78_嘗ての戦友たちへ②
「手元の時計だと14時を過ぎた頃だが、実はまだ昼飯を食べてないんだ。だから食堂に行って飯を食うことにする。せっかくだからこの船の艦内設備とかも案内できればいいな」
撮影の準備に手間取ったからか、気付いたらこんな時間になってしまった。
ブリッジから出た廊下を真っ直ぐ進んで艦の後方へと向かう。
無重力なら壁に備え付けられているレバーを掴んで簡単に移動出来るんだが、重力制御がされているコロニー内になると自分の足で移動しないといけない。
ラビットⅡは400m級……とは言っても、ラビットⅡの後方はカーゴスペース兼弾薬庫になっている。船の前方くらいにしか生活スペースが無いから、そこまで広いって感じでもない。
「ここが食堂の入口だな。誰かいると良いんだが……お、男組が勢揃いじゃないか」
自動扉が開いた先にはアレン、エレン、アンドーがいた。
食堂モジュールの内装はラビットの頃からあまり変わっていない。ハイデマリーこだわりの椅子と机、カウンター向こうには小さな店の厨房を思わせる広さのキッチンだ。
「夜勤のアンドーはともかく双子、お前らもしかして荷下ろしサボってるのか? 昼休憩にしたら長すぎるだろ、もう14時前だぞ」
「ここ数日の重機扱いに少し疲れまして。オキタ氏は今から昼食で?」
「ちょっと用があって食べれてなくてな。
ああそうだ、これで古巣に送る動画撮ってるんだけど、メンバーのインタビューも撮りたいんだ。話聞かせて貰っていいか?」
「ああ、ワシは別にいいぞ」
「私達も」
「サンキュー。じゃあ簡単に自己紹介してくれ」
撮影ドローンを3人の方へ向ける。フリが雑だって? 男の紹介なんてこんなもんで良いんだよ。第一、俺よりイケメンの双子を撮影したら俺の立つ瀬がないだろ。
アンドー? 自称ジジイにはジジ専のファンが付くことをお祈り申し上げます。
「どうも、オキタ氏の古巣の方々。私がアレンで」
「私がエレンです。二人で船のCICを担当しています」
「双子なので見分けが付かないと思いますが、前髪の分け方で覚えて頂けると助かります」
爽やかイケメン共が清涼感のある表情を浮かべて挨拶をしている。
何だろう、この一つ一つの所作が絵になる感じ。滅茶苦茶負けた気がする。歯軋り出そう。
「ワシはアンドーと言う。船のメカニック担当で、オキタとはエロ仲間じゃ」
「アンドーアウト。後でカットしておくからな」
「なんじゃい、本当の事だろうが」
だから悪いんだよ。真実とは時に残酷なのだ。
席に座ると配膳ロボが水と食べ物が置かれたトレイを運んできた。
食事は基本的にシズが子機を操って作っているが、料理が出来る双子なんかは時々ではあるが勝手に作って食べている。その時にはだいたいクルー全員分を作ることになるから、あっても月に1度か2度だけだけど。
「珍しいな。今日の昼は俺が頼んでた丼ものなのか」
シズはハイデマリーを甘やかすことに精を出しているから、食事に限っては俺の頼みを聞いてくれることが少ない。二週に一度くらいは要望が通るのだが、この間ピザを作って貰ったばかりで順番的には早いくらいだ。ってことは……
「アレンとエレンが作ってくれたのか」
「おや、分かりますか」
「ふふ、私達とオキタ氏の絆がなせる以心伝心ですね」
「凝った飯作れるのお前らしかいないだろ。
でも何でだろうな、以心伝心って言われると素直に喜べないこの気持ち」
「それ即ち愛ですね」
うお、背筋に震えが……
「馬鹿やってないで喰っとけ。温かい内に食べた方が旨いぞ」
「そりゃそうだ。いただきます」
丼の蓋を開けると出てくる天ぷらの匂い。ああ、これだよこれ。ガリアンⅠに魚介系養殖所があるって聞いた時にどうしても食べたくなったんだよなぁ。
「オキタのその、イタダキマスってのも面白い考え方だよな」
「何だまたそのネタかよ。生まれ違いからくる文化の違いなんて何処にでもある話だろ? それでいいじゃないか」
「そりゃそうだ。けどお前さんの所作はシズの検索にも引っかからないんだろ? じゃあどこの星系の物なのかと話しておった所でな」
「さあ? 太陽系とか言っても分からねーだろ」
「やはり聞いたことありませんね。どこの銀河にあるのですか?」
「天の川銀河。てかお前ら、俺の昔話を妄想って笑う癖に結構擦るのな」
実は何度か話したことがある俺の生まれ故郷の話。話すたびにどんな田舎なのかと問われては返答しているんだが、いい加減面倒になっている。
しかしいったいどこにあるのかね、俺の故郷は。今更帰りたいとか言うつもりもないし、帰った所で何があるわけでもないんだが。
「まあそんなことより天丼だよ天丼。アレンにエレン、ありがとな」
「いえいえ、私達もいい刺激になりました」
「さあ、食べてみてください。どこまで味を再現出来ているか聞きたいので」
馬鹿め、そんなものは蓋を開けた瞬間にふわっと漂う香ばしい天ぷら油の香りで十分だ。食べなくても分かる、絶対旨いヤツだ。撮影ドローンを寄せてアップで絵を撮る。気分は飯テロだ。
さあ、丼に乗っている物を一つずつ確認しようか。
中央に鎮座していたのは、堂々たる海老天。思わずかぶりつく。衣はサクッと軽いのに、中はぷりぷりとした弾力。衣越しでもわかる、ガリアンⅠで育てられた海老の新鮮さが溜まらない。
勿論ご飯の上には海老だけでなく野菜天(だよな?)も美しく配置されていて、彩りも食感も豊か。タレは……ああ、甘辛の王道で濃すぎず、天ぷらの風味を邪魔しない絶妙なバランス。
よくもまあ俺の拙い説明でここまで再現出来たものだ。
「うめぇ……やば、泣きそう」
「ふふ、感想は聞くまでも無かったようですね」
「ああ、マジでうまいよ。けどよくタレとか作れたよな。調味料とか合わせるの難しかったんじゃないのか?」
「そこは調理機械に任せてしまいました。ちょっと甘め味濃いめで何回か試して出来たものに当たりを付けてみましたが、ちゃんと出来ていたようですね」
流石は宇宙時代の調理機械、ざっくりした指示で最適解を充ててくるとは恐れ入る。
出された天丼を米粒一つ残さず平らげてひと息吐いていると、アンドーがニヤニヤしながら俺を見ていることに気が付いた。
「なんだよ気持ち悪いな」
コイツがこういう顔をするときは大抵俺にちょっかい掛けようとしている時だ。何を言ってくるか分からないが、とりあえず水でも飲んで落ち着いておこう。
「これは昨晩の夜警で気付いた話なんだが……」
肘を机の上に置いて腕を組み、口元を隠して話し出すアンドー。堂に入る仕草が妙に深刻な印象を受けるが、一体何が気になったんだろうか。
「夜警といえば、昨晩はアンドー氏の番でしたか。ブリッジに詰めてる時に何か?」
「ああそうだ。コロニーの中とはいえ戦争中のガリアンだ、良からぬことを考えて船に近づく奴がいないとも限らない。
基本的にシズにおんぶにだっことはいえ、ハイデマリーが人の目でも確認する方針なのはお前たちも知っての通りだ。
だから交代で警戒任務に就いて、昨晩はワシが夜警の担当だったわけだ」
「ええ、ここにいる全員が既に何度か夜警は体験していますが、特に何があるわけでもありませんね。それがどうかしたのですか?」
「念のために艦内を定刻で巡回する決まりなのは分かるな?
実はな……ワシ、そこで見ちまったんじゃ――――――」
「オキタらしき人物がリタの部屋に入っていくのを」
「ブーーーーーーーー! 「うぉ汚ねぇ!」 カット! カァァァァァット!!」
『カット不可』
「シズ!? シズさん!?」
んなバカな! 幾重にも偽装を施したはず!? 時間だって巡回時間を避けて移動したのに何故バレ……ア、アンドーてめぇこの野郎! 面倒になって自分のタイミングで巡回しやがったな!?
「下手だねぇオキタくぅん、スニーキングがへたっぴさ。あれじゃあオジサンの目は誤魔化されないよぉ?
さあ、キリキリ吐いて貰おうか。何故オキタが! あんな時間に! リタの部屋に入っていったのかをよぉ~」
コ、コイツ俺の事情を全部しった上でなんて白々しいヤツ! まさか一番見られてはいけない奴に見られる渾身のファンブルをかました俺のバカバカバカ!
……ん? なんで双子は俯いて席を立つんだ? なんで机を挟んだ俺の方に来ようとしているんだ!?
「あの……なんで双子は俺を挟んで座ってらっしゃるんで……?」
「オキタ氏、詳しい説明を求めます」
「我々は今、冷静さを欠こうとしています」
「リターナ氏の気持ちは理解しますし、いずれこうなる事は予想していました」
「ですが一つお忘れではないでしょうか?」
「いや、何の話!?」
「ああ、皆迄言わなくて結構」
「我々は別に怒っておりません。むしろ祝福する気持ちでいっぱいなので、そこは取り違えないで頂きたい」
「ですがそれとは別に思うことが一つ。責任の所在についてはっきりしておこうと思いまして」
「我々の可愛い娘はどうするおつもりなのか。一つお聞かせいただきたく」
「お勧めは多妻制です。エルフはその辺り寛容ですので、どうぞ一思いにパクっとイッっちゃって下さい」
「ちなみにエリーは本件について一切知りません。何時まで隠し通せるかは分かりませんが」
「あの娘が爆発した時、貴方の選択が我々にとっての分水嶺になります。色男の責任と選択に期待してもよろしいですかね?」
「「よ ろ し い で す よ ね??」」
「……戦略的撤退!!」
席を飛び跳ねてから即座にダッシュ! 馬鹿やろう俺は逃げるぞ馬鹿野郎!
チクショーメ! 食堂はほぼカットするしかねぇ!
後ろからの途轍もない圧から逃げるように食堂を後にした。




