68_ラビットⅡはオルフェオンへ
積み込み作業や補給も終わり、出港まであと20分。各自私物を部屋に入れてブリッジに集合となった所で端末に通知が届いた。
差出人を確認するとクレアの表記。本人は忙しくて見送りに行けないかもしれないと言っていたが、時間を見つけて来てくれたようだった。
手荷物をシズの子機に預け港湾施設の管制室まで戻ると、クレアが秘書らしき人を連れて立っていた。
「オキタ様」
俺の姿を見るや否や、傍付きを下がらせてこちらへと跳んできた。
跳んできたクレアを抱き留めると、そのまま背中に手を回された。同じようにし返すと耳元で小さな笑い声が聞こえて来る。
「間に合わないかと思いましたわ」
「来れないんじゃなかったのか?」
「見送りに来られないほどスケジュールが過密な訳ではありません」
たっぷりと抱擁して満足したのか、漸く離れてくれた所でクレアが視線を合わせてくる。
ムスッとしているが、初めて会った時から比べたらだいぶ表情も優しくなった。あの頃はただの冷たい綺麗な人って印象しかなかったが、付き合いが長くなるにつれて色々と表情をみせてくれるようになったなと思う。
「浮気をするなとは言いません。でもあまりしないで下さいね?」
「俺に出来ると思うか?」
げんなりしながら即答した。俺はそんなに器用じゃない。
「遊び程度は構いません。でも控えて下さいね?」
「許してくれそうにないのがいるから無理だろ」
青髪の同僚が許してくれるとは思えない。なんなら金髪の方も引っ付いているから自分の時間が捻出できるかも不安だ。
「一緒にいられるリターナ様が羨ましいですが……ほんの数ヶ月程度、寂しくはありませんわ。それに、少しくらい離れている方が恋しくなるとは思いませんか?」
「それは……まあ、そうだな」
ふと、開発計画中に顔を合わせられなかった金髪エルフの姿が思い浮かんだ。
いやいやあり得ない、何を考えているんだ。
そう考え直している俺をクレアはジト目で見て来た。やば、バレてる。
「オキタ様の考えている通りですよ? しょうがない人ですね」
当然か。P.Pで俺の考えなんてお見通しだと言ってたし、俺たちの関係がこうなったのも俺が『どこかで答えを出さないといけない』と考えたのが決定打と言っていた。P.PやB.M.Iが使える人の近くで、それも触れ合える程の距離ならどうあがいても思考は読まれるらしいから、俺は二人に対して隠し事はできないのだ。……あれ、そう考えると俺の自由ってない? え、怖くない?
「怖くありませんわ。清い関係でいられるのです、これほど良好な関係はないでしょう?」
清い関係……だったか? ついこの間のことを思い出してみると、顔を真っ赤にしてポカポカと叩いて来た。
「ごめんごめん! ちょっと意地悪したくなっただけだって!」
「もうっ、もう! そういうことは二人だけの時にして下さい!」
なるほど、これが利くわけだ。
「悪い悪い。ところで、俺がどっかで墜とされるとか思わないのか?」
「人外と呼ばれる方が堕とされる予定があるのですか?」
虐め過ぎたのか、目は少しも笑っていないのに、にこりと笑われた。
『え~業務連絡業務連絡。ラビットⅡ出港10分前、ラビットⅡは出港10分前や。ところでオキたんどこおるん? 便所? さっさと乗艦してや~』
館内通信でハイデマリーの声が聞こえてくる。どうやら時間のようだ。
「じゃあ行ってくる」
「はい、お体にはお気をつけて下さい」
手を振るクレアに背を向け、管制室を出てボーディング・ブリッジを抜ける。艦の内と外を分ける気密区画を抜け、その先にある廊下を進むとブリッジに繋がる階段を見つけた。なるほど、ブリッジは戦闘時以外は外部へ露出する構造になっているから、上に上がるためこんな構造になっているのか。
艦内はまだ低重力下なので足元を蹴って上へと上がると、少し先にブリッジへ繋がる扉が見つかった。
「悪い、遅れた」
ブリッジには全員が揃っていた。ハイデマリーは艦長席、シズは操舵席、アレンとエレンはCICとして専用の席が宛がわれているようだ。その他はハイデマリーの後ろ、備え付けのサブシートというには少し出来過ぎている席に座っている。
「オッキー遅いよ。もしかして、部屋が綺麗だから出てこれなかったの?」
「まだ部屋に行けてないんだよ。そんなに綺麗なのか?」
「うん。なんかもうね、ホテルって感じ」
「ホテル?」
「うん。前とは違ってラグジュアリーな空間だったよ?」
なんだそれはと思ったが、そう言えば艦内の廊下も妙に綺麗だったなと思い返す。輸送艦とも軍艦とも違う、むしろ客船みたいな感じだった。
え、もしかしてそこにクレジット使ったからローンがとんでもないことになっているのか?
「ねね、マリー。何であんなに良いモジュールにしたの?」
「え? いや、まーそのアレや、福利厚生っちゅーやつ? まっ、まあええやん! ほら! もう出港準備に取り掛かるで! 管制室ー!!」
ははん、そういうことか。ホテル暮らしに馴れたせいでちょっと背伸びしたなコイツめ。あとで艦内を散策して色々と調べてやろう。
『こちら管制室、ラビットⅡは発進準備を始めて下さい。機密ドッグからのAPUコンジットはオンラインです』
ブリッジの前方上部、大型のモニターに色々な項目が映し出されていく。その一つに補助電源オンラインの表記があった。どうやら艦に必要な出力を定格まで立ち上げるために、機密ドッグから繋がっているケーブルから電力を融通してくれるようだ。
「了解や。シズ、発進シークエンススタート」
『メインENG始動。コンジットオンライン、出力定格までコロニーから電力を貰います。気密隔壁の閉鎖を確認、生命維持装置は正常に機能中』
ENG始動の鈍い音が艦内に響く。
「アレン、エレン」
「CICシステムオンライン。FCSコンタクト」
「主兵装、サブ兵装、強襲コンテナ艦の全兵装異常なし。アンチビーム・アンチマテリアルシールド用意良し」
「電磁装甲板全プレートの通電を確認。冷却システムスタンバイ」
『ENG出力定格に到達。ラビットⅡより管制、コンジット分離要請』
『管制了解。APUコンジットの分離を確認』
『ラビットⅡ全モジュールオンライン。ミス・ハイデマリー、行けます』
モニターに映っている艦内の全区画が異常なしのグリーンで満たされた。それを確認したハイデマリーは深く頷く。
「よっしゃ! メインゲート開放でよろしく!」
『メインゲート開放します。ドッグ内とコロニー外の重力同期を確認、船体拘束アーム解除』
「シールド出力50%、微速前進!」
「シールド展開、出力50%で安定稼働中」
『微速前進、機関出力10%』
『管制室からラビットへ。良き旅を』
「ラビットⅡ了解。ハイデマリー氏、気密シールドまで残り100」
「よっしゃ。ドッグ出港後は上昇角20、機関最大。スターゲートに向かうで!」
『了解しました。進路をスターゲートへ』
「ほなみんな行こか。ラビットⅡ発進!」
広げた風呂敷はさらに広げ、回収出来るものは回収作業に入ります




