カスミの周囲
カスミは宏と別れた後、品川駅から電車で東京ドームへ向かっていた。今夜のツアー会場だ。車中で、カスミに気付く者はいなかった。スッピンだし、服装も目立たないし、サングラスも掛けていた。サングラスは、宏の物を持って来た。カスミは、ひとつ大きく息を吐いてから、ゆっくりと控え室のドアを開けた。中にいた人の視線が向く。
「カスミ!!何やってたんだ!?心配したぞ!」
社長の遠藤が言った。
「ちょっと、自由になりたかったのよ!」
「それならそれで、マネージャーに一言言ってからにしろ!ファンには、ちゃんと説明しろよ!分かったか!?いいな!」
「分かってるわよ!!」
遠藤は、カスミの返事を聞くか聞かないかの内に出て行った。ライブは、予定通り始まり無事に終わった。ただ、カスミが行方不明になったことの説明と謝罪を除いては。
「カスミ。休みが欲しい時には言ってくれ。スケジュールの調整するから。社長とも話したんだが、無理をさせてきたからなるべく、カスミに合わせる様にするから。」
行夫が言った。
「分かった。そうしてくれるなら、言うわよ。」
「あぁ。ところで、どうやって東京まで戻って来たんだ?」
「別にいいじゃない。無事に帰って来たんだから。」「まぁ、それはそうなんだけど…」
「何!?何か文句あるの?あとさぁ、着替えとかしたいから出てくれない?」
「あっ、ゴメン。じゃあ、明日は朝十時に迎えに行くから。お疲れ。」
「はぁい、お疲れ〜」
カスミは、仕事が終わった後ぐらいは、好きにしたくて送って貰っていない。電車とかで帰っている。ドームを後にしようとした時、携帯が鳴った。
「もしもし。」
「カスミ〜、ライブお疲れ〜!今からどう?昨日のこととか色々聞きたいこともあるしぃ。」
電話の相手は、高校時代からの友達で、今は同じ業界で仕事をしている、相原美咲だった。あるグループのボーカルだ。
「んー、明日十時だからなぁ。一時間くらいならいいよ。でも、聞きたいことって何?」
「まぁ、それは会ってからということで。じゃあ、後でね。」待ち合わせのいつものバーにカスミが行くと、美咲はすでに来ていた。手招きしている。
「よっ。久し振りだね、カスミ。」
「うん、久し振り。美咲も元気そうね。」
「まぁね。元気だよ。」
「で、何が聞きたいの?」「何って、昨日、何してたのよ?行方不明になってたって、どういうことよ?」「そのことね。休みだったから、内緒で一人で温泉に行ってたのよ。デビューして初めての休みだったからさ。」
「あんたねぇ、新人がやることじゃないわよ。普通なら、クビよぉ。私も心配になって、何度も電話したけどつながらないしさぁ。」「ゴメン、ゴメン」
「ホントに、一人で行ったの?それとも、素敵な出逢いがあったとか?」
「はぁ!?何言ってんの?一人で行ったし、そんな出逢いがあるわけないでしょ。平日の昼間にさ。」
「やっぱり、そうだよねぇ。」
カスミは、昨日一日乗せて貰ったヒロのことを思い出していた。




