71_企業と貴族の不穏な関係_挿絵有
20250706:挿絵追加
ラビットに載せていたハイデマリーの私物、東雲技研の新型SUVは防弾仕様のカスタム車だった。
この間リタとデートした時に乗っていたタイヤの無いタイプとは違い、地球でも見慣れた形をした車両だ。タイヤが無くても走行に支障がないのに態々タイヤを装着するあたり、凝り性な東雲技研のこだわりが見て取れる。
そんな車両のスペックだが、シズ曰くライフル系統までなら表面加工したボディで耐えられるらしい。
その代わり高かったらしいが、広いコロニーや惑星の地上を自由に移動できる車両を手に入れられた満足感が勝っているのだとか。満足そうな顔を浮かべながら目のハイライトを消す、器用な顔芸を披露してくれたハイデマリーだった。
そんな車両を運転するアレンの横でコロニーの中を観察しつつ、立派なビルが立ち並ぶコロニーの街並みの中でも飛び抜けて巨大な建物、商業連合のオフィスまで何事もなく辿り着いた。
「そう言えば、今日会うのは何処の会社なんだ?」
「ティオイマスっていう古い会社や。歴史だけで言うたら御三家と同じくらいになるんか?」
『正確には比較的新興企業のゼネラル・エレクトロニクスより古く、帝国黎明期から存在する東雲技研よりは新しい企業です。銀河系に支店を幾つも持つ大企業ではありますが、これといった特色はありません』
「まあ、古いのが取り柄の企業や。やから取引も安心してできるんやけど」
「古いなりの信頼があるってことか」
車を降りた後はハイデマリーの脇を固めつつエントランスホールに入ると、ピシッとした制服やスーツを着る者や、ハイデマリーのように自由な服装をした者まで多種多様な服装と人種で溢れていた。
「バレンシア星系の傭兵ギルドより人が多いな」
「ここはオルフェオン銀河系最大の商業連合オフィスですからね。傭兵を護衛に連れている人も多いのではないでしょうか」
「商業連合と傭兵ギルドは持ちつ持たれつな関係やからな。そら商人が多い場所には傭兵も多なるってもんや」
『ミス・ハイデマリー、14時の方向にエレベーターホールがあります。先方からは3F‐204の会議室に居ると連絡がありました』
「ん、分かった。ほないこか」
エレベーターに乗って3Fまで上がる。途中幾つかの廊下を進んだ先に204と書かれた部屋があり、扉を開けた先には男が3人待っていた。
「こんにちは、ティオイマスの方であってます? ウチはラビット商会のハイデマリーいいます」
「はい、私がティオイマス・オルフェオン支店のトマスです。初めまして、ラビット商会の皆さん」
トマスと名乗った優男が握手を求めて立ち上がる。ハイデマリーがそれに応えて手を握る間、俺は後ろに控えた二人の男、護衛の二の腕の筋肉に目を奪われていた。よく鍛えられた太い丸太みたいな腕だ、あれで殴られたらただじゃ済まないだろう。
「どうぞお座りください。コーヒーでよろしかったでしょうか? 先に頼んでおいたのでそろそろ……ああ、届きましたね」
会議室の扉がノックされると、シズが部屋の外でコーヒーを受け取りトマスの前に置いた。
シズはそのまま自然な動きで砂糖とミルクで味を調えた激甘コーヒーをハイデマリーの前に置き、ハイデマリーはそれを満足気に受け取って飲み始めた。部外者の前でも変わらない、過保護過ぎるいつも通りの光景だ。
「長旅でお疲れでしょうが、早速商談を始めてもよろしいですか?」
「ええ、よろしゅうお願いします。とは言っても、ウチはティオイマスが商業連合を通して依頼した商品を持って来ただけですけど」
そう言ってハイデマリーは自分のカバンから少し大き目なタブレット端末を取り出して渡す。
「拝見します」
「はいな。とりあえず急ぎでってことやったんでツテ辿って集められるだけ集めましたけど、こんなもんで良かったやろか?」
「そうですね……ええ、中型コンテナ一つ分もあれば問題ないでしょう」
「ほな商品は港湾労働者組合を通して支店に送りますんで、端末にサイン貰えますか」
「ええ勿論。穏便な取り引きが出来て安心しました。
……失敬。しかし、商業連合のオフィスを会談の指定場所にするのが一番安全ですからね」
「いえいえ、言いたい事はウチも分かります。色んな人がおりますから」
個人商会は企業とは違い、商業連合に所属していようが社会的信頼は殆ど無い。
規模が小さい会社になれば警備部門は存在しないし、グレーな商売に手を染める所も多くなる。
それこそ地域に根付いたマフィアや傭兵、果てには宙賊と手を組んであくどい真似をしたり、それでなくても詐欺を持ちかけたりと生きるために必死にやっている。
「お気遣いありがとうございます。これでは弊社の護衛は必要なかったかもしれませんね」
「アハハ! そりゃ言い過ぎですよ。コロニーの中でも何があるか分からんのですし、ウチだって護衛がおらんと外歩く気になれません。お互い気つけた方がいいですよ」
「ええ、お互い気を付けましょう。
しかし護衛も安くありません、帝国軍にはもう少し治安維持に力を入れて頂きたい所ではありますが……」
「そらお連れの方は見るからに強そうですし、費用も掛かるんとちゃいます?」
「我々は傭兵ギルドの相場で雇われ、雇い主もそれに納得している。部外者は黙って頂こうか」
「あらま、怒られてしもた。それもそうやな、気悪くしたらごめんな」
筋肉モリモリマッチョマンの護衛が二人。銃弾どころかレーザーも弾きそうな筋肉を見たらハイデマリーもそう思うだろう。
それに比べてこっちは義体アンドロイド、エルフ、人間とバラエティーに富んでいる。どこかの楽団ですか? と思われても仕方ない。
「ハイデマリーさんはオルフェオンは初めてですか?」
「いいや? こっちに来るんは久し振りなだけです。
どないですかオルフェオンは。儲かりまっか?」
「ここは良くも悪くも相変わらずですよ。物とクレジットの動きが多い分、詐欺まがいの取り引きも横行していますし犯罪率も高止まり。
それでもオルフェオン星系はまだマシですよ。帝都と繋がるスターゲートがあるからか、帝国軍も治安維持に努めているようですからコロニー内も一定の安全が保障されています。ですがそれ以外となると……」
「自分の身は自分で守れ、てことかいな。帝国の人手不足も相変わらずですなぁ」
「仕方ありませんよ。銀河外縁部から来るヴォイドの侵入を防ぎながら惑星やコロニーの治安を守るには、どうあがいても人が足りません」
「宙賊の動きも変わらずで?」
「それはもう。帝国軍の巡回計画は駄々洩れですから、オルフェオン星系を出れば全域がアウトロー宙域みたいなものです」
「帝国が巡回計画を漏らす? ……あ、すいません」
思わず口に出してしまった。シズが咎めるように横目でこちらを見てくる。
仕方がないだろう、元帝国軍としてあり得ない情報漏洩を前に黙っていられなかった。
「ハイデマリーさんの護衛の、ええと?」
「オキタです。階級は中尉」
「お若いのに立派ですね。帝国軍が巡回計画を漏らすことが不思議ですか?」
そうなんだが、今は護衛に徹するべき俺が口を出しても良いのだろうか。
そう考えていると、ハイデマリーが振り返って視線を送って来た。喋れということだろう。
「はい。帝国軍がわざわざ巡回計画を漏らす理由がなんなのかと思いまして。それでは狙ってくれと言っているようなものです」
「そうですね。確かに巡回計画が漏れると危険な宙域と安全な宙域の線引きもしやすくなり、宙賊にとっては恰好のネタと言えるでしょう」
「俺もそう思います。だから何故なのかと」
「ふむ―――オキタ中尉は宇宙が平和だと思いますか?」
「思いません」
平和なら俺は何度も死にかけてない。
「では帝国軍が居れば平和になりますか?」
「部分的には。その場所だけは安全に―――ああ、そういうことですか」
要は対症療法なわけか。どう足搔こうが手が足りない、なら宙賊を捕まえることを目的とせず、その宙域を行きかう人が安心して航行出来るようにすることがオルフェオンにいる帝国軍の目的なわけだ。
それなら期間限定ではあるものの確実に安全な航行が可能になる。
問題はそれを待てるほど人とモノの移動が緩やかじゃないことか。
「お気づきになられましたね。だから我々商人は傭兵ギルドと持ちつ持たれつの関係なのです」
納得できた。どおりで護衛の二人が厳ついわけだ。オルフェオンの傭兵は実戦経験も豊富な手練れと思った方がいいな。想定するレベルを一段階上げておこう。
「ところでトマスはん、もし知ってたらなんやけどな?
オプシディアン・ハーベスターズとブラックメタル鉱業連合の企業間戦争について何か知ってません?」
「あの二社ですか? 私も何度か取引したことがあるくらいなのであまり詳しくは無いのですが……もしやどちらかと商談が?」
「アハハ、そんな訳ないやん。なんやドンパチしとるらしいから近づかんように思うてな。危険な宙域とか知ってたら教えて貰えんやろか」
シレっと嘘を吐いたな。隣のアレンとシズも微動だにしないから何時ものことなんだろう。
このトマスとやらが商売敵かどうかも分からない以上信用も信頼もしてはいけないのだろう。宇宙で生きていく心構えとして俺も受け取っておく。
「宙域については何とも。ですが気になる話をお教えしましょう。
まだ噂話程度ですが、オプシディアン・ハーベスターズは貴族連との繋がりを強めているようです。何でも貴重な鉱石を発見したとか」
「貴重な鉱石?」
「ええ、それも傾いた会社を立て直せる程の価値があるとかないとか」
驚くところなのだろうが、俺含めて全員が微動だにせず話を聞き流す。そんな物があるなら見てみたい、と言いたい所だが、幸か不幸か俺たちはそれくらい価値のある鉱石について心当たりがある。
「オプシディアン・ハーベスターズは貴族が立ち上げた会社なのはご存じだと思いますが、終わらない企業間戦争のせいでここ数十年は貴族社会からも疎まれていました。
一度は民間に負けた恥さらしとまで言われ、オルフェオンの主要ニュースでも晒上げられていたくらいです。それだけに両者の間には絶対的な溝があったはず。
それが急に貴族連との繋がりを戻し始めているようで、オルフェオンにいる貴族連の重鎮もオプシディアン・ハーベスターズを訪れたのだとか」
「それはけったいな話やね。オプシディアン・ハーベスターズを経営しとるグライム男爵家は落ち目も落ち目。落ちぶれる決定打になった再度の戦争受理も、帝国相手に無理やり通したって話やのに」
「はい。なので余程のことがあったのではないかと専らの噂です。
これは私の古い伝手から聞いた情報なのですが、今回のオプシディアン・ハーベスターズと貴族連の動きに対し、ブラックメタル鉱業連合との停戦を模索させていたゼネラル・エレクトロニクスが嫌悪感を示しているのだとか」
「両方と契約しとるゼネラル・エレクトロニクスが嫌な顔するんは当然でっしゃろな。しかも停戦を模索しとったとなると御三家としてのメンツもあるやろし。う~んキナ臭い」
「ええ、触らぬ神に祟りなしと言った所ですね」
「さわら……? なんて?」
へえ、その諺はまだ現役なんだ。この人は地球に縁深い出身だったりするんだろうか。
「近づかない方が良いですよと言う話です。
さて、時間なので私はこれで。ラビット商会の皆さんもどうかお気を付けて」
そう言って部屋を出て行く3人を見送って1分程、誰も声を挙げず廊下が静まるのを待つ。
その後で振り返ってきたハイデマリーが不機嫌そうな顔を浮かべていた。
「あ~もう面倒やなぁ。ウチ関わりたくないのに、何でそんなとこに商品卸しに行かなあかんのん?」
「ハイデマリー氏は苦労を買うのが得意ですからね。多額のクレジットが得られるならいいではないですか」
「苦労に見合った額ならな~。あーあ、もっと吹っ掛けるんやった」
ぐるぐる回る椅子の上で駄々をこねるハイデマリー。見かねたシズが椅子から抱き上げて床に降ろすが、力の抜けた状態であーうーと嘆いている。
『では今からキャンセルしますか? 最悪色を付けたクレジットを払い戻せば何とかなると思いますが』
「ウチの商人魂がそれだけはやったらアカン言っとるんよ。
それに危ないからって辞めるくらいなら船も新造してへんし……良し、諦める! ほなオキたん!」
「おう」
「たぶんいっぱい敵さんと戦うけど、よろしくな!」
「了解。期待には応えるようにする」
そう言って貰った方が分かりやすくていい。
「ほな帰ろか。エリーとりーさんが帰ってきたら出航や」
平和はここまで




