59_エピローグ下
グラナダ星系辺境での戦いの後、星系の主惑星であるグラナダに帰還した俺を待ち受けていたのは、帝国中央評議会議員を名乗る『コーサ・ノストラ』という若い男だった。
『傭兵ギルド所属のオキタ中尉だな? お前には大量破壊兵器使用の疑いが出ている。評議会の決議の下、現時刻を持ってお前を拘束する』
開口一番、武器を持った兵士を伴いながらニヤニヤと得意気にそう言ってきた優男。謂れのない罪状に腹が立ち、どういうことかと一歩を踏み出すよりも先に、クレアが前に出ていた。
『評議員に逮捕権はありませんわ! あまつさえ大規模侵攻のすぐ後にこのような、此度の英雄とも呼ぶべき方に破廉恥な真似が許されるはずがありません!』
『そう言う貴女はクレア・セクレトですね? お初にお目にかかる。私はコーサ・ノストラ、帝国中央評議会の評議員です。
しかし美しい……噂通り美しい御方だ。今の私に職務が無ければ、いや職務を忘れるほど貴女に惹かれてしまうこの私をどうか許して欲しい。如何です? このあとバレンシアで食事でも』
『結構ですわ! それより、どういうことか説明して頂けますか? コーサ・ノストラ議員』
『フフ、確かに評議員に逮捕権はありませんね。ですが銀河を統べる評議会において、例外は常に存在する』
『まるで評議会が帝国の支配者であるような物言いだな。近衛の私の前でよくぞ言った、斬って捨てても構わないな?』
『ノヴリス三席、権力とは見せて使わなければ意味が無い。懐刀ごと惑星に籠る皇帝陛下に変わり、評議会がどれだけ帝国に尽くしてきたか知らないわけではないでしょう? これもまた、陛下の為を思ってこそなのですよ。
我々はそこの傭兵に目を付けていましてね。何せ一度目は老練翁に有耶無耶にされたのです、次はそうはさせない。
なのでこの通り、かの御老人に先んじて評議会に出廷させるよう場を整えたのです』
証人喚問。コーサ・ノストラが証拠として突き付けて来た用紙にはそう書いてあった。
『御託はいい。俺を連れてってどうするつもりだ? 有りもしない罪で処刑でもするか?』
『おお怖い! 暴力でしか小銭稼ぎが出来ない傭兵に話は通じないようだ。野蛮な者は拘束するに限る』
一歩踏み出した俺に対して、三歩ほどよろめきながら下がる優男を見て思わず笑ってしまったが、銃口を向けてくる帝国兵を見させられれば考えを改めざるを得なかった。
『早まるなよオキタ中尉。評議会の正式な要請がある以上、この状況まで既定路線だったはずだ。ここで騒いでも貴殿の印象が悪くなるに過ぎん。
だが、近衛として戦友を見捨てることは絶対にない。私の剣に誓おう』
『必ずお救いします! こんなことが許される訳がありません!』
メルセデス三席とクレアがそう言ってくれたから、俺はされるがままに拘束を受け入れた。信用できる二人がこう言ってくれているのだから、見えない敵との戦いは任せていいだろうと。
それとは別にリタが現場に居なくて良かったと思う。男としては喜んだら良いのか情けなくて笑えば良いのか判断に悩むが、リタは俺が不当な目にあったらお遊び無しでブチ切れる。だから評議員の尊い血が無重力に舞うことになっていたと思う。
まあ俺の想像はそれまでにしておいて、事実は連行中に可愛がられたのは俺の方だった。
話しかけられても無視を決め込むつもりで、実際無視してたんだよ。けどあまりにも馬鹿にされるもんだから唾吐きつけてやったら、部下から奪った銃床で思いっきり顎勝ち割られた。超痛かったけど悔いはない。
それでコーサ・ノストラ議員が連れて来ていた帝国兵―――実は帝国兵の装備を真似た私兵だったらしいんだが―――に拘束された俺はそのままの足でバレンシア星系まで連行されて、コロニー・エスペラントの立ち入り禁止区画まで連れて来られたわけだ。
そこからはやいのやいのと忙しい日々だった。
身体中に色んな機械取り付けて検査されるわ、評議会のお偉いさん方相手に証言も取らされるわで忙しい1カ月だった。
でも飯や寝床は良かった。
被検体のコンディションを保つためには必要だって言う議員が居たらしくてな。コーサ・ノストラの野郎は最後まで反対して肉体的にも精神的にも追い詰めて力を発現させるべきだとか言っていたが、やけに俺の心配をしてくれる議員の後押しで衣食住は完璧だった。
「今思えば貴族向けの待遇だったんだろうな。―――伯爵が此処に居るってことは、裏で手を回してくれたのが伯爵ってことで良いんですよね?」
俺の視線の先には髭を蓄えた初老の男性、帝国軍時代に上官だったナザリウス・エグゼルシス・ウォーブレイン伯爵……人呼んで老練翁伯爵がいる。
この世界で初めて保護者となってくれた人で、この世界での生活や軍隊でのあれこれなど、それこそ数えきれない程の恩がある。だから何であんな別れになったのか未だに納得してないけど……あ、伯爵の顔の皺少し増えてる。
「ワシがやるまでもなく、セクレトの娘が既に手配しておったわ。ワシはそれを後押ししたに過ぎん」
「そっか。クレアもありがとな」
「いえ、私が付いていながらおめおめと連れて行かせたのが悪いのです。オキタ様、私に感謝は必要ありません。どうか汚く罵って下さいませ」
「それを言うなら私も同罪。オキタが連れていかれる時も寝てた。万死に値する」
「はいはい、そこまでや。こんだけの面子が雁首揃えて話す内容が謝罪じゃ味気ないやろ」
「ボクらは顔合わせ済んでるけど、オッキーは帰って来たばっかだからね~」
俺たちは今、ホテル・バレンシアのスイートルームにいる。
コロニー・エスペラントでも最上位に位置付けられている高級ホテルのスイートルームに集まっているのはラビット商会とクレアだけじゃない。
老練翁伯爵にセクレト造船の社長だというアリアドネ・ヘルガー。フランクリン技師、Jr。
そして誰が呼んだのか、帝国四大貴族の一角であるグラスレー侯爵家当主”アデルハイト・セラフィーナ・ド・グラスレー侯爵夫人”の姿もあった。
「オキたんが聞きたい事もいっぱいあるやろし、ウチらが確認しておきたいこともある。やからまずは情報を纏めよか」
全部書けばエピローグが下①とか②とかになるのでここで区切ります。
章の名前とか区切りは付けませんが、次回以降が4章になります




