異世界への試練
武器の前にたどり着く、自分が分かるだけでも、鎌剣と言われるハルパー、レイピア、クレイモア、インドのパタにカタール、中国のトンファー、三節棍、メイスやフレイル、トマホーク、十手、鎖鎌、槍類ならハルパート、トライデントと、時代を問わず世界中の全ての武器が揃っているようだった。
「この数に種類、歴史学者や骨董商、武器マニアなら発狂ものだな」
何種類かの剣や槍の握りや重さを確認し。
「これにします」
鞘から抜き、何度か素振りをし、一振りの日本刀を選んだ、まったく使った事のない大剣や重いハンマーでは相手が分からない、この状況では不安が大きい、予備のナイフを腰のベルトに差しテーブルに戻る。
「では、喚びますね」
クレナが、小声で何か唱えると、先程指差していた辺りが鈍く輝き出し、最初はぼんやりと徐々に鮮明にその姿をあらわす。
ネズミ男と呼ぶべきか、身長130センチほどのネズミがナイフを持って、こちらに向かってくる。
もう一人•••だがまだぼんやりとした人影でしかない。
「漫画に出てくるネズミ男とはかなり違うな」
妖怪の男の子が主人公の漫画に出てくるネズミ妖怪と見比べていた、リアルなネズミ男は可愛らしさの微塵もない。
足場は、草は邪魔にはならないが、少し滑る感じがある、おそらく爪があるネズミ男の方が少し有利か。
重心を下げ、左手を鞘に、柄は握らず右手を添えた、鞘を少し前に突き出し構える。
5メートルほどの距離で止まったネズミ男は、目をランランと光らせ、ヨダレを垂らしながら、合図を待っているようだ。
「では〜、はじめ」
若干、拍子抜けする合図をするクレナ。
駆け出してくるネズミ男、ナイフの間合いから言えば、懐に入り込みたいところだろう。
流石にネズミ、素早い。
俺は、右足を一歩踏み込み、左手で鞘を引き、打ち込む。
居合い斬りに近いが、早抜き。鞘走りで威力を増すのではなく、素早く抜刀する
スピードで優位と考えたのか、ネズミ男が突いてきた腕を下からの刃で斬り飛ばす。
「ギャーアァ」
続けて振り上げた刀を、左足を踏み込み振り下ろす。
袈裟懸けに胸を裂かれたネズミ男は、その場に倒れ動かなくなる。
「陸様は、動物の解体等行った事は御座いますか?」
クレナの問に、ネズミ男を横目に答える。
「鹿やイノシシなら何度か•••」
以前、師匠が山で狩って来た動物を捌いて、焼肉やシチューにした事はあった。
しかし、野生の死んでいる獣と比べる物ではない、ネズミの頭だが人に近い体だ、胃のムカつきと軽い吐き気を感じながら思った。
「少し御辛そうですね」
前屈みになり、俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だ」
軽く頭を振り、刀を構え直す。
「そうですか、では、次です」
残っていた霞んだような人影がはっきりしてくる、それにともなるようにムカつきが増す。
「人?」
ボロボロの服を着て、右手に剣を装備していた。
映画などで見る、ゾンビかと思ったが、歩き方も俺に対する構えも間違いなく人間だ。
「彼も倒せと•••」
クレナをチラッと見て呟く。
「無理ですか?諦めますか?」
幻術?もし本当の人だとしたら、殺せるのか、いや、殺していいのか?
異世界の罪人か?操られている?召喚した低級悪魔?色々な考えが頭を渦巻く。
ネズミ男と同じように、5メートルほどの所で止まった男は、「ハアー」と息を吐く。
男の腕に震えなどはない。
それにくらべ俺は•••震えている手を誤魔化すように、太ももを交互に叩いた。
相手の剣のが重いだろう、まともな打ち合いでは弾かれてしまうだろう。
改めて、刀を構え、合図を待った。
「は〜い、はじめ」
コケそうになる合図、男はジリジリ間合いを詰めてくる。
両手で剣を構え、力任せで打ち込んで来た。
受け流す事に集中するが、重い、まともに受け止めれば刀ごと腕を持っていかれるだろう。
攻撃を何度も受け流された男は、苛立ったのか、「ウガァ」と叫びながら、上から剣を振り下ろしてきた。
ここだ。そう思うと同時に振り上げられた男の柄を握る手首に左腕を押し付ける、片手では押し負ける可能性も考え、柄を握る右手でも押す形になった。
相手の力と自分の右手に挟まれ、何も付けていない状態の左腕、しばらく左手が使えないかもしれないが、そんな事は言っていられない。
こちらの予期せぬ行動に、目を見開き驚く男の腹に膝を蹴り込む、「グフッ」という言葉と同時に体が折れる、力が抜けた腕を跳ね上げ、自分の身を引きながら男の太ももを斬り裂いた。
これ以上は、無意味だろう、無力化出来れば殺す必要はないはずだ。
腹を押さえ、横倒しになった男の首に刀を当て、クレナを見る。
「陸様は、お優しいのですね」
クレナはそう言うと、一度手を叩く。
足元に倒れる男も、先程のネズミ男も霞のように消えていく。
「幻覚だったのか?」
俺の問に、微笑みながら首を振る。
「いえ、実体ですよ。でも安心して下さい元の世界に戻った頃には、復活しますしキズも治ってますから」
「俺のほかに、このテストを受けた方で亡くなったりした方はいるんですか?」
「いえ、全て回復させますので、大丈夫ですよ」
ネズミ男達は契約召喚のような感じなのだろうが、その度に怪我をするのはキツイだろう。
「ただ、陸様、その優しさはこの先命取りになりますよ」
「なぜです?」
無力化ではいけないのかと思った。
「陸様は、肝心な事をお忘れです」
「異世界では、魔法があります、もし相手が倒れた後から魔法で攻撃してきたら、倒した相手にサポートがいて回復魔法を使われたら、こちらの重要な情報を盗まれ移動魔法を使われたら、魔族の中には回復力が強い個体もいます、確かに優しさは必要ですが使い所を間違えると、仲間や自分を苦しめる事になりますので」
そうだ、ここから先は現実の常識は通用しない。
忘れてはいけない、でも簡単には変われるものでもない、その都度思い知る事になるかもしれない、それでも、俺は進みたい。
親父への思いだけでない、胸のざわめきを感じていた。
ふと、ある思いがよぎった。
(親父もこのテストを受けたのか、あの文化系男子の代表みたいな親父が?)
「クレナさん、親父もこのテスト受けたのですか?それと親父は生きているんですか?」
直接聞く事が出来ない以上、素直に尋ねるしかないだろう。
クレナは真剣な顔になり。
「まず、申し訳ありませんが御父様の消息についてはお話出来ません、確かに転移者について追跡はしておりますが、その情報を開示する事は禁止されているのです、ただ「生きてらっしゃる」としか言えないのです」
「そしてテストですが、御父様も挑まれましたよ、ただ、あのネズミさんより弱い藁人形に負けていらっしゃいましたが」
「それでも、転移は出来たんですよね」
俺は、このテストが何のためなのか分からなくなり、クレナに詰め寄った。
「はい、このテストの意図は、異世界に転移された後に起こる事を想定して行っております、その方の技量に合わせ対戦者を召喚して相手して頂いております、その結果がどのような状態でもこのテスト以上の事が転移すると起こると説明し、それでも転移するか確認するためのものなのです」
「では、最初から受けなくても、転移は出来たのですか?」
クレナは頷きながら。
「はい、可能ですが、挑まれなかったほとんどの方は、召喚した魔物達ををみて、異世界は楽園や天国ではなく死と隣り合わせの現実より危険な場所だと転移を諦められます」
無駄に命を落とさないように、ある意味 ”ふるい”にかけているのか、弱者でも未知に挑む勇気ある者は転移させ、未知の恐怖や暴力に負ける者はここまでしか来れない。
「クレナさんは、優しいんですね」
先程、かけられた言葉をそのまま返しながらクレナさんを見ると•••
「えっ、その」
俺は言葉に詰まった。
クレナは、先程の純白ドレスではなく、白銀の鎧を身に着けていた。
身体にピッタリした鎧で、豊かな胸がキツそうに感じる、右手に青白く輝く剣と羽根飾りの付いた兜をかぶっている。
「陸様、ボーナスゲームです。私に一撃でも入れる事が出来たらご褒美を差し上げます」
ボーナスゲーム?ご褒美?特別な武器か何かを貰えるのか、一瞬クレナの胸元が頭にチラついたが、イヤイヤ無いだろうと頭を振った。
「制限時間はあるのですか?」
「ありません、陸様がギブアップされるまで大丈夫ですよ」
気を取り直し、刀を鞘に戻し、靴ひもを結び直す、左腕に違和感はないテスト終了のあの時に直してくれていたようだ。
クレナの前に進み、軽く礼をしたあと、俺は刀を構えた。
♢
何分、何度打ち込んだろう。
体が、足が、刀が重い。
繰り出す全ての攻撃が、簡単に払われてしまう。
しかも、払われるたびに電気が流れるような感覚がある。
「防御の特殊能力?」
それにしても、重い。
師匠と浜辺で訓練した時でさえ、三十分は打ち合えたのに•••
手裏剣やダーツのような飛び道具も考えたが、投げる動作で読まれてしまうだろう。
[私、強いので]あのセリフをしみじみと認識させられる。
後、数分でまともに打ち込む力もなくなるだろう、ならば次の攻撃に全力をかけよう。
一度、間合いを取り、呼吸をととのえる。
刀を鞘に戻し、重心を下げる。
今まで、クレナはここで、数多くの転移者の相手をしたはず、その中には、剣豪や勇者と呼ばれる者もいたはずだ、それに比べれば、俺の剣なんて児戯に近いかもしれない、でも、それでも•••
先程のネズミ男の時、同様に構える、違うのは鞘をベルトから外している事と•••
クレナとの距離をジリジリと詰める。
〈シュッ〉
風切り音と同時に左手からナイフが飛び出す。
首元に迫ったナイフに少し驚いたような表情をしたが、クレナは剣を使い弾く。
ナイフ発射と同時にナイフの柄を離し、一緒に持っていた刀の鞘を握り直し、踏み込みと同時に兜めがけ打ち込む。
風切り?飛び道具?どうやって?
クレナの体は即座に反応し、鈍く輝くナイフを弾いていた。
続けてくる一刀の煌めきも視界の片隅に捉えていた。
「速い、でもまだ」
太刀筋から頭部狙いなのは分かる。
「これも弾けば終わりかな」
ナイフを弾いた流れで、陸の一撃に剣を合わせる。
「打力が弱い」クレナは兜への一撃を跳ね上げながら、今までの打ち込みと比べそう思った。
跳ね上げられた刀が宙に舞う。
「わざと握りを緩く?」
そう思った刹那、次の一撃がクレナに迫っていた。
「鞘?」
咄嗟に、身を引く。
おそらく、最後の一撃なのでしょうが、刀をおとりに鞘でくるなんてね。
クレナは、陸の必死さと奇抜さについ、クスッと笑ってしまっていた。
武器の山の中に、このナイフがあったのは、単なるラッキーか、火薬や薬品を使わない武器を全て集めた結果なのか•••
『スペツナズナイフ』
ロシアの特殊部隊が使っていたらしい、飛び出しナイフ、安全装置を外しボタンを押せば刀身が飛んでいく。
最初は、戦う相手が、ムチや槍で距離をとる場合と飛行タイプだった時の備えて選んでいた。
クレナの実力に対して投擲動作のいらない飛び道具、当たらないまでも驚かせ、一瞬でもスキが作れればと最後に取っておいた。
踏み込み、兜めがけ打ち込んだ一撃、クレナの剣がナイフを弾いた時より上にあがれば十分と考えた攻撃、そこで刀を止められても弾かれても俺の動きが止まらない様に緩く握り、左手の鞘に全てをかけるために。
アニメに出て来た、侍の暗殺者が使う剣術の一つだった、居合からの連続攻撃、刀での攻撃の後、さらに体をひねり左足を踏み込み逆手で鞘を振り抜く技だった、あの侍は刀は離さなかったけど、虚を突くのと右腕を振り遠心力をつける意味で刀を捨てる形になった。
当たったのか?手応えはなかった。
最後の力を出し切り、しかも酸欠状態だ、その場に大の字に倒れ込んだ。
息を切らしながら、クレナを見ると、甲冑の胸元を押さえ、頬を赤らめていた。
「陸様は、エッチですね」
どうやら、最後の一撃が胸をかすめたようだ、しかし、あのスタイルでなければ空振りに終わっていた。