79_嘗ての戦友たちへ③
食堂から逃げて船の後方、カーゴスペースまでやって来た。
もう近くに居ないはずなのに、まだあの双子の圧が背中に粘りついている気がする。あの双子、最近やたらとエリーを推して来くるんだけど、エリーのことなら双子に教えて貰うまでもなく知っている。
なんと言っても、俺がまだ帝国軍に居た頃からの付き合いだ。頻繁に傭兵として基地にやって来たアイツとは、ラビットの中だと一番付き合いが長い。コーヒーは飲めないし、紅茶はミルクと砂糖を入れた甘いものじゃないと飲まない。好きな食べ物はカルボナーラで、辛いのは苦手。映画の好みは偏っててホラーは絶対見ないけど、ファンタジーなら永遠に語れる。
そんなエリーと出会ったのは今から3年と少し前だ。
定期的に稼ぎに来る命知らずの中にエルフが居る。サイロに教えられた俺は、他の連中と同じく野次馬に行った。
初めてエルフを見た感想は『綺麗な顔なのに勿体ない』だった。
一般論として、傭兵の練度と装備は帝国軍より劣る。わざわざ辺境の基地、それもヴォイド最前線まで稼ぎに来る傭兵は腕に自信のある命知らずだが、それでも一ヶ月後に五体無事で帰れる傭兵は3分の1になってしまう。だから御伽噺の中から出て来たようなエルフも、どうせ1週間もしない内にデブリの仲間入りになるだろうと俺は思っていた。
ところがどっこい、エリーは傭兵としての任期を終えて五体満足で帰っていった。サイロが、どうせエリーは逃げ回っていただけだと勘ぐってヴォイドの撃破数を調べた所、驚くことに帝国軍にも引けを取らないスコアを叩きだしていたことが判明した。
へー、出来るヤツなのか。傭兵なんて威勢がいいだけの雑魚だと思っていた俺は考えを改めさせられた。
それから最短2ヶ月に一度のスパンでやって来るエリーに連隊の士気は上がっていった。傭兵如きに負けて堪るか。88連隊には負けん気とガッツに溢れた連中が多かったからか、部隊の練度もメキメキと上がっていくのを全員が感じていた。
そんな矢先、ある事件が起きた。同じタイミングで基地に訪れていた傭兵が、エリーに対して手を出そうとしたのだ。
傭兵はヴォイドの撃破数に応じてクレジットが貰える歩合制だ。エリーは腕の良さからかなりのクレジットを受け取っていたいたらしく、PXでの羽振りは俺たちから見ても良かった。それを妬んだ連中が徒党を組んだのが始まりだったらしい。
結末を先に言ってしまうと、連中の行動は未遂に終わった。
ちょうどその場に居合わせた俺とクラウディア少尉の手によって下手人を取り押さえることに成功したからだ。
クロのやつ、生身でも銃抜く仕草が速くて見えないんだよな……俺が構え終わる時には撃ってたし。
そんなこんなで捕まえた連中の口を割らせてみると出るわ出るわ。妬みや嫉妬、果てには軍への不満まで、聞いているだけで耳が腐りそうだった。
ただ聞き捨てならなかったのが、エリーに対して良からぬことを考えていた連中の中に基地に勤める軍人がいて、おこぼれを貰うために襲撃の場を整えたという証言だった。
いつ死ぬか分からない環境下で、下心を抑えきれなかった連中の暴走。
言葉で言うならそれだけだが、その後に起きた伯爵の粛清は苛烈だった。あんなに怒った伯爵を見たのは俺も初めてだった。ただ一つ言えるのは、連中はせめてもの情けとして軍人として死ぬことが出来たということだけだ。
そんなこともあって流石のエリーも反省したのか、羽振りの良い生活を止めてただの傭兵に戻っていた。ヴォイドの撃破スコアだけは相変わらずただの傭兵とは言えなかったが。それでもそこらに居る傭兵の中に、一人エルフが混じっている程度の扱いに落ち着いた。
その隣で、伯爵から面倒を見るように命令を受けた俺がいなければ、だが。
何故同性のクロじゃなくて俺なのか。これ以上仕事を増やさないでくれと伯爵に直談判したし、クロも中隊長の手を煩わせるのなら自分がやると言ってくれたが、エリーたっての希望で俺が面倒を見ることに決まってしまった。
それからエリーが傭兵として稼ぎに来る度に、俺は中隊を離れて一緒に居るようになった。
話してみると、なんとまぁクソガキだこと。
当時のエリーはテンションの浮き沈みが激しい、掴み処がない上にちょっと話そうとすると人の事を煽るは馬鹿にするわの問題児だった。
マジでコミュニケーションの仕方が分からないんじゃないかと心配になった俺は、不承不承ながらも面倒を見てやることにした。
今思うとそれがエリーとの始まりだったんだろうなぁ。
俺が中隊長としての仕事で離れないといけない時は後ろを付いて来るし、俺の時間が空けば腕を引っ張って一緒に行動しようとする。
挙句の果てには戦場で俺が指揮するオルトロス中隊と行動を共にする始末。気付いた時には、他の部隊からオルトロス中隊のラストナンバー扱いされていたのには流石の俺も驚いた。
何度も基地に来て一緒に過ごす間にエリーの気性も落ち着き、連隊からは俺、クラウディア少尉と並んでガキンチョ隊員として可愛がられるようになっていた。
あの頃、基地内の雰囲気は俺の知る中でも特段に勢いづいていたのを覚えている。
底抜けに明るいアイツはみんなのマスコットで、こんな奴を守るためなら軍人も悪くない、自分が死んでも戦った意味は残ると本気で言う連中もいた。
だから俺は……正確にはあの頃の俺たちは。全員無事に生き残った時も、仲間を助けられなくて悔しかった時も。もうどうしようもなくて、辛くて、逃げたくて、それでも逃げたら終わりなあの環境の中で踏ん張れたのは、あの馬鹿みたいな笑顔が傍にいたからだ。
でも他の皆がエリーから目を逸らしたとき。エリーが、皆が知っているエリーを崩した瞬間を俺だけは見逃さなかった。
俺が見続けたエリーは、ただの等身大の女の子だった。アイツはアイツなりに生意気にも気を遣って誰にも見せないようにしていたのだろう。けどそれを見てしまった俺は、もうエリーのことを部隊のマスコットには見えなくなった。
エリーは不器用な奴で、他人を思いやることが出来る奴だと俺は知っている。ひとりで居ると暗い表情を浮かべる癖があるのも知ってるし、人前に出るときは作ったように笑顔を浮かべるのも知っている。
オークリーの戦いの後だってそうだ。俺が死んだと思ったアイツがどれだけ怒り悲しんだのか、後になって双子から聞いた。あの時、本当に俺が死んでいた場合にアイツがどうなったのかなんて考えたくもない。
皆がエリーが笑う姿が好きだけど、エリーは本気で泣く場所を誰にも見せない。
太陽みたいに眩しいけど、その光の奥には、静かに揺れる影がある。
俺は、その影も含めて、エリーのことが――――――。
「って、乙女か俺は!?!? 何でこんな真剣に悩んで ……はぁ、あほくさ。それもこれも、全部意味深なこと言い出すあの双子のせいだ。さっさと残りの二人の紹介撮って終わろう」
周りに誰もいないことを確認して独りごちる。この時間ならエリーとリタが荷下ろしを進めている時間だろう。気を取り直して撮影ドローンに向き直る。
「ここがラビットⅡのカーゴスペースだ。船の後方部分がまるまる倉庫になっているから、かなりの広さが確保されているんだ。今はオルフェオン銀河系のガリアン星系で荷下ろし作業をやっている最中だな」
仕事風景も撮るつもりで来たは良いが、ここからは単純な荷下ろし作業だから画が持たないかも。そもそも本来は俺たちの仕事じゃないし……戦闘中のカメラ映像を送った方があいつら喜ぶんじゃないか?
「ガリアン星系にやってきて今日で2週間。実は荷下ろしが終わらなくてな……猫の手でも借りたいくらいだよ。何でこんなことになっているかと言うと、コロニーの宇宙港には絶対にいるはずの港湾労働者組合が引き払っているせいだ」
ブラックメタルの爺さん曰く。戦争を避けるためにコロニーから逃げ出したってことらしいが、そこいらの宙賊より気が荒いあの連中が戦争程度で逃げだすはずがない。何か別の理由でボイコットしているに違いない、というのが俺たちの結論だ。
とはいえ普段お世話になっている組合員がいない以上、その仕事は全部自分たちでしないといけないわけで。注文票を睨み、必要な荷物を一つ一つ降ろし、必要としている人の住居まで持っていく。これを僅か6人で延々と続ける必要があるのだから、終わりの見えない作業に心が折れそうになっている。
「ああ、ちょうどあそこに最後のメンバーが2人いるな。話を聞いてみるか」
黙々と箱を運び出しているリタと、げんなりした顔で猫背になりながら、端末と睨めっこをしているエリーがいた。
「よ、お二人さん。調子はどうだ?」
話しかけるとエリーがガバっと振り返って来た。リタはちらっとこちらを見た後、持っている荷物運びを優先したようで、船の外に設けている一時物置へと歩いて行った。
「オ゛ッギ~~~~、もうボク飽きちゃったよこの作業~」
「そりゃ2週間も続けたらな……でもほら、そんなお前のために面白い企画持って来てやったぞ」
「撮影ドローン? なに? ちゃんと仕事してるか記録でもしてるの?」
宙に浮いている撮影ドローンを指差すと、エリーは怪訝な顔をしてそれを睨みつけた。日々のフラストレーションが溜っているせいか、ケッとでも言わんばかりだ。
「ちげーよ。聞いて驚け、88連隊に向けたビデオレターだ」
「ビデオレター?」
「あ、これ通じない奴か。えっとな、とにかく動画を撮って連隊に送るんだよ」
「ほえ? ……えーーーーーーー!? ほんと?! 皆に動画送るの!? 出たい出たい!!」
「あぶね!」
瞬間湯沸かし器みたいに一瞬で興奮し、持っていた端末を投げ出して飛びついて来るエリーを躱す。こいつ、イベント事が久しぶりだからってはしゃぎすぎだろ。
「もう! ちゃんと受け止めてよ!」
「重力下でんなことやってられるか」
「フンだ、別に良いもんね。じゃあ早くボクをインタビューするが良いぞ!」
「回しっぱなしだからもう撮影してる。お前のことは皆知ってるし、今更紹介するも何もないだろ。好きに話していいぞ」
「そうなの? そうかも。う~ん、そうだなぁ……面と向かって何か言おうとすると結構悩むね。因みに他の皆はどんな感じだったの?」
「……まあ、うん。個性的だった」
ハイデマリーは何故か最後に圧掛けてたし、男組はほぼカット確定。あれ? まともな紹介動画になるかはエリーとリタに委ねられているのか? おいおい大丈夫か? マイペースの化身みたいな奴らだぞ。
いよいよもって尺と内容が持たないようになってきた俺の心の内を知ってか知らずか、エリーが悪い顔を浮かべ、くねくねしながら撮影ドローンへと近づいて行く。
何やってるんだこいつ。そう思ったのも束の間、ドローンの隣に居た俺の腕に抱き着いて来た。
「イェーイ連隊のみんな見てるぅ~? みんなの頼りになるオキタ中尉はぁ、ボクが貰っちゃいました!」
「ブッ、お前何言ってんの!?」
「え~ホントのことじゃん。いつも一緒にいるしぃ~。あ、ワンちゃん見てる~? ワンちゃんがずっと引っ付いてた中隊長の面倒はボクが見てあげてるからぁ、何も心配しなくてもいいよ~?」
「おまっ、クロに向かってなんて命知らずなことを……」
クロことクラウディア少尉の先祖に狼系だかニャクス族だかがいたから、エリーの言うワンちゃんってのは彼女に向けた最悪の煽り、侮蔑的な呼び方になる。
もちろん彼女そう呼んだ下手人は、漏れなく地獄を見る嵌めになっているが……ぶっちゃけ俺が”クラウ”って呼ぶつもりが間違って”クロ”って呼んだのが始まりだったりするので、正直すまんかったとしか言えない。
「オッキーのクロもワンちゃんっぽい呼び方けどね! オッキーしかそう呼ぶの許されてないし」
「今更クラウって呼ぶなって言われたから仕方なく……ディアって呼んだら微妙な顔されたし」
「じゃあクラウディアって呼んであげればいいじゃん。それを望んでるんじゃないの?」
「長くて言い辛いだろうからクロで良いって言われたんだよ。二人きりの時だけにしろって言われたけど、あまり守った記憶がないな」
「ケッ、あのイイ子ちゃんめ。そうやってオッキーの気を引こうとしてるに決まってるよ!」
「直属の部下で副官が気を引く意味とか分からないんだが……それにしてもお前らって本当に仲悪いのな」
エリーとクロは昔から水と油、顔を合わせる度にバチバチしていた。そしてその間に挟まれる俺という残念な構図が何時ものお決まりパターン。
真面目で規律を貴ぶクロと、我が道突き進む自由奔放なエリーの組み合わせが噛みあう訳がなく、面倒を見るというのも、実は二人の仲裁役も兼ねてのことだったりもする。
何で俺は毎回苦労を背負わされるんだろうか。伯爵、恨みます。
「まあ、ボクらは元気にやってるよ。オキタ中尉、面倒だからいつも通りオッキーでいいや。オッキーだって傭兵にも慣れたし、ボクらが揃えば最強無敵だってことは皆だって知ってるでしょ? 今はクラウの代わりだっているし」
「呼ばれた気がした」
「うぉおおおお!? り、リタか、気配隠して急に後ろに現れるなよ……」
急に背中に現れた気配に飛び跳ねそうになるが、その場から動けないように肩に寄り掛かって来た。右にエリー、背中から左側に掛けてリタと、何も知らない連中が見たら両手に花、男レベルの高い絵が撮れている気がする。きっと連隊の男共は歯軋りしていることだろう。
「動画撮ってるんでしょ? 撮れ高撮れて良かったね」
「流石リタ、分かってるね!」
「エンターテイナーと呼んでいいよ」
「心臓縮むから止めてくれ……おいリタ、何で上半身がタンクトップ一丁なんだ」
「? 熱いからだけど」
肩口越しに振り返ったリタは肌色面積が非常に多い姿をしていた。作業で汗を掻くのは分かるが、汗で張り付いたタンクトップと主張の激しい双丘はエッチが過ぎる。俺の後ろにいるから撮影ドローンにはちょっとしか映っていないのが不幸中の幸いか。
「上着は……向こうに投げてるのか。仕方ない、これ着てろ」
リタがいつも着崩しているジャケットは遠くの棚の上に投げられていた。仕方がないから着ていたジャケットを着せてやることにする。あまり背丈が変わらないとはいえ、俺の一張羅は少し大き目だ。ちゃんと前も閉じてやれば……よし、これで人前に出せる恰好だ。
「……何だよ?」
「ふーん、へぇ……そっか」
されるがままだったリタは蠱惑的な笑みを浮かべて、俺の耳元まで顔を近づけて来た。
「誰にも見せたくないもんね。大丈夫、ちゃんと分かってるから」
「バッ―――!「ぶべ!?」 あ、悪いエリー。リタも分かってんならちゃんとしろよ!」
俺にしか聞こえない声量で囁いたそれは破壊力抜群だった。思わず飛びのいてしまうと、エリーの顔面が背中にめり込んでしまったようだった。
「初めまして、オキタの古い友人たち。私はリターナ。宜しくするには居場所が離れてるから興味ないかな。あとは……そうだ、オキタの彼女やってる。以上終了、仕事に戻るので失礼」
「嵐のように過ぎ去っていった……」
言いたい事だけ言ってリタは仕事に戻っていった。エリーは鼻を背中に張り付いていてリタの自己紹介は聞けてない……よな?
「ねぇ、オッキー……」
「どうした? そんなに痛かったか?」
「……ううん、何でもない。それよりさ、この動画っていつ送るの?」
送るタイミングか、確かに悩み処だな。ハイデマリーには仕事しろって釘刺されたし、編集作業とかに時間割こうとするとガリアンを出た後か?
じゃあ一旦撮影を止めてと。このドローン上でもメッセージは送れる。宛先は連隊向けにしておけばいいだろうし、メッセージの定型文だけ作っておくか。
「――――以上、オキタよりと。宛先は……」
「ひえ~、宛先長いね」
「軍の施設宛てだからな。後は編集した動画を添付して送ればOKだ」
「編集するの? いいじゃん別にそのまま送っても。その方がリアルっぽくない?」
「色々あるんだよ。ほら、さっさと仕事再開するぞ。普段の仕事風景だって送るつもりなんだからな」
「うげ~、面白くな~い」
その後、やっぱり熱いと貸した服を脱ぎだしたリタや、やたらと引っ付いて来るエリー躱すというトラブルに見舞われながらも、最後はクルー全員で冗談を言い合いながら作業をするという絵が撮れた。
気が乗った俺はその日の内に拙いながらも動画の編集を行い、柄にもなくどんな反応が返って来るかとドキドキしながらメッセージを送るのだった。
「ふんふんふん~♪」
「相変わらず能天気で羨ましいぜ、ジオ」
「おや、そういうサイロは何時もに増して元気がありませんね。どうかしたのですか?」
「我らがクソボケ中隊長からメッセージが届いたんだよ」
「ほう! 漸くですか! 元中隊長は仕事が遅くて困ったものです。して、新しい中隊長はもうメッセージを見たので?」
「ああ……ヤバいぜ、今は近寄らない方が良い」
「え?」
「鬼だぜ、アレは。オーラ見えちゃってるくらいだ」
「誰が鬼ですか」
「げぇ!? クラウディア中隊長!? 伯爵の護衛で中央に出張に行ってた連隊長をシバキに行ったはずでは!?」
「もう終わりました。なのでサイロ、それにジオも訓練に付き合いなさい」
「ち、ちなみに何の訓練で……?」
「決まっているでしょう? 今度見かけたら問答無用で撃ち落とす為の訓練です」




