前線の村
「クソッ、このままだと魔力が尽きるぞ」
迫りくるオークにマジックミサイルを放ちつつ、魔法使いが叫ぶ。
「分かっている、俺が行く。リリトス援護!」
盾を前にして剣を構え突撃する男、その男に名を呼ばれた弓使いが矢継ぎ早に、矢を放ち、オークの左腕に刺さる。
突撃した男の盾には鋭いスパイクが付いており、通常のシールドアタックでさえ相手に深手を負わせるタイプの物だ。
オークが、盾を警戒しこん棒で払おうとする、矢のダメージで左腕の動きが鈍い、その隙を狙い、左胸に剣を突き立てる。
「グゥオー」
オークが叫び声とともに、倒れていく。
「チクショウ、何人やられた?」
オークにトドメを刺した男が叫ぶ。
「クナイベさん、2人死亡、2人が軽傷です、そちらは?」
仲間の死体を、簡易的な柵の後ろに運んでいた兵士が応えた。
「こっちは大丈夫だ、それにしても補給はまだ来ないのかよ」
手元にある水袋を叩きつけて、ため息をついた•••
♢
モンスター達の突如の侵攻に当初は国土の四分の一を失った、だが騎士団や兵士、冒険者達の反撃によって、その半分ほど押し返す事に成功した。
しかし、それは侵攻して来たモンスター達の残忍な行為を確認する行動にも繋がっていた。
逃げ遅れた村人の中でも、オーガやサイクロプスのような大型のモンスターに一撃で殺された者はまだ幸せだろう。
生きたまま串刺しにされ村の入口に晒された者や木に吊るされ下から火で炙られながら弓の的にされた者•••
両手両足を縛り付けられ、生きたまま内臓を喰われた者、足先から溶かされ上半身を残し絶叫の姿で息絶えた者•••
これまであった小さな襲撃など比べものにもならない悲惨な状況であった。
それでも、いや、だからこそ、兵士や冒険者達は殺された村人達を可能な限り丁重に埋葬した。
怒りも悲しみもあった、また苦しみに耐え死んでいった者への敬意もあった、それと共に恨みや憎しみを募らせ死んだ者を放置するとアンデットになる恐れがあったためだ。
反撃、奪還、埋葬、拠点構築•••ただ惨殺を繰り返し攻めてくるモンスターとは違う、その結果が反攻速度にあらわれ、攻撃要所が確定出来ない状況が前線の拡大と補給困難を引き起こしていた。
奪還した村を拠点に防衛線を張り、隣国からの支援と民兵によって反撃を強めようとの作戦が、今では、拠点防衛に徹する事になってしまっている。
♢
「いつになったら、民兵どもは訓練終わるんだよジリ貧なの城の連中は分からないのか」
硬くなったパンをかじりながら、クナイベがリリトスに文句を吐く。
「俺に言われてもなぁ、なあ、バイパーよ」
気怠そうに、魔法使いに話しかける。
「普段とは違って、連日の防衛、食糧や道具の心配と、遺跡や迷宮をマイペースで行ける冒険ではなくストレスが溜まるのは分かるが、ここから逃げる訳にもいかんだろう」
「おっ、ティンすまん」
干し肉を分け始めた司祭が口を挟む。
「とりあえず、今日も生き残れた事を神に感謝して、明日に備えましょう。夜明けから穴掘りと石拾いですから」
「はいはい、楽しい楽しい穴掘りな、なんかデカブツ相手のアイデアはないもんか?」
クナイベが自分の目を突くような動作をする。
「灰に辛みのある野菜や木の実をすり潰して混ぜて瓶や紙袋に入れて投げつけるか?熱湯を陶器の壺に入れてぶつけるかとか•••俺のライトやダークネスで目を潰す方法もあるが、直接ダメージじゃないからな、動きを止めるならスパイダーネットやスリープも有効だろが」
「物は試しだなぁ、上手く視界を潰せれば、投槍とかで倒せるだろう、出来るだけ矢は温存したいし、バイパーは魔力が余ってる時に頼むよなぁ」
「私は、回復と強化と壁に専念します、それと深夜のアンデットが出ない事を祈りますよ」
ティントマーは、小枝を焚き火に放り込みながら立ち上がる。
スケルトンくらいならいい、モンスターの死体に引き寄せられる奴がいるかもしれない、そうゆうタイプは意外と面倒な奴等が多いのだ。
静かな夜であって欲しいと、月に祈りを捧げながら司祭は、青い光を放つ星が流れるのを見ていた。
♢
人手も足りず、補給も少ない現状では家々に残っていた物や小さな罠で対応するしかない。
縄を張り、触ると板が鳴るように細工した[鳴子]のような仕掛けで見張りを減らし、弓矢は空から来る敵のために使用を控え、投石やスリング、ボーラーに切り替えた。
大きな落とし穴は無理だが、片足分ほどの大きさなら何個も作れる、深さ20センチくらいの穴に底に包丁や釘付きの板を仕掛けた、オーガのような大きなモンスターには効かないが、コボルトやゴブリンの動きを止めるには十分だ。
柵も簡易な作りで敵の1手を遅らせる程度だが、そこを板で囲み、槍の穂先と兜が見えるようにしておく案山子作戦も意外と有効だった。
♢
村を、生暖かく、腐敗臭のような風に包まれる。
「来たか•••みんな、家に入れ、外を見るなよ!」
ティントマーは、見張りをしていた数人の兵士に呼びかけた。
「ガスグールか•••3体」
一見、煙か霧の塊ように見えるが、その中央部に鈍い赤や青の光を放つ玉のような物がある、ガス生命体。
グールの名が付くのは、食屍鬼のように死体を喰らって生きているからだが、ただ死体を探しているだけなら害はないのに生きた動物や人間も襲うのだ、しかも、直視した者に恐怖を与える魔法を振り撒いている。
その魔法に触れると、ガスが、その者の心にある恐怖の対象に見えるようになり、その場から逃げ出したところを襲うのである。
「オーガやらの死体で満足して帰ってくれよ」
通常、王国の南東にある遺跡群に棲息しているガスグールだが、侵攻による虐殺による死臭につられ最近は村や平原でも見られるようになってきた。
奴らにとっての餌も増えた事から、数も増しているようだ。
フワフワと村の前にある柵に近寄ってくる。
柵の前に置き去りになっているゴブリンの死骸の上に来ると、その死臭に反応したように、死骸に覆いかぶさるように降りてくる。
その煙のような部分が死骸に触れると、溶かしているのか、小さな粒子が噛っているのか、武器や衣服を残し柔らかい肉から骨まで喰らっていく。
3体のガスグールが、村の前に転がる何体もの死骸を食らい尽くし、フワフワと飛び去っていく。
「ふぅ、助かったか•••ん、イヤ、まずい!」
ガスグールが飛んでいく先に見つけた人影に、つい呟いた。
ガスグールの先に居る人影が襲われる可能性に対して放った言葉ではなく、その人影から邪悪な気配を感じたからだった。
「レイスやワイトのような気配だが、邪悪な気が強すぎる」
飛んで行った、ガスグールの1体が、その人影の腕の一振りで消滅し、ゆっくりこちらに向かって来るのを見て叫んだ。
「敵襲!危険度大」
横にある鐘を鳴らし、家々から出てくる仲間と兵士全員に呼んだ。
「武器に聖水をかけろ、矢も魔法も出し惜しみするな、強化ポーションも用意、準備が出来たら一度集まれ、ライオンズハートをかける」
ティントーマの周りに、ザワザワしながら武器を持ち集まる兵士に呼びかける。
「いいか、近づいてくる奴は魔人と呼ばれてるが、皆が思うほど強い訳ではない、魔法を使え鉤爪も強力だが、普段オーガやホブゴブリンを倒している皆なら、油断しなければ勝てる相手だ」
「行くぞ!プライドオブライオンズハート!」
ティントーマを中心に魔法陣が広がる、ライオンズハートの強化型で複数に恐怖克服の魔法がかかる。
「さあ、配置につけ」
兵士達が散っていく中、複雑そうな顔をしてクナイベ達が寄ってくる。
「ありゃ、何だ。見たことがないが、魔人•••ヤバい奴なのか?」
「もう少し近くまで来れば分かると思いますが、両肩に羊の頭の生えたモンスターです、名前はヤカー、鉤爪と魔法を使ってきます、魔王や悪魔に殺した人間の心臓を集めて献上すると言われています、それと、わずかですが空中に浮いて移動しているので、落とし穴等は無意味です」
「羊肩のクソ魔人か」
「基本は、弓とスリングで柵を挟んでの攻撃から、両側からの挟み撃ち、私達が正面から攻撃と支援魔法だろう」
「だなぁ、俺は隙を狙って顔か、振り下ろしの腕を止める感じか、なぁ」
みんなが、無言で頷く。
「よっしゃ、あのクソ魔人を倒して、俺たちチーム『レッドドアーズ』の名を上げるぞ!」
「だなぁ、行くぞ」
歩き出したみんなの後で、ティントーマは、犠牲者が一人でも少なくなる事を神に祈った。