08_宙賊と軍属
241010段落修正
無事コロニーに帰還した俺とエリーを、ラビットの皆は総出で迎えてくれた。
帰還直後こそ、やれ何機撃墜したや巡洋艦は敵じゃなかっただの、でも俺に付き合って酷い目にあったと興奮冷めやまぬように話していたエリーだったが、少ししたら電池が切れたように寝ると言って部屋へ引き上げていった。
それから2日間はハイデマリーから休暇を言い渡された。
同じく休暇を言いつけられたエリーにダル絡みされたりシミュレーターでボコしてやったりして過ごしていたが、3日目に入った所で振り込まれた莫大なクレジットに脳を破壊された。
日も変わっていたのでそのまま寝た。
寝て起きたところで、再度口座に振り込まれたクレジットの額にドン引きしながらもニヤニヤが止まらない俺に、傭兵ギルドから連絡が入った。
「コロニー駐屯軍からの感謝状?」
「ええ。オキタ氏宛てに傭兵ギルド経由で通信が入りました」
アレンからの連絡を確認しに艦橋に来てみると、エリーとアンドー以外は艦橋に揃っていた。
アレンとエレンは苦笑を浮かべ、ハイデマリーはどこかソワソワと落ち着かない様子だ。
「そんなの貰ってもな……断ったらどうなる?」
「それでも構わないでしょうが……」
チラっとアレンが見た先には不愉快そうなハイデマリー。
イライラしているのだろうか、胸の辺りで組まれている腕の指がトントンと忙しなく動いている。
「行かんでも表向きは問題ないやろうけど、後ろに控えとるんが面倒でな。
帝国軍から内密にな、オキたんに会わせろって雇い主のウチに連絡が来たわ」
「帝国軍が? 何でまた、退役した俺なんかに」
「復帰依頼とは考えられませんか?
お二人の活躍は目覚ましい物がありましたし、上層部も惜しくなったとか」
「その上層部の意向で辞めたんだが。
それにあれくらい、前の部隊で一緒だった連中は出来る」
今回はエリーとの2機編成だったが、まだ帝国軍に居た頃に小隊4機編成で同じことをやっていたのを思い出す。
あの3人なら今回もどうとでもなっただろうし、実際それほどキツイ場面は無かった。
最後の艦隊による防空網を抜ける時こそ足元がヒヤっとしたが、機体に大きなダメージも貰っていない。
本当にヤバくなると後先考えずに機体のリミッターを外したりもするが、今回はそんなこともなかった。
「まあそれは置いといて。
オキたんはどうしたい? 断り辛かったらウチから断り入れとこか?」
「いや、そこまで面倒掛けるのも悪いし会ってくる。
……ハイデマリー、顔顔、ヤバいって」
何と言うか、こう、カメムシが口に入ったみたいな顔するの止めて貰えないか。
悪いこと言ってないはずなのに、とても居たたまれなくなってくる。
「そういやエリーは? あいつにも感謝状とか届いているのか?」
ここにはいない相棒のことを思い浮かべる。
あのガキンチョ、感謝状とか好きそうだし喜んでるだろ。
「エリー氏なら紛失したビームライフルの代わりを探しにアンドーと出かけていますよ。
彼女にも感謝状の連絡は届いていましたが、それよりも装備を見繕う方が優先だと言って出ていかれました。電子データで送って貰うようです」
「ああ、そういやテンション上がってビームライフルを1本投げ捨ててたな」
セイバーリングの腰部ラックに引っ掛ければいいものを、何故か投げ捨ててビームサーベルに持ち替えてたからな。
しかも捨てたのってELF系の正規品だろ?
間違っても帝国のコロニーに売ってるはずはないし、取り寄せとか出来る気がしないんだが……まあいいか、アレでも一人前の傭兵だし放っておこう。
「とりあえず行ってくる。軍の連中を待たせても面倒だし」
「あ~ちょい待ち!
シズ、オキたんに付いてってくれん? 変な虫が付かんように見とって」
「承知しました。ミスター・オキタの御守りは私が勤めましょう」
「子供のお使いじゃないんだが」
☆
コロニー駐屯軍の官舎に着いた時に出迎えてくれたのはやはりと言うか、駐屯軍ではなく帝国軍士官の中年男性だった。
ガーデン少佐の副官をしているらしく、先ほどの戦いでは艦隊旗艦インダストリーで俺たちの活躍を眺めていたらしい。
「本官はしがない情報将校ではありますが、オキタ准尉の逸話は特定の拠点を持たない派遣艦隊である我々にも届いております。
噂の一端をこの目で見ることができ、この歳ながら血が沸き立つ思いでした。
―――さあ、少佐殿がお待ちです。どうぞこちらへ」
こちらからの挨拶もそこそこに、情報将校と名乗った男性の後を付いて官舎を進んでいく。
アンドー曰く、完璧な造形と言うアンドロイド義体のシズが後ろを歩いているせいか、すれ違う軍人たちが興味深そうにこちらを伺っている。
「目障りであれば散らしましょうか?」
「お前マジで自重しろよ?」
今日何食べたい? とでも言うような軽い口調で物騒なことを囁いてくるシズを窘めておく。
AI独特の思考なのかラビットクルーを第一に考えるようプログラムされているからかは分からないが、シズは出来ると確信があれば行動に移すきらいがある……気がする。
それでもこうやって、俺の意図に反する行動をとるつもりがあると理解しているからこそ、事前に意思確認してくれているんだよな。
流石未来のSF世界というべきか、察しの悪い人間よりも優秀で助かる。
「―――ガーデン少佐。オイゲン中尉であります」
「入り給え」
「失礼します。オキタ准尉、並びに同伴者シズ殿をお連れしました」
案内された部屋には、通信で何度か見たガーデン少佐がいた。
艦隊指揮官ともなれば40台以降の年配のイメージがあるが、見た目では30台前半に見える。
雰囲気も、如何にも仕事が出来そうな男性だ。
そんなガーデン少佐に向かって情報将校―――オイゲン中尉の敬礼に合わせ、俺も反射で敬礼が出てしまった。
もう軍属じゃないから不要だろうが、軍に居た頃の癖は抜けきっていないようだ。
「フッ、癖は抜けきれんか。
座り給え、准尉。同伴者の方もどうぞ」
「どうも」
「いえ、私は結構です。お茶のご用意も必要ありません」
「そうかね? では中尉、我々の分だけ頼む」
「ハッ! 失礼します」
オイゲン中尉が退出し、俺は机を挟んでガーデン少佐と向かい合うようにソファへ座った。
スッとシズが真後ろに控えるように移動した気配がするが、滅多なことをしないで居てくれることを祈るばかりだ。
「先の戦闘ではラビット隊には世話になった。
もう少し手間取るかと思ったが、君たちの陽動のおかげでこちらの被害は想定より少く終わった。感謝する」
「"最善を積み重ねて、最良の結果を得る"。
俺はやれることをやっただけだ」
「古巣の隊規か? 立派なことだ。
私はこの3日は戦闘後の後始末で缶詰でね。
敵旗艦の撃破が迅速だったからか、それもあって生き残った宙賊は我先と逃げ出してしまった。
今は星系内の警戒ルートの選定をしている最中だ」
ガサっと真後ろで身動ぎする音が聞こえる。
怖えよ。別に嫌味でも何でもないのだから大層に受け取らないでくれ。
むしろあれだ、残党がまだいるから注意しろと教えてくれているんだろう。
「お褒めのお言葉ありがとうございます。
で、それだけじゃないんでしょう?」
「話が早くて助かる。
では単刀直入に。オキタ准尉、君は軍に戻るつもりはあるか?」
「やっぱその話か」
俺が退役した事は知ってても、その理由までは知らないのだろう。
でなければ、皇帝陛下絡みの話をぶり返すような真似はしないはずだ。
「俺が戻りたいと言っても無理でしょうし、今は戻るつもりはないです。
退役を促された時は、そりゃあ理不尽な決定に怒りもしましたけど、傭兵稼業は実入りも良いし賢い選択だったなとここ最近は思ってます。
後ろのシズも含め、今いる場所には面白いメンバーが揃ってるんで」
ラビットの専属として誘ってくれたハイデマリーには感謝している。
まだ少ししかラビットの皆とは過ごしていないが、彼らは時間なんて関係ないと言わんばかりに良くしてくれる。
小さな家に一緒に住んでいる家族みたいな感じが心地いい空間だ。
「フム、確か君には少なくないクレジットが振り込まれていたな。
私は先祖代々の軍人家系だから傭兵になることはできないが、軍に居る頃よりは金回りはよくなるだろう。
まあ、私の場合は職業柄貯まったクレジットを使う暇もないのだがね」
「外縁派遣艦隊は、名前からして暇が無さそうだ」
「そんなところだ」
少し和やかな雰囲気になったところで、オイゲン中尉が紅茶を入れて戻ってきた。
貰った紅茶に砂糖を入れてかき混ぜ一口。
ああ、住む場所が違っても変わらない紅茶の味に安心する。
オイゲン中尉は飲まないようで、シズが俺の後ろで立っているように、ガーデン少佐の後ろに控えるように立った。
「准尉、君は宙賊についでどう思う」
ガーデン少佐がカップに入った紅茶を眺めながらそう話しかけてきた。
正直なところ、俺は宙賊がならず者だということしか知らない。
そもそもがこの世界で約3年、今回が初めて宙賊との大規模な戦いに参加したくらいだ。
ヴォイドの支配領域と国境を接していた場所には宙賊も寄り付かなかったから。
「話の通じないヴォイドよりマシな邪魔者、くらいの認識しかないな」
「ヴォイドよりマシ、か。
君が言うと説得力がありそうだが、私は宙賊こそ宇宙のゴミだと思うよ。
あの物の怪共の方がまだマシに思えるくらいにね」
吐き捨てるように言ったガーデン少佐。
何にでも寄生する、それこそ生きた人間だって取り込んでしまうヴォイドの方が宙賊よりマシだって?
「誘拐、窃盗、破壊。人の社会でまともに生きていけなくなった連中が最後に徒党を組んだ存在。
それが宙賊だが、奴らの所業は市民には過激でね。
やつらの罪状は通常の方法でニューラルネットを検索しても出てこないよう制限が掛かっている。
オイゲン中尉、彼にあれを」
「解析中の情報ですが、よろしいので?」
「構うものか。准尉は知っておくべきだ」
何を見せてくれるのだろうか。
顰め面のガーデン少佐との間にある机に備え付けられているモニターには、先の戦いで見た宙賊のアジトが映っていた。
「君も見たこのアジトだが、内部では大規模なα型ファクトリーが稼働していた。
α型ファクトリーについては?」
確か、工場の分類を示すようなものだったはず。
駐屯地にもあったと記憶があるが……後ろを振り返ると、頷いたシズが解説を入れてくれた。
「ファクトリーは幾つかに分類されています。
食品生産工場のα型、工作機械工場のβ型などです。
どれもコロニー生活に必要不可欠な工場であるため、ある程度モジュール化されて『工場生産キット』として販売されています」
「ってことは、このアジトは宙賊の食料プラントを担っていたのか。
宙賊だって飲み食いくらいするだろうし、これが何か?」
不思議に思いガーデン少佐を見やる。
少佐には元々冷たい感覚を覚えていたが、この部屋に入ってから感じていた冷たい印象からがより強くなるような目を俺に向けてきた。
「准尉の言う通り、ただの食品工場であれば話題にしないさ。
しかしな、准尉。これは誘拐された市民や捕虜となった者たちの再処理工場だったことが分かっている」
「は?」
「鎮圧に向かった陸戦隊も目を疑ったそうだ。
帝国軍としても幾つもの例を把握しているが、動いている工場を目の当たりにするのは少ない」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! じゃあ、あのアジトで……!?」
「想像の通りだ。奴らの資金源の一つがこれだよ。
帳簿ごと見つかったわ、この通りのな!!」
ダン! っと拳を机に叩きつけ怒りを見せるガーデン少佐とは違って、俺は胃が締め付けられる感覚がした
。一缶いくら、上質、並、……生々しい記載がそこにあった。
とても人の、まともな人間のできることじゃない。
「コロニーでは年間どれだけの市民が行方不明になると思う?
どれだけの商人が航路で消息不明になるか知っているか?
クレジットが払えず、市民権すら持てない弱者に至っては宙賊にとって格好の餌でしかない。
そんな奴らも、正面戦力でやり合えばまず間違いなく我々が勝つ。
だが奴らを狩るには宇宙は広く、手が回らんのも事実だ。
分かるか、准尉。優秀な人材を遊ばせておくほど、帝国にリソースは残されていないのだ」
「……だから何だって言うんだ。たった一人の力なんて、軍にしてみれば何の意味ないだろ!」
そうでなければ、俺は何のために。
「私は知っているぞ。
貴様は別だ。だから貴様は一度放逐されたのだ。
―――軍に戻れ、准尉。貴様の力は、帝国に尽くすためにあるべきだ」
「好き勝手言いやがっ、……ああクソ……少し……一日だけ、考えさせて欲しい……」
こちらを睨むようにそう言ったガーデン少佐に、頭を押さえてそう返すことしかできなかった。
判断材料として使え。そう言われてデータチップを渡された後、俺とシズは官舎を後にした。
ラビットの自室に入ってドアを閉めたとき、どうやって帰ってきたのかあまり覚えていなかった。