63_小休止
ひとまず小休止となっていた所だったが、思いの外話が膨らんだせいで仕事の話になってしまった。
オーパーツ。人工物でありながら、発見された場所や状況が歴史的・科学的に一致しない物を指す単語だが、ハイデマリーが狙うオーパーツとは少しニュアンスが異なる。
時代は帝国黎明期。AI全盛の時代を背景に、高い科学技術を誇っていた当時の最先端技術が詰め込まれたナニかを手に入れる。それが次の仕事らしいが……
「中央評議会への口利き、まあグラスレーのばあ様に助けて貰った対価なんやけど、オーパーツを見つけて納品するっちゅう契約を結んだんよ。だから早めに済ませて身軽になっておこう思うてな」
「オーパーツを見つける? 貿易商のハイデマリーが?」
「せやで―――オキたん以外にも言うたこと無かったけど、ウチ小遣い稼ぎに色々やっててな。オーパーツ探すのもその一つやねん。ばあ様はそんなウチの個人的な顧客ってとこや」
「何だよマリー水臭いじゃん、そんな面白そうな事黙ってるなんてさあ。言ってくれれば手伝うのに」
「ウチが趣味で集め始めたやつやからなぁ……気付いたら大事になってしもてて、ぶっちゃけ今の状況あんまおもろくない」
「言うじゃないかいハイデマリー。後ろ盾から外れてやっても良いんだよ」
「待ってやばあ様、それとこれとは話が別やん!」
趣味がオーパーツの収集か。俺はその界隈について詳しくないけど、マニアになるとクレジットを積んででも欲しくなるものなんだろうか。オーパーツに限った話じゃないが、ハイデマリーも欲しい物があったら我慢が利かなくなる性分と言っているし、収集家からしたら帝国黎明期の物は涎が出るような一品なんだろうな。
それにしても、一体どうやってオーパーツを集めているんだろうか。
勝手な想像だが、この手の物は何処かしこの惑星で穴掘りして見つけるイメージしか浮かばない。それともどこかの古物商が取り扱っているものを買い取ったりするんだろうか? 自分で探そうにも、皆に黙って惑星で穴掘りをやる時間はないだろうし。ひょっとして、オーパーツは宇宙空間にでも漂っていたりするのだろうか。
「あら? マリーちゃん誰にも言ってなかったのん?」
「貴女は確か……」
「アリアドネ・ヘルガー、マリーちゃんの義理のお姉ちゃんよ。こうやって話すのは初めてね、オキたん君」
オキたん君……なんだろう、凄く気の抜ける呼ばれ方だな。別にいいんだけど。
ともかくこの小さな大人の女性、でいいんだよな。ハイデマリーと同じハーフリングだと外見が幼女にしか見えないから、何で判断したらいいのかイマイチ分からないんだよな。
しかも義姉ってことは、こんな幼い外見でも結婚してるってことだよな? いやはや、これが合法とは宇宙の神秘と伸びしろを感じるぜ……
「クレア様やマリーちゃんから色々と話は聞かせて貰ったよん。オキたん君が起こした大規模破壊現象の原理原則、科学的視点での解析には私も関わることになったの。これからよろしくねん」
「アリアドネはセクレト造船の社長と言う身でありながら、艦船やTSF/VSFに搭載される武器への造詣が深く、その発想と技術力はグラナダ研も一目を置く程です。是非頼ってあげて下さい」
「ラビットⅡの特装砲も私が作ったの。ま、その辺は使った時にありがたみを感じてくれればいいよん」
ラビットⅡ、噂の新しい母艦か。当初の予定からガラッと変わったワンオフ艦になったと聞いたが、特装砲なんてものまで取り付けたのか。
特装砲については俺も帝国軍時代にも聞きかじった程度しか知らないが、帝国軍正規艦隊の旗艦に搭載されている超重力子圧縮放射砲なんかが代名詞だ。艦隊勤務じゃなかった俺みたいな連中からしたら、軍事コロニーの要塞砲とかの方がなじみが深いだろうけど。
とはいえ、流石に星系丸ごと吹き飛ばせるトンデモ兵器と同じ物を積んではいないだろう。
じゃあどんな物なのかと思い視線をラビットの面々に彷徨わせてみるが、シズ以外の全員がサッと顔を逸らした。
「……エリー?」
「うぇ!? この流れでボクに聞く!? しょうがないなぁもう、耳貸して」
膝上、首だけで振り返って来たエリーに耳を近づける。小声で喋らないとダメなネタなんだろうか。
そう思い、無駄に整っている顔に耳を近づけてみる……
「ふ~「フンっ!」 イッタイ鼻が~!?」
側頭で打撃、耳に息を吹きかけてくる事くらいお見通しだガキンチョめ。俺との付き合いが一番長い癖に、この程度の悪戯が上手くいくと思っていたお前はお笑いだったぜ。
「何してくれるんだよ! もう! ガチでシャレになんないヤツだよ! オッキーも後で間抜け顔すればいいんじゃないかな!」
「OK、聞かなかったことにする」
いい意味か悪い意味かは知らないが、多分碌なことになってないのだろう。とはいえクレアが自信を持って推薦してくれたのだ、俺にとってはそれだけで信用に足る人物だ。
「よろしく。優秀な人が味方になってくれるのは心強い」
「よろしくね~」
しかしハイデマリーのお義姉さんか。兄姉が何人かいると聞いたことはあったが、ハイデマリー含めてスペックの高い兄姉が揃っていて羨ましい限りだ。
「ま、私のことは置いておいて、マリーちゃんが趣味でオーパーツを探している件について。
あ、そうだ! 序だから”リスト”についてぶっちゃけちゃえば? もうここまで来たら一蓮托生だし、黙っていて後で何かが起きるのも面倒でしょ」
「っげ、ごほっゴホ!? やば、息変なトコ入ったった……!」
「え、なになに? リストって何のこと?」
膝上のエリーが身動ぎしながら話すせいで太ももが痛い。視界の真ん中で揺れる金髪の影から周囲を見渡してみると、リタを除いたラビットの面々、グラナダ研の二人は何を言っているか分からない様子だが、伯爵と侯爵、クレアは天井を見上げたり溜息を吐いている。
俺も何のことやらさっぱりだが、権力の中枢にいる全員がそんな態度を取っていることを見るに、これも厄ネタなのだろう。
「……人がぎょうさん集まっとるし、流石の義姉やんもアホせず黙っとると思っとったウチが馬鹿でした―――ボケェェイ!! 何シレっと機密事項話してんねん!」
椅子の上に立ち上がってダンダンと足を踏み込むハイデマリー。ただ悲しいかな、ナリが小さいからソファに立っても全く迫力がない。ウサギが足をダンダンと踏みながら怒っているような、何とも微笑ましい様子だ。
うん、かわよ。そんなことを呟いたらエリーの腰に回している腕を摘ままれた。痛い。
「マリーちゃんこそな~に今更なこと言ってるのよ。
まさか今までの話が機密事項に当てはまらないとでも思ってるの? もしそうなら、その残念なオツムは早急に取り換えることをお勧めするよん」
「そ れ と こ れ と は 話が違うやろがい!」
「同じよ お な じ 。オキたん君だって評議会にマークされてるし、もうリスト入りしたんじゃない? そうじゃなくてもはっきり敵対しちゃったんだから此処にいる面々全員に監視ぐらい付くわよ。今更今更♪」
「せめてウチのタイミングでカミングアウトさせんかい! シャオラァ!!」
「もう! マリーちゃんのためを思って言ってあげてるのに!」
ハイデマリーが奇声を挙げながら飛び掛かっていった。綺麗なダイブでアリアドネの座るソファにカチコミ、そのままキャットファイトを始める二人。大の大人がやり合ってるなら止めようとも思うが、背丈の小さいハーフリングがポカスカやり合っていても微笑ましい以外何も出てこない。本人たちは至って真面目なんだろうが、文字通り子供の喧嘩にしかなり得ないのだ。2人いてもソファの中に納まってしまう、種族の違いとは何て残酷なんだろう。
しかし休憩中とはいえTPOだ、TPOを考えろ雇い主。
伯爵と侯爵は気にしていないのか馬鹿に構うつもりはないのか、我関せずで端末を弄って無視を決め込んでいる。
その他も似たようなものだが、スススっとクレアがエリーの座っていた隣のソファまで移動してきた。あれ止める? ああ、放っておくのね。
「オキタ様、お疲れではないですか? 開放されたばかりでまだお辛いのではないかと心配で」
「これ位なんてことないさ、鍛えてるからな。
改めてありがとな、クレア。クレアが助けてくれなかったら今頃はまだ檻の中だったと思う」
ムン! と上腕二頭筋でコブを作ってみせるが、我ながら少し筋肉が落ちた気がする。1カ月の軟禁生活では筋トレすら碌に出来なかったからか、自分で思っていた以上に鈍っているみたいだ。この分だとTSFに乗るのも鍛え直さないといけないかもな。ひとまずはアンドーを誘って筋トレツアーにでも行くか。
「ふふ、オキタ様のお気持ち確かに受け取りました。そして私の方こそお礼を言わせて下さい。
短い期間でしたが、貴方との出会いは私にとって一生の宝物になりました。
お互いこれからは沢山の苦労があると思います。なのでこうやって寄り添い合える関係が築けて、私本当に嬉しいです」
そんな俺の筋トレ計画はいざ知らず、クレアはふわりとした笑顔を浮かべて俺の手を取り握り締めて来た。女の子らしい柔らかな手の感触に自然と頬が緩む。クレアさん本当にド清楚。可愛い。綺麗。専務。全部持ち得ている女の子に言い寄られて顔が緩まない奴が居たらきっと男じゃない。
よくよく考えたらこんな子と二人きりの部屋であと一歩の所まで行ったんだよな、なんて考えると今更ながらに緊張してしまう。
「え゛何この空気どういうこと「クレアお手付き禁止」 リタ!? 降ろして!」「ポイッとな」「うひゃあ!」
ヌるっと現れたリタがエリーの脇の下に手を入れ、俺の膝上から持ち上げる。そのまま別の空いているソファに投げた。エリーが軽いからか、綺麗に宙を舞ってソファに沈んでいった。
その姿を見届けたリタは、黙って俺を見下ろして来る。お前ホント分かりやすいよな。態とやってるんだろうけど、見下ろして来る目が怖いのなんの。せめてハイライトくらいは付けてくれ。
「隣に詰めて」
「おーう」
一応一人用だからな? 二人くらいは座れる広さだから別にいいんだが、ヤケに引っ付いて来るなコイツ。
ラビットの面々と別れてから数ヶ月、ほぼ毎日リタと一緒に生活してきた。そんなリタが隠しもせずにド正面から好意を伝えてくれるから、当然俺も意識してしまっている。
そんなリタが”私は嫉妬していますよ”と、ド直球にその仕草を見せられてしまうと、曖昧な態度と微妙な関係でいたい俺の気持ちは正しくクソ野郎ムーブなんだろう。
どこかで答えを出さないといけない。それも早いうちにだ。
それはリタだけじゃない、クレアについても同じだ。
ヴォイドとの戦闘前、部屋で二人きりになった時の会話は覚えている。評議会側という有利な立場を捨て、俺のために情報をくれた。帰還後には評議会を敵に回してでも俺を助けてくれた。そんなクレア・セクレトの好意に、俺はどう返せばいいのか。
リタとクレア、二人の好意は嬉しい。男明利に尽きる。降って湧いたモテ期にいい気分になっているのも間違いない。なんならいっそのこと二人諸共、と思ったことも一度や二度じゃない。言い寄られてはいお終いじゃない、男としては溜まるもんだってある。
それでも傭兵である以上、生きている間は何時も死と隣り合わせだ。その場限りの情のない関係なら気軽に結べる。けど俺がこの二人と望んでいるのはそんな関係じゃない。二人には幸せになって欲しいし、幸せにしてやりたい気持ちも強い。
けどそれ以上に、死なせたくない想いの方が強い。人の命がクレジットよりも安いこんな世界でそう思える程、俺は二人の事を好きになっている。だからもし誰かが犠牲にならなければならない状況に陥れば、俺は迷わず自分を捨てる。その覚悟でここまで戦ってきたし、これからもそのつもりだ。
と言う訳で。いずれ死ぬ可能性の高い俺と情を結んだ所で悲しませるだけなのだから、今の曖昧な状況が俺にとって一番美味しいってわけだ。……屑だなぁ。
「クレアになら2号は譲っても良い」
「あらあら? まるで自分が1号のような言い方ではありませんか」
「オキタに自覚がない以上私が1号。そこに変わりはない」
「では私にもチャンスがありますのね」
命投げ出す覚悟はあっても、バチバチやりあう女の子はとても怖いです。
伯爵、双子、そんな情けない奴を見る目で俺を見ないでくれ。女傑に挟まれる男は百合に挟まれる男より過酷なんだ。ヴォイド相手にする方が100倍マシなんだよ。
おおアンドー目が合ったな。助けてくれ、お前だけが頼り……え? イイ店連れてってやるって? 頼む、俺をワンダーランドへ連れてってくれ。
『皆様、紅茶をお持ちしました―――何ですか、この状況』
少し時間が掛かっていたようだが、シズが紅茶を淹れて戻って来た。そのままCPUがフリーズしたようにその場に固まってしまったが無理も無いだろう。今の今まで真面目に話込んでいたのに、気付いた時にはカオスな空間になっているのだから。
ハイデマリーとアリアドネは取っ組み合いの真っ最中、大半は我関せず端末と睨めっこ、挙句の果てには美女を侍らせた俺と来た。このカオスを見てフリーズするとは、シズもだいぶ人間らしさってものが分かって来たんだな。
「もう放っといていいよ、マリーはまた抱え込んで自爆してるだけだから。
あとはねー、もうボクにもよく分かんないや。でも紅茶呑むのに埃立つと邪魔だから、そこで暴れている二人だけはどっかに投げといてくれない?」
『畏まりました、ミス・エリー』