62_適合者
「適合者と言えば珍しいように聞こえるがね、存在自体はそう珍しいものじゃないんだよ」
少し混沌とした部屋の空気が少し落ち着いた頃、グレスレー侯爵は俺を見ながら話始めた。
適合者、ΑΩを使いこなせる者。ちょっと特別な存在になった感じがして嬉しかったが、どうもぬか喜びになりそうだ。
「ΑΩも伝説の鉱物だなんて言われているが、適合者と同じで珍しい物じゃない。真面目に探せば見つかるだろう。今じゃ惑星開拓は一大事業のように扱われているが、それこそ帝国黎明期にあたる開拓時代の文献を漁れば、幾らでも出土した記録が残っているからね。
単に一度に使われる量が多く、出土した場合は帝国がすぐさま占有しているからお目に掛れないだけさ。
ハイデマリー、何で珍しくないと言っているか分かるかい?」
「え、分からん。帝国の支配領域アホ程広いし、探せば見つかるとか?」
「ド阿呆。間違っちゃいないが、そんな当たり前のことを聞いたんじゃないよ。
ΑΩが珍しくないのはね、それを使った建造物が主要星系に必ず一つはあるからだよ。
使ったことくらいあるだろう、この広い宇宙で時間の概念を考えなくてもよくなった帝国叡智の結晶さ」
「スターゲートですわね。銀河系内の星系間移動だけでなく、帝国を形成する5つの銀河間さえも僅かな遅延だけで繋げる叡智の結晶。やはり使われていますか」
なるほどスターゲートか。宇宙開拓なんて夢のまた夢の科学水準で生きていた俺の感想としては、何光年も離れた星系間を僅かなタイムラグだけで移動できる、そんな技術は物語の世界の話だ。SFかファンタジーか、理解は出来なくても納得はいく。
待てよ? スターゲートに使われているなら、帝国はΑΩを使いこなしているってことだよな?
「帝国がΑΩの使い方を知っているなら、何で俺は軟禁までされたんだ?」
「歴史上珍しくない、ってことは今は居ないんじゃない? 物はある、でも使える人が身近に居ない時に使い方を知ってる人が出てきたら、ボクならとりあえず話を聞くかな」
成程、それもそうか。
「エルフのお嬢さんが言う通り、今の帝国にはΑΩがあっても十全に使いこなせる者がいない。正確には見つけられていないだけだろうがね。
だから評議会の連中は坊やの身柄を何としても確保したかったんだろうさ」
「けどスターゲートは動いとるやん。アレだって適合者がおらんと動かんのとちゃうん?」
「いいえ、オキタ中尉が動かしたΑΩは時間が撒き戻ったかのように元の形状へと戻りました。と言うことは、一度起動さえしてしまえば後は問題ないのでは?」
「グラナダ研の言う通りさ。ΑΩは正しく起動できれば後は誰でも使える。
加えて、適合者じゃなくてもある程度の力を引き出せることが再誕計画で再証明された」
「戦闘能力の増加ですわね。再誕計画で試作された企業の機体、その全てが撃墜数においてその他の機体と比較にならなかったとか」
ΑΩを搭載した試験機は軒並み戦果が上がっていた事を思い出す。
P.Pの素養云々の話はまだ分からないが、結局のところΑΩは誰にでも使える代物で、よりうまく使える者が適合者だってことか。
「とは言え、簡易的にΑΩを使えたとしてもラビットのお二人には遠く及ばないのですが……」
「いやぁ、ウチの仲間が強くて悪いなぁ? 頭下げてもあげへんで?」
「お構いなく。正面から奪いますので」
「おお怖。けどホンマ、オキたんとリーさんの戦闘ログ見せてもろたけどありゃ堪らんわ。二人だけ完全に別モンやったやん」
「そんな二人がマリーの専属傭兵だよ。心強いでしょ」
「うひひ、せやな!」
……まあ、もうちょいやれる気はするけど黙っておくか。あの時は心此処に非ずな状態だったからな、結果で応えてみせればいいか。
「―――ふぅ、少し話疲れたね。紅茶を貰えるかい」
『私がご用意します。少々お待ちください』
全員分のお茶を用意するシズを横目に小休止。
その間に気になったことがあった俺はJrへ向かって聞いてみることにした。
「なあJr、何でお前はΑΩの構造を今更突き止めたみたいに言ったんだ?」
スターゲートに使われているなら、それこそ昔からのありふれた技術なはずだ。
そう思って尋ねてみたが、俺の言葉を聞いていた全員が呆れたような顔をしていた。
「何を今更……その技術が失われているからですよ。
中尉もご存じだとは思いますが過去の帝国、人類の技術発展を担っていたのはAIです。
人間の処理能力を遙かに上回り、日々自己進化を続ける彼らがいる以上、我々人間はそれを享受するだけで良かった。日々好きに生きているだけで繁栄が約束されていたのですからね。
ですがそれもヴォイドが出てくる前までの話です。帝国の歴史です、知ってるでしょう?」
「あ~……ダメだよJr、オッキーに常識なんて求めちゃ。パイロット以外の事を全部宇宙空間に置いてきちゃったような人だよ? 知ってるわけないじゃん」
可哀そうな人を見る目がこちらを向いている。何とも居た堪れない空気になりかけたが、それを払拭するようにエリーが流してくれたお陰か、全員がしょうがない奴だなと言わんばかりに苦笑してくれた。これはこれで心が痛い。
仕方ないだろ、知ってることしか知らないのは誰だって同じだろ。
「シズのようなAIがヴォイドに取り込まれたらどれ程の脅威になるか、お前が一番よく理解しておるだろう。
だから帝国はAIに頼り切らない生存方法を模索し続けている」
「それは分かります。想像したくないですね」
伯爵の言葉に頷く。シズみたいな何でもできるAIが敵に回ったらどうなるか、それこそヴォイドの戦術や生体が進化することだってあり得る。いや、もしかしたら今のヴォイドがその結果なのかもしれないが。
「まあ、ウチのシズは今じゃ特別な存在っちゅーことや」
「その特別が無くなってしまった以上、我々は自らの手で生きていくことになりました。
セクレトでも漸く先の時代に残された技術を取り込んだ新規開発が進められるようになった所ですが、帝国全体で見れば今も先の時代の御釣りで生きているようなものですわ」
ロングロングアゴー、もしくは遥か昔の銀河系でってか? まるで古いSF映画の導入だな。AIの便利さにかまけて人間が怠惰になっていたと言われれば、宇宙に出ても人にとって都合の良い進化は見られなかったということなんだろうな。夢がねぇ。
「とはいえ先の時代の技術か、オーパーツとか転がってそうでロマンを感じるわ」
クリスタルスカルとかエスペランサ石とか、この時代に地球があればどういう扱いになったんだろうな。あとはオウムアムアとかブラックナイト衛星とか、あの辺りも一度気になったら夜も眠れなかったっことがあったっけ。
「オキたん、オーパーツに興味あるん?」
「ん? あるぞ、ロマンだし。それに帝国黎明期に作られた超科学のオーパーツなんて、言葉だけでワクワクしないか?」
「せやなせやな! ほな、次の仕事はオーパーツの捜索で決まりな?」
「え?」
え?




