72_襲撃
―――オルフェオン星系発ガリアン星系行ハイパーレーン航行中
―――ラビットⅡ 作戦室
部屋の床から壁、天井に掛けて全てがスクリーンとして使える特別仕様の作戦室。ラビットⅡの現在地を中心に宇宙の星系図を表示した部屋に俺とエリー、リタとハイデマリーが集まっている。
双子とシズはブリッジで周辺宙域の警戒監視と艦の航行。アンドーは出撃に備えた機体の最終確認でこの場にはいない。
現在ラビットⅡはガリアン星系近くまでハイパーレーンを使って航行中であり、到着までに戦闘組の意思統一を図ろうとしている所だ。
「ウチらがおるんが今ここ。ガリアン星系まであと数十分って所やな」
「オルフェオンを出てからこれといった妨害はなし。本番はここからかな?」
「オプシディアン・ハーベスターズとブラックメタル鉱業連合は互いの本拠地が近い、ものの数日で交戦できる立地だ。ガリアン星系到着以降は注意が必要だろうな」
「普通の感覚なら、たかが一商人を襲うマネはせえへんやろうけどな」
「真面な思考ができるなら、敗戦後直ぐに戦争の申請を出したりしない」
「リタの言う通りだな」
「ボクもそう思う」
「アカン、反論できんわ」
超高速でハイパーレーン上を進むラビットⅡの先には二つの星系が表示されている。
一つはブラックメタル鉱業連合の本拠地ガリアン星系、もう一つはオプシディアン・ハーベスターズの本拠地であるソレトリア星系だ。
距離にしておよそ20光年程度の距離で隣り合う星系、ハイパーレーンを使えばものの数日で辿り着けるな。小さい船でENGまかせのワープを繰り返そうが、20日程度もあれば辿りつけてしまう。
「りーさんとエリーが集めてくれた話を纏めると、ホンマにブラックメタル鉱業連合側は戦うつもりがないんやね」
「そうみたい。前回の戦争で何とか勝てたはいいものの、得られたものが無かったのが原因だって。クレジットも採掘権も無し、残ったのは疲弊した会社だけ。やってらんないよね。
傭兵ギルドには戦争への参加募集案内があったけど、どれも報酬が安くて人気は無かったよ。だいぶ困ってるみたい」
「先立つものがないと傭兵も雇えないからな。貴族はその点有利なんじゃないか? 裕福なイメージがある」
「ワイン片手にバスローブ着てってか? ないない、辺境の地方貴族がそんな裕福なもんかいな」
「そうなの?」
エリーがリタに問いかける。リタは顔を縦に振って肯定しているが、地方貴族はそんなに貧乏なんだろうか。
「ブラックメタル側の戦力は少ないけど、オプシディアン・ハーベスターズ側の一方的な宣戦布告に対して思う所がある傭兵も多い。話を聞く限り義勇兵気取りで参加した傭兵団もいるらしい」
「あとは前回の戦争でもブラックメタル側で参戦してるアケボノ傭兵団だね。こいつらが主力として戦ってるみたい」
「そのアケボノ傭兵団とやらは信用できるのか?」
途中で裏切られでもすればブラックメタルは終わりだ。
俺たちも味方と判断した相手に背中を撃たれるのは避けたい。
叩く必要があるなら構えておくし、必要ないなら放っておく。それを判断できるだけの情報が欲しい。
「その点は心配ないと思う。アケボノ傭兵団にはガリアン星系の炭鉱夫が中心になって立ち上げられた歴史がある。
今の団長”サンドマン”も元は採掘マシンに乗って鉱石を掘っていたブラックメタルの炭鉱夫。
鉱石採掘をしているところを襲われて、その時に乗っていた採掘マシンで敵機を撃墜したのが入団の理由らしい」
「採掘マシンで? マジか。ドリルでもぶつけたのか?」
「さあ? でもガリアンの英雄って呼ばれてるらしいから、それなりの腕なんじゃない?」
俄然興味が沸いた。相手がTSFかVSFなのかはさておき、採掘マシンなんて気密処理がされていればマシで、最低限のシールドとスラスターが付いてたら上等な機械だ。戦闘なんて全く考えられてない機体で良くやったな。
「会える機会があれば話を聞いてみたいな。
リタ、オプシディアン・ハーベスターズの戦力について情報は手に入ったのか?」
「正確な数は不明。敗戦後の落ち目とはいえ、宙域を統治する貴族なら1個分遣艦隊クラスは持っていると考えるべき。戦争に向けて戦力増強を図っているならそれ以上も十分ある得る」
「オキたん、帝国軍における1個分遣艦隊の内訳は?」
「ベーシック級の戦艦1、巡洋艦5~10、駆逐級が30以上。戦艦火力か空母機能のどちらに機能を割り振っているかは艦隊の運用方法次第だが、それでも艦載機は300機以上はいると思った方が良い」
「うへぇ、大部隊じゃん」
「正面から戦えばまず勝てないだろうな」
「だよねぇ。オッキーがアウトランダーから乗り換えたとはいえ、一度に全部相手だとキツいよね」
「超マズイやん! え、ウチら結構ピンチ!?」
気付いてなかったのか。
「でもラビット一隻に艦隊全部を充ててくるなんて考えられない。仮にそんな場面になったとしても、私達が万全な状態でラビットⅡの直掩に徹すれば1個分遣艦隊までなら逃げ切るくらいは出来る」
エリーとリタの言う通り俺がアウトランダーに乗ってた頃ならともかく、デスペラードを手に入れた今なら何とか……弾薬と推進剤を考えなければ何とかなる、はず。
エリーとリタも上澄み中の上澄みだし、特にエリーの改修された機体、セイバーリング・アンセスターはカタログスペックが化け物染みている。
人数比で劣るエルフが帝国の支配下に陥っていない最大の理由は”多を圧倒する絶対的な個”の軍隊を持っていることだ。
もしあの機体がスペック通りの機能を発揮できるのなら……いや、流石にそれは考えすぎか。
とはいえあの機体とエリーが敵に回ることだけは絶対に考えたくない。
「分権艦隊の他に傭兵は勿論、宙賊なんかも雇ってるはず。私が貴族ならそうする」
「それについてはボクも同感。貴族だってもう負けられないだろうし、なりふり構ってられないでしょ」
「そっちは勝ち馬に乗る連中だろ? ちょっと脅せば引いていくさ」
「だといいけど」
「問題はウチらがハイパーレーンから降りる場所がどっちの領域になるかやな。
シズ、お互いの戦力比から予想される勢力図を表示して」
『分かりました。宙域に勢力図を示します』
ブリッジで話を聞いているシズ、と言うのは表現が悪いか。文字通り艦内のどこにでもいるからな。
そんなシズが宙域に赤と青で二社の勢力図をマップに表示してくれたが……
「だいぶ押し込まれてるね」
「相手の索敵範囲次第だが、最悪ハイパーレーンを降りた瞬間に捕捉されるな」
赤色が示す敵勢力の予想範囲はガリアン星系を侵食している。ハイパーレーンが味方を示す青色宙域との境界線に位置している以上、残念ながら目的地の到着までに一戦交える可能性がある。
「大真面目に戦う予測立ててもろとる所悪いけど、ウチらは商品を降ろせればそれでええからな? 避けられる戦いは避けるからそのつもりで」
「了解」「りょーかい」「分かってる」
『こちらブリッジ、間もなくハイパーレーンを抜けます。
艦内慣性制御最大、総員急激な減速Gに注意して下さい』
「了解や。ラビットⅡはセンサーレンジを最大に設定。敵部隊との接触の可能性があるさかい、目と耳使って敵さんを先に見つけてや」
『ブリッジ了解。ハイパーレーン終了まで3,2,1,今。
逆噴射、速度を巡行速度へ。ガリアン星系中心へ向かいます』
「……良い船だな」
1Gに設定されている艦内でも僅かな違和感を感じない。
流石セクレト造船の新造艦、この程度ではビクともしない頑丈な造りだ。
さあ、後は敵がこちらを捕捉するかどうかだが。。。
『――――センサーに反応、後方35万キロに不明艦10隻を確認。
艦種特定……ニューラルネットの船籍登録無し、宙賊と思われる。
不明艦増速して距離を詰めて来てるよ、散開して本艦への襲撃コースに入った模様』
やはり来たか! 予想通りとはいえブラックメタル側はかなり星系内まで押し込まれているようだ。
「ただの商人相手やのに、奴さんやっぱ頭狂っとったか!
さあ逃げるで! 機関最大、ワープ航法準備!」
『ネガティブ、ワープ演算中に敵艦からの介入行動を検知しました。
ワープ航法に入れません、ミス・ハイデマリー』
「んな!? こちとら最新のシステム載せとんやで!?」
『熱源から先行する艦影を駆逐艦級と断定。更にその後方に大型の熱量を検知。
戦艦と思しき大型艦を確認、光学モニターに出します』
壁に映される巨大な艦影。
目を凝らすまでもない、何度も見たことがある見慣れた船だ。
「帝国軍の戦艦だ、3世代前とはいえ電子戦と火力は今でも十分通用するぞ!」
「ってことはいきなり大将首のお出ましじゃん!」
『駆逐艦群更に増速、こちらへの距離を詰めてきます』
「味なマネしよってからに……! しゃあない腹くくるでぇ!
ラビットⅡ戦闘配置! みんな、出撃よろしく!」
「「「了解!」」」
「ブリッジ収納、艦内重力制御を解除! ウチはブリッジに行く」
戦闘時の衝撃に備えて無重力空間へと変わる艦内環境。
強襲コンテナ艦へ移動を始める俺たちの前で、ハイデマリーは的確に指示を出している。
オークリーの戦いを経験したからか、我らが総大将も頼もしくなってきたじゃないか。
ならここは帝国式の戦闘ってやつを教えてやらないとな!
「ハイデマリー! 速度を維持しつつ艦を180度回頭させろ! そのまま俺たちが出る!」
「――――成程了解や! シズ!」
『了解しました。180秒後に速度を維持しつつ艦を180度回頭します』
「エリーは先に行け! ―――リタ、最終ラインは任せてもいいか?」
「前に出るの?」
「敵を引き付けないとな。駆逐艦10隻が相手なら多くても40機だ、何とかなる」
「……仕方ない、分かった」
「狙撃が一番上手いお前が適役だ。頼んだぜ!」
船が動き出したのを感じながら、リタと別れてブリッジ前の十字路を左に進む。
素早くパイロットスーツを着込み、機体の傍まで行くとアンドーが待っていた。エリーは既に機体のコックピットに乗り込んでいる。
「機体の状況は?」
「バッチリだ。特殊OSも任意で起動できるが正体不明なモノに変わりわない。あまり頼り過ぎるなよ?」
「相手次第だ」
コックピットに乗り込んでシステムを立ち上げる。データリンクを確認すると通信モニターにリタとエリーが映り込んでくる。ラビットⅡとのリンクも良好だ。流石アンドー、いい仕事をする。
『オッキー! ボクが先に出るよ!』
「任せた!」
エリーの機体はそのまま直上のカタパルトまで移動させられると、エアロックが作動して下の階層との艦橋が切り離されていく。
『気密隔壁閉鎖、ラビット第1第2ハッチオープン。
カタパルト推力正常、進路クリア。何時でもどうぞ』
『ラビット1、セイバーリング・アンセスター! 行くよ!』
『オキタ、お先。ラビット3、ヴェルニス・パイロットライン行きます』
『続けてデスペラード発進スタンバイ。
カタパルト推力正常、進路クリア。発進どうぞ』
「オキタだ。ラビット2、デスペラード発進する!」




