73_ヴォーパルバニー
用語解説
ブラックメタル鉱業連合:本拠地ガリアン星系、民間企業
オプシディアン・ハーベスターズ:本拠地ソレトリア星系、貴族経営(公共)企業
――――オプシディアン・ハーベスターズ
――――ベーシック級戦艦 旗艦バルバロイ艦橋
――――艦隊司令 アレハンドロ・グライム男爵
「ハイパーレーンでこちらに向かってくる艦を捕捉しただと?」
「はい男爵。恐らくティオイマスより連絡のあった個人商会かと」
「ふむ、その商会は何と言ったか」
「ラビット商会です、男爵閣下」
「そう、ウサギだ。兎は兎らしく草食でいれば良いものを、卑しくも利を求めるか」
艦橋で下士官の報告を受ける、装飾が多く誂えられた制服を着る男の名前はアレハンドロ・グライムという。
彼はオルフェオン銀河系に根を張る男爵家の次男であり、先のブラックメタル鉱業連合との戦争で敗戦の責任を取った兄に変わり、オプシディアン・ハーベスターズの首領を務める男でもある。
前首領の兄は穏健派であり、先の企業間戦争では積極さに欠けていた。
アレハンドロはそんな兄の姿勢が敗戦を引き受けた原因として兄を隠居に追いやり、グライム家の権力を主戦派の自身へと集約。戦力を整えて再度の企業間戦争を起こした。
なりふり構わない戦略と戦術によりオプシディアン・ハーベスターズは連戦連勝。
ついにはガリアン星系にまで迫る局面だというのに、個人貿易商がブラックメタルの拠点に何かを運び込んでいるとの情報が寄せられてきた。
とはいえたかが商船の一隻。脅して星系外に追いやれば良し、脅しても聞かないのであれば撃沈するまでと考えていたが―――
「ハイパーレーンより脱する艦を確認。艦種照合、適合するデータがあります。
ラビット商会所属、ラビット級強襲揚陸艦ラビットⅡ……?
っ! 今確認した船はセクレトアスティエロの新型艦です!」
「なんだと!?」
「モニターに出します!」
善意で情報をよこしたティオイマスからはただの個人商会としか聞いていなかった。
しかし、目の前に現れた駆逐艦より少し大きい船はセクレト造船のネームシップだ。セクレトと何らかの関係性があることは明白。
ゼネラル・エレクトロニクスの介入を退けてでも始めた戦争に、セクレトが介入する可能性があるのではないか。
ようやく勝利を掴める道筋が見えてきたところで、ぽっと出の御三家に全てを搔っ攫われて堪るか。アレハンドロは奥歯を強く咬んだ。
「前方の宙賊共に奴の情報を転送してやれ。好きにしろと付け加えてな」
「よろしいのですか?」
副官が疑念の目を浮かべているが、アレハンドロは強く頷いた。
「構わん。宙賊を嗾けることであの船の狙いも分かるだろう」
宇宙のゴミ、略奪者。口にすることすら憚れる所業を平然と行う宙賊と多数の領民を抱える貴族のアレハンドロは水と油だが、だからこそ汚れ仕事を任せるには丁度いい連中だった。
「セクレトか、それとも別の何者かの思惑で動いているのか。
ゴミ共の餌にされるも良し、ゴミ共を駆逐するもよし。
私が欲しいのは兎の情報だ」
「宙賊艦散開しながら増速、半包囲を敷く布陣で迫っていきます」
セクレトの関係者とはいえたったの一隻。さあ、どうする?
アレハンドロは余裕の構えで艦長席に背を任せる。
そうして興味深く見つめている先で、ラビットⅡは彼の予想を超えてきた。
「敵艦180度回頭、速度をそのままに艦首をこちらへ向けました!」
「商船の動きではありません! 敵艦は帝国軍のドクトリンを理解しています!」
「更に敵艦より照準警報! 右翼宙賊艦が狙われています!」
「敵艦からTSFの発進を確認、数3。機種特定……ありません! モニターに出します!」
「何だあの機体は……?」
灰色、白、黒。帝国軍のドクトリンを理解する新型艦と、そこから出て来た未確認の機体を見たブリッジが騒がしくなっていく。
ネームシップと未確認機。それらが意味することは何か?
ただの傭兵か? やはりセクレトの警備部門か? それとも、やり過ぎた自分を罰するために送り込まれた帝国の特殊部隊なのか?
再度の戦争開始時から法を犯し、なりふり構わない戦いでここまで来たアレハンドロの胸中は混乱していた。平時なら有りもしないと吐き捨てる可能性が脳内を何度も過る。
「敵艦発砲! ああ!?」
「馬鹿な……シールドごと一撃で貫く威力だと!? あの船は駆逐艦級のサイズでありながら、戦艦並の火力を持っているのか!?」
ラビットⅡが放った2連装主砲の直撃を受けた駆逐艦は、発進準備中だった艦載機ごと撃ち抜かれ爆沈した。
「男爵、本艦も参戦するべきでは。如何に正体不明艦とはいえこちらは戦艦、あちらは駆逐艦級です。勝ち目は十分にあります」
「……いや、本艦は現宙域を維持する。ジャミングは継続しておけ、本艦への直接照準はそれで避けられる。
兎共のデータ収集を第一優先にしろ。連中の情報は何一つ逃すなよ、次の戦いのためにな」
正体不明の悪寒に襲われるアレハンドロの目前で、ラビット小隊と宙賊の戦闘が始まった。
◇
「敵部隊が出て来たよ! TSF総数36!」
「初撃を当てたのがデカいな。エリー、今回は二手に分かれるぞ!」
「了解! 半分貰ってくよ!」
「後ろにはリタが控えてる、無理しなくていいからな!」
「合点承知!」
「いくぞ、敵部隊を牽制する!」
オキタがトリガーを半分押し込むと、網膜に投影されたロックオンセンサーが視線の動きと連動し、センサーで捉えられていた宙賊機が赤くマーキングされていく。
「ラビット2、FOX3!」
デスペラードの背部ウェポンユニット。その上段部分が開きマイクロミサイルが発射される。
超高機動小型ミサイルの群れが弾幕を形成しながら進むと、宙賊機は回避運動と迎撃に意識を割かれていく。
「飛び込むよ!!」
威勢のいい声を挙げるエリー。ビームライフルと実体剣が一体となったソードライフルを両手に持つセイバーリング・アンセスターが宙賊部隊の先鋒に咬みついた。
大型の背部ウイングユニットから生み出された驚異的な推進力。その機動性を遺憾なく発揮するセイバーリングACはミサイル回避に躍起になっていた宙賊機にいとも簡単に追い付き、その手に持った剣を振り上げた。
『なっ、はや!?』
「一機撃墜!」
斬り抜けると同時に爆散する宙賊機。
エリーはそのままビームライフルを放ち、敵部隊を牽制しながら誘引していく。
『野郎よくも! おい、半分は俺と来い!』
『おい待てよ! 作戦は敵艦を狙うことだったろ!』
『うるせぇ! あの機体はエルフのだろ!? 船なんかよりこっちの方がよっぽど金になるだろうが!』
味方を墜とされた宙賊は当初の目的を逸脱し、エリーの誘いに乗って追いかけていく。
『チッ、馬鹿が。おい半分は俺と船を抑えるぞ!』
「行かせる訳ねぇだろ」
一部の冷静な者が部隊を引き連れてラビットⅡを追おうとするが、そこに立ち塞がるのはオキタのデスペラード。
敵機からの攻撃を避けられる距離を保ちつつ、敵部隊に向かって手あたり次第にアサルトライフルを発射。向かってくる全機に対して満遍なくばら撒き、直撃させることで敵機のシールドに負荷を掛け続ける。
『この距離で当ててくるのか!?』
『当たろうがシールドに弾かれちまってるじゃねぇか! ギャハハハハ!』
『ただただ面倒クセェ! ちまちま遠くから撃ってきやがって!』
『実弾なんざ使いやがって時代遅れの骨董品野郎が!』
満遍なくばら撒いているからか、直撃したとはいえ数発では敵機のシールドに負荷を掛けることしか出来ない。
だがオキタはひたすらにそれを続ける。
近寄る敵から順に直撃弾を見舞い、ノックバックによって決して近寄れない距離を維持。只管に実弾によって敵機のシールドに負荷を与え続ける。
『クソ、小口径とはいえこうも直撃を喰らうとこっちのシールド残量が……』
『おい! こんなちまちました野郎に足止め喰らってる場合じゃないぜ!』
オキタを相手にしている宙賊たちが、たった1機を相手に翻弄されていると気付き始めた頃には、宙賊機のシールドエネルギーは底をつき始めていた。
『ちょ、マズ――――』
そしてシールドが尽き、直撃弾を装甲で受けきれなくなった機体が遂に爆散した。
『たかが実弾兵器で!?』
「俺がちまちまライフル撃ってたのはお前らを引き付けるためだ」
漸くか。オキタは先程爆散した機体に当てたライフル弾の数を数えていた。
「やろうと思えば何時でも墜とせた。そうしなかったのは、どの程度までならシールドで耐えられるかを確認したかったからだ」
距離を保つだけでの緩慢な動きとなっていたデスペラードの機動が、次第に素早さと鋭さを増していく。
オキタは両足でフットペダルを小刻みに踏み込み始める。操縦桿に入力される操作数が加速度的に増していく。
デスペラードはその名の通り”命知らず”な軌道を描きつつ宙賊機を翻弄し始めた。
『セッ、センサーで追えないのか!? 敵機がロックオンできない!?!?』
「8発で削りきれる。検証に付き合ってくれてありがとな、死ね」
9発目の直撃弾。宇宙に一つ光を残し、レーダーからまた一つ反応が失われた。
デスペラードは右腕部の武器をショットガンに持ち替えて敵に吶喊していく。
『く、来るな…! 来るなあああああああ!?』
右なのか、左なのか、それとも上か下か。デスペラードに装備された膨大なスラスター出力を活かした三次元的な機動に翻弄され、見当違いの方向へとビームが飛んでいく。
宙賊たちは狙われた味方を援護するためにライフルで狙いをつけようとするが、狙いを絞らせない機動がロックオンを許さない。
何とか射線上に捉えようと思わず足を止めてしまう宙賊機。それこそがオキタの望む最大の隙だった。
「足を止めたな?」
『ば、ばけも――――』
敵機の眼前まで接近。それでも追いつかない宙賊の射撃をあざ笑うように、オキタはショットガンのトリガーを引く。
シールドもなく、装甲では受けきれない運動エネルギーをため込んだ散弾の一撃は敵機のコックピットを蜂の巣にした。
宇宙を少し漂ったのちに爆発する機体。
1機墜とした勢いのまま、機械の目でも追いつかない機動戦を仕掛けるデスペラード。
少し離れた宙域ではセイバーリングに切り刻まれ、ビームに貫かれる仲間たち。
『うっ、うおおおおおおおおおおおお!!』
破れかぶれになった2機がビームサーベルを抜いてデスペラードに突撃を仕掛ける。
『機動性は奴が上だ! 囲い込んで―――ザザ』
通信へ意識が向き、僅かに動きが鈍る瞬間を捉えらえた機体にライフル弾が直撃、また一つ墜ちる。
それでも接近戦を仕掛ける機体を援護せんとビームが何条も飛んでくるが、オキタはその中を縫うように自ら接近していく。
『死ね悪魔!』
接近するデスペラードにビームサーベルを振りかぶる宙賊機。
それに対してデスペラードには近接武装が装備されていない。
オキタも開発計画中にビームサーベルの1本でも持たせれば良かったと考えることはあったが、無ければ無いで幾らでも戦い様はある。
サーベルを振りかぶった腕に向かってショットガンを発射。
肩口ごと腕が捥げて体勢が崩れる。すぐさまコックピットに向かって蹴りを入れ、蹴り飛ばした所にアサルトライフルを斉射。撃ち込まれた弾が装甲を削り飛ばし、内部のENG区画に直撃。また一つ。
更に近寄ってくるもう1機に向かってライフルを放とうとトリガーを引くが、
「やべ、リロード忘れた―――!」
『弾切れ!? やったぜイタダキィ!!』
「わけねーだろ、釣られたな馬鹿が!」
弾切れのライフルを捨て、背部ユニットの右スラスターだけを全開で吹かす。
爆発的な噴射で半円移動をする間に、武器庫になっている背部ユニットからサブアームを展開。
敵機の背面を取った時には新品のショットガンが握られていた。
衝撃に揺れる宙賊機がまた一つレーダーから消えた。
『ダメだ……! アイツはダメだ!』
『じゃあどうしろってんだ! このままじゃ全員死ぬぞ!?』
『艦を墜とせ! アレさえやっちまえばこっちの勝ちなんだよ!』
デスペラードから逃げるようにラビットⅡへ向かう4機の機体。
それを見て追い掛けるか迷うオキタにリタからの通信が届く。
「こっちは任せて。オキタとエリーは残りの敵と船を」
「すまん、頼んだ!」
「後片付けよろしく!」
既に半数を片付けて合流したエリーは、オキタと共に密集陣形で弾幕を展開する敵艦群へと突撃を敢行。
船をやらせるわけにはいかないと追いすがる宙賊機だがまるで相手にならず、その悉くがエリーとオキタによって数を減らされていく。
通信から僅か数十秒でひときわ大きな光が点滅したのを確認したリタは、ヴェルニスのビームライフルと腰部から展開されたビームランチャーで敵機を狙う。
『対空砲火の準備した方がええか?』
「必要ない。近づけさせないから」
少し緊張したハイデマリーからの通信に、リタは何も心配は要らないと意味を込め、何時ものようにそっけなく返す。
まだ距離が離れているがターゲットスコープを除くまでもなく、発砲。
寸分たがわずコックピットを狙い抜かれた宙賊機が1機、爆散して宇宙を照らす。
『ふ―――ッふざけんな! アラートすらなっちゃいねえだろうに何で!?』
『乱数回避だ! 動き回ればあたりゃしな―――』
がむしゃらに機体を振り回す宙賊機だったが、まるで吸い込まれていくようにリタが置いたビームに貫かれていく。
「逃げ回る意味は無い。全部視えてる」
リタの目は未だ紅く染まっていない。この程度の相手には機体と自分のスペックを最大限活かすB.M.I-Linkを使うまでもなく、通常状態でも敵機の軌道予測と正確な射撃で近寄らせない。
『クソ! クソ!! やってられるかよ!!』
『おいどこ行く!? 逃げる気ァ―――』
『チクチョ――――』
「はい、終わり。これならヴォイドの方が手強かったね」
『いや、ふつーそうはならんやろ……』
「なってるし。それに今日はあそこで暴れてる二人の方がヤバい」
一つ、更にもう一つと大きな火球が生まれるのを見たリタは薄く笑った。
◇
「宙賊艦残り4隻を切ります! 残存する艦載機は残り3機!」
「何だよあれ……あんなのとどう戦えってんだ」
「どうすんだよ、此処にいるともうすぐアレが来るぞ。艦隊は集結前だぞ、いくらバルバロイが戦艦でもあんなのに取り付かれたら……」
「馬鹿黙れ、男爵に聞こえるぞ! この艦にも50を越えるTSF部隊がいるんだ、たかが3機くらいなんとかなるさ」
「宙賊がやられたのを見た上で言ってるんだよな? ……なあ、何とか言えよ」
戦艦バルバロイの艦橋はざわめきと驚愕で溢れていた。
戦闘開始から20分もしないうちに40機近いTSFと駆逐艦6隻が墜とされ、残る4隻も襲い掛かる2機に翻弄されている。
結末は避けられず、後は遅いか早いかの違いしかない状況にアレハンドロの背筋は凍り付いていた。
「男爵、今ならまだ間に合います! 全機発艦しバルバロイは敵艦への砲撃戦を仕掛ければ、今ならまだ連中を墜とすチャンスがあります!」
「副官、貴様はアレに勝つ自信があるのだな?」
「今ならまだ勝てます、いいえ! 奴らが消耗している今だけがチャンスです!」
副官がそう言うが、アレハンドロの目から見て黒と灰色は宙賊を相手に消耗したようには見えなかった。
推進剤、弾薬、パイロットの疲労。特に黒い機体に関しては派手な機動と実弾兵装しか備えていない様子から継戦能力に難があるのかもしれない。
だが実際には弾切れなど起こさず、背部に背負った武器庫から弾薬の補給が滞りなく行われて継戦能力も高い。
加えて高機動を繰り返しても機動性は落ちず、到底信じられることではないがパイロットの疲労などは見て取れない。推進剤に関しても何も問題がなさそうだ、と言うのがアレハンドロの所感だった。
そして黒の機体以上に異質に見えたのが灰色の機体。
宙賊の通信からエルフの機体と知らされたアレハンドロはその事実に慄いていた。
多を圧倒する絶対的な個の軍隊。彼もエルフの噂は知っていた。
たった二本の実体剣で敵機を切り裂き、剣と一体型となっているビームライフルで敵を墜とす。その速度は黒色の機体よりも早く、淡々と墜としていく姿はアレハンドロに今日一番の恐怖を与えた。
「副官、後退だ。これは機を逃したのではない。今がその時でないだけだ」
「……承知しました。バルバロイ回頭、ソレトリア星系まで長距離ワープを開始する。こちらへ向かってきている艦に打電、本拠地まで一時後退する」
宙賊の船が全て墜ち、黒と灰色は戦闘宙域だった場所で待機している。
今頃はバルバロイに仕掛けるか迷っているのかもしれないが、既にワープの態勢は整っている。
「首狩りウサギのシルエット、か。この衝撃、そうそう忘れられんだろうな」
静止画像で記録された3機の肩に刻まれている部隊章。
アレハンドロは忌々し気にそう言い残して去っていった。
20250704:話のストック切れたので挿絵作って遊んできます
20250705:『59までの主要メンバー紹介と備忘録』にキャライメージ追加
20250706:『71_企業と貴族の不穏な関係』に挿絵追加
20250713:挿絵削除




