82_巨人が動く
―――バレンシア会議2日目
―――オルフェオン銀河系 貴族連本部
―――オプシディアン・ハーベスターズ アレハンドロ・グライム男爵
バレンシア星系で企業が年次総会で集結している時分に、アレハンドロ男爵はオルフェオンⅠコロニーの貴族連本部を訪れていた。
目的はただ一つ。ブラックメタル鉱業連合との戦争終盤において、突如として現れたラビット商会の排除だ。
貴族連の重鎮を待つ間、貴賓室で待機するアレハンドロは薄くなった髪の毛を整え直す。鏡に映る姿は戦争開始前と比べると疲れが見て取れた。
ついこの間まではこんなことは無かった。敵スパイとエースの撃破。連勝を続ける自軍、全て順調に進んでいたはずだった。
そんな楽勝ムードだった雰囲気は、3機のTSFの出現と共に無くなってしまった。
初遭遇からの2週間。自身の所属する貴族連の伝手を辿り、ラビット商会の調査を続けていた。
クルーの身元、最近バレンシア星系を賑わせた中央評議会との確執など、集められるだけの情報を集めた彼は頭を抱えた。
正面戦力はコールサイン=ラビットの3名。
未だ独立を守るエルセリア、その武力の象徴であるエルフの騎士。
遠くオルフェオンにまで名声が届く、メリダ星系の帝国軍トップエース。
単身共和国に乗り込み生きて帰ったスパイ。
一番情報が多かったのは元帝国軍トップエースだった。少し調べるだけで出るわ出るわ、公式発表とは到底思えない戦果の数々。初遭遇のあの場で仕掛けていれば、艦隊が集結していない自軍は旗艦ごと沈められていた。その他二人も経歴や出自は一般の傭兵とは隔絶しており、戦闘力は既に身をもって感じた通り。
何より商会のバックにセクレトがいることが不味い。貴族とはいえ御三家に喧嘩は売れない。男爵家に過ぎない身では、星系への流通を止められれば家ごと消滅しかねないからだ。
オルフェオンを仕切るリングリット・セクレトがクレア・セクレトの忠実な部下なのが特に不味い。帝国中央を仕切るクレア・セクレトは見た目こそ可憐だが、その内面は利益を追求するためなら苛烈な手段を取ることも厭わない氷の女王だ。あの義理姉妹がその気になれば、一つの星系を干上がらせた後、これ見よがしに懐柔案を提示する程度は平然とやるだろう。
こんな連中を相手に真正面から戦う? ふざけるのも大概にしろ。
なら戦わずにお帰り願うしかない。だから「貴族相手に戦争するならただでは済まさないぞ?」 と、貴族連を通して参戦をちらつかせることで圧力を掛けた。
だが何をトチ狂ったのか、個人商会でしかないラビットは身を引くどころか全身で体当たりを仕掛けて来た。
昨日前線の採掘基地を掌握しようと嗾けた傭兵が全て撃滅されたことから、あちらも既にやる気なのだろう。掛かって来いやと言わんばかりにファイティングポーズを取るウサギを相手に、頭を下げてでも帰って欲しいと願うべきか。アレハンドロ男爵は真剣に悩んでいる。
しかし、それでもまだ自分には貴族連という助け船がある。貴い血だけが入ることを許されている連合には、どれだけのクレジットを積もうと、どれほどの戦果を立てようと血脈による証明がなければ絶対不可侵な特権がある。
そしてとある鉱石の納品先であるゼネラル・エレクトロニクスとの密約。
密約の内容を公表されたくなければこちら側へ加担しろ。そう連絡を送った今、G.Eからの直接支援すら受けられるだろう。
貴族連とG.Eからの援軍の派遣を以てブラックメタルとラビット商会を撃滅する。そうだ、まだここからなのだ。勝つために始めた戦争、勝って終わらなければ意味がない。
言い聞かせるように気持ちを整えた所で、焦った姿を隠さない貴族たちが扉を開いて現れた。
「―――不味いことになった」
「ブラントン伯爵、それに同志たちもそんなに慌てて如何したのか」
そう問いかけるも、口をつぐみ下を見るばかり。いったい何が起きたのかとブラントン伯爵を見ると、彼は蒼白な顔で唇を震わせている。
「貴族連としては、これ以上の介入は出来ないものと考える」
「は? ―――は!? な、何故です? ラビット商会の代理参戦申請はともかく、部隊を派遣頂く準備を進められていたのではないのか!?」
「オルフェオン候から連絡があった。此度の戦、これ以上の介入は許さぬとのお達しだ。卿には申し訳ないと思う、が、候の意志ならば我ら貴族連は手を引くしかない」
「な、なぜ候は……なぜ、そのような……」
自分が立っている足元が崩れ去っていく音。それが幻聴のように聞こえてくる。
「かの商会関係者の縁者に、エリュシオン銀河を統治するグラスレー侯爵家がいたのだ。そのグラスレー侯爵家よりオルフェオン総督府、並びにオルフェオン侯爵家へ直接連絡があったそうだ。
もう分るだろう、候は辺境の対立如きでグラスレーとの関係悪化をお望みではない。卿は上手く立ち回っていただろうが……最後に運が無かったのだ」
「運が、なかった……?」
「そうだ」
そんな言葉で片づけられるほど、簡単な道のりであるはずがない。
血が滲むかと勘違いするほどの力で目の前の同士だった者たちを見るが、全員が自分を哀れな生き物を見るような視線を投げかけてくる。
「元は貴殿が起こした戦争だ。貴殿だけで決着されてはどうか」
「そもそも既に一度負けた身でありながら、即座に戦争を始めるとはどういう了見か」
「石を掘る事だけを考えていれば良かったものを、不相応な願いを持つからそうなるのだ」
「貴様ら……言うに事を欠いて! 私の誘いに乗ったのは貴様らも同罪だろうが!」
既に自分を切り捨て始めた貴族連の同志たち。いや、最早この者たちは同志でも何でもない。いっそこの場で目の前の貴族たちを……そう思っていた所に、部屋の外で控えていた副官が血相を変えて飛び込んできた。
「だ、男爵! アレハンドロ男爵閣下! 大変でございます!」
「何事だ! これ以上のことなど「降服勧告です!」 ―――なんだと?」
「ゼネラル・エレクトロニクスが、我々に降服するようにと勧告を!」
「――――――馬鹿な」
◇
―――帝都バレンシア星系 コロニー=セントレア
―――帝国経済フォーラム バレンシア会議2日目 夜
―――セクレト代表 クレア・セクレト
2日目の会議も全てが終わり、参加者に豪華な晩餐が振舞われている最中。御三家だけが入ることを許可されたラウンジには各社の代表が揃っていた。
「さて、漸く御三家が揃うことが出来ましたね。定例会を始めましょう」
丸机に椅子だけという簡素な小部屋。この部屋にはG.Eのヴァン・サイファーCEOと東雲技研のファン=東雲=クォヤンだけが入っている。リングリットやアリアドネといった傍付きや護衛すら入室を制限されたこの部屋には、一切の電子機器の持ち込みが禁じられていた。
「フン……ここは相変わらず汚い鶏小屋のような場所だ。この私にさえスタンドアロンを強要するのだ、せめて実のある会話が出来れば良いのだがな」
「おや、サイファーはネットワークから切り取られるのがそんなに嫌かい?」
「バックアップを感じられない感触が気に食わん」
素体の大きさに比べて臆病ですわね、意識を義体に移してどれだけ経つか知りませんが。声には出さないが、サイファーの小心者な言いように失笑が零れるクレアだった。
「ファン主席、そういう貴様こそどうなのだ。目の前の女は、やろうと思えば瞬き一つで我々を鉛玉まで圧縮できる能力者だぞ」
「ん? 僕は別に。クレアちゃんはそんな無駄な事はしないだろうし、僕たちの秘密を守るにはこうするしかないからね。
僕が怖いのは”帝国の怪人”かな。耳の良さは僕らの想像を遥かに超える。こうして集まること自体が彼女、いや彼かな? の思う壺な気がしてならない。どっちでもいいけど、僕らがこうやって集まるのって結構リスクあると思うんだよね」
「それについては私も同感ですわ。ここに爆弾一つでも投げ込まれれば帝国経済は停滞しかねません。
ですがその危険を冒してでもこうする必要性があるほど、あの御仁の情報網はあまりにも広く、そして早い」
無表情なクラウン司令の顔が思い浮かぶ。彼女の前ではどんな秘密も暴かれてしまうため、聞かれたくない会話をするときはこうして電子機器の一切を断ち切った生身で応対するしかない。
「では定例会の前にサイファーCEO、昨日退出した件について教えて頂けないかしら?」
クレアはサイファーへと目を向けた。
サイボーグであるサイファーの目に当たる部分、ツインアイが点灯する。
「羽虫がすり寄って来たのでな。叩き落とす策を練るのに時間を使ったまでだ」
(嘘ではない。けど、それだけではないわね)
クレアはP.Pを通して感じ取った。とはいえサイボーグ相手に読心は効きづらく、これ以上読み取るのは無理だ。
「つれないねぇ、サイファー。僕らが主体になってやっているバレンシア会議だよ? 勝手な行動をしたんだし、それなりの説明はすべきじゃない?」
サイファーに詰め寄るファン。サイファー苛立ったように一つ溜息を吐いた。
「傘下の企業が身の程知らずな要求を、それも脅し文句を付けて送って来たのだ。それの対処をしていたまでだ」
「っぷ、なにそれ! 舐められてるの? 天下のゼネラル・エレクトロニクスが木端企業に舐めた真似されたんだ! あはははは! 無様だね~!」
「……だから言いたくなかったのだ」
吐き捨てるサイファーの姿にファンは腹を抱えて笑った。クレアも口元を抑えている。
「これ以上は言えん。社の機密に当たるのでな」
「え~いいじゃん言っちゃいなよ」
「ええい絡んで来るな面倒臭い!」
「でもさぁ……それってサイファーにも原因あるでしょ」
ころころと笑顔を浮かべていた姿からまた一転、椅子の上で膝を抱え込んで座るファンから異様な雰囲気が発せられる。
「最近G.Eの業績悪いよね。質実剛健はいいよ、信用性が高いのは良いことだからね。けど凝り固まった思想が邪魔して技術開発が疎かになってる。新規事業がうまくいかないのもそのせいかな。
知ってるよ? 傘下の会社が幾つか傾き始めてるんだってね。僕らにシェア奪われ始めてるのは当然気付いてるよね? だから次世代機選定計画で立て直しを図りたかったんだろうけどそれも失敗。僕のトコの糞つまらない失敗作にすら負けた。
―――ねえ、ちゃんとしてよ。頼むからさ。ここ数年でどれだけ君が落ちぶれたかデータで示さないと分からない? そんな訳ないよね、御三家だよ僕ら。君が舐められたら僕らが舐められるんだよ。そろそろ真面にやってくれないと―――喰っちゃうよ?」
「ファン主席、口が過ぎますわ」
「……フフ、ごめんね。言い過ぎたよ」
鋭い眼光から人懐っこい視線へと戻るファン。
(これが、お父様の言っていた絹ノ蛇ですか。見た目と普段の雰囲気に流されがちですが、やはり主席ともなるとそれなりの貫禄はお持ちのようで)
気付かれないように喉を鳴らし、表情は崩さないようにサイファーの方へ眼を向ける。彼は足を組み、不遜な態度を崩していなかった。
「ファン主席の言うことに賛同する部分は大いにある。G.Eは貴様らより下だと、G.Eは御三家の最下位だと口にする者が居ることもな。
しかし、我々は御三家だ。我々が経済そのものなのだ。我々が動かねば帝国経済は回らない、我々が動かねば帝国に未来はない。我々は、常に上位でなければならない!」
まるで演説をするかのように、次第に大きくなっていくサイファーの声。内容が過激になり始めたことに声を上げようとするが、ニヤニヤと笑うファンに制止される。
「そうだとも! 貴族も軍も、最早我々がいなければ機能しない! だが何時からか、御三家が開いたこの会議場にも血筋だけが取り柄の貴族共が蔓延るようになった!
いったい何時からだ? 我がゼネラル・エレクトロニクスが他人を、貴族の目を気にするようになったのは。私という存在は、たかだか木端貴族のメンツの為に舐められていいモノではない!」
「じゃあ、その落とし前はどう着けるんだい? ヴァン・サイファーCEO」
「G.Eの特殊部隊を送り込んだ。早晩、私の懸念は存在ごと消え去るだろう」
不遜な態度のまま、そう宣言した。
「馬鹿なことを! 傘下の企業に戦争を仕掛けたのですか!?」
机を叩き、クレアは立ち上がって吠えた。
あってはならないことだ。傘下企業を切り捨てるならまだ分かる、必要なら自分もやるだろう。
だが武力を以て全てを葬り去るのはナンセンスに過ぎる。そんなことをすれば、待っているのは親の機嫌を損ねないよう、何も出来なくなった子供だけが残る烏合の衆だ。
「既に警告は送った。が、表立っての宣戦布告を行うつもりはない。連中が要求を呑まない場合、全ては闇から闇に葬り去る。何時もの事だ」
「あり得ません! そのような事を許すとでも「いいんじゃない? 僕はさんせーい」 ファン主席……?」
「ここいらで緩んだ紐は締め直しておいた方が良いでしょ、今後の為にもさ」
この状況が心底面白いとでも言う様に、ファンは怪しく笑い続ける。
「貴方と言う人は……!」
「僕からしたらクレアちゃん、君がまだそっち側に居ることの方が不思議なんだけど。君のパパやお兄さんなら迷うことなく賛成すると思うよ? 敵はさ、叩けるうちに叩いておかないといけないんだよ」
「いいえ……いいえ! 私達企業に敵などいませんわ! あるのは利益を追求する関係だけです!」
「昔の人の言葉だねぇ。永遠の敵などいない、あるのは永遠の利益だけだ、だっけ? その志はとても立派だと思うよ。
けどさ、何もかも一切合切奪っちゃえば総取りなんだよね。強いゼネラル・エレクトロニクスが健在なことを示し、御三家に楯突くとどうなるかの見せしめにもなる。良いことしかないじゃないか。
それにほら、2対1だ。せめて僕らの関係だけは民主主義でありたいよね?」
賛成2に反対1、旗色の悪さを感じたクレアは腰を下ろすもその眼つきは鋭い。
「……どちらに部隊を送り込んだのですか」
「オルフェオン銀河系、対象はオプシディアン・ハーベスターズだ」
ポーカーフェイスは既に崩れているが、頭を抑える事だけは必死になって耐えた。
あの星域には今、ラビット商会がいる。戦争に巻き込まれたのもそう、何故こうもタイミングが悪いのか。運か? 商会長の運が悪いせいでここまで引きが弱いのか?
「さーて、場も温まって来たことだし今後の帝国経済の未来について語り合おうか」
この会議が終わったら真っ先にオキタに連絡を入れる。そう強く決意したクレアであった。
バレンシア会議2日目
・オルフェオン銀河系の出来事
貴族連にグラスレー侯爵から苦情が入る。
巡り巡ってオプシディアン・ハーベスターズが貴族連に切られる。
アレハンドロ自棄になる。
・バレンシア星系の出来事
G.Eがオプシディアン・ハーベスターズから秘密を守りたいなら戦争に加担しろと言われて逆切れ開始。全部闇に葬れば秘密も残らないと特殊部隊を差し向ける。特殊部隊移動開始。
クレア御乱心。ラビットの運の無さに呆れる。
悪辣なのは降伏するように促しておいて、闇討ち部隊を差し向けるG.Eです。




