75_希望に縋りたくなる
ブラックメタル鉱業連合のオフィスに向かうため、ガリアンⅠコロニー内を車で移動する道中。
運転手はアレンが担当している。アンドーとエレン、珍しいことにシズも今回はお留守番だ。
2列目シートを回転させ、3列目と対面できるようになった車内に座るのは俺、ハイデマリー、エリー、リタとニャクス族の女の子だ。
向かい側に座るニャクス族は、特徴的な見た目としてネコミミが生えている。
身体能力はもちろん目や耳といった感覚器官も優れており、特に危機察知能力は他種族と比べ物にならないとか。軍にいた彼女の同輩はその特性を活かしてスナイパーか偵察部隊に配属されていた。
いや、そんなことはどうでもいい。
大事なのは俺はネコか犬のどっちが好きかと言われると断然ネコ派だってことだ。
ネコ is Best。ふわふわしたネコミミがピクピク動く姿はとってもキュート。我慢してても意識と視線がそっちに行ってしまう。
「ん!」
「ん?」
「だから! ん!!」
「えぇ?」
悶々とした俺に向かってエリーが頭を差し出すがいったいどうしろと?
お前の頭にネコミミはついてないんだが? エルフの長い耳が生えているだけなんだが、それをどうしろと? 軽く耳を引っ張ってやるとイダダダと声を上げている。
リタが心底軽蔑するような目で見てくるが知ったこっちゃない。こんな人間だと知らなかったって? 残念ながらこんな俺に好意を寄せたお前の負けだぜ。
心底不機嫌そうに足を組んでいるエリーも知ったこっちゃない。
つーか、よくよく見るとお前リタに負けず下半身限定で大胆な服装してるよな。その太ももを見せつけるスタイルははしたないから止めとけ。時々変なのが寄り付いて来る理由はそれだから。
まあそんなこんなでコロニーの中を車で移動しているのだが、タイヤで走っているため車内は当然揺れている。サスペンションが悪いとかそうじゃない、揺れている。揺れているのだ。
「あの、お兄さんは何処を見てるのですか……?」
「お構いなく」
「えぇ……?」
「オキタ、流石に怒るよ」
「ごめんなさい」
感覚器官故の癖だろうか、小刻みに動いている耳が気になって視線がそちらに流れてしまう。
とはいえこれ以上やるとウチの女性陣がキレるだろうから瞑想でもしておこう。
そう言えば前にもこんなやり取りがあったような……そうだ、軍時代の副官だ。
あの副官も先祖にニャクス族、いや狼の方だったか? が居たとか言っていた。確か隔世遺伝とやらで目と耳が良くて、俺の隊どころか全部隊で一番のスナイパーだった。
残念なことに身体的特徴は現れてなかったけど、目を瞑れば今でもあの子の姿を思い出すことは出来る。
”どこ見てるんですか。私にネコミミはないですよ”
”中隊長として自覚をお持ちください。男女トラブルで死にたくないでしょう?”
”また書類仕事をこんなにも溜めて! いい加減やり方を覚えて下さい!”
うわぁ、思い出にまともなのが一つもねぇ。忙しさと疲れが原因で不機嫌か怒っている顔ばかり思い出される。綺麗な顔してるのに勿体ない、そう言った日には口も利いてくれなくなることもあったっけか。
それに”軍人とはこうあるべき”とか素面で言う生真面目な娘だったからか、俺がエリーをはじめ傭兵連中と話していると良い顔はしなかった。
特にエリーが基地に来た際は伯爵からの命令でエリーの面倒を見る係にされていたからか、俺が拘束されている間は本当によく首を突っ込んで来ていた。
トラブルメーカーのエリーに俺の組み合わせが心配だったんだろう。俺を含めて、俺が直接指揮を執っていた連中は腕は良くても素行が良くない奴らが集まっていたから、お目付け役の彼女も気が休まらなかったはずだ。
それにしても思い出すと何だか懐かしくなってきた、今度連絡でも取ってみるか。
「えっと、色々気にはなるのですがとりあえず自己紹介をさせて貰うのです。改めましてラビット商会の皆さん、私の名前はカリナナなのです。
見ての通りニャクス族で、ガリアンⅠコロニーで育った生粋のガリアっ子ですよ。さっきは同胞が興奮してご迷惑をお掛けしたようで大変申し訳ねーでした」
「ええよええよ。ちょっと驚いたくらいやし、何か起きる前に来てもろたし。それにウチの黒一点が不躾な視線送ったので帳消しや」
「悪い!」
「消極的に許すのです」
とりあえず目を瞑ったまま謝っておく。誠意もクソもないがとりあえず許しを得られたでの良し。
「はいはい! ボク質問! カリナナはブラックメタルの職員なの?」
「はいです。これでもブラックメタル鉱業連合が母体のアケボノ傭兵団代表代理をやらせて貰っているのです」
「やっぱり! 脚運びとか見てピンと来たんだよね、只者じゃないぞって」
「確かに徒手格闘はお手の物ですが、あの一瞬で見抜いたのですか。エルフさんの洞察力は素晴らしいのです」
「エリーでいいよ! こっちはリタで、これがオッキーね!」
「リタでいい」
「オキタだ。好きに呼んでくれ」
「エリーちゃんにリタちゃん、オキ君ですね。よろしくなのですよ」
「ウチはマリーちゃんやで! よろしゅうな!」
「はいですよ、マリーちゃん」
一つ大きな振動が伝わった所で目を開くと、ガリアンⅠコロニーの様子が目に入ってきた。
コロニー内はお世辞にも綺麗とは言えない有り様だ。
建物も建築してから長期間建て替えされていないのが一目でわかるほど劣化が目立つし、車が走る地面にもひび割れが多い。実際に見ると辺境が置き去りにされている様子が理解できてしまった。
「ほんで、カリナナがウチを迎えに来てくれた理由を話してもろてええか?」
「マリーちゃんは話が早くて助かるのです。呑気な爺様たちにも分けてやって欲しいのですよ、はぁ……」
「老人はどこも呑気だね。うちもそうでさ、何かと昔話とお茶を進めて来て本題に入らないんだよ」
「どこも同じなのですね。爺様がボケているわけではないようで良かったのです」
可愛い顔して結構辛らつだなこの子。
「その爺様が理由で宇宙港まで来たの?」
「はいですよ。私はブラックメタル鉱業連合の爺様方から2つの命を受けたのです。
一つ目はゾーラ……あの場にいた役員のことなのですが、上層部の意向を無視した彼女の暴走を止めることなのです」
「命令無視ってことか? アライアンスを組んだ企業に良くある弊害やけど、ブラックメタルの歴史はそんな浅くないやろ?」
「身内の恥を晒すようでお恥ずかしい限りなのですよ。
でもゾーラは、オプシディアン・ハーベスターズ恭順派は一線を超えてしまったのです。そのせいで先代サンドマンが亡くなり、私が主戦派筆頭になってしまったのです」
主戦派筆頭! ということは彼女が……
「驚いた。サンドマンは襲名性なんだ」
「不本意ながら、なのです。
サンドマンは代々ブラックメタルの英雄、ガリアンの希望なのです。
先代はその中でも極めて強かったのです。あの人が存命なら今回の戦争だって負けるつもりはなかったのですが、先代はつい先日の戦闘中に事故で死んでしまったのですよ」
「戦死じゃなくて事故死? 何だか含みのある言い方だよね」
エリーの言う通りだ。戦死ならそのまま戦死だと言うだろう。
でも戦闘中の事故死となると話は別だ。機体の不具合やワープ中行方不明など考えられるが、大抵の場合は―――
「味方に殺されたのですよ。直接的ではなく間接的に。
回収できた射撃武器からは意図的にロックされていた形跡が確認できたのです。恐らく戦闘中に武装がロックしたせいで……と言う感じの結論になったですよ」
「穏やかじゃないな。けどそこまで言い切るんだ、何か証拠を掴んでいるんだろ?」
「もちろん下手人は見つけたのです。整備班のひとりがゲロッたのですよ。
恭順派にクレジットを握らされて、戦闘中に武装がロックされるように細工したって……守るべき仲間に殺されたなんて先代も浮かばれないのです。ホント、クソッタレなのですよ」
俯くカリナナの視線にある拳は震えていた。やるせない怒りは当然だろう。味方だと思っていた、一緒に戦っていた仲間に背中から撃たれたんだ。
「じゃあやり返そうよ! あのゾーラってやつをとっちめてさ!」
許せないとエリーが声を上げるが、カリナナは首を横に振った。
「事が起きた以上もう遅いのです。こうなる前に無理矢理にでもゾーラの身柄を押さえておくべきだったのですが、私達には出来なかったのです。
先代を失った私たちに残された道はなくなって、本当は今日降伏する予定だったのです。爺様方の首と、新米とは言え主戦派筆頭の首を差し出せば向こうも気が収まるだろうって、そう考えていたのです。
―――でも、それも無しになったのです」
顔を上げたカリナナの目には怪しい光が灯っていた。
それは危険な目であり、見慣れた目でもある。何もかもがどうでも良くなって、何時死んでもいいと考えている連中と同じ目だ。
不味い流れだ。ここまで来るとカリナナが何を言いたいのか察しが付く。
「なあハイデマリー、深入りは「もう一つの命は!」
深入りは辞めろ、そう忠告しようとした所に声を荒げて割り込んでくるカリナナ。今にも泣き出しそうな、縋るような表情を向けてくる姿を見て、俺は何も言えなくなってしまった。
「主戦派筆頭として、貴女方に共闘をお願い申し上げることなのです。さっきの戦闘は私達も見ていたのです、そして悟ったのです。貴女方が味方してくれればガリアンを守り通すことが出来ると。
成功報酬は何でも良いです、何でも欲しいの物を差し上げるのです。ガリアンを守れるために私の首が必要だと言うのなら、この首ごとどうか私を好きにしてやって欲しいのです」
必死に、媚びるように訴えてくるカリナナの姿は正直見るに堪えない。
出会ったばかりで正体不明の商会に向かって自分はどうなってもいいから星系を守ってくれと言うのは、どう考えても常軌を逸している人間の考え方だろう。覚悟とか決意じゃない、こんなのはただの自殺行為だ。
けどカリナナは縋れる希望が俺たちしか残っていないと信じている。ガリアンを救うにはこれしかないと本気で思っているのだろう。
今になって先程の一戦で俺たちは勝ち過ぎたのだと気付いた。彼らに希望を持たせてしまった俺たちに責任がある? ふざけるなと言いたいが、後の無いカリナナたちが信じたいモノに縋りたくなる気持ちが分からんでもない。
だとしてもだ。いったいどうするつもりだ? ハイデマリーを見ると、困ったようにばつの悪い顔を浮かべている。
船内での話だと巻き込まれないように直ぐ出ていくつもりだと言っていた。本人には今もその気持ちが残っているだろうが、それと同じくらいカリナナの訴えに心が揺れていても可笑しくない。
情に厚いハイデマリーのことだ、本当に困っている人に助けて欲しいと乞われたら無視できないだろう。
見ず知らずの相手からの頼みでさえ断ることが出来ない甘ちゃんだろうさ。でもそんなハイデマリーだから慕っているし、守るために身体を張ることが出来るんだよ。
「カリナナ、あまり俺たちの主を虐めないでやってくれないか」
だからここは悪者になる奴が必要だろ。助けるのか助けないのかを決めるのは俺じゃない、ハイデマリーの意志だ。俺はそれに従う。
けど俺の主が選びたくない選択肢を選ばされるのは我慢ならない。泣き落としだろうが武器を突き付けた脅しだろうが関係ない、望まない全てから守ることが護衛を任された俺たちの仕事だろうが。
「ハイデマリーは甘ちゃんでな、カリナナみたいな奴に頼み込まれると断るに断れないんだよ。俺たち雇われ傭兵の都合も考えずにな。こっちだって命張るんだ、言葉二つで賛成して貰っちゃ困る」
「それは……でも私たちはもう後がないのです」
「だろうよ。けどな、それに巻き込まれる俺たちの都合ってもんを考えて貰いたいね」
あえてヘラヘラして言い切ってやると、親の仇でも見るような眼つきで睨まれてしまった。
これは完全に嫌われたな……はぁ、嫌われ役ってのは分かっていても心に来るもんだ。
「で、どうするよハイデマリー」
「せやな、結論は後回しにさせて貰えんか? ウチも此処に居る仲間の命を預かっとるわけやし、下手に一人で賛成なんて出来へんから。ブラックメタルのお偉いさんと話してからでも遅くないやろ?」
「勿論なのです! 私たちはただお願いすることしか出来ないのです……でも、出来ることがあれば何でも言って欲しいのです。私は何でもやるのです」
フォローに入ったハイデマリーの言葉にカリナナは安心したように頷いている。
「ブラックメタルのオフィスビルに到着しましたよ。ハイデマリー氏、それに皆さんも降りて下さい。私は車を置ける場所を探してきます」
「建物の裏に駐車場があるのでそこに停めるのがいいです。私は先に皆さんの案内するので、エルフのお兄さんには別の案内人が付くように連絡しておくのです」
車を降りたカリナナに続いてハイデマリーが降りようとするが、その前に扉側に座る俺の前で一度止まった。
互いに何も言わずに視線を交わし、ハイデマリーは小さな拳で俺の胸をぽんとひと叩きした後、カリナナの後を追うように降りて行った。
まあ、役に立てたならやった甲斐があったってもんだ。
とはいえ護衛を置いて行くなと慌てて車を降りようとした所で、今度は服の裾を引っ張られる感触があった。振り返るとリタとエリーが喜色悪い笑顔を浮かべていた。
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「やるじゃん。ちょっと見直したよ」
「うっせ。次はお前らがやれよ」
20250720:修正
オキタが指揮していた部隊を小隊→中隊へ




