61_MOF
「オキたんが適合者 ?ばあ様、どういうことなん?」
ばあ様!? グラスレー侯爵家をそう呼んだハイデマリーに思わずぎょっとしたが、当の本人は何も気にしていないようだった。
「それを説明するには、まずはΑΩについて話さないといけないね。
ホレ技術屋、得意分野だろう。さっさとグラナダ研の調査結果を話しな」
爺さんとJrが顔を見合わせているが、背中を押されたJrが立ち上がった。爺さん、グラスレー夫人に絡まれるのを嫌がって孫に擦り付けたな。
「では私から。グラナダ研が調査した結論から言うと、ΑΩとは金属有機構造体、即ち通称MOFの一種です。こちらをご覧ください」
記憶の彼方、教養テレビの化学番組で見たことがある構造体が空間ディスプレイに投影された。何かの構造式みたいなものでいいのだろうか? 例えるならジャングルジムみたいな図柄が映し出された。
「MOFは金属イオンと有機配位子で形成されている物のことを言いますが、ΑΩはこのMOFと似通った構造を持っていることが分かっています。
まずはこちらをご覧ください。ΑΩ自体は多次元的な複雑さを含んでいるため、一例としてこちらに映している簡易的な立方体で説明を進めます。
この立方体の頂点を金属イオン、一辺を有機配位子で出来た箱がMOFだと認識してください。
見ての通り、この立方体は中身がスカスカの状態。つまり何かを収められる空間を保有しています。
MOFの特性はこの何もない空間にある種の物質を吸収して蓄える、または吐き出したり、そもそも空間内に取り入れることを拒否する性質を持っています。
グラナダ研では、このMOFに似通った構造をしたΑΩもMOFと同じ特性を持っているのではないかと仮定しています。
オキタ中尉がリターナ中尉の未来視を共有したのが吸収による影響。蓄えた何かを吐き出すことでエネルギーを増幅、あれほどの破壊力を秘めた攻撃が可能になったのではないか? そう考えています」
「へー……それで? MOFは分かったけど、ΑΩは何を溜めたり吐き出したりできるの?」
「不明です。そもそも構成している物質が既知の金属イオンではないのです。伝説上の金属とはよく言ったものでして、現代科学では解析に数十年以上は要するでしょう」
「ほな結局何も分からんってことか。むずいなぁ」
「ですが、物を溜めたり吐き出したりする特性が仮にあるとするなら。
グラスレー夫人の仰った”適合者”という言葉が真実であるなら、ΑΩ内の空間を人が活用しているという仮説を立てさせていただきたい。
人体が放つ何等かの波長、もしくは我々も知らないΑΩと共鳴する未知のエネルギーを人が発しているのではないかと」
人の身体が放つエネルギー? 例えば心電図を例にして、体に流れる電気を活用しているとかだろうか。
人体が何等かのエネルギーを発しているという説は、P.Pなんて超能力や疑似的な超能力チックな能力が手に入るB.M.Iなんて例もあるから、あながち間違いじゃないのかもしれない。
Jrがそこまで話したところで、グラスレー夫人は一度頷いて俺に視線を向ける。
「じゃあ坊や、どこでアレの使い方を知ったんだい?」
「使い方を知ったと言うか、使う方法を教えて貰いまして」
そう言った所で全員が驚き、伯爵は身を乗り出すように俺に詰め寄って来た。
「誰に聞いた? どうやって使う?」
「純白の要塞から出て来た機体の搭乗者です。純粋な意志を込めろと言われました。
あの時は純粋にヴォイドを消し去ろうと強く思ってトリガーを引いたら、気付いた時にはああなってました」
「評議会の連中には喋ったのかい?」
「まさか! なんこう、グワーッてやれば出来た! とか適当に言って流しておきましたよ」
「クク、やるじゃないか坊や。それでいいんだよ」
この質問は尋問を担当していたコーサ・ノストラから送られたものだった。だから精一杯嘘か本当かギリギリな所を攻めた解答を贈りたくなるのも仕方がないってものだ。
それにしてもグラスレー侯爵夫人も悪そうな顔するなぁ。
「オキタ、あの時もそうだったのか?」
「あの時? ―――ああ、やっぱり伯爵の機体にも搭載されてたんですね。
そうですよ、あの時も無我夢中で思ってました。ヴォイドは全部死ね!って」
伯爵が言うあの時とは、俺が軍を辞める切っ掛けになった戦いの事だ。
伯爵の機体が皇帝に下賜されて、その慣らし運転に俺が立候補した。そこまでは何も問題ない。
問題なのは、基地での実戦試験中にヴォイドの大規模侵攻が起きてしまったことだ。あの時はただ運が悪いだけだと思っていたが、本当はΑΩに釣られたヴォイドが押し寄せて来たのが原因なのかもしれない。
俺はあの戦いでも今回と同じくΑΩを起動させて、一撃で無数のヴォイドを消し去った。
「すまなかった、あんな別れになってしまって。
お前が適合者と分かった以上、評議会は必ずお前を招集する。そしてそれが良い結果にならんことは、コーサ・ノストラのような評議員を見れば分かるじゃろう。
あの時は対処する時間も、連帯する仲間も、何もかもが足らず後手に回っておった。そんなワシが出来たのは、お前が軍を離れるまでの時間稼ぎだけ。
お前を拾っておいてむざむざと捨てるような真似をしてしまった。許して欲しい」
伯爵が俺に向かって頭を下げてくるが、往年の老人に頭を下げられるってのは悪い気分しかしないんだなって今知った。それがお世話になった人の頭だったら猶更だ。
「何言ってるんですか、俺と伯爵の仲じゃないですか。何か理由があってのことだとは思ってましたし、ちょっと遅れたけど理由も聞けたんで俺もスッキリです。
それに、軍を辞めたお陰で最高の仲間と出会えたんですよ」
そう言ってラビットの面々を見る。ドヤ顔やしたり顔、微笑んで返してくれるのは気の置けない仲間たちだ。
突然放逐された時はちょっと冷たいんじゃないかと思ったこともあった。けど、軍を辞めてハイデマリーに雇われてからの日々はそんな寂しさを感じる暇もないくらい楽しい毎日だった。
戦うことしか考えられなかった軍に居た時とは違って毎日ああでもないこうでもないと言い合ったり、馬鹿みたいな話で笑い合える日々を手に入れられたのは軍を辞められたからだ。
「俺を拾ってくれた伯爵に感謝する事はあっても、恨むようなことはしませんよ。……あ、半日も経たずにスクランブルで引っ張りだこだった環境は別ですよ。アレは本当に過酷だったから」
「え゛、オキたんそんな環境におったん?」
「そうだぞー、当時からエースパイロットな俺は色んな部隊、戦線から引っ張りだこ。毎日モテモテで困ってたくらいだぜ」
「お前はワシの部下の中でもとびきり優秀だったからな。組ませた連中も大概だったが」
「いやいや伯爵、それでもやり過ぎだって。ボクが無理やりにでも休ませなかったら寝ながらでも飛んでたよ。むしろ寝ながら飛んでたよ……」
「それでも堕ちない俺って凄いだろ?」
「普通死ぬ」
「ただのヤベー奴」
「人類の変異種」
「はっはっは、誰だガチもんの人外扱いしたやつは」
見ろ、セクレト組が化け物を見る目で俺を見ているぞ。辛くなかったのかって? 辺境ってどこでもこんな感じだと思うぞ。銀河系の辺境にいるってことは、そこより外に人類の生存圏は無いってことなんだよ。
別の銀河系に行こうにもスターゲート通らないと行けない距離だし、わらわらと湧いて来るヴォイドの相手を出来るのは俺らだけだったってわけ。70時間耐久1本勝負、あれは今も基地記録に残る伝説だと思う。
まあ、凄かったんだよ色々と。