異世界への扉
オタクで幻想画家だった父が異世界で行方不明に、何かあった時のためにと友人に預けていた手紙を受け取り、父から以前から聞いていた異世界行きを決めた片山陸。
異世界で父が作ったオタク武具を使い、父を探し国王を目指す物語である。
俺は、手紙を片手に家の裏にある古井戸の前に立ってる。
秋も終わり、一気に冬の気配が訪れていた。
井戸自体は随分前に涸れたらしく、上から1メートルほどのところまで埋めてあり、その横に鉄パイプの端の部分が出ていた。
「井戸は涸れてもそのまま埋めてはいけないって誰か言ってたな•••」
詳しい事は知らないが、ちゃんとお祓いが出来ない時は、井戸の神様がまだ居るから空気を送れるようにパイプ状の物を下まで入れるらしい。
ふと、握っていた手紙に視線を移す。
[俺に何かあったら、助けてやってくれ]
手紙の一文を見て、普通なら、どこの誰をとか、何をすればなんて思うだろうと考えつつ。
「わかってるよ、親父•••」
母が死んで無気力になっていた父に生きる目的と活力を与えてくれた世界だ、恩返ししないと。
それと、あの親父が作ったと言ってた武具がどんなものか見てみたかった。
だが、この手紙を、親父からだと師匠に渡された時、俺はまだ弱かった•••
ケンカどころか、竹刀すら握った事もない、戦いはゲームや空想の中、100メートル走るのも20秒と駄目駄目な状態だった。
親父から俺の事を聞いていた師匠は、いくつかの秘密と共に、俺を鍛えてくれると言ってくれた。
その1つは、師匠は元異世界人で、親父を慕ってこちらに来たそうで、こちらの世界では小さな剣術道場とガードマンをして暮らしているそうだ。
次に、こちらと異世界では、時間の流れが違うそうで、こちらの数年は向こうの数か月でしかない。
だから、「数年徹底的にお前を鍛えて向こうに送り出しても十分間に合う」との事で、朝から晩まで、基礎体力作りに始まり、武器を変え場所を変え、最後の頃には何処から手に入れたのか、日本刀での稽古をこなした。
一見すると、ボーとしている、どら焼き好きのオジサンにしか見えないのだが、とんでもなく強い。
後から聞いたのだが、王国戦士長だったのだとか。
最初は、何度もふっ飛ばされていた。
打ち身で動けない時は、あちらの生活や風習、生息する魔物や亜人の話を聞かされた。
細かい事を聞こうとすると「行ってからの楽しみだ」と笑って誤魔化された。
楽しみって、まだ何か隠してる感じがプンプンしていた。
太陽が西に傾き、井戸の横に彫ってある文字のような部分を照らし出す。
昔、オカルト雑誌に載っていたルーン文字に似ている気がした。
「おっ」
井戸の内側がチラチラ輝き出したように見えた、錯覚かと目を擦り見直すが、やはり輝き出している。
「これが合図って事か」
転移するには、定められた時間と場所があるそうだ、この井戸では、年2回のこの時間、それ以外では何も起きないただの古井戸。
井戸の縁に立ち、つい--フフッと笑ってしまった。
「井戸が転移ポイントって、半人半神のアニメかよ」
ボーガンを持った少女と狼神と人間のハーフが願いの叶う宝玉を集める話だった、その少女が半人半神に会いに行くときの転移場所が井戸、あちらはまだ枯れてない深い井戸だったけれど。
つい口に出した言葉にある想像が浮かぶ。
実はあの作者も同じような経験をして、それを漫画にしたのだとしたら•••
可能性はゼロではないが、同じ世界に転移してるとは限らない。
親父に聞いていたイメージと思い出したアニメの世界の違いを比較して。
「違い過ぎるな、とりあえず行ってみるか」
すぐに、古いアニメを思い出したあたり、俺も親父と同じだなと苦笑いしつつ。
軽く両手で頬を叩き、❨ふっ❩と息を吐き、飛んでみた。
すぐに、埋められた井戸の土に足が着くと思った瞬間、目の前が白く輝く光に包まれた。
「これが転移•••」
感覚にして10秒ほどだろうか、目の前の白い輝きが薄れ出し、両脇にある大きな燭台の何本ものロウソクが照らす重厚な扉が姿をみせた。
骨董の知識はないが高価な物だろうと燭台を眺めながら、扉を開けようとすると、ひとりでに静かにゆっくりと扉は開いた。
扉のこちらが暗いためか、ものすごく眩しい。
「どうぞ、お入りください」
部屋の中から女性の声で、俺を招いている。
「えっ」
広くても学校の教室くらいだろうと思っていた俺は、入った目の前の風景に声をあげてしまった。
扉の中は、広大に広がる草原で、柱も壁もない、天井も雲が流れる青空だ。
ただその中、ガーデンファニチャーの椅子とテーブル、ティーセット、ワイングラス、何冊かの本が異質な雰囲気を醸し出していた。
「こちらへどうぞ、片山陸様」
テーブルの隣に立つ、美しい女性に声をかけられ、俺は目を丸くした。
純白のドレスをまとった黒髪の美女だ、艷やかな髪は長く地面に着きそうなほどある。
緑色の輝きをもった瞳が俺の何かを見透している感じがした。
金の小さいが精巧な飾りのついた胸元まで開いたドレスが風に揺れている。
ペットだろうか、黄色い綿の玉のような物が跳ね回っていた。
だが、俺が驚いたのは、親父から聞いていた女神様が想像していた以上に美しいかったからだけではなかった。
「どうして、俺の名前を?」
「とりあえず、お座りになられたら」
驚く俺に、微笑みながら彼女は優しく促した。
椅子に座る俺をみて、軽い会釈をした後、彼女は話はじめた。
「はじめまして、片山陸様。わたくし、こちらの管理をしております、クレナカーリス•ライラット•エイルと申します」
自己紹介された俺も、一度席を立ち挨拶をする。
「こちらこそ、ご挨拶が遅れ申し訳ありません。片山陸です」
と頭を下げる。
椅子に座り直し、疑問に思ったことを聞こうと
「えっと、クレナカーリス•ライラ•••」と話出したところで。
「あ、クレナで結構ですよ」
と、微笑んでくれた。
「ありがとうございます、クレナさんは、なぜ、俺の名前を知っているのですか?」
「それと管理とおっしゃってましたが、女神様ではないのですか?」
クレナは、椅子に座り紅茶の入ったティーカップをこちらに差し出しながら答えた。
「まず、お名前ですが、片山様の御父様、片山大地様よりお聞きしておりました」
「しかし、必ず俺とは限らないのでは?他にも転移してくる人だって居るはずだし•••」
クレナは、自分の頬に指を当てながら•••
「まず、初めて転移される方以外、余程の事がない限りこちらに来られる方はいません」
「次に、転移点によってお越しになる場所が違うのです、そのため、こちらのテーブル前にお越しになる方は、片山陸様の使用した転移点より転移された方だけなのです」
「親父から聞いて転移方法を知っていて、特定された扉から出て来たから、俺だと」
「簡単に言ってしまえば、片山陸様のおっしゃる通りですね」
確率的にも転移してくる人が、何かの偶然で来る率と、知っていて転移してくる率は桁違いだ。
「なるほど、それと堅苦しいから陸でいいよ」
初めての転移者にはフルネームが礼儀なのかと思いつつ、クレナも略して呼んで構わないと言ってくれたのだ、気を使わせてはいけない気がした。
「ありがとうございます。では陸様、私は神ではなく管理人です。時々女神とおっしゃって下さる方もいらしゃいますが」
これほどの容姿だ、女神と言って否定する奴が居るとも思えない。
しかし、管理人と言われると、エプロンに竹ぼうきを持ってたり、いろいろなところが大きく柔らかいキャラを思い出してしまう。
あのキャラに負けないくらいスタイル抜群だが。
「管理人とは?まさか草むしりとか」
あまりに変な質問にクレナは、口本に手を当てクスクス笑い出した。
「申し訳ありません、さすがに草むしりはしませんが、転移された方に色々と御説明させて頂いております」
説明•••確かに、召喚や転生とは訳が違う、漫画やアニメではいきなり異世界に飛ばされ、無双なんて話があるが、無理だろう。
「転移先に説明してくれる人は居ないのですか?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると
「いらっしゃいますが、その前準備とでも言いましょうか」
クレナは、俺の目を見つめた。
「陸様は、大丈夫ですね」
何が?といった顔をしていると。
「転移には、元の世界の品物を持ち込む事が出来ないのです、洋服やメガネは許可していますが、そのため確認させて頂きました」
出会った時の感覚はそれか•••透視ではないが、何か見抜くスキルを持っているのだろう。
「武器や薬を持ち込もうとするのですか?」
クレナは「そうですね〜」と少し空を眺め、考えをまとめたのか。
「電気やガス、車、銃がない代わりに、魔法や祈りがあり、そのため、武器を御使用になられても魔法の1種と思われるかと、ただ、画像や動画が記録出来る物もあります、片道切符ではなく条件が揃えば元の世界に帰れますので、異世界の情報が流出する事は防ぎたいのです」
俺は、もっともな話だと思いながら
「親父のように記憶に残し、本や絵画にする人達は、大丈夫なんですね」
「それは、空想や夢物語、想像力豊かな方と思われますし、その話ばかりされる方は精神的に病んでらっしゃると思われるでしょ」
「もし、転移場所や方法を漏らそうとされた場合は、転移点を別の場所にずらしますし」
なるほど、もし偶然こちらに来て、異世界を知り、一度戻り現実の武器や軍隊で征服を企てる輩も、夢でも見たのだろうとバカにされて終わるって事か。
「それと、世界を汚染させるような物質が混じっている可能がないとも言えませんので•••」
そこまで話すと、クレナは、紅茶のカップの縁を触りながら
「以前は、いろいろな方々が転移していらっしゃったのですが、最近は滅多に来られないので寂しいですね、現実世界の技術が進み、身近に楽しい事が増えたり仕事が昔に比べてハードになられている御様子ですが•••、それと、陸様の世界で大きな戦争が2度ほどあった時に異世界の魔法を武器にしようとする方が居られて、それを阻止するため多くの転移点を使用出来なくしたのも原因かもしれませんが」
確か、先の大戦で、遺跡発掘や魔術にかなりの軍事費を注ぎ込んだ国があった、武器使わずに一人で何百人も倒せる魔法使いを呼んだり、覚えて帰った兵士に、敵国の首都で簡単にパニックを起こす事も出来るし、要人暗殺も簡単だろう。
「ここまで何人か来たのですか」
「はい、数人いらっしゃいましたが、問題はありません、私、強いので」
クレナは、細い腕を上げ、筋肉を見せるようなポーズをとる。
「そ、そうなんですね」
その細い腕で•••、いや、筋力じゃないのかもしれない、魔法か•••
「戦争のお話が出たのでお聞きしますが、陸様は戦争に行かれたり、内戦に参加された事は御座いますか?」
「いや、ありませんよ、平和な日本で育ったんですから」
クレナは、椅子からスッと立ち上がると。
「そうですか、では、大変申し訳ありませんが、そちらの武器からお好きな物を選んで頂けますか」
「えっ」
椅子から仰け反るように後ろを見ると、先程まで何もなかった草の上に、何種類もの剣や槍、斧から盾までが揃っていた。
「テストです」
クレナは、微笑みながら草原の一点を指差した。
「これから召喚する敵を倒して頂きます」
何故?と尋ねようとする気持ちを分かっているような、それでも絶対にこのテストは行う、そんな強い意志がクレナの瞳にはあった。
「避けて通れない道ですか、分かりました」
俺は、ティーカップに残っていた紅茶を飲み干し、武器の山に向かった。
武器の山に足を進めながら心の中で親父に文句を言っていた。
(すぐに戦うなんて聞いてないぞ、魔獣やモンスターの話は聞いていたが城や町の近くには出ないから安心とか言ってたくせに、まったく、都合の悪い事は隠しやがって)