91_飲みにケーションはオッサンの特権
きっちり五時間の睡眠で目が覚める。目線を右に向けると、昨日部屋に泊まったリタの姿が目に入った。疲れていたせいで昨晩は無茶苦茶だったけど、少しはリタの悩み薄れてくれていたら良いんだが。
「……ん、……起きるの…?」
「まだ寝ておけ、コロニー標準時じゃAM4:00だ」
「そう、おやすみ……」
リタが布団を被り直した姿を見届けてからシャワー室に入る。あれだけ疲れていた身体が嘘のように軽い。この辺りは鍛え上げられた自分の体力に感謝だ。
軽く汗を流してから部屋に戻っても、リタはまだ夢の中にいるようだった。本格的に疲れているのだろう。どうせ今日も艦内待機が解かれないだろうから寝かせてやった方がいいか。起こさないようにパパっと服を来て自室を出る。
ポケットから端末を取り出すと、時刻はAM4:30を表示している。起きるには早く、もうひと眠りするには少し勿体ない感じがする、中途半端な時間に目が覚めてしまったようだ。
そう言えば、昨晩は艦内の不寝番も立てなかったんだったか。
ラビットⅡが入港したエスペランサコロニーの港湾ブロックは、帝国軍が保有する宇宙港だ。ΑΩを積んでいると伝えたからか、港湾ブロックの出入り口には帝国軍情報局が囲っており、ネズミ一匹通さない検問が何重にも敷かれている。外が物々しい環境だからか、不寝番も立てずに全員が夢の中に入ることが出来ると話していたのを思い出した。
「腹減ったな……何か腹に入れるか」
どうせハイデマリーは帰って来れてないだろうし、そうなると飯を用意してくれるシズもいないが、食堂に行けばシズの子機はいるだろう。何か簡単なものでも作って貰うように頼んでみるか。
そう考え食堂へ向かうと、食堂から話声が聞こえてくる。こんな朝早くから誰が? 双子は料理が趣味だから仕込みでもしているのだろうか? それでもこんな朝早くからすることはないだろうと思いながら中へ入ると、アンドーがホロ動画を肴に酒を飲んでいた。
「―――ん? おお、オキタか。どうしたこんな時間に」
「それはこっちのセリフだ。やっぱ年寄りは朝早いってのは本当だったのか」
「ナチュラルに爺扱いするのはやめてくれ?」
「じゃあ少しは若作りしろよファッション爺。いったい何飲んでるんだ……って、チョコレートにウイスキー? 摘まみのチョイスが若者じゃねーか似合わね~。そこはスモークサーモンとかチーズとかにしとけよ」
「フフン、このウイスキーのペアリングはビターチョコと決まっておる。ワシが自慢を持って紹介できる微小重力下熟成物だぞ? このまろやかな風味、ストレートで飲むのがピカイチな高級品だ」
「人口重力下で作られる高級品じゃないか。何年物なんだ?」
「72年。そこのラベルに書いてあるわい」
「どれどれ……うお、マジか本当に72年物だ。高かったろうに、よくこんなの買ったな」
「自分へのご褒美だからな。ほれ、突っ立ってないで座れ。シズ、グラスをもう一つ頼む」
促されて対面に座ると、調理配膳ロボがグラスを運んでくる。シズの様な義体じゃないから喋ることは無い民生品だが、こうやって動いているからシズとのリンクは繋がっているのだろう。こんな時間だが、もしかするとまだ先の一件について話の最中なのかもしれないな。
「お前さんはハイボールを好んどるが、これに限ってはストレートで飲んでみろ」
注がれたウイスキーを口元に運ぶ。
俺は実はウイスキーが苦手だ。あの刺々しいというか、匂いも、味も実に好みじゃない。まだ赤ワインの方が飲みやすいと思っているし、炭酸を入れてハイボールにしてしまうのもそれが理由だ。
だからか、渡されたウイスキーの匂いを嗅ぐだけで咽そうになりながら口に含むと……舌触りというか、飲み込むときの感触が驚くほど丸いことに驚いた。
「どうだ、お前さんが普段飲んどる酒とは違って飲みやすかろ」
「―――いやいやいや、飲みやすいとかそんな話じゃ……何だこれうっま!」
旨い! 最早言語化出来ない旨さだ。酒に詳しくないこと俺が飲むのが申し訳ないくらいだ。
「微小重力下熟成だと、重力が小さいから対流や沈降がほぼ無い。その分、成分が均一に分布しやすく香りや味わいがまろやかになるらしい。反対に高重力下熟成物ってのもあるが、こっちは澄んだ味になるそうだ」
「へえ、流石酒好きなだけあって詳しいな」
「企業のホームページにそう書いてあった」
その言葉にガクっときてしまったが、旨い酒を飲ませて貰ったから何も言うまい。アンドーの手元にあるチョコレートを指差すと幾つか投げて渡してくれた。いいね、話の分かるオッサンは好きだ。
「それで? 何でこんな時間に自室じゃなくて食堂で晩酌をしているんだ?」
ハイデマリーの帰りを待つような殊勝な心掛けでも無いだろうに。ひょっとして、何時もこの時間は此処で晩酌をしているのだろうか。いや、流石にそんな不良クルーじゃないか。
「機体整備に時間が掛かってな、気付いたらこの時間だ。シズ印の整備ロボがおっても一人じゃおちおち休んでもおれん」
「あ~……悪い! だいぶ無茶やった!」
溜息を吐いたアンドーに向かって手を合わせて頭を下げる。
正直今回ばかりは機体に無茶をさせ過ぎた。
まずは被弾の多さだ。グラビティシールドで大半のビーム攻撃は無効化できても、ミサイルの直撃を何発か貰ったせいで機体の装甲には結構なダメージを負った。3つの主動力から展開したシールドが耐えきってくれたから無事で済んだが、デスペラードじゃなければリタを庇った時に墜ちていただろう。
次に無謀な機動を繰り返したことだ。特にΑΩを起動してからは天井知らずに上がっていく運動性にかまけて機体を振り回しまくった。
機体背面についている2つの大型バックパックの連結部とか、最高速度で蹴飛ばした時の足のフレームとか、やらかしは幾つでも思い浮かぶ。
アレもコレも、あそこまでやらなければ墜とされていた、そんな状況まで追い詰められていた俺の落ち度だ。軍に居た頃に比べたら少し鈍ったかもしれない、こんなのが元帝国軍のエースとは聞いて呆れるぜ。
とはいえそれはそれ、これはこれ。機体整備を任せているアンドーの負担を増やしたのは間違いない。頭を下げている俺に、アンドーは笑いながら酒を注いでくれた。
「ワシの仕事だ、気にするな。お前さんは後のことを気にせず戦うことだけを考えろ。それしか出来ないだろ?」
「うぐ……そうだけど、はっきり言われると傷つくな」
「戦い方を考える時なのかもな。このままの運用だとパーツ費用だけでもかなりの額になるぞ。特注だろう、あの機体」
「試作機だからいずれ量産機の生産が始まる……そう言いたい所だけど、デスペラードはセクレトも認める欠陥機だ。今後量産機がロールアウトされても、アレがワンオフ機なのは間違いないだろうな。……手加減でもするか?」
冗談でそう言ってみると、アンドーはクックと笑って酒を煽った。
「そこいらの悪党なら兎も角、手加減が通用する奴ばかりじゃないのは今回で分かったろ。何よりお前さんの良さを活かしきれない戦い方には何の意味も無い。頭の痛い話だな」
「……悪い、苦労かけることになる」
「気にするな、とは言わんが、エースの宿命とでも思っておけ。とはいえどうするか……エリーとリタはラビットの設備で何とかなるから兎も角、お前さんの機体はセクレトに送らんとどうにもならんぞ」
「え゛」
「足癖は悪い、背負いモノは重い、果てにはΑΩを起動して限界を超えて振り回す。これで無事な訳がないだろ、フレームに歪みが出ておったわ。戦闘中にバラバラに吹き飛ばんかっただけマシだと思え」
「マジ?」
想像よりも酷い状態に背中が冷たくなる。何とかならないのかとアンドーを見つめると、お手上げだと両腕を上げられた。
「マジもマジ、大マジよ。ワシらはハイデマリーの事情聴取が終わったらオーパーツ回収にオルフェオンへとんぼ返りすることになるだろうが、お前さんは留守番だな」
平静を取り戻すために酒を煽ると、間髪入れずにニヤ付いたアンドーが注いでくる。旨いから幾らでも入るけど、だいぶ身体が熱くなってきた。だいぶ酒が回って来たのか、そろそろ水を飲んでるみたいになってき始めている。
「って、俺は連れて行って貰えないのか!? 俺はこの船の護衛だぞ? 契約違反になるじゃねえか!」
「機体のないパイロットを載せてても役に立たんだろ」
「ぐ……じゃあ砲主だ、砲主くらいなら出来るだろ」
「ところがどっこい、システムの助けがあるからハイデマリーでも務まるんだなこれが。悪いことは言わんから留守番しておけ」
そう言われると弱い。無駄飯喰らいをリソースの限られた船に載せる意味も無いから仕方ないと言えばそうだが、それじゃあ本格的に俺の存在意義が無くなるじゃないか。
「なんだなんだ? 帝国が誇るエースオブエース様もママから離れるのは寂しいか?」
「うるせー、アンドーにゃわかんねーよ……知らない場所に一人放り出されたことも無い癖に」
酒のせいか、思わず出た言葉にハッとして口を押える。
駄目だ、酒が回ってきたせいで禄でもないことを考えてしまった。
「悪い、忘れてくれ」
「……あん? 何か言ったか? 悪いが、歳のせいか最近耳が遠くてな」
こ、このクソジジイ……まあ、いい。酒も随分回った。
気遣ってくれるなら、今はそれに甘えたい気分だ。
「ハイデマリーの奴が普段通りならそれでも連れていくだろうが、今回に限ってはスポンサーのご機嫌取りを優先させるだろうよ」
「……待て、じゃあ俺はクレアへの生贄か?」
「おいおい、滅多な事を言うな。あんな別嬪さんに好かれる奴はこの宇宙探してもお前くらいだぞ?」
そりゃあんな美人に言い寄られて嬉しくない男はいない。
俺個人のスポンサーを明言しているクレア。そんな彼女が手招きする姿は想像するに容易い。
いいヤツなのは間違いない。ああ見えて献身的だし、可愛いし。普段はしっかり者なくせに、2人きりになると甘えてくる姿には男心にグッと来るものがある。ぶっちゃけ好きなのは間違いない。けどなぁ……。
「真面目な話、俺とクレアじゃ釣り合ってねぇだろ……。どこの世界に企業トップと懇ろになる傭兵がいるんだよ。俺、厄介ファンに殺されても可笑しくないんじゃないか?」
「なんだなんだ、今更気後れでもしたのか? そこいらの厄介ごと全部込みで抱いたんだろうが。それとも勢いか? 勢いでヤッちまったのか?」
「アンドーのオッサンさぁ……それ言っちゃお終いだろ」
その通りだから困る。やむにやまない状況に追い詰められたのもあるが、最後にレッドラインを超えたのは俺だからな。
いやほんと、火事場のクソ度胸で何とか乗り切った俺の俺が凄い。あそこで負けてたりしたら一生セクレトコースだってあり得たわけだからな。ただのオキタからオキタ・セクレトにジョブチェンジするかの紙一重だったのだから、我ながら才能の多様性には驚くぜ。
何だよアンドー、机を叩きながら笑いやがって。ほら、追加の酒を注いでくれよ。まだまだ飲み足りねーぞ。
「リタの奴も一人や二人増えようが文句ひとつ言わんのだろ? なら躊躇うことないだろ」
「リタはなぁ……嫉妬の一つや二つ見せてくれたら俺だってちゃんとするけど、なーんも言わねぇの。けどな、黙ってるからってアイツを裏切っちゃいけねーんだ。あいつは繊細だから、殆ど弱さを見せねーから……だから、俺が支えてやらないとダメなんだよなぁ」
瞼が重い。だいぶ酒が回って来たのか、もう自分が何を言ってるのかもよく分かんねー。
「ワシは、お前さんを隣で支えてくれる人を探して貰いたいもんだがな……そういう奴を見つけろよ」
「うっせ…………ねる」
「……早いとこ覚悟決めねえと、居場所が無くなっちまうぞ」
「あー?」
「お前さんには言っておらん。ほれ、寝落ちするな。せっかく酒も入ったし休みなんだ、腰据えて猥談するぞ」
「や、やっと帰って来れたのです……とほほ、何で私までこんな目に…」
「まさか朝帰りになるとはなぁ。みんな帰ったで~! ってあれ?なんか艦内酒臭ない?」
『早朝からミスター・アンドーとミスター・オキタが食堂で酒盛りを行っていました。今は二人とも食堂でいびきをかいて寝ています』
「ほぉん? ほいでほいで? 何やおもろい話でもしょったか?」
『ミスター・オキタが一度寝落ちし、その後復活してからはシモの話で盛り上がっていました』
「(=゜ω゜)ほうほう、ウチの男衆は阿呆やからしゃあないなぁ。……所で、ウチの事は何か言ってたか?」
『ミス・ハイデマリーは全部ミニマムと』
「(#^ω^)叩き起こそか」
「はい」




