92_後片付けとサヨナラの準備
明け方の酒盛りはそれはもう盛り上がった。
流石はラビットいち豊富な人生経験を持つと自負しているアンドー。話を聞くのも盛り上げるのも上手いもので、エロ談義をしながら喰って飲んでのどんちゃん騒ぎだった。
やれあのラインがいいだの、デカい方が有利だのと酒が進むに連れて話に熱が入る俺とアンドー。
食堂の棚は泥棒でも入ったのかと見間違う程ひっくり返され、調理ロボの作ったツマミの食べ掛けが机の上に散乱している状況だった。
酒を飲んでも飲まれるな。
昔の人はよく言ったものだと理解できたのは、ブチギレたハイデマリーに医療ポッドに投げ入れられ、体の中からアルコールが抜け終わってからだった。
はて? 俺は今までなにをしていたのか?
素面となった俺とアンドーの目の前には鬼の形相を浮かべるハイデマリー。
その傍らにはエリー、リタ、カリナナといった女性陣がゴミを見る目を向けている。
何だか不味いことになっている。救援と説明を求むと視線で双子を探すが何処にも姿がない。見捨てられたと気付いたのは、きょろきょろと周りを見渡す俺の首根っこを掴まれた時だった。
怒髪天のハイデマリー、軽蔑の目を向けるエリーとカリナナ、笑いを耐えているリタの前で、成人男性2人は流れるように正座の姿勢を取った。
何をしていたのかを話せ、と命令するハイデマリー。
いったい何を話せば良いのか問うアンドーに、ハイデマリーは無情にも今朝までのどんちゃん騒ぎの内容を全て話せと命令した。これにより、俺とアンドーは女性陣の前で何をしていたのかを赤裸々に話すこととなった。
即ち、性癖の開示である。
畜生には過ぎた趣味やな。
ド変態、近づかないでよね。
なるほど知ってた。
わ、私の事もそんな目で見てたのですか!?
顔を赤や蒼に染めたりする3名、神妙に頷く1名になじられ罵られ。
この時点でメンタルが複雑骨折を起こしている俺の隣で”これはこれで”と悶えたオッサンはシズの拳骨によって意識を刈り取らた。全く度し難い趣向の持ち主だ、まな板の上でも己を貫く姿には一人の男として尊敬に値するぜ。
そんな頼れる男が沈めば俺の番がやってくる。
一人一人、再度確認するような質疑応答に嘘偽りなく答えさせられる時間。嘘を吐こうものならリタによって即座に暴かれ、面白可笑しく脚色されてバラされるのはどんな拷問訓練よりも辛かった。心を読むのは禁止カードでしょうが。
そして約一名、途中から急に前のめりになった金髪エルフからの執拗な質問攻めに”くっ、殺せ!”状態まで追い詰められた俺を待っていたのは、ド変態の烙印と共にビンタの限りを尽くされて腫れ上がった頬だった。
その姿のまま食堂の掃除を命じらたが、これでチャラだと言ってくれた女性陣の懐の深さには泣が出そうだよ。因みに、アンドーはリタ監視の下で機体整備へと行っている。
「今回学んだ教訓は、ウイスキーは人をダメにすることだな」
台拭きで集めた食べ残しを再処理装置へと流し込んで運転開始ボタンを押す。
電子レンジが上に2台重なった程度の大きさの機械は、この世界では必要不可欠な3Dフードプリンター用のカートリッジ製造装置だ。
再処理装置に入れられた食べ残しは成分ごとに分離して、再利用が可能な合成食料の素を作ってくれる。その合成食料の素を指定容器に注入すれば、3Dフードプリンターに使えるカートリッジへと生まれ変わる。
3Dフードプリンターの概念は地球でも生まれつつあったが、この世界ではそれが高度な技術で実用化されている。
カートリッジを組み合わせるだけで食べたい物が何でも作れると言えば、これを作った人がどれだけ食事を重視していたかが垣間見えるだろう。
だが悲しいことに、フードプリンターで作った料理の大半は美味しくない。
地球の食事を知っている身からすれば、庶民が毎日手に入れることが出来るランクのカートリッジはギリギリ食べられるレベルだ。
理由は簡単で、カートリッジの質は詰め込まれた合成食料の素に直結しているからだ。
例えば安物のカートリッジを使ってステーキを作るとする。すると出てくるのは見た目だけは立派な、想像の5倍は不味い肉のような何かだ。
何故そんなことが起きてしまうのか。
答えは進み過ぎた技術と増えすぎた人口が理由だ。
合成食料はその名の通り成分が抽出できるのなら素材元を問わない。なんならその辺の土からでもカートリッジを作ることができるし、それを3Dフードプリンターで使えば、元が土とはいえ人が食べられる料理が作れてしまう夢のような技術だ。
星の数ほどいる帝国臣民を喰わせていくには、そんな夢のような残酷な技術が必要だった。
崇高な思想の果てに生まれた技術によって帝国臣民は生かされているが、見方を変えれば土を食べなければ生きていくことも出来ない程、帝国の生活基盤は危ういことが分かる。実際、補給が難しい辺境や末端の帝国軍の食糧事情はかなり深刻らしい。
仕方がないとはいえ、元が土の見た目だけは千切りキャベツとか出されても食べられるか? 俺は口に入れただけで色んな野菜と土の味がして無理だった。
だから質の悪いフードカートリッジで作る食事は嫌いだが、都合の良いことにラビット商会ではハイデマリーの方針から一定品質以下のカートリッジは購入しない決まりになっている。
3Dフードプリンターが設置されていない訳ではない。
一般的な宇宙艦の例に漏れず、ラビットⅡの食堂にもセクレト製の立派な3Dフードプリンターが備え付けられているし、フードカートリッジも常備されている。
ただその品質が個人では手が出しにくいランクなのと、そもそもラビット商会では3Dフードプリンターを使う方が稀だったりするだけだ。
じゃあ普段の食事をどうしているかと言えば、万能AIシズによるお料理提供だ。
使われている物は一定品質を目指して作られたフードカートリッジの素、つまりはナニかと混ぜ合わせて合成食料になる前の、野菜や肉といった”食材”を買い付けて使っている。
もちろん地球で一般的な自然由来な製法で生まれた天然物じゃなく、培養された人工物だ。天然物を毎日食べられるのは、クレアのような一握りの人だけだろう。
庶民が天然物を食べようとするなら、それこそドレスコードが必須なレストランにでも行くしかない。だから初めてクレアと会った時に何て物を食べさすんだと驚いたんだよな。
とは言っても、培養食材と天然物でそれ程味の差は感じられない。
要はブランド力の差だと思っている。ボタン一つで作られる人工物より、手間暇掛けて作られた天然由来の物の方が値段が高くなるのは決まっているからな。
成分とかが違うのかもしれないが、そんなことは知らん。身体に悪い方が旨いのは昔から変わらないだろう。
しかし、これが培養食材とフードカートリッジとなると話が変わる。
食材の形を残して提供される一品物の培養食材と、培養食材に何かよく分からないモノを混ぜて作られた物体が入るカートリッジとでは、味や食感が違うのは当然と言えば当然だろう。
カートリッジの質が悪ければその差は歴然だ。何が原料なのかも分からないし、マジで食べ物として見れない。カートリッジを買うなら、せめてブランドがはっきりしている企業の物を選ばないと食べられたもんじゃない。
だから大金持ちは天然物、食にこだわりたい金持ち庶民で料理が作れるなら培養食材、その他大勢はフードカートリッジと食のランクは明確に分かれている。
いやホント、質の悪いカートリッジとかマジで何食ってるのか分からなくなるけど、栄養があるだけまだマシなのだろう。……栄養失調で死んでないから、栄養はあるってことでいいんだよな?
とにかく何が言いたいかと言えば、俺とアンドーは金持ち御用達の培養食材を惜しみなく食い散らかしたと言うわけだ。ハイデマリーがブチギレるのもよく分かる。
なお、食材は俺とアンドーの給料から天引きで補給されるそうです。一ヶ月無給です、泣きたい。
「オキタ、手が止まっているのです。せっせと働くのですよ」
「……何でカリナナが俺の監視役なんですかね」
モップを渡して来るカリナナは、監視ついでに食堂の掃除を手伝ってくれている。
俺に近づかまいと腰が少し引けているのは、気のせいでは無いだろう。
「私だって近寄りたくないのです。でも、私はあと数日でこの船を降りるのです。度し難い変態相手とはいえ、お礼くらいは言わないと縁も切れないと思い志願したのです」
「お前も律儀だな。そんなド変態は放っておけばいいのに」
「何を他人事のように言っているのです? ド変態はオキタなのですよ。でも私たちのために命を懸けてくれたド変態なのです。彗星の塵くらいは感謝しているのですよ」
「カリナナさん、それは流石に許容ライン超えてない?」
「胸に手を当てて考えるのですよ、って! 私のじゃないです! ぶん殴りますよ!?」
ちょっと揶揄っただけじゃないか。
「全く! 油断も隙も無いのです。とにかく、私はオキタにも感謝しているのです。……あと、爺様方も含めて私たちがどれだけ迷惑掛けたのかも、ちゃんと謝っておきたいのです……」
「何だ、自覚あったのか」
「昨日、色んな人にこれでもかと怒られたのです……」
余程そのお叱りが効いたのか、ケモ耳がペタンと垂れている。
クレアかグローリー大佐か、はたまたアリアドネか。とにかくブラックメタル鉱業連合とオプシディアン・ハーベスターズの所業は関係者に正しく伝わったらしい。
「オキタにもいっぱい迷惑を掛けてしまって、本当にごめんなさいなのです」
「ばーか。そう言う時はな、ありがとうって言うんだよ」
沢山叱られただろうから、今更俺が何か言う必要もないだろう。
だったら同じ戦場で戦った戦友として、後腐れない関係で別れた方が気持ちがイイってものだ。
「ありがとう……私たちを助けてくれて、ありがとうなのですよ、オキタ中尉殿」
「どういたしまして、ブラックメタルのサンドマン」
お互いに笑いながら、ふざけたように敬礼をするのだった。
「さあ、掃除を再開するのですよ」
「イエスマム」
現実って、非常だなぁ。




