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寛大なヤオニラミ様

初めてのホラー作品です。

どう怖がらせたらいいか手探りしながら書いた一作、どうぞ気軽に読んで下さい。

蒸し暑い……とまではいかない、夏休みのある日の夜。

ほんの遊び気分だった。


「お前もこいよ」


「祟りなんてあるわけねーって」


幼稚園時代からの腐れ縁、佐藤と吉本からの誘い。

地元の、さして大きくない山の中にある廃墟──何かの神様?を奉ってる神社だったらしい──に肝試しに行くのだという。

当然夜中だ。昼間行っても男だらけのハイキングにしかならない。男子高校生三人でのんびり山登りとか勘弁だ。


「ま、いいけどよ」


行きたくもないが別に断る理由もないんで、俺はその誘いに乗ることにした。





やめときゃよかった。マジで。


「ひぃやぁぁあああぁ! やばいやばいって!」


「なんだあれ、なんなんだよあれ! わけわかんねえよ!」


泣きながら足をもつれさせて、転がるように逃げていく佐藤と吉本。

俺は二人と同じくらいすっげえビビりつつも、どうしたらいいか困っていた。





~~~~~~~~

俺は二人と山のふもとで待ち合わせると、佐藤の先導で、神社のある場所へ、軽く興奮しながら向かった。


思っていたよりちゃんとした砂利道があったせいで、大して苦労もせずに目的の場所にたどり着けた。

山に入ってすぐ、『ここより関係者以外立入禁止』と書かれた看板と、南京錠がかけられた門と金網の壁があったが、あっさり登って乗り越えて先に進んだ。

元気だけはアホみたいに溢れてる俺たち十代の若さの前では、そんなもんアスレチックに等しいんだなこれが。


そうして、廃墟と化してるらしい噂の神社に到着したんだけど、うん、なんか話と違ってた。


「どこが廃墟なんだよ」


「おっかしーな。兄ちゃんから聞いた話だと半分腐りかけって……」


神社を懐中電灯の光で照らしながら、佐藤が首をひねる。


「現役バリバリってほどじゃねえけど、でも廃墟って感じかこれ?」


鳥居に手を当て、吉本が拍子抜けした顔をしていた。

俺もそんな顔だったんじゃないかな。


神社はあまり手入れされてないように見えるが、それでも廃墟とは程遠い立派さで、山の木々の中に建っていた。


「どうすんだ?」


俺は予想ついていたが一応聞いてみた。


「そりゃここまで来たんだからさ。トーゼン、中まで入るっしょ」


「期待できそうにないけどよ。あ、俺一応ペンチ持ってきてるぜ」


「気が利いてんなヨッシー」


「お前が何やるにしても準備不足すぎんだよ、サト。懐中電灯まで俺に用意させやがって」


「はいはいスンマセンスンマセン」


佐藤と吉本は笑いあった。

マジで不法侵入やる気かこいつら。あの門や金網越えただけでもまあまあアウトだってのにさらに罪を重ねるのかよ。

あとさ、懐中電灯くらい家から持ってこいよ佐藤……


「どした、朽木? ビビッてんのか?」


吉本がじっとしてる俺に聞いてきた。怖くて動けなくなったとでも思ったのだろう。

確かにビビッてるけど、それはお化けや神様にではなく学校や警察に対してだ。ここまでやれば叱られるだけではすまないに決まってる。


「ん、小便」


俺は近くの草むらに歩きながら一言告げた。


「オイオイここでかよ? お前もいい度胸してんなあ!」


「ははっ、流石はクッキーだぜ」


背中越しにバカ二人の笑い声を聞きながら、俺は適当に時間を潰すことにした。どうせ何もないだろうし、さっさと戻って来るだろう。

あとは三人仲良く帰って山のふもとで解散してからこっそり部屋に戻ればいい。下手に入り込んで落とし物とか指紋とか残したくねえんだよ。


そうタカをくくっていたのだが、現実は甘くなかった。

~~~~~~~~





「やばいやばいって!」


「わけわかんねえよ!」


きったない悲鳴を上げて、神社の中から飛び出てきた二人。

さっきまでの余裕さやお気楽さは影も形も消え失せ、俺の姿が目に入らないくらい脅えていた。


「どうしたんだよ、おい!」


「や、やばいよクッキー、やばいよあれは! マジでいたんだよ!」


「いいから逃げるぞ! お、追いかけてきたら洒落にならねえ!」


人が変わったような二人の必死な様子に、鈍感な部類の俺も、流石に恐怖が胸の奥から込み上げてきた。

どうしたらいい。

誰かがいたのは確かなようだ。三人揃って頭を下げて謝罪したほうが丸く収まるのではないか。

(後になって考えると、二人の脅えっぷりからして普通の人間や動物がいるとは思えないのだが、この時の俺はやはり恐怖でまともに頭が働いてなかったみたいだ)


神社の中の誰かに謝罪すべきか、それとも二人と一緒に一目散に逃げるべきか。

俺が判断に困っていると、





がしっ





後ろから、



両肩を、



何者かに、



掴まれた。



「ひゃあああああ! あっひゃあああああ!!」


「うわあああああああああああ!!」


俺のほう、いや、俺の後ろのほうを見て、二人が今日イチの絶叫を上げた。四つん這いになって地面を掻くように泣きながら逃げていく佐藤と吉本。


ウソやろ。

俺を助けないのか。

友情は?

逃げるにしてもこっちを一度くらい振り返れよ。

腐れ縁ってこんな簡単に切れるもんなの?

覚えてろよ。

懐中電灯無しで帰れるのか?

お前らの誘いに乗った俺が馬鹿だった。

本当のこと言うとな、クッキーなんてあだ名は大嫌いだったんだよ。

許さねえ。

てめーに貸したままの600円化けてでも取り立ててやるからな吉本よぉ。

お前らのやらかしで俺が一番ワリ食うのかよ。

クソが。


一瞬で友情が崩壊したショックで、俺は背後への恐怖すら忘れて恨み言やこれまでの不満を脳内でぶちまけていた。


『………………………………』


背後の誰かは無言のままだ。

両肩を掴んでいる手の感じからして、女性のように思える。

長い髪が、俺の頭やうなじに絡み付くようにかかっている。

密着しているのか、二つの大きな膨らみが背中に押しつけられていた。

普段ならその感触にニヤニヤしてしまっていただろうが、今はそれどころじゃない。性欲を軽くぶっちぎって周回遅れにするほどの恐怖に襲われているのだ。

何も言ってこないのもまた怖い。会話の余地がないのがこんなに恐ろしいなんて。

間違いなくこちらが悪いので平謝りしたいのだが、舌が震えてうまく声が出せない。


(すいません。本当にすいません)


だから心の中でひたすら詫びることにした。


(あいつらの分まで謝りますんでどうか勘弁してください。お供え物もって改めて謝罪しますんで許して下さい。申し訳ありませんでした)



『………………よし』



何も反応が返ってこないかと思ったが、一言、しっとりとした若い女性の声が耳元で聞こえた。

え? と思い、つい声が聞こえたほうに顔を向けてしまった。やめておけばよかったのだが、許してくれたような声に安心したのか、気が抜けてしまったのだ。


そこにあったのは、真っ暗な、闇としか言いようがない顔と、無数の瞳だった。


意識が遠退いた。


覚えているのはそこまでだ。





気がついたら自分ん家の前に立っていた。


「…………? え……ここ、俺の、家? うん、玄関も

……知ってる。自宅だ、我が家だ…………」


幻かと思ったが、周りの家も電柱もある。街灯の明かりもある。野良猫も鳴いてる。手元に懐中電灯もあった。

そして目の前にあるのは紛れもなく、もう七十過ぎの爺ちゃんがまだ二十代だった頃に建てられた、まあまあ年期の入った我が家だった。

気を失って、意識を取り戻したら自宅や自分の部屋にいた。よく怪談話のオチ手前にあるパターンだけど、まさか自分がそんな目に合うとは思わなかった。


ホッと息をついたのもつかの間に、俺はあの、恐ろしい何かとの約束を思い出した。

あの若い女性めいた、正体不明の存在に、俺の詫びは本当に通じたのか?

わからない。わからないが、約束は守らねば。

だが、今はとにかく休みたい。

俺はこっそり玄関から自分の部屋に戻ると、ベッドに倒れこんで泥のように眠った。


翌日。


俺は午前十時頃に目を覚ますと、近所のスーパーに猛ダッシュで飛び込んでお供え物を物色した。

まだ高校生なんで酒は売ってもらえなかったので、饅頭と苺のケーキと骨付きチキンと紙カップを買って自宅に戻り、水筒に爺ちゃんの日本酒を入れて山へと向かった。

できるだけ明るいうちに全てをやり終えたかったからだ。

佐藤と吉本についてはどうでもよかった。今はもう約束を果たすことしか頭になかったんだ。


「えっ……」


誰が開けたのか、南京錠がかけられていた門は左右に分かれ、出入り自由となっていた。

二人が逃げ出すときに鍵を開けたのか?

いや、そんなはずがない。それなら昨日ここに入る時に開けるはずだ。わざわざ金網をよじ登る理由などないのだから。

どっちにしても好都合だ。

門を開けた人と鉢合わせになるかもしれないが、今はその考えを頭から振り払って、俺は神社へと早足で向かった。



神社はそのまま建っていた。

再度来たらなくなっていた……みたいな展開を少しは期待したが……


正面入口は半開きになっていた。最初から鍵はかかってなかったらしい。

入口の前に、吉本の置き土産のペンチが転がっていた。それと二人分の懐中電灯もだ。

ほっとこうかとも考えたが、それはこの神社にゴミを放置するようなものだと思い、後で持ち帰ることにした。


中に入ると、拍子抜けするくらい何もなかった。

床にはお札のようなものが何枚か散らばり、なぜかパイプ椅子が一つ、隅っこに畳んで置かれていた。

一番奥に御神体?とかを奉るようなスペースはあったが、ひび割れた鏡らしきものがあるだけだった。


パイプ椅子をテーブル代わりにするのもバチが当たりそうなので、奥のスペースの手前に半紙を敷いて、そこにスーパーで購入したお供え物を並べた。

紙カップに水筒の中のお酒を注ぎ、お供え物のそばに置いた。これで一応は形になっただろうか。


「どうか失礼をお許しください。二度とこのような真似は致しません。何とぞお許しください」


正しい作法がわからないので、できるだけ誠意を込めて土下座して謝った。


さわさわという、手の感触。


頭を撫でられたのだとわかった。それと、何故かはわからないが、許された気がした。





その後。


佐藤と吉本の裏切りコンビは、無事に始業式に姿を見せていた。

やはりというか、俺をほっといて逃走したあと、あの何かからの祟りをモロに喰らったらしい。具体的に何があったかまではわからないが、寺だの神社だのたらい回しにされたようだ。

詳しく聞き出すついでに恨み言も言ってやろうかと思ったが、あいつらは信じられないくらい俺に対してよそよそしくなった。

俺の顔を見るなりそそくさとどこかに行く始末だ。

今では、お互いに目を合わせることすらない。

俺を見捨てた罪悪感からなのか、それとも、俺といるとあの夜の出来事やその後の祟りについて嫌でも思い出すからなのか。


それと、一つわかったことがある。

二人とも、暗がりを極端なまでに恐れるようになったということだ。ロッカーひとつ開けるのにも勇気がいるくらいに。



山の中の神社だが、あれから行ってはいない。

またお供え物でもしようと向かったのだが、あの通行止めの門はさらにガチガチに封鎖されていた。監視カメラらしきものまで設置されている有り様だ。

この様子なら、仮に無理やり入ったとしても、警備会社に通報が届くくらいはあり得る。


これは無理だと断念し、俺は焼酎入りの水筒とオハギと豚角煮を持ち帰った。


帰宅し、それを爺ちゃんに献上して、それとなく山の神社について尋ねてみた。


いつからかはわからないが、あそこには古くから女の神様がいる。

どのような利益があるのか、どこの筋の神様なのかもわからない。

ただ、ヤオニラミ様とだけ呼ばれている。それも正しき呼び方かどうかもわからない。

崇めても福を与えてくれるわけでもないし、軽んじれば当然ながら罰を与えてくる。

なのでできるだけ触れずにそっとしておくことにしているのだという。


「度胸試しとか、好奇心とか、変な気を起こすんじゃねえぞ。ずっと見られ続けておかしくなっちまうからな」


爺ちゃんはそう話を締めくくった。



こうして、俺は二人の親友を社会的に失い、この世には決して軽々しく踏み込んではいけない領域があると、心底思い知ったのだった。









──と、ここで終われば綺麗にオチもついたのだろうが、そうでもなかった。


あれからしばらくはわからなかったのだが……その前に、言っておくことがある。

俺は、自分で言うのもなんだが、少しはモテたりする。告白されたこともある。クラスの女子との仲もいいほうだ。

かつての親友二人にそれを妬まれたこともある。


それがパタリと止んだ。


不自然なくらい、女子というか女性全般に避けられるようになった。まともに会話してくれるのが母ちゃんくらいだ。

気持ち悪いとか、臭いとか、目付きがいやらしいとか、そんな感じの反応じゃない。


『理由はわからないけど、とにかく怖いの。関わったらいけない気がして仕方がなくて……話するのも、最低限で切り上げたいの。ごめんなさい』


クラス女子の中でも一番親しかった子にしつこく食い下がってやっと聞き出せた返答がこれだった。


モテ期が終わったのか。短い春だった。


ポニーテールを揺らしてあわてて立ち去るその子をじっと見つめながら、俺はそんな現実に打ちのめされていた。

そう、その時までは。





女運に見放されたのは、モテ期の終わりだとか、フェロモンが枯渇したとか、そんな生易しい理由ではなかった。



深夜の自室。



女の影が、ベッドに横たわる俺のそばに立っていた。



そう、ヤオニラミ様が。



白い衣の前をはだけさせ、大きな胸の谷間や、そのずっと下にある、脚の付け根辺りのあの部分まで、隠しもせずに立っていた。

衣の他には何も身にまとっていない。ほとんど裸だ。


女性から避けられてしばらくすると、何日かに一度、この女神様が夢に出てくるようになった。

それが、毎日出るようになり、夢に出なくなったと思ったら窓の外に浮かぶようになり、部屋の窓際に立つようになり、次第にベッドに近づき、とうとうここまで距離を詰められたのだ。


『………………………………』


今ではもう、あの時のような抑えようのない恐怖はなくなった。

まあ、なんというか、それでもあのたくさんある瞳で見られると、威圧感は感じる。神に見られるということは、そういうことなんだろう。

そして、女神に気に入られるということがどういうことなのか、それも俺は理解し、受け入れていた。


『………………よいぞ』


どこか嬉しそうに女神様はそう言うと、俺の上に覆い被さってきたのだった──

めでたしめでたし。

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