かに、隣国の兵が支援目的であっても、領内を横切るのは簡単ではないだろう。
「本来なら、名付与師である御父様の力を借り、打開策を練るのですが、モンスター侵攻直前に行方不明になってしまったのです、捜索しているのですが手掛かりない状態でして、もし、可能でしたら片山様に御力を貸して頂けないかと思ったのです」
ティアが熱い視線で見つめてくる。
「親父が行方不明になっている事は知っています、こちらの世界出身の知り合いにメッセージがあったので、親父の捜索も含めてこちらに来たので、お手伝い出来る事があればやらせて下さい」
ティアとデセールは、安堵の吐息をつく。
「しかし、こちらから、片山殿の世界に行った者が居たのか、あの御方だけだと思っていればいたが、皆に慕われていたから、他にも居たのだな」
あの御方というのが、師匠の事かは分からないが無言で頷く。
「協力するとして、付与師ってそんなに凄いんですか?自分の授かった能力は付与ではないので、イメージとしては、剣や鎧に魔法の力を付けるくらいしか思い浮かばないのですが」
親父から、閃きの能力と付与の能力を使い武具を作っている事は聞いていた、また、今までにない武具を発明したとも言っていた。
「俺やお前にとって、いや全てのアニオタや特撮オタが泣いて喜ぶような武具だ」
そう、目を輝かせながら力説していた親父の武具だ、地球破壊爆弾や恒星破壊砲を作らないまでも巨大ロボや変身ヒーローの武器やアニメや漫画に出てくる技を真似た魔法を付与しているはず、親父が居ないから使えないのか、何か条件を付けたのだろう、でなければ、騎士団に配られ戦況はもっと好転しているはずだ。
そんな予測をしながら、話を振った。
不意に、ティアが左手の指輪を撫でる。
すると、先程、デセールをぶっ叩いたハリセンが飛び出してくる。
「この指輪を作られたのも、御父様です、本来1つの物には1つの魔法しか付与出来ないと思われていたのですが、その物に付いている宝石や飾りに付与する事で幾つもの魔法を付与できる事を発見されたのです、この指輪には収納の魔法だけですが、こちらのハリセンには、精神安定と浄化の2つの魔法が付与されています、本体に1つ、手元の紐に1つと言った感じです」
俺は、驚く振りをしながら、予想した事を聞く。
「では、それらの武具を兵士に配ればいいのでは?」
すると、デセールから思った通りの答えが返ってくる。
「大地殿が武具を保管している場所が封印され入れないのだ、入口の封印を解かずに入ると部屋ごと消滅するらしい、もし取り出せたとしてもその武具の力を発動させるのに特殊な呪文が必要なのだ」
「そこで、俺が行けば封印を解けるかもしれない、最悪特殊な呪文のヒントが見つかるのでは、って事ですか?」
デセールが音かしそうな勢いで何度も頷く。
「分かりました。どれだけ力になれるか分かりませんが善は急げです、行きましょう」
デセールとティアが動き出そうとしたところで。
「と、その前に•••」
俺は、リュエールの入れてくれたお茶を飲み干した。