最初の1歩
俺はクレナに見送られながら、異世界への扉を開き、光に包まれた中に入って行く。
まぶしくて何も見えないが、温かい空気に包まれている空間だった。
足裏に柔らかな感覚が感じられるようになると、光が徐々に暗くなり、まわりの状況が分かるようになってくる。
白い壁や柱に繊細で美しい草木の模様が施され、金色に輝くキャンドルスタンドが左右から部屋を照らしていた。
足元は、厚手の絨毯が敷かれており、天井から宝石の様な石が小さな鎖に付けられ、自分を囲む様に何本もぶら下がっている。
正面に見える扉の前に5人の男女が何やら話ながら立っており、その中の2人がこちらに歩み寄って来た。
「ようこそ、フォスキア王国へ。わたくしは、この国で神官をしております、ティア•ファーム•アメティスタと申します。」
丸みを帯びた幼さの残る顔立ちの金髪の美少女が左手を胸に当て、少し膝を曲げた状態で挨拶をしてくる。
右手には、先に紫色に輝く宝珠のついた、聖杖を持っている。
一見、白地に青の縁取りのある修道服のようだが、胸の下から足元まで伸びる布を止めるベルトが胸を強調しており、スカートは膝上10センチほど、その太ももから下に白いストッキングを履いている。
首から下げた、ストールの両端とネックレスの飾りには、〇と△を重ねた宗教的シンボルと思われる図形があしらわれている。
「こちらは、騎士団長をしております、デセール•エベイストと申します」
紹介され、隣に立っていた男は軽く頭を下げる。
銀色の甲冑に身に着け、真紅のマントと腰には剣を携えている。
しかし、デセールに笑顔はなく、鋭い眼光でこちらの一挙手一投足を監視しているようだ。
(仕方ないか、この世界の人間からすれば、どんな人間なのかも目的も分からないんだから)
「はじめまして、片山陸と申します」
俺は、頭を下げ、挨拶をする。
「ん、片山?もしや、片山大地殿のお知り合いか?」
デセールが、こちらに近づきなから、聞いてくる。
「片山大地は、私の父になります、父をご存知なのですか?」
親父は、何かあるたびに、「異世界で俺の名を知らん奴は居ない」なんて口にしていた、何度もこの世界へ往来が出来たのだから、多少は有名なのだろうとは思って、あえて尋ねた。
「なんと、あの名付与師の御子息とは、おお、なんたる奇跡、なんたる幸運、これでこの国も救われますな、ティア殿」
デセールは、驚きと喜びで、鎧をガチャガチャと揺らしながらティナのもとに駆け寄る。
「興奮し過ぎですよ、それにまだ彼が協力して下さると決まった訳ではないのですから」
ティアと名乗る美少女が、窘めると、デセールは頭を掻きながら。
「おお、そうであった、スマンスマン。もちろん協力して下さるよな、片山殿」
笑顔で振り返り、こちらに詰め寄ってくる。
俺は、目をパチクリさせながら「何?え、何を?」と困惑し言葉にならない状態でいると。
〈スパッーン〉
ティアが、何処から出したのか、後ろからハリセンで、デセールの頭をぶっ叩いた。
「デセール様!興奮すると、そうやってすぐに先走る、何の説明もなしに協力してくれる訳ないでしょ!」
驚く俺とは対照的に、デセールは頭を掻きつつ笑顔で、ティアに謝っている。
「いや、スマンスマン、つい興奮してしまって•••ハハッ、本当にスマン」
毎度の事なのだろう、叩かれた事を気にする事もなく、真顔になり、頭を下げた。
「片山殿、申し訳ない、、つい興奮してしまって、せっかく来て頂いたのだから本来は•••あれだ、あれを行うんだが•••」
デセールがアゴに手をやり、あれ、あれと悩んでいる。
こんな人が騎士団長で大丈夫なのか?と心配になり始めた時、ティアが。
「拝謁でしょ、国王様に拝謁して頂いて、その後王族の方々と晩餐会、翌日に王国貴族の代表を集めての立食パーティーのはずなのですが•••今、王国がとても大変な事に」とティアがデセールの失念した言葉を正し、話を進めようとしたところ。
「ティア様、このような所でのご説明は、分かり難く失礼になると思いますので、片山様をお部屋にご案内してからゆっくりとお話されてはいかがでしょうか?」
扉の前に居た、メイド服を着た3人の中の1人が声を上げた。
3人共、白と黒を基調としたメイド服で、扉の右側の銀髪のゆるい三つ編み、左側が緑髪のツインテールで、一歩前に出て声をかけてきたのが、この中のリーダーだろうか、腰まである黒髪 前髪ぱっつんだが、中央から左は後に流す感じの髪型、眼鏡をかけている、服装の違いとしては、ホワイトブリムと呼ばれる頭飾りの中央と首元にある宝石とリボンの色くらいだろうか。
「そうね、ありがとう、リュエール。私にもデセールの先走り癖がうつってしまったみたいね、片山様、お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。転移したばかりでお疲れでしょうから、一度お部屋の方にご案内させて頂きますね」
ティアとデセールが横に移動し、扉の方に誘導する。
「リュエール、片山様を部屋までお願いね、私は、地図と駒を持ってくるから」
ティアがお願いすると、彼女は胸元に左手を置き、目を閉じ軽く膝を曲げる。
そして、俺の前に歩み寄ると。
「改めまして、メイドのリュエールと申します」
と、先程と同じ、だが右手はスカートを摘みながら膝を曲げる。
姿勢を正すと扉に居る2人を紹介する。
「あちらに居る右側がキャローレ、左側がエストレアです」
紹介された、2人のメイドがリュエールと同じように胸元に左手を、右手でスカートを摘みながら膝を曲げる。
「あ、片山陸です、よ、宜しくお願いします」
メイド喫茶やコミケでしか見れないメイドが目の前にいる、クレナのメイド姿とも違うリアルな感じに飛び上がりたくなる気持ちを、俺は必死に押さえていた。
そんな気持ちを知ってか知らでか、リュエールは、フワッとスカートをひるがえし、扉前に歩き出す。
キャローレとエストレアが扉を開けてくれる。
「では、ご案内致しますので、こちらへ」
リュエールに案内され、部屋へと向かう。
いくつかの階段、長い廊下、いくつもの扉の前を通り過ぎていく。
転移した部屋に窓がなかったため、分からなかったが、外は日差しが降り注ぎ、綺麗に手入れをされた庭園が見えた。
庭園の先に城壁と塔が見える。
「ここはお城の中なんですか?」
案内されながら歩くだけでは手持ち無沙汰なため、いや、リュエールの後ろ姿は素敵で何時間でも見ていられるのだが、前を歩く彼女に聞いてみる。
「この建物は、第2城壁と第3城壁の間にある、主に貴族の方々のパーティーや貴族と各組合の方々との会合に使用される館になります、お城の敷地内ですが、お城とは別です」
「詳しい事は、お部屋でご説明させて頂きます」
歩くペースを落としながら、彼女は答える。
少し進んだ所で、彼女が足を止める。
彼女の髪に見惚れていた俺は、彼女の背にぶつかってしまう。
「あっ」
「きゃっ」
言葉を発すると同時に、周りの動きがゆっくりになった感覚、リュエールが前に倒れそうになる動きがスローモーションに見える。
(身体速度上昇の効果か?)
ゆっくり倒れていく、リュエールの前に回り込み、彼女を抱きしめる形で支えた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「えっ、あ、大丈夫です•••えっ、でも、後ろに•••」
後ろに居た俺が、突然前に現れたため、混乱しているようだった。
「すみません、ちょっと目眩がして、ぶつかってしまいました、転移の影響ですかね」
「あ、咄嗟の事とはいえ、抱きしめてしまって、どこか痛めたりしませんでしたか?」
俺の胸の中で無言で首を振る。
そっと、彼女を解放した。
顔を赤らめ、ズレた眼鏡を直し、ソワソワしながら答える。
「あっ、は、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「でも、片山様は機敏でいらしゃるんですね」
視線を左右に動かしながら、聞いてくる。
「元の世界で、師匠に鍛えられたんで、でも、怪我しなくて良かった」
俺は、能力とは言わなかった、自分の情報は可能な限り流出させない方がいい。そう思っていた、転移者というだけで毛嫌いする人も居るだろう、その人物がそれなりの権力や武力を持っていたら、最悪暗殺なんて事にもなりかねないと考えたからだ。
「はい、片山様のおかげです、ありがとうございます」
少し間を置き、彼女は姿勢を正すと、そこにある
四隅に銀の装飾がある扉を開ける。
中には、長めのテーブルと6脚の椅子が用意されていた。
「こちらです、お好きな所にお座りください、私はお茶の御用意を致しますので」
そう云うと、部屋の横にある少し小さな扉から、隣の部屋に入っていった。
彼女の姿が見えなくなった事を確認すると、俺は1番奥の椅子に手を掛け、喜びと興奮で走り回りたい衝動を必死に抑えた。
「憧れのメイドさんを、しかもあんなに美人のメイドさんを抱きしめてしまった、もう死んでもいい」
俺は、声に出せない歓喜を俺は上げていた。