あり得ない出逢いかもしれないけど、立場を考えなければ、あり得るかも?
行夫は、街中を出来る限り捜して歩き回った。しかし、いくら地方都市といっても小さい街ではないので、カスミ本人どころか手掛かりさえもつかめずに、疲れ果ててホテルにいた。テレビからは、昼のワイドショーがカスミの事を言っている。社長の遠藤からは、何度も電話があった。明日のライブ前には、何事もなかったように現れるだろうと思うようになっていた。電話が鳴った。また、社長かと思いながら、
「もし、もし、斉藤ですが。」
「私、カスミです。」
「えっ!?あっ、おい、何やってんだよぉ!何処にいるんだよ!?心配かけやがって!!」
「ごめんなさい。初めての休みだから、好きにしたくて何も言わなかったの。場所は言えないけど、東京に向かってるから安心して。明日のライブに穴は開けないから。」
「当たり前だろ!でも、ライブには間に合うなら一安心か。しかし、一言声掛けてからにしてくれよ。社長からは怒鳴られるし、カスミは見つからないし…まぁ、良かった、無事で。社長には、言っておくから明日は、カスミからも言うんだぞ。」
電話を切ると行夫は、疲れが一気に出て寝てしまいそうになり、慌てて社長に電話した。社長も、無事が分かって安心したのか、大目に見てくれそうだ。普通なら、クビ騒ぎになってもおかしくない。それだけ、期待が大きい表れだ。行夫は、いつのまにか寝てしまった。
「ねぇ、ヒロぉ。高速道路は、使わないの?」
「あぁ、必要以外はなるべく使わないよ。使っていい金額が決まってるからね。それ以上使えば、給料から引かれるからね。高速使えば楽なんだけどねぇ。」
「ふぅん。大変じゃん。普通の道は渋滞するし。それに、お風呂とかどうするの?」
「まぁね。風呂はガソリンスタンドとか、健康ランドみたいなところとかでね。」
「へぇ〜。スタンドではいれるんだぁ。」
「トラック運転手だけだけどね。」
「じゃあ、今日はどうするの?私が一緒だけど…」
「そうだなぁ、どうしようかなぁ。どこか有ったかなぁ?」
「入らないの?私、入りたいんだけどなぁ〜。」
「どこが有ったかなぁ…?」
「ねぇ、ヒロぉ〜。あそこのお風呂は、ダメかな?」彼女が指を差した先の建物は、ラブホテルだった。
「いや、あそこはいくら何でも…」
「だから、お風呂入るだけだって。何にもしない約束でだよ。モチロン!」
「当たり前だろ!そんな安売りする様なことしたら、ダメ!」
「良かったぁ。ヒロがいい人で、安心したぁ。」
胸に手を当てながら、彼女は言った。言われた宏は、苦笑いした。男は、そういう気持ちが全く無いわけじゃないから、いい人と言われて喜んでいいものか。だから、ホントに風呂に入っただけで、出て来た。
「後は、東京までゴー!!だね、ヒロぉ。」
「そうだなぁ、今、沼津だから、時間的に途中で仮眠して、明日の朝六時頃に行くつもりだけど、いいかな?」
「あぁ、そうよねぇ。ずっと運転してるもんね。」
「あっ、カスミちゃんは寝台でいいからね。俺は、前で寝るから。」
「あっ、うん、ありがと。」
宏は、国道一号線から国道二四六に入り、秦野中井インターから東名高速に入り、海老名サービスエリアで仮眠することにした。食堂を出る時に、彼女はマネージャーに電話をしていたが、大丈夫だろうか?大丈夫だよぉと、言っていたが…「カスミちゃん、どこも行けなくて悪かったね。せっかくの休みだったのに、トラックでドライブしただけだったね。オジサンと。」宏は、苦笑いした。
「気にしないでいいよぉ。そんな時間もなかったし。いつも、新幹線や飛行機だから景色を楽しめなかったのが、楽しめていい気分転換になったよ。富士山も綺麗に見えたし。」
「それならいいけどさぁ…でも、大丈夫?明日…」
「大丈夫だって。ヒロの事は誰にも言わないし。二人だけの秘密だから、ヒロも言っちゃダメだよぉ。」
「言わないよ。モチロン。俺も楽しかったよ。退屈しなくて良かった。」
とりあえず、二人は横になった。朝もまだ明け切らない、薄暗い時間だ。宏は、彼女を起こし走り始めた。
「おはよ、カスミちゃん。もうすぐ、バイバイだね。品川駅の近くでいいかな?何か、淋しいなぁ。」
彼女は、カーテンを閉めた寝台で身仕度しながら、
「おはよ。いいよぉ、品川で。でも、ホントはもう少しヒロと一緒にいたいけどね。」
イタズラっぽく笑っている。
「またぁ、そんなこと言って、からかう。」
「はは、困ってる、困ってる、面白〜い。」
彼女はニコニコしている。「今日、ツアーの最後でしょ。ガンバレよぉ。」
「うん、ありがと。ねぇ、連絡してもいい?」
「あぁ、いいよ。まぁ、少しでも思い出して、気になった時は、連絡して。愚痴ぐらいは、聞けるかな。」宏は、少し笑みを浮かべて言った。
「分かった。ヒロもたまには、連絡してよね。」
「あぁ。でも、カスミちゃんの状況が分からないから、メールするよ。」
「うん、分かった。じゃね、バイバイ。」
「うん、バイバイ。」
宏は、少し名残惜しかった。夢のような一日だったと思って、頬をつねった。痛い。夢じゃなかった。連絡先は、交換したから連絡出来るが、こっちは覚えているけど、彼女の方が何日もしたら、忙しくて忘れるに決まってると思っていた。宏は、目的地に向かって改めてトラックを走らせた。




