トラック野郎に恋して… 宏の周囲PartⅡ
遠藤は、カスミには内緒で昼前の飛行機に乗った。今日までの考える事といったら、カスミの問題だけだった。カスミの方は、全く今のところ別れる気がない。そのため、男の方を説得して別れさせようと思うが、それが上手くいかなければ、強行手段に出るしかない。飛行機に乗っている間もあれこれ考えていた。
宏は、昼前に空港ターミナルの喫茶店に入り、軽い食事をして、遠藤を待っていた。食後のコーヒーと一服しながら。時間が一時を回った頃、飛行機が降り立った。すると、しばらくするとロビーに人が押し寄せ、その中の一人が宏のいる喫茶店に歩み寄って来た。それなりに身長があり、体格も少しがっちりしている。紺色のダブルのスーツにサングラス、ネクタイはしていない。店に入ると、辺りを見渡していたため、宏は軽く手を挙げた。男はそれに気付き近付いて来た。
「上杉さんですか?」
「そうですが。」
「はじめまして。私、カスミの事務所の社長をしている、遠藤といいます。」
言いながら、名刺を差し出した。宏は、それを受け取りながら、座るように促した。遠藤は、コーヒーを注文した。
「で、話というのは?」
「その事なんですが、カスミと付き合っているのは、確かですか?」
「そうですね、まだ日は浅いですが…」
「そうですか…」
「で、どうしろと?別れて欲しいと?」
「まぁ、はっきり言ってそうです。今、カスミにとってもうちの事務所にとっても、大切な時期なんです。そんな時に、この状況はカスミにとってもマイナスイメージになるんです。ですから、別れて頂けませんか?」
「…カスミは何て言ってるんですか?本人の気持ちを無視して、こんな画策をすれば事務所に対して不信感を抱くんじゃないですか?それに、一昔前と違って本人に実力があれば、プライベートは関係なしに人気は出ると思いますがね。」
「ということは、上杉さんは別れないということですね?」
「簡単に言えば、そうですね。」
「…そうですか。」
「一人の女の子が、普通に恋してるだけですよ。その恋路を邪魔する権利はないと思いますがね。」
「それは、分かっています。ですが、今の時期は…人気が安定しているならともかく、これからっていう時ですからね。」
「しかし、本人に別れる気がないなら、諦めた方がいいと思いますがね。」
「…困りましたね。」
「いや、困る事は無いと思いますが…」
遠藤は、宏の言葉を聞きながら、封筒をテーブルの上に差し出した。「…何ですか?これは…?」
「…これで、無かった事にして頂けませんか?お願いします!」
遠藤は、テーブルに頭をつけ言った。宏は、それを見ながら、呆れたように言った。
「…あんた、最低だな。こんなやり方で、別れさせたとしても、カスミの気持ちは、どうなる?ショックで、曲が作れなくなれば事務所も危ないんじゃないんですか?それに、カスミが業界を辞めるって言ったら、どうするつもりですか?色々考えてこんな真似してるんですか?話になりませんね…」
宏は、自分の立場や事務所の事を優先的に考えている遠藤に腹が立って、思わず乱暴にタバコに火を付けた。
「そこを何とか、考えて頂けませんか?」
「…これ以上は、時間の無駄のようですね。失礼します。」
宏は、タバコを灰皿に押し付けながら言って、足早に店を後にした。遠藤は、改めて封筒をバッグにしまい、窓越しにロビーに目をやり、大きくため息をついた。遠藤は、その日の夜に強行手段に出た。カスミの携帯を取り上げ、マネージャーも女性マネージャーにし、外部との連絡を簡単に取れなくしたのである。要するに、二十四時間監視下においたのだった。
カスミは、遠藤と事務所でかなり激しくやり合ったが、どうにもならなかった。部屋に戻ってからは、遠藤のあまりの行動と不信感や、宏と簡単に連絡が取れなくなったことで、悔しさや切なさで朝までベッドの中で泣いた。
騒ぎから二ヵ月が過ぎた。宏は、いつもと変わらず日本中を走り回っていた。ただ、この二ヶ月カスミからも遠藤からも、連絡は一度もない。カスミは、ファーストアルバムを出したあと、サードシングルを出す予定になっていたのだが、まだ発売されていない。宏は、心配で仕方がないが二ヶ月の間連絡がないところをみると、相手の状況が良くないことは察しがつく。それを、知る術がない為困り果てていた。落ち着かない宏だったが、今日は香との約束があり、香といた。
「あぁ、勘弁してくれよ。何だよ、これ?」
「ゴメン!少し店の模様替えしたくてさぁ。」
かなりの買い物した量をクルマに積まされた。
「ガソリン代と食事ぐらいは奢るわよ、ちゃんと!」
「当たり前だ!タダでこんなことに付き合わされたら、かなわねぇよ。今日だけにしてくれよ。」
「そんなに、文句言わなくてもいいでしょ!?早く終わらせるわよ。」
「へぇ、へぇ、わかりました。」
クルマを出し、香の店に向かった。とりあえず、荷物を店の中に入れ、食事をしに行った。
「今日は、ありがとね、ヒロ。助かったわ。」
香は、ニコニコしている。ハンバーグを食べながら。
「本当、今日だけだぞ。俺はてっきり、服とかの買い物に付き合わされるかと思ってたからな。」
宏は、ステーキ定食を食べながら言った。香に、
『そんな高いもの頼まないでよ!』
と言ったが、注文してやった。
「それにしても、付き合ってくれる男が他にいないのかよ。」
「いないから、ヒロに頼んだんじゃない。」
「ったく、早く彼氏作れよ。度々、休みの日に付き合わされたんじゃたまんねぇよ。」
「うるさいわね。ヒロだって早く彼女作りなさいよ。っていうかさ、私じゃダメかな?」
香が、真顔になって言った。
「はっ!?お前、何言って…」
宏が言うのをさえぎって香は、
「いやさ、お互いにいい年だし、これといった相手がいないなら、そういう関係になってもいいかな?って思ったの。やっぱダメかな?」
「…いや、ダメじゃないけどさ…」
「じゃあ、いいの?」
「…少し考えさせてくれよ。」
「いいわよ。返事はいつでもいいから。」
香は、ニコッと笑った。
香は、普通に誰が見ても可愛いと思う女だ。正直、今まで男が出来なかったのが、不思議なくらいだ。宏は、カスミと音信不通の今、かなり動揺していた。とにかく、カスミと連絡を取らなければと思っていた。




