トラック野郎に恋して…
宏は、カスミとの約束の場所にいた。時間まで、まだ十分程
《ホントに、来れるのか?》
そう思いながら、待っていた。
時間になったが、カスミはまだ来ない。
《やっぱり、無理だったか!?》
それでも宏は時間があるため、待つだけ待つことにしていた。宏には、この待つ時間は丁度良い考える時間でもあった。
《帰ったら、香とも話をしないとな…》
そう考えていた。
カスミは、マネージャーの出掛けた隙に、やっとの思いで抜け出した。休みらしい休みが無かったため、カスミが仮病を使ったら、薬を買いに出て行ったのだ。彼女も、カスミがここ数ヶ月おとなしくしていたので油断したのだろう。
《急がなきゃ!》
カスミは、大通りまで走って行きタクシーを拾った。宏との約束の時間を二時間も過ぎている。
《ヒロ!お願い!待ってて!!》
タクシーの中で、祈る様にしていた。近付くにつれ、不安ばかりが募る。時間も、午後一時になろうとしている。タクシーが、埠頭に渡る橋の手前の信号につかまった。
「あっ、ここで降ります!」
カスミは、宏が待っていないかもしれないと思い、手前から歩いて行くことにした。近付くにつれ、カスミは、
《待っていなかったら、どうしよう!?》
と思い、泣き出してしまいそうで、まともに前を向いて歩けない。橋も半ばを過ぎたところで、ようやく顔を上げた。涙目に宏の姿が映った。「ヒロ!!、ヒロ!!」
カスミは、呼びながら小走りになっていた。半ベソをかいていた。
「ヒロぉ!!ずっと、逢いたかった…逢えて、嬉しい…私、ヒロのこと大好き!この先、何があってもヒロとの事大切にする。」
カスミは、言いながら抱きついていた。
「おい、おい、そんなに泣くなよ。俺も逢えて嬉しいから。それより、カスミちゃん。俺、腹ペコだからご飯食べに行こ。」
「あっ、ゴメン…待たせちゃったからね。」
カスミは、涙を拭きながら笑った。
「うん、待ったな。キリンみたいに首が長くなったかな?」
「バカ。寒いよ、そのオヤジギャグ。」
カスミは、そう言いながらでも、笑っていた。
二人は、横浜に行った。中華街で食事をした後、〈みなとみらい〉の観覧車に乗っていた。ベイブリッジや山下公園等が一望できる。幸いにも、途中、誰もカスミに気付かなかった。スッピンの上にサングラスをしていた。スッピンでも可愛い。サングラスは、元々宏のだ。
「何から話していいか分からないけど、とりあえず、あの週刊誌の写真はデマだから…」
「…そうか。」
「ホントよ、信じて。私、ヒロを失いたくない…今はそのことが支えになってるの。たとえ、今日のデート写真が週刊誌に出ても。その時は、はっきり言うわ。」
「…うん、まぁ、今のカスミちゃんなら人気が落ちることも無いと思うよ。」
「人気なんてどうでもいいの。歌っていければ、メジャーとかマイナーだとか関係ないの。」
「でも、周りはそうは思ってないだろ!?」
「けど、私は自分の気持ちにウソをついてまで、歌いたくないの。」
「…カスミちゃん。」
「ねぇ、ヒロぉ。明日の朝まで時間があるんだよね?今夜は、付き合ってくれるんでしょ?」
カスミは、イタズラっぽく笑いながら言った。
「あぁ、大丈夫だよ。」
宏も笑顔で答えた。
その後、二人は横浜の街でウィンドウショッピングをしながら歩いた。人目を気にすることもなく。宏は心配だったが、カスミが、
「気付かれても構わないから、行こう!!」
と言ったからだ。その途中でカスミが、
「ねぇ、ヒロぉ。その作業服、何とかして欲しいですけどぉ〜」
と、言った。
「しょうがないでしょ、私服とか持ってきてないし…」
「そうよねぇ、急だったからねぇ〜」
「そうだよ。」
「じゃあ、また私がコーディネートするから買いに行こ。」
「え〜、いいよ、いいよ。買うだけのカネ持ってないし…」
「それは、心配いらないの、ヒロ。」
「いや、でも…」
「いいの!ヒロがその格好じゃ、逆に目立つんですけどぉ〜!?」
言いながら、手を取り歩きだした。
一通り、歩いた後二人は品川まで帰った。品川で二人はレストランにいた。
「ヒロ、今日はホントに楽しかった。それに、やっぱりヒロのことが好きなんだって思ったよ。」
言って、照れ笑いになっている。
「そうだね。久し振りで楽しかったよ。カスミちゃんの顔も見られたし。この年で、観覧車に乗るとは思わなかったけど。」
宏も笑った。
「えぇ〜、いいじゃん観覧車ぐらい。年は関係ないって!」
「そうだね。」
「やっぱり、いいよ。その服。」
言いながら、ニコニコしている。
「そうか!?まぁ、スタイリストがいいからな。」
「当たり前じゃん。このカスミ様よ。」
笑いながら偉そうにしている。
「ねぇ、ヒロ。今日も明日の朝までなら時間あるのよね?」
「うん、寝床はトラックだけどね。」
「そう…だったら…」
カスミはうつむいた。
「…」
二人とも、黙ってしまった。少しの沈黙の後、宏が言った。
「…あのさ、カスミちゃんさえ良ければだけど、泊りに行く?」
宏も、年甲斐もなくドキドキしながら言った。
「うん!!行くぅ〜!!!」
言いながら上げた顔は、とびきりの笑顔だった。宏のその言葉を待っていたのだった。
二人は、シティホテルに入ってからも、色々な話をしていた。というよりは、カスミの方が宏の仕事や仕事先での話を聞いていた。何処に行ったとか、何が美味しかったとか…
「ヒロ。今日のことバレてても、私、平気だからさ。心配しなくて大丈夫だから。」
「…ホントに!?」
「うん、大丈夫!もし、大丈夫じゃなくなったら、ヒロに貰ってもらうからさ。」
ニコっと笑う。
「大丈夫だよ。マイナスイメージにはならないからさ。」
「私、売れたいとかどうでもいいの。好きな歌を好きなように歌えれば、それでいいんだけど…それで、ヒロの傍にいられたら最高!なんだけどなぁ〜。」
「それは、カスミちゃんの夢?」
「うん、夢。っていうか、現実にしたいんですけどぉ〜」
上目遣いで、宏を見る。時々、妙に色っぽい感じになるなぁと、宏は思った。
「じゃあ、もし今日の事で何かあったときに、業界なんていたくない、ヒロの傍にいたいと心の底から思った時には、いつでもおいで、カスミちゃん。その代わり、今と違って苦労するのは明らかだよ。」
「うん、分かってる。でも、ヒロと一緒にいられて幸せならそれでいいよ。」
「そうか…もしものときは、覚悟してるんだね。」
「あったり前じゃん。」
少しカスミは、ハニかんだ。
「ホント、今でも夢みたいだよなぁ。あの“カスミ”が、今、目の前にそれもベッドの中で横にいるんだからなぁ。」
「なぁ〜に、別に不思議じゃないよぉ〜。一人の女の子が一人の男の人に出会って恋をして、今があるんだからさぁ〜。“カスミ”が、いるんじゃなくて、ヒロのことが大好きな女の子が隣にいるんだよ。」
言いながら、宏の方を向き抱きついた。宏は、カスミを離すと口づけをした。そして、数ヶ月振りに二人は結ばれた。それも、お互いの逢えなかった思いが吹き出し、激しく何度も求めあった。