スキルの獲得
テーブルに戻り、クレナがグラスを片手に戻って来た、すでに元のドレス姿に戻っている。
「魔法の蜜酒です、私の力ではキズは治りますが、体力までは不可能ですので」
これを飲めば、完全回復する事らしい。
「豆ではないんですね」
俺の言葉に、キョトンとした顔になり。
「そうですね、原料は蜂蜜ですね」
あるアニメの完全回復薬が豆だった事から口走ってしまった言葉を、まともに原料だと思って説明された事につい笑ってしまった。
不思議そうな顔をするクレナから、グラスを貰い飲み干す。
甘い、貴腐ワインやアイスワインとは違う蜂蜜本来の甘さだ。
胃が熱を持つと同時に、疲労感も息苦しさも消えていった。
「ありがとうございます」
「立てますか?」
差し出してくれたクレナの綺麗な手を握り立ち上がる。
「先程ですが、何か感じられましたか?」
クレナが歩きながら聞いてくる
「普段以上に疲れましたね、あと電気ショックのような感じがありました」
素直に答えると。
「私が、鎧に着替えた瞬間からこの空間の重力を毎分10%ずつ上げさせて頂きました、約10分戦いましたので、その間、普段以上の重力下で動いていた事になります、体重も刀も最後には倍の重さですので疲れて当然ですね」
「え、でも10分とはいえ、そこまで重力が増したら動けなくなるのでは?」
アニメとかの、瞬間的に数倍の重力で動けなくなるシーンはよくある、今回は徐々にだが自分の体重分の重りを乗せられて戦った、普通に考えても動き回るのは無理だろう。
「時間軸もずらしました、ここでの1分を陸様の世界での1年分に変えましたので、毎分ごとに重力が10%増えた状態で1年過ごした事になり体が慣れた為です」
「え、歳は大丈夫なんですか?」
知らぬ間に10歳をとっていたら流石に嫌だ。
「はい、大丈夫です、ここでの全ての時間の流れは操作出来ますので、肉体の老化は止めてありましたから」
「それと、感電感は、剣から魔力を流したためです、それによって陸様の魔力量と耐性を上げさせて頂きました」
外側から負荷をかけて、能力を上昇させたって事か。
「ありがとうございます、これで俺も魔法が使えるんですか?」
アニメにあるような、炎をまとったり、空を飛んだり出来るのかと、少しワクワクしながら聞いた。
「さすがに、すぐは無理ですね」
「魔力があっても、魔法を覚えないと使えません、日常魔法なら直ぐ使えますよ、あっ、魔道具の中に自身の魔力を注ぐ事で発動する物がありますので、その類なら攻撃魔法も使えるはずです」
ちょっと残念な思いはあるが、別の考えが頭に浮かんでいた、直ぐ確認が出来ない以上、意味がないのだが。
そこで、違う話題を振ってみた。
「さっきの早着替えは魔法の力?」
衣装が並んでいる訳でもなく、着付け係が居るわけでもないのだから、魔法確定なのだけれど。
クレナは少し首を傾げながら
「はい、魔法ですよ、一回回転すれば着替えることが出来ます」
と、クレナが、クルッと回ってみせる。
「こんな感じです」
少しドレスが光ったとたん、シスターの修道服に変わった。
「神のお導きを•••とか」
また回ると、ナース服に変わる。
注射器を片手に。
「は〜い、お注射しますね~」
また回ると、メイド服になる。
スカートをつまみ、お辞儀をした後、両手で胸の前にハートの形を作り。
「ご主人様♡萌え萌えキュン。って、こんな感じでしたよね?」
こんな可愛いメイドがいる喫茶店が有れば毎日通うだろうと思わせるほどのメイド姿。
普段、隠しているオタク心が騒ぎ出す。
「はい、完璧です、完璧過ぎます!」
つい、声を上ずらせながら叫んでしまった。
「あ、ありがとうございますぅ」
クレナが少し驚いた表情でお辞儀し、1回転して元のドレスに戻る。
そして、目をキラキラさせている俺に、声をかける。
「さあ、テーブルに戻りましょうか」
テーブルに戻ると、数冊ある本をこちらに差し出してきた。
「御父様からお聞きかもしれませんが、まず異世界の方は生まれつき特殊な能力をお持ちです、生活の中で役に立つ物から戦闘向きの物まであります、こちらの本にまとめてありますので、1つ選んで頂けますか」
本の厚さから1冊あたり数十の能力がありそうだが、最初のテストで決めていた物があった。
「ライオン•••恐怖を軽減したり、耐性をつける能力はありますか?」
ゲームや小説等にある、恐怖で動けなくなった仲間を回復させる精神系呪文。
「ありますよ、魔法でライオンズハート、聖騎士ですとアンダーディバインフラグでしたね、能力としては、恐怖克服ですね」
本を一冊取ると、すぐにそのページを開く。
「こちらですね、恐怖に対し耐性を与える、悪夢や相手からの魔法等による恐怖にも効果アリとの事ですが、この能力で宜しいですか?」
この先、モンスターだけでなく、盗賊のような奴らとも戦わないといけないのだろう、その相手を前に恐怖や人を殺める事の罪の意識で震えていたら話にならない、慣れや覚悟で精神を無駄に削っていたら、おそらく途中で逃げ帰るのがオチだ。
「はい、それでお願いします」
「承知しました」
クレナは、開いた本に手をかざし、呪文を唱え、俺の額に触れた。
「はい、これで能力は授与されました、次に転移者用の能力ですが、1つが言語共通化です、これがないとマジックアイテムを探すか、随時魔法をかけ続けないといけませんので」
「異世界の言葉や文字が分かるようになるって事か•••」
そうだ、クレナと普通に会話していたので気にしなかったが、言葉が理解出来るかで、その後の生活がまるで変わってしまう。
有名なアニメの、青いタヌキが言語理解するのに使うコンニャクでもあれば別だろうが。
「もう1つは、ランダムになりますので、こちらのサイコロを振って下さい」
クレナが骨を削って作られたような、サイコロを転がして来た。
サイコロと言っても、数字が書いてあるわけではなく、二重丸や水滴のような絵が描かれている物だ。
「六面体ですか、このサイコロの目で決まると」
どの絵が何を示しているのか分からない以上、振ってみるしかない。
少し絵柄を確認したあと、テーブルに転がす。
思ったより転がり、ティーカップの下にあるソーサーに引っかかるように止まった。
「えっと、これはどうしましょう?」
ソーサーに引っかかり、三角の柄と棒2本の柄が上を向く状態で止まった。
振り直した方がいいのか、サイコロを取ろうとすると。
「触らないで下さい」
強い口調でクレナが止めた。
「少しお待ち下さい、確認させて頂きますので」
クレナが、こめかみに指を当て何かを話している、魔法の通話能力だろう、相手は上司というか、神様なのだろうか。
何も出来ない状態で、数分間クレナを待っていると。
「陸様、初めての事ですので神様に確認をさせて頂きました、本来であれば1人に1つなのですが、特例としてサイコロの上になった面、2つを授与します。2個の能力を半分ずつですとか振り直しも考えたのですが、振った瞬間に陸様とサイコロで決まる事ですので、サイコロの目に従う事とします」
そんなに強い力と権限がある品って•••。
「サイコロにそんな力が•••このサイコロは•••」
クレナは、サイコロを手に取ると。
「このサイコロは、先代の神様の骨から作られた物なのです、死してなおその力衰えず転移者に能力を付与されているのです」
神様の骨って、天罰とかないの?
「神様の骨をこんなぞんざいな扱いをしていいのですか?」
「はい、大丈夫ですよ、先代の神様もそれを望んでいらしゃいましたから」
凄い神様だな、もしかしたら、サイコロの中にまだ、魂や意思が残っているんじゃないかと思い。
「すみません、もう一度サイコロを見せてもらえますか」
クレナが、そっと手のひらを開く。
「神様、ありがとうございます」
俺は、サイコロに対し、深々と頭を下げた。
クレナの手の中でサイコロが少し跳ねた事に、陸は気が付かなかった。
「では、サイコロで出た2つの目のご説明させて頂きます」
クレナは改めて、サイコロの三角の柄をこちらに見せる。
「この柄は、魔力の増大をあらわします、異世界の一般的な方を10、戦士クラスで15、魔法使いなら30ほどです、陸様の現状は私との戦いで40ほどになっています、そしてこのサイコロの力で3倍になります」
サイコロを動かし、2本線の柄に変える。
「こちらの柄が、速度上昇です、陸様の身体速度が3倍になります、自身で意識した時だけですので、普段の生活にはまず問題ないはずです」
3倍?赤い鎧を着たほうがいいのか?3倍と聞くとつい、宇宙ロボットアニメのライバルを思い出してしまう。
「さあ、以上で能力授与は終了です」
クレナは立ち上がり、草原の1角に歩みを進め、呪文を唱え、地面に手をかざす。
地面に魔方陣が現れ、そこから輝きながら扉が出てくる。
「こちらが、異世界への扉です、移転先にはすでに、ご連絡してありますのでご安心ください」
扉に向かい、歩いて行くと、黄色い綿の玉が飛び付いてくる。
「モフヤモフ、ダメですよ」
クレナが声をかけると、何度か飛び付いて来た後、横に飛びさって行く。
「珍しいですね、あの子が寄ってくるなんて、滅多に人には近寄らないのですが、普段から動物達に愛されていらしゃるんですね」
自覚はないが、確かに普段から野良ネコや犬が寄ってくる、愛されているかは微妙な気がするが。
クレナは扉前に着くと頭を下げ。
「お疲れ様でした、異世界で御活躍を遠くからですが、祈念しております」
俺も、頭を下げ。
「こちらこそ、有り難う御座いました。ワルキューレ様」
俺の言葉に目を丸くし驚くクレナ。
「どこで気付かれましたの?」
「羽飾りの白銀の鎧、蜜酒と御名前のエイルです、以前読んだ本にあったものですから、ただ、間違っていたらとの思いもありましたが」
クレナは、首を振り。
「間違っていても、言って頂けるだけで嬉しいですよ」
「良かったです、もし異世界で死ぬような事があったら、ヴァルハラに連れていて下さいね」
クレナは、微笑みながら頷いた。
扉の鍵を開け、クレナが扉横に移動する。
「それと、これがボーナスゲームの賞品です」
クレナは、胸の谷間から腕輪を取り出す。
「回復の腕輪です、擦り傷くらいでしたら直ぐ治ります、また、魔力を注げば腕や足も再生しますし、病気にもかかりませんよ」
俺は、クレナから腕輪を受け取ると、左腕に着けた。
「温かい•••コレが魔力」
クレナは頬を赤らめながらつぶやいた。
「魔力じゃありません。陸様はエッチです」