トラック野郎に恋して…
カスミは、サードシングルのレコーディングをしないといけない時期なのだが、何一つ手につかず全く詞や曲が出来ていなかった。それでも、他の仕事はいつもと変わらないようにこなしていた。しかし、精神的に限界にきていた為、部屋で仕事に向かうための準備をしている時に、倒れてしまった。それを、迎えに来たマネージャーが、救急車を呼んで病院に担ぎ込んだ。カスミは、ふと気が付き言った。
「…ここ、どこ?仕事に行かないと…」
そう言いながら、起き上がろうとしたカスミをマネージャーが、
「カスミ!いいから寝てなさい!」
「…マネージャー…、でも…」
「いいのよ、カスミ。とりあえず、一週間入院よ。いいわね?」
「えっ!?」
「心配しなくても大丈夫よ。ストレスと過労が重なっただけだから、一週間ゆっくり休めば心配ないって、お医者さんが言ってた。仕事の方は、社長があちこち頭を下げて回ってるわ、今ごろ。」
そう言いながら、マネージャーは薄笑いを浮かべ、首をすくめた。
「そうなんだ…」
言いながら、カスミは窓の外に目をやった。雨が降っていた。
「カスミは、ゆっくりしてればいいのよ。」
「うん…」
こんな時には、特に宏に会いたいと思っていた。そう思い始めると、だんだんと会いたいという気持ちが募り、知らないうちに涙がこぼれていた。
「どうしたの?カスミ…」マネージャーが、心配そうな顔で見た。
「…何でもない…」
「…分かってるわよ。彼に会いたいんでしょ?そうよね、こんな時には特にね。同じ女だから良く分かるわ、その気持ち。連絡も出来ないから、かなり参ってるのよね、精神的に。」
「多分…」
「私も、何とかしてあげたいけど…」
「いいよ、迷惑になるから…」
「…まぁ、今はとにかくゆっくり休んで、元気にならないとね、カスミ。」
「…うん」
マネージャーが剥いてくれたリンゴを、一切れほうばった。宏は、久し振りに東京へ向かって走っていた。運転中は、いつもエフエムラジオを聞きながら走っている。すると、カスミが入院したというニュースが流れてきて、一瞬慌てた。宏は、何とかしてカスミに会えないかと思っていた。東京に着いて、仕事を終わらせてから、電話帳でカスミの事務所の住所を探しだし、トラックの中で地図を見て場所を確認してから、電車で向かった。事務所の入っているビルの前まで来た時に、車道に黒塗りの高級車が止まり、遠藤が降りて来た。
「上杉さん!?どうして、ここに!?」
「どうして!?じゃないでしょう。分かってるでしょう。カスミは、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫ですよ。心配しないでください。それより、別れる気になりましたか?」
「今はそんな事言ってる時じゃないでしょう!?病院は、どこですか?」
「…教えることは、出来ませんね。別れてくれと頼んでいる相手を、会わせられませんよ。」
「…そうですか。じゃあ、マスコミに言って聞き出しますから。じゃあ、また。」
宏は、そう言いながら歩き始めた。後ろで、遠藤が何か言っていたが、いつの間にかマスコミに囲まれていた。宏は、構わず歩いていると、一人の男が走りよって来た。
「上杉さん!上杉さん!待ってください!」走りよって来たのは、カスミの元マネージャーの行夫だったが、宏は面識がなかったため分からなかった。
「何ですか?」
「すいません。カスミのマネージャーをしていた、斎藤といいます。」
「で、何か?」
「病院を教えますので、カスミに会ってやって下さい。何にも無かった様にしていたんですが、明らかにいつものカスミと違っていたので、心配していたんです。」
「…それは、助かりますけど… あなたは、立場的に大丈夫なんですか?」
「そんなこと、言ってられませんから。早くカスミに立ち直って欲しいですし、事務所もこのままでは影響しますので。〇〇病院の五○七号室ですので、早く行ってやって下さい。女のマネージャーがいますけど、今日は七時から事務所で会議がありますので、いませんから。それじゃ。」
「あっ、ちょっと…」
宏がまだ何か言おうとする前に、行夫は戻って行った。宏は、いくらマネージャーをしていたとはいえ、今は会社側の人間が簡単に教えるものなのか、不思議に思った。あれこれ考えたが、とにかく行ってみようと思っていた。宏は、行夫から教えて貰った時間を見計らって、病院に向かった。病院の前に何人かのカメラマンがいたが、知らんぷりして正面玄関から入って行った。いくら写真週刊誌にモザイクが入っていたとはいえ、気付かれないか心配だった。病院に入ると、エレベーターで五階に上がった。病室の前まで行き、話し声が聞こえないか、様子を伺いドアをノックした。
「はい。どうぞ。」
中から声がした。カスミの声だ。
「よぉ!大丈夫か?」
宏は、軽く手を挙げながら入った。
「ヒロぉ!?えっ?何で?どうして?夢じゃないよね?」
カスミは、突然、宏が現われたので、目を丸くしてビックリしている。
「カスミちゃんのニュースをラジオで聞いて、心配だったから来た。」
カスミは、ハンベソになっていた。その泣き顔のまま言った。
「私も、ヒロに会いたくて、会いたくて…でも、ヒロに電話も出来ないように監視されてしまって…」
「そうだったのか…そりゃ酷いな。やっぱり、来て良かったかな。少しは、気が楽になったかな?」
「うん…ビックリしたけど、スゴく嬉しい。」
カスミは、泣き笑いになっている。
「うん、良かった…」
「ねぇ、ヒロぉ。今夜、ここにいてくれない?時間の許す限りでいいから。」
「えっ?でも、マネージャーは?それに、看護婦さんとかも来るだろうし…」
「大丈夫。マネージャーは、会議や私の仕事の調整とかで、今夜は戻って来ないし、看護婦さんは、滅多に来ない事になってるから、心配ないよ。」
「まぁ、それなら大丈夫か。」
宏は、カスミの病室で泊まることにした。カスミは、宏に今まで会えなくて苦しかったこと、仕事のことなんかを色々聞いて欲しかった。
「仕事の方は、次のシングルが出来ていないこと以外は、順調なんだよね。」
「…そうなんだ。」
「うん…でも、あの記事が出てから、仕事で行ったところで、ナンパされることが多くなった…」
「へぇ、モテモテじゃん。」
宏は、苦笑いした。
「バァカ。遊ばれるって分かってて、付き合う女はいないわよ。それに、私にはヒロがいるからさ。」
カスミは、恥ずかしそうに下を向いた。
「そのことなんだけどさ、ホントにオレみたいなおじさんでいいの?別に実業家で、金持ちってわけでもないし、二枚目でもないしさ…」
「そんなこと全然関係ないの。私は、ヒロの人間性が好きなの。年の差は、関係ないよ。後は…」
「後、何?」
カスミは、頬を少し赤らめながら、
「…優しく抱いてくれるところ。」
言って、両手で顔を隠した。
「バカ、こっちが恥ずかしいよ。」
「えへへ。それに、お金のことにしてもヒロは心配しなくてもいいの。」
「とはいってもさ…」
「いいの。」
「ということは、逆玉ってやつ?」
「他の人からみればそうなるかもね。でも、この仕事をしてたら、ヒロのことは全然面倒見れるかもね。今の人気を維持していければだけどね。」
「大丈夫だよ。曲もいいし歌もその辺のアイドルより、全然上手いから。」
「そうかな?」
「そうだって。自信もてよ、カスミちゃん。」
「じゃあ、売れなくなったら、ヒロが貰ってくれる?」
「えっ!?」
「えっ!?じゃないでしょ。どうなのよ、ヒロ。」
「いきなりそんなこと言うから、ビックリするだろ。その時は、もちろん迷わずカスミちゃんを貰うから。」
宏は、笑顔で言った。
「ホントに!?信じていいよね!?」
「あぁ、いいよ。オレの方からお願いしたいよ。」
「…良かった。安心した。」
二人は、時間を忘れて話をしていた。カスミは、宏が今、目の前にいて、話が出来る事に幸せを感じていた。宏は、夜が明ける前に病院を出て、仕事に向かった。別れ際、口づけをして。次に会うのはいつになるだろうと宏は思っていた。




