09_だから傭兵になる_挿絵有
20240127挿絵追加
20241010段落修正
ラビットに帰って来てから、俺はクルーへの挨拶もそこそこに自室に引きこもっていた。
もう何時間ベッドの上で横になっているだろう、考えるのはガーデン少佐が言っていたことだ。
宙賊の辛辣さと、軍に戻れと言われたこと……それと、自分のやるべきことについて。
帰り際に渡されたデータチップを端末に読み込ませて、何度も目を通した宙賊の情報を見返す。
読めば読むほど気分が悪い。
自分が知っていた悪事なんて、平和な世界を騒がせる程度のニュースでしかないと思い知らされているようで。
ダサいことに、俺はただの知ったかでしかなかった。
だからこそ、貰ったデータを見て思う。
宙賊は滅ぼすべきだ。
そのために俺の力が必要なのだとしたら、俺は軍に戻るべきなのだろう。
「……戻りたいのか、俺は?」
帝国軍人なんて物々しい肩書を持っていても、本心はTSFのパイロットであることが楽しいだけの浮いた存在だった。
状況に流されるまま過ごして、気付いたら経っていた程度の3年間。
だから軍を辞めることに未練はない。
そう思えたから、この世界では戸籍もない俺を拾ってくれた伯爵。
背中を預けた仲間たち、上官。
そういった人たちから簡単に離れられることが出来たのに。
「あの少佐も、んな今更なこと言うなよ……『帝国軍にお戻りになるので?』 おわぁ!?
な、何だシズか……驚かすなよ」
『失礼しました。しかし、お話相手が必要ではないかと思いまして』
飛び出てきた声に、思わず手に持っていた端末を投げてしまった。
静かな場所で急に話し掛けられたら誰だって驚くっての。心臓バクバクするわ。
「別に要らないって。ちょっとおセンチになってただけだ」
『嫁に離婚状を叩きつけられたのに帰ってこいと言われた途端、女々しく悩んでいるDVされ男のように見えます』
「お前それは辛辣過ぎないか……?」
『辛辣にもなるでしょう。何故契約したばかりの護衛依頼を破棄しようとしているのですか。
ミス・ハイデマリーに精魂尽き果てるまで搾り取られますよ。
ああ、違約金の話ですので誤解なさらぬよう』
「お前、ちょっとヤラしく聞こえるよう狙って言ってるだろ」
マジで何なんだこのAI。
プログラムされた存在と話しているはずなのに、まるで人と話しているようだ。
『私の業務にはクルーの精神ケアも含まれていますので。
さあさあ、早くお話し下さいませ』
「お前な……はぁ、もういい。
俺がやるべき事って何なんだろうなって考えてた所だ。
あんなモノ見せられたら色々思う所があるんだよ、人間には」
『成程、案の定そのことで悩んでおられたのですね。
では悩めるミスター・オキタにAIの中のAIである私が助言して差しあげましょう。
するべきだ、それが義務だと論じるのであれば、貴方はミス・ハイデマリーとの契約を最初に履行すべきです』
「まあ……その通りだな」
『ではこの話は解決、ともならないのでしょう。
何を悩んでいるのか分かりかねます。
今の貴方を縛る物はミス・ハイデマリーとの契約だけです。そ
れを履行すべきな所を悩んでいるのですから、それなりの理由を提示して下さい』
こいつ、もしかして怒っているのか? けどそれも当然か。
雇われてからまともに護衛任務をしていない俺が"辞めたい"なんて言ったら、主人の補佐としては怒り心頭だろう。
「悩んでいるのは、そうだな。
帝国軍に戻れば、誰かに起こる不幸を未然に防げるかもしれない。
その代わりお前たちを見捨てることになる。
”やりたいこと”と”やれること”がちぐはぐで、考えが纏まらない、踏ん切りがつかないんだよ」
この世界に来てから、俺は自分を拾ってくれた伯爵の恩を仇で返している。
それなのに今度はハイデマリー達まで裏切るのか。
そう思うと嫌気がさす。
一度考えると言って、その場で突っ返せなかった自分にはもっと腹が立つ。
「結局俺は、自分の力が振るえれば何でもいいのかもな……」
自分よがりのクソ野郎だ。
『フムフム、成程そういうことでしたか。
今計算しましたが、貴方が軍に戻れば僅かばかりの助力にはなるでしょう。それは結構。
命令されるがままに、力のある軍人がやるべき義務だと思い戦うこと、それも結構。
志の高い、所詮は軍人であることしか知らない貴方らしい悩みです』
言い方に棘を感じるな。何が言いたい?
『では何故、貴方は軍人であることを辞めたのですか?』
「何故って……」
その問いに俺は何も返せなかった。
突いて欲しくない図星を付かれたせいで、回答に詰まった俺に畳みかけるようにシズは続ける。
『しがみ付いてでも軍に残ればよかったでしょう。
TSFを降ろされるのであれば、別の戦い方も軍にはあったはずです。
ですが、貴方は軍を辞めることを選んだ。
軍を辞めるように促された貴方が、辞めてもいいと決心した理由は何ですか?
切っ掛けは偶然の重ね合わせかもしれません。
ですが辞めることを選んだのは貴方であって、偶然ではなかったはずです。
では、貴方は何故軍を辞めることを決心したのですか。
何故傭兵の道を選び、ラビットの一員となったのですか』
『貴方は本当は、何がしたかったのですか』
言われて初めて気付いたことがあった。
とても利己的で自分勝手で情けないちっぽけな気持ちだ。
けれども、それをこの屁理屈なAIに言うのはカスみたいなプライドの俺でも無性に腹が立つ。
「ハイデマリーは?」
『もう夜も更けていますからお部屋に居られますよ。
今から行かれるので? ロマンスの予感がしますね』
「うっせぇよ、恋愛脳AI」
俺を再び掬い上げてくれた雇い主になら、この胸の内を開けてもいいだろう。
☆
「ハイデマリー、話が『入ってええよ!』 ……入るぞ」
扉に備え付けられている呼び出しモニターに呼びかけると、えらく食い気味に答えが返ってきた。
何かあったのだろうかと思い部屋に入ってみると、思い当たる節がハイデマリーの使う机の上にあった。
『先程ぶりですね、ミスター・オキタ』
「……もう驚かねぇぞ」
球体の両脇に車輪を付けたようなAI機器が机の上に置いてある。
「あ~……もしかして、聞いてたのか?」
「え? なんのこと? マリーちゃんわかんない」
「嘘付くと俺的ポイントは悪化だぞ」
「しゃあないやん! ウチがせっかくオキたん雇ったのに、少佐には考えるとか言うて帰ってきた癖に、誰にも相談せんと部屋に引きこもるし……」
お前そこから聞いてたのかよ。
そう言いそうになった口は、不安そうに俺を見てくるハイデマリーの姿を見た寸での所で押さえつけた。
「心配してん」
「悪い」
「何で断ってくれへんかったんよ」
「……揺らいだからだ」
「ウチとの契約はどうでもええって?」
「そうじゃない!」
合った目線は逸らさない。不安にさせてしまったのだと今なら分かる。
俺はこの時になって、ようやく真正面からハイデマリーを見た気がする。
契約の時もその後も、俺はこの子と本音で話したことがなかった。
だからここだ、ここなんだ。
今だけは自分の気持ちに蓋をするわけにはいかない。
「俺は、この広い世界で誰かに見捨てられたくなかっただけなんだ。
だから必死にやって、強くなって結果を残して注目を浴びるようになった。
それが楽しいと感じたし、強くなるのは今でも楽しいと思う。
でも気付いた時には、欲しかったはずの期待が重荷になって逃げ出したくなった……。
だから恩人を裏切ることになったしても、促されたことをいい切っ掛けだと思って辞めた」
しょうもないだろう俺の独白に、ハイデマリーは何も言わずに聞いてくれている。
「けど俺はもう、俺を雇うと言ってくれたお前を裏切りたくない。
裏切られたって思われたくない。俺を見つけてくれたお前たちと、今度こそ一緒に居たいんだ。
だから頼む、俺をラビットの傭兵でいさせてくれ!!」
言い切って頭を下げた。
見捨てられたくない。裏切りたくないし、裏切られたと思われたくない。
期待は嬉しい反面嬉しくもない。
それでも誰かと一緒にいたい。
利己的で自分勝手な"したい"ことだ。
ラビットの皆と一緒に居たい。
その居場所を守りたい。
そのために、自分の手が届く範囲の不幸を取り除く戦いをする。
だから俺は傭兵になる。
「契約打ち切りなんて考えてへんかったけど……終身契約かぁ、そら高うつきそうや。
この寂しんぼめ!」
下げた頭のすぐ上から、嬉しそうな声が聞こえてきた。
いつの間にか目の前に立っていたハイデマリーの低い視線と合うように、俺は片膝をついて顔を上げた。
「真面目か!? そんな難しく考えんでええんやって」
クリクリとした目と視線が絡み合う。
その姿にかつての恩人の姿が重なる。
「ラビットはウチの全てやけど、皆にとってはそうじゃない。
それぞれ事情があるモンが集まって出来たのが今のラビットや。
誰にだって隠したいことの一つや二つあるし、雇い主やからってそれを話せとは言わん。
やから今めっちゃ嬉しいんやで?
これから一緒に頑張るクルーが、初めてウチと本気で話してくれたんやからな!」
「……正直に言うと、今も言えない事情を抱えている。それでもいいか?」
「かまへんかまへん。
ウチはオキたんのことをまだよく知らんし、オキたんもウチのことを知らん。
ウチにはウチのしたいことがあって、オキたんにはオキたんのしたいことがある。
そのしたいことの中に、ラビットの皆が入ってれば今はそれでええ。
あんまハイデマリー姉さんを舐めんなよ?」
「……ありがとう。俺は俺にできることで、自分の"したい"を叶えるよ。
最善を積み重ねて、最良の結果を得るために」
小さいのに大きい。見た目じゃない、器が違う。
俺はこの人とこの人の仲間を守ろうと思う。
独りよがりだった俺の力も、きっと誰かのためになると思って。
「ほなみんな、聞いてた通りや! 歓迎会すんでえ!!」
「「「「「イェーイ!!!!」」」」」
「は? ……ハァッ!?」
ハイデマリーの部屋の扉が開き、ここには居ないはずの全員が部屋になだれ込んできた。
振り返ってハイデマリーを見ると、初めて会った時のようなニマニマとした表情をしている。
机の上に置かれている端末はチカチカと自己主張激しく点滅していた。
『フフフフフ、皆様の端末に中継しておきました。
正直ニヤニヤが止まりません』
「ボク感動しちゃったよ! キョーカンセーシューチっての?
他人の話なのに恥ずかしさで悶えそうになったけどね!
でもここまで知っちゃったんだし、オキタのことはもうオッキーでいいよね!
いや~キミってやつがそんなに寂しんぼだったとは、ボク知らなかったよ!」
「オキタ氏もハイデマリーの沼に嵌りましたか」
「おいたわしやオキタ氏。そこのハーフリングの胸は底なし沼ですよ」
「おいコラ双子ぉ、誰の胸が沼みたいにペッタンコや言うとんねん」
「まあなんだ、TSFに乗れば一人前のお前さんも、儂らにしてみればまだまだ脇の甘いガキだったってだけだ」
「――――――お前ら全員ここで死ねぇ!!!!」
扉の前で揉みくちゃになっているラビットの面々に向かって、思いっきりヤクザ蹴りをかましながら飛び込んでいった。
これは! 断じて! 照れ隠しじゃない!!
ああ〝!? 誰だ尻触ったやつ!! ぶっ飛ばすぞゴルァ!!
一人ずつ蹴飛ばすつもりで飛び込んだ俺だったが、奮戦振るわずアホ面を晒す面々に易々と絡み取られて揉みくちゃにされた。
それから2日後。
「コロニー宇宙港からの出港許可を確認。ラビット、発進します」
自分のやりたいことをやるために、俺はラビットの傭兵になった。