65_デート
商業の中心オルフェオン銀河系へ向かうことは決まったものの、新造艦となったラビットⅡの倉庫は空っぽの状態だった。軟禁状態だった俺を助けることに全力を注いでいたらしく、建造が完了したラビットⅡの面倒までは見れなかったらしい。
つまり全部俺のせいだ。これはいかんとハイデマリーに仕入れの手伝いを希望したが、軟禁開けの人間は外の空気を吸ってこいと断られてしまった。ただし護衛付きで。
安全な首都星系の中核コロニーとはいえ、評議会に直接喧嘩を売った以上何が起きてもおかしくない。一人では何かに巻き込まれた時に対処できないと言う理由だった。
いや、銃くらい撃てるし自分の身くらい守れるんだが? 元帝国軍人なんだが?
そんな俺の発言は、急遽実施された射撃訓練場でのスコア測定で完膚なきまでに叩きつぶされた。
ハイデマリー:5点(一般人の平均は8点)
シズ:30点(満点)
アンドー:18点(デスクワーク組も含めた軍人の全体平均)
アレン:22点(歩兵平均)
エレン:22点
エリー:28点(特殊部隊クラス)
リタ:30点(満点)
俺:まさかの23点(歩兵に毛が生えたレベル)
シズに負けるのは分かる。義体を持ったAIだから、正確無比な射撃を行うことは想像できていた。
リタに負けるのはまだ分かる。本人曰く、身体中弄繰り回してるからこれくらい出来て当然というか、これくらいできないと帝国出身で共和国の特殊部隊になんてなれないと言っていた。
ここまでは良いんだよ、ここまでは。
エリー、お前のその無駄に高い暴力適正は何なんだ。特に射撃訓練の最後の方、的の動きが早くて当てられないよー! とか言いながら勘で当てたお前は一体何なんだ。
挙句の果てに、一般人枠の双子に肉薄される元帝国軍人の俺。アレン曰く、長い人生の中で鉄火場は潜り抜けて来たらしいが。惜しかったですね、そう言われた俺のプライドは既にズタボロだった。
元帝国軍人なんだが?(笑) そうやってエリーに煽られても何も言い返せない悲惨な現実に、俺の膝は崩れ落ちることになった。自信満々に勝てると思っていた、元帝国軍人(笑)の姿は惨めだったぜ……。
「約束通りデートだね」
「そうだなー」
と言う訳で、リタを伴ってセントレアコロニーまで散策に来た。
ホテルを出る瞬間までエリーが恨めしそうに睨んできたが、アイツはハイデマリーの買い出し護衛と言う仕事を宛がわれていたから置いて来た。せめてもの情けとしてお土産くらいは買って帰ってやるつもりだ。じゃないと何されるか分からないからな。
「どこか行きたい場所あるの?」
「まずはガンショップかな。銃の新調がしたい」
「負けたの気にしてる?」
「違うわ! ……俺だけ火薬式の拳銃だろ? 光学式に合わせておいた方がエネルギーパックの使い回しも出来ると思ってな」
「そっか。ずっと火薬式を使ってたから、何かこだわりがあるのかと思ってた」
「アイデンティティ、いや郷愁? これを見たらノスタルジアを感じるとか、まあそんな程度だ。こだわってたけど、今はもうそんなにだな。ここから先は何があるのか分からないし、俺の自己満でこれを持ち続けてもな」
「……そうなんだ」
銃と言えば火薬式、それが俺にとっての当り前だった。
光学式のレーザーガンやレーザーライフルが嫌いなわけじゃない。出力を調整して火傷から殺傷まで出来る点や、統一規格になっているエネルギーパックがあればチャージできるのは大きな利点だ。エネルギーパックは再利用できるから、銃弾みたいに嵩張ることがない点もいい。
それでも俺が火薬式にこだわっていたのは、ただ単に火薬式であることが俺にとっての安心に繋がっていたからだ。
「予約してる車両が来たな。ほら、行こうぜ」
道路脇で立っていると、今日1日貸し切った無人タクシーが走って来るのが見えた。目の前で止まった車両のドアに識別表になっている腕輪を翳すと、ドアが自動で開いて俺たちを招き入れてくれる。乗り込んだ瞬間に少し車両が沈み込んだ感触がするのは、乗り込んだ際に全体の重量が変化したせいだ。
これはサスペンションが理由と言う訳ではなく、この車にはタイヤが付いていないからだ。当たり前のように重力制御装置が取り付けられている車は、文字通りの空飛ぶ車としてコロニー内で利用されている。コロニーが定める高度制限まで上昇することもできるため、高層ビルの高階層に直付けできたりと利点も多いらしい。
『本日はセクレトタクシーをご利用頂きありがとうございます』
「あれ? このタクシーもセクレトの関連会社だったのか」
『はい、セクレトタクシーはセクレト・モーターコーポレーションが運営する無人タクシーサービスです。お客様を安心安全、迅速に目的地までお届けします』
車内にAIのアナウンスに思わず呟いてみると、車両に搭載されたAIが返答してきた。一般人が使うタクシーでさえ自然な受け答えができるあたり、失われる前のAI技術は相当高かったんだろうな。
『傭兵ギルド所属、ラビット商会の専属傭兵オキタ様、リターナ様のIDを確認しました。オキタ様はセクレトメンバーズに登録されています。カードをご提示下さい』
「カード? ……ああ、クレアに貰ったあれか」
内側の胸ポケットに入れていたカードを取り出すと、車内に取り付けられた読み取り機がカードに刻まれた会員番号を読み込んで行く。電子決済が当たり前な今時に物理カードなのかとも思うが、どうやら物理的なカードだからこそ特別感を演出出来ているらしい。所有欲を満たす一種のステイタスってやつなんだろう。
ところでこのセクレトゴールドカードだが、クレアは無期限無条件でセクレトから優待を受けられると言っていた。セクレトタクシーも関連会社みたいだし、割引に期待してもいいのだろうか。
『ゴールドカードを確認しました。セクレトタクシーの利用料金は無料となります』
「……マジで?」
驚いてリタの方を向くと関心したように頷いていた。
「なるほど、これが貢ぎ。流石はクレア、素質あると思ってたよ」
「冗談言ってる場合か! ……俺は怖えよ、このカード落としたら絶対ヤバいことになるじゃねぇか」
誰かに拾われて使われでもしてみろ。個人使用程度じゃセクレトはビクともしないだろうけど、小市民の感情としては死ぬほど申し訳ないわ。
『帝国が発行する市民IDと紐づいておりますので、ご本人以外の使用は出来ないようになっております。また紛失時の再発行は随時受け付けております』
「やりおる。これほど完成された紐を見るのは私も初めて。婿入り近かったり?」
「冗談に聞こえないのが怖い……」
『行き先をどうぞ』
「商業区のガンショップ。セクレトが運営するお店がいいかな、オキタの反応が面白いし」
鬼かお前は。恨めしそうにリタを見ると、背後の窓に映っている景色が後ろ向きに流れている様子が見えた。搭載されている慣性制御装置が優秀なのか、走り始めから加速までを感じさせない車両の完成度は流石セクレトと言ったころか。
目を瞑って瞑想し始めたリタを横目に、座席に身を預けて窓の外を眺める。緑の木々と人工物、計算された街並みは首都星系で生活を送る人達の故郷の景色だ。歩道を歩いている人たちは笑顔を浮かべ、時折現れる公園では親子連れが遊んでいる様子が見える。
思い返してみれば、傭兵になってから初めてゆったりとした休日を送っている。なるほど、ハイデマリーが外の空気を吸えと言った理由がよく分かった。久しぶりの静かな時間に身を任せるのも悪くない。
『間もなく商業区画、セクレト第3ビルです。ガンショップは地下三階です』
「ありがとう。ここで待っててくれ」
『行ってらっしゃいませ』
セントレアコロニーの商業区画、セクレトが運営する商業施設の入口に降り立つ。
入口近くの案内板を見ると、上10階、地下5階とセントレアコロニーの中では小さめのビルになっているらしい。
階層は商品の種類や販売元毎にパワードスーツ、TSF、VSF、携行武器と傭兵に必要な装備一式はここで揃えられるようだが、大型の物は商談スペースが殆どらしい。実機を見たければ別の建屋になるのか? シミュレータールームくらいは置いてありそうだが、首都星系で傭兵が少ないのも要因の一つかもしれない。
「オキタ、エスカレーター見つけた」
「じゃあ直ぐに降りようぜ。時間は幾らあっても足りないし」
エスカレータに乗り、地下三階まで一気に下っていく。
途中地下二階でパワードスーツの実機が展示されてあったが、訓練を受けていない俺じゃ宝の持ち腐れだ。ガタイの良いオッサンがパワードスーツに乗り込んで小型ヴォイドを蜂の巣にする姿に憧れたこともあったが、あんな汗臭いスーツの中で戦うことは出来そうも無くて諦めた。
「こんにちわ。お店に入りたいんだけど、いいかな」
「セクレトバレット&タキオンへようこそ。こちらは傭兵ギルドに登録されている方だけが購入可能なガンショップです。傭兵IDを窺っても?」
地下三階のガンショップ。お店の前には受付があり、女性が一人待機していた。このコロニーのガンショップには、傭兵じゃないと入ることすら出来ないようだ。首都星系で殺傷能力がある武器を取り扱っている場所だからか、こういったセキュリティはしっかりしないといけない決まりがあるのだろう。
「傭兵ギルド所属のオキタとリターナ、階級は中尉。IDはこれを」
「承りました。……はい、認証完了です。
あ、お待ちください。オキタ様はセクレトメンバーズに登録されていますね。カードを拝見しても?」
嫌な予感しかしない。
「……はい、どうぞ」
「…………―――!?!? た、大変失礼致しました! すぐに担当者を及び致しますのでお待ちください!」
ゴールドカードを渡すと、にこやかに受け答えしていたお姉さんは数秒フリーズした後、座っていた椅子を弾き飛ばしながらショップの中へと走っていった。
相手が人間ならこうなるのか。改めてクレアの影響力って凄いんだなぁと、どこか他人事のように感じるくらいには慣れて来た。小市民は今日で卒業できるように頑張るしかない。
「これが権力……オキタも偉くなったものだ」
「お前今日一日擦るつもりか?」
後方腕組み理解者面をしているリタに辟易しながら待つこと数十秒。ガンショップの中からスーツを着た人が現れた。
「お待たせ致しました。オキタ様、リターナ様もどうぞお入りください」
「どうも」
貴族でも相手にしているのかと思う程畏まった男性の案内でお店に入る。
壁やショーケースにはセクレト以外にも東雲技研、ゼネラル・エレクトロニクスといった販売元の異なる銃も飾られてあった。
その他にもハンドグレネード、ランチャー、レーザーバズーカにタレットなどなど。携行武器から簡易的な設置武器まで品ぞろえが豊富だ。
「レーザーガンを探しているんだ。何かおススメがあれば教えて欲しい」
「畏まりました。では……こちらは如何でしょうか。ゼネラル・エレクトロニクス製のハンドレーザーガンSP-9です」
「…? セクレトの人間がライバル社の銃をお勧めするのか?」
てっきりセクレトの商品だけをお勧めとして紹介してくれるのだと思っていた。
「私はこれでも一級ガンスミスの資格を持っております。どこのメーカーであっても良いものは良い、自信を持ってお勧め出来るものをご提供するのが私の責務でございます」
その道のプロのこだわりってことか。セクレトの社員だろうに、自社製品以外に優れた商品があるからとお勧めしてくれる人は好感が持てる。
「手に取ってみても?」
「どうぞ、構えてみてください」
初めて持ったとは思えないほど手に馴染む。今持っている拳銃と比べて少し重いが、それでいて重心が計算されているのか、構えると安定感を感じる作りに好感が持てる。
「グリップは特殊形状にカスタム、滑りずらい素材に交換してあります。エネルギーキャップは容易に交換可能。出力は三段階用意しており、最大出力で16発の射撃が可能です。もちろん宇宙空間での使用も可能」
「良いね、気に入った。これを貰おうか」
「ありがとうございます。では、より高火力な物は如何ですか?」
ライフルが収まったラックを指して提案してくる店員に少し悩む。普段の護身用ならレーザーガンで十分だろうが、本格的な白兵戦になったらライフルも必要になる。あまり想像したくないが、ライフル片手に敵拠点に乗り込む機会もあるかもしれない。土壇場であの時買っておけばよかった、何てことにならないように揃えておくのが良いだろう。
「じゃあ、数を撃てて正確なやつを」
「とっておきがございます。こちら、セクレト製レーザーライフルLancerX-9です。
最大出力での発射回数は51。安定したストック、エネルギーを効率的に変換する機構を搭載したロングバレル、光学サイトは高速ターゲットの捕捉と視認が可能なリフレックスを搭載。特殊焦点レンズによって命中率と高火力を両立したセクレトの傑作レーザーライフルです。大型バッテリーも搭載可能」
未来的なデザインの中にも無骨さを感じるそれを手に取って構える。見た目よりも軽いそれはカスタムされている一級品らしく、ファーストインプレッションでも十二分にその良さが伝わってくる。
「これも買わせて貰うよ」
「ありがとうございます」
ゴツイやつだが、アサルトライフルと同じくらいの大きさと思えば許容範囲か。こいつの出番が来ないことを祈るばかりだ。
欲しい物はこれで全部だな。じゃあ後は今まで遣っていた銃を売るか……。
「じゃあ後はこいつの引き取りを―――」「売らなくていい」
拳銃をカウンターに置いて引き取りをお願いしようとした所で、リタが引き留めて来た。
「売らなくていい。大事なんでしょ、それ」
「もう使うことも無いだろうし、持ってても嵩張るだけなんだよ。銃を飾る趣味もないし」
「そういうことを言ってるんじゃない。オキタがそれにノスタルジアを感じるって言ったから、私がそれを持ち続けて欲しいだけ」
いつも以上に食って掛かってくるな。そこまで大事な話でもないんだが、何がリタの琴線に触れたのだろうか。
「私も皆も、自分のアイデンティティを捨ててまで合わて欲しいなんて思ってない。自分捨ててまで周りに合わせるなんて、そんなの全然楽しくないでしょ」
「別にそんなつもりじゃ……」
「―――僭越ですが、オキタ様の銃には長年付き添われた凄みを感じます。思い入れのある一品とお見受けしますが」
「ん? ああ、もうかれこれ3年以上になるな」
あまり撃つ経験はなかったけど、ずっと手元にあったからそれなりの思い入れもある。手入れもそこそこだからあまり綺麗な状態とは言えない、ただの消耗品には変わらないのだが。
「私どもの仕事は、お客様の身を護る武器をご提供させて頂くことです。
ですがそれは身体だけではありません。人を殺める武器を販売する以上、私どもはお客様の精神性を護ることも社是としております。
なのでオキタ様が少しでもこの銃を手放したくないとお思いでしたら、私どもはそれを受け取るわけにはいきません」
「……わかった、もう売るとか言わない。リタもそれでいいか?」
「ん」
根負けだ。確かに手放すのが勿体ないと言う気持ちもあったし、ここまで気遣われたら無理に売ることも無いだろう。ちょっと嵩張るけど所詮はハンドガンだ、2本持ちしたところでそこまで動きが遅くなることも無いだろう。
「こちらは滞在先のホテルにお送りすればよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む。その道のプロに案内して貰えてよかったよ、ありがとう」
「滅相もございません。御二方とも、良き傭兵ライフをお送りください。セクレトバレット&タキオンは何時でもお客様のお越しをお待ちしております」
恭しく送り出してくれた男性に礼を言い、お店を後にする。
ビルを出た頃には、コロニー内の人工照明が一番明るい昼時になっていた。小腹が空いて来たし、何か簡単に済ませられないかと辺りを見渡すと、見慣れた食べ物屋の看板が目に入った。
「昼飯、ハンバーガーでいいか?」




