57_エピローグ中
「私に色々と言いたいことがあるのは分かりますが、まずはお茶の一杯でも吞んでからにしませんか。私は紅茶を淹れるのが唯一といってもいい趣味でして、本部のオフィスには銀河系ごとの名品を揃えているのです」
「貴様の嗜好など知ったことか。その趣味も任務のためのカバーだろう」
「これは本当に私の趣味なのですが……酷い言われようですね。私、貴女にそこまで嫌われることしましたか?」
「制御出来ないほどのヴォイドを誘引しておいてよく言う。言っておくが私は情報局の人間が大嫌いだ……くっ、狸の癖にいい紅茶を淹れる!」
「気に入って頂けたようで」
忌々し気に紅茶を呑むメルセデスを見たグローリーはほくそ笑む。銀河系から取り寄せた名品の名に偽りはないのだ。
「で、貴様は情報局の者だったわけだが、何か言うことはあるか?」
「……? ああ、身分を偽ったことへの謝罪を求めておられるのですか?」
「狸の謝罪など貰って何になる。あの要塞についてだ、情報局の方で何か情報はないのか」
「……メルセデス三席、それでは近衛が何も情報を持っていないと言ってるに等しい。もう少し回りくどい問い方をおススメしますよ」
愚直に問い質して来る姿にいっそ好感は覚えますが、と呆れたようなグローリーの言い様に、メルセデスは目尻を吊り上げて睨みつける。
「そのテの役割はミハエルの奴に任せている。だが、今回ばかりはそうも言っておれん事情がある」
「何故です?」
「オキタが評議会の狸共に軟禁されてからもう一ヶ月だ。評議会の興味を逸らすためにも何か新しい情報、例えばあの要塞の情報が一つや二つは欲しい。……いい加減、外に出してやらんと喧しい奴らが武装蜂起しかねん」
「あぁ……あれには近づきたくないですね。ラビット商会は兎も角、セクレトを筆頭に命を救われた企業、帝国軍第二艦隊所属の武家貴族が抗議に参加するとなると天秤が傾く可能性もあり得ます。……ビスケット食べます?」
「貰おう」
ボリボリとビスケットを食べるメルセデス。一応彼女も家名を持つ貴族なのだが、ソファにふんぞり返って口一杯に頬張る姿はとても淑女教育を受けて来た者とは思えないなとグローリーは思った。死んでも口にはしないが。
「更には評議会に乗り込んで来た老練翁伯爵と、どんな関係かラビット商会のパトロンを表明したグラスレー侯爵家。
いやはや老練翁伯爵が介入するまでは読めていましたが、まさか御大自らバレンシア星系に来られるとは思いもしませんでした」
「グラスレー侯爵家もだ。四大貴族の一角が明確に遺憾を表明したとなると話は変わってくる。グラスレーの婆様は間違いなく老練翁伯爵と呼応しているぞ。あの二人が揃うと何をしでかすか全く読めん」
「モテモテですね、オキタ中尉。商会の主人は目を回してそうですが」
「茶化すな。クレアが先頭に立って暴れ散らかしている分、ここ数日火消しの為にどれだけ走り回ったと思っている。……近衛なんだぞ、私は」
呷るように紅茶を飲み干したメルセデスには鬱憤が溜まっていた。
そもそも彼女は巻き込まれた側だった。
グラナダ星系から帰還し、挨拶のため皇帝へ御目通りを行った後にオキタ軟禁の事実を知ったメルセデスだったが、確かに当初は他の者たちと同じく憤慨した。
評議会の狸共め、戦友を軟禁するなど言語道断! 天が許してもこの私が許さん!
そうやって意気揚々とコロニーエスペランサに乗り込んだ彼女を待っていたのは、今にも機体ごと評議会建屋に乗り込んで行きそうなラビット商会と憤慨する第二艦隊の面々。そしてそんな連中を率いる、血気盛んなメルセデスがドン引きするほどの凍てついた雰囲気を纏うクレア・セクレトだった。
このメンツで乗り込むと本気でクーデターに成り兼ねないのでは? しかも電撃戦なら十分勝ち目がありそうなのだが。
直感でそう判断したメルセデスは当初の予定も忘れて何とか説得し、気付いた時には慣れもしない調整役をせざるを得なくなっていた。
「ストッパーを期待されていたはずのクレア・セクレトがいの一番にファイティングポーズを取ったそうですね。
―――こう言っては何ですが、私がクレア・セクレトならオキタ中尉の身柄が評議会に抑えられた時点で引きます。企業利益を追求するのであれば評議会との対立は避けた方が良い。評議会もそう思っていたでしょう」
「フン、貴様の言う通りだろうな」
続けろ、と乱暴に腕を振るうメルセデスを前に、グローリーはカップに入った紅茶へと目線を墜とす。
「オキタ中尉を助けるべきか? それはオキタ中尉にそれだけの価値があるかどうかが判断材料になります。
オキタ中尉はこの度の一戦で確かな価値を示しました。セクレトの欠陥試作機を操り、評議会の望むままにΑΩを起動させた。これが事実です。
ですが、この事実は知らない者の方が圧倒的に多い。そして評議会は絶対にそれを表に出さない。故に評議会が望む事実だけが発信されることになる。
そしてそれは、大抵が大衆の望んだものに沿った内容になりがちです。
何故か? それは大衆にとっての事実とは、大衆が信じたい都合に合わせて歪曲された物だからです。
この場合で言うなら”ヴォイド侵攻の際に命令を無視して危険なTSFを操った傭兵を管理する”と言った所でしょうか。
評議会が正式にオキタ中尉をそう扱った場合、大衆はそれを事実として扱うことになる。そして民衆はそれを後押しするでしょう。
何故なら、大衆にとっての傭兵とは、誇り高い帝国軍人と違いそこらのゴロツキと何も変わらないからです。
TSFという暴力装置を他人の何倍も巧く操れる、体制側に居るだけの犯罪者予備群。それが大衆から見たオキタ中尉の人物像になる。
帝国軍を辞めさせられたという事実も合わせて公開された場合、民衆はこういうでしょう。”アイツは悪だ、何をするか分からない民衆の敵だ、政府は責任を取って管理しろ”と。
民衆からの圧倒的支持を受けた評議会はこう言います。”オキタ中尉の身柄は評議会で預かるから安心して欲しい”と。晴れて傀儡となったオキタ中尉の出来上がりです」
少し冷めてしまった紅茶を喉へ流し込む。苦味を含んだそれに顔を顰めたグローリーは、もう一度紅茶をカップへと注ぐ。対面でカップを差し出しているメルセデスの分も淹れると、元々用意していた分は全てなくなってしまった。
「ちっ、言い方は気に食わんが貴様の言う通りだな。だが現実は、評議会が敷いたレールをなぞらなかった」
「そうですね。この案が実行される前に、評議会の読みを外れたクレア・セクレトが全力で火中の栗を拾いに行った。
そして評議会の前評判以上に彼女は強かだった。事実には事実を、虚偽には虚偽を持って評議会の取ろうとしていた情報戦をそのまま彼らに返した。即ち、マスコミを使ったイメージ戦略です。
騎士は命懸けで姫を救ったが、想定外のヴォイド侵攻を予測できなかった権力者の責任逃れのための生贄とされてしまった。
真実を知る姫はひとり責を背負わされた騎士を救わんと権力者に立ち向かい、大衆の場に真実を明らかにしようと奮闘する……積極的に報道されているこの美談は大衆受けが相当いいようですね、セクレトの株価は鰻登りだとか。
更には民衆から慈愛のお姫様とまで言われるオマケ付きです。ちゃっかりと自身のイメージアップにも繋げる手腕は見事としか言えませんね。
もしかして彼女、本当にオキタ中尉のことを狙っているのですか?」
「クレアが本気でオキタの事を好いているのか、打算なのかは分からん。昔から本心を悟らせんからな。だが、そんなクレアを唆して爆発一歩手前になるまで情報を流した下手人がいるそうじゃないか」
「そんな人がいるのですか? 会ってみたいものです」
「惚けられると思うなよ、貴様が煽ったという裏も取れている。もう逃げられんぞ、動乱罪でしょっ引いてやる」
「ははは、だから此処まで足を運んで下さったのでしょう? 私も機密保持と言う名の休暇を頂いている手前、大々的に動けないので来て頂いて助かりましたよ。これで漸く情報共有が出来る」
今度は熱いままの紅茶を口に含むと、フルーティーで華やかな匂いが鼻を突き抜けていく。
「ちっ、やはりミハエルの言う通りそれが狙いだったか」
「私もオキタ中尉のファンになりましたからね、評議会の子飼いにさせるつもりはありません。
とはいえ、オキタ中尉は今日にも開放されるそうですよ? 今朝情報局よりの評議員から連絡を貰いました。良かったですね、要塞の情報が無くてもこれで消火完了です」
「は?」
紅茶を呑みながら何でもないように言うグローリーに、メルセデスは遂に口をポカンと開けた間抜け面を晒してしまった。
「―――そうかそうか、私がここ数日頭に火が付いた連中に対して行った消火活動は無意味だったと言うことか……! ああ、手元に剣は無くても手刀という剣は持っているのだったな!」
オフィス内の空気が物理的に重くなるのを感じたグローリーは即座に両手を挙げて降参の意を示した。もうすでに手遅れだが必要以上に近衛に睨まれたくはないし、メルセデスはやると言ったら本気でやる女傑と有名なのだ。
「話を戻しますが、あの要塞については報告書に書いた通り情報局も知りません。
突然現れ、気付いた時には突然消えていた純白の要塞。その狙いも正体も全てが不明、情報局のデータベースにすら改竄記録も含めて何も情報はありませんでした。これではむしろ、我々が近衛に情報提供を要請したいくらいです」
「本当だろうな。陛下に誓ってそれが真実だと言えるか?」
「帝国に誓って。そもそも報告書を書き換えるように指示を出したのは”蒼天の箱庭”の御上でしょう?」
参謀本部直轄の情報局に命令を下せる人間など数知れている。情報局の報告は参謀本部を経て各所に回されるため、正規に報告を挙げていない今は評議会はおろか、参謀本部ですら関与する余地は無い。
であれば、有無を言わせず握りつぶせるのはレポートを求めた人間。つまりメルセデスを含む帝星バレンシアに降りられる者だとグローリーは言うが、
「―――なんだと? 私は関与していないぞ」
グローリーが推定犯人と思っていたメルセデスはそんなものは知らんとハッキリ否定した。
「……では誰が?」
「知らんと言った。そもそも、貴様が勝手に寄越してきたレポートには要塞のことなど何一つ書かれていなかった。だから私は貴様のレポートに加え、私の機体がガンカメラで記録した映像付きの報告書を皇帝陛下に奏上した。書かれてもいない内容を私が握り潰せるはずが無いだろう」
「そんな馬鹿な、私は確かに近衛の者からの命令を受け…………成程、そういうことか。それなら想像以上に延焼した今回の一件にも説明が付く」
グローリーは一人納得したように呟く。
「おい、私にも分かるように説明しろ」
「単純な話です。私と貴女の間で情報を抜き取った者がいる」
空になったカップを置き、背もたれに身を預ける。視線は宙に浮いたまま、少し考えるようにしてグローリーは話始めた。
「私は近衛軍を名乗る者から報告書の提出を求められました。その者のIDを照合し、貴女の部下であることを確認した私は貴女、もしくはその上役が今回の件についての一次検閲を行うつもりなのだと理解しました。
ですが、それは貴女の部下に成り済ました偽物だったのでしょう。必要な情報を抜き取るため、貴女の部下を偽った人物に私はまんまと騙されたと言うことです」
「情報局の人間が騙されたと? 貴様、そんな無様な言い訳があるか」
「言い訳のしようがありませんね。ですが情報局の機器ですら見抜けないレベルでのID偽造。私の直近の任務を正確に把握し、ここしかないというタイミングで報告書の回収を行える諜報活動です。犯人はおのずと絞られる」
「……老練翁伯爵の手の者だろうな」
「ええ、十中八九間違いないかと。流石は元情報局局長、私程度のことはお見通しというわけです」
お手上げだとお道化るグローリーにメルセデスの口元は歪んだ。引退してからは故郷のメリダ星系に引き籠っていると専らの噂だった老人にしてやられたのだから、メルセデスとしても面白くはない。
「しかし、もし老練翁伯爵が情報を抜き取ったとしても解せない点が一つ。何故純白の要塞についての記載を消すよう指示したのか」
「確かに。だが結果的に私が陛下に奏上したのだ、問題はなかろう」
「ええ、その一点だけは助かりました。―――して、陛下は何と?」
「将来的には大事だが、現時点では些事である。捨て置けとのことだ」
「――――――そうですか」
それはグローリーが受け取った報告書の修正理由と一言一句同じだった。
陛下が報告書の修正を命じたのか? いや違う。自身の書いた報告書は要塞についての記載は消されており、陛下がそれを知る術はない。
では一体誰が修正理由を考えたのか。答えは既に出ている。問題は何故、皇帝陛下と一言一句同じ修正理由を用意できたのか。
うすら寒い物を背中に感じたグローリーは、これ以上は危険かもしれないと考えることを辞めた。
「私は戻る。これ以上ここに居ても意味が無い」
「そうですか? ではお元気で」
そう言い立ち上がったメルセデスだったが、出口に向かう前に今一度グローリーに向き直る。
「貴様が言った評議会のオキタ懐柔案だが、連中は正にそう動こうとしていた。
――――――奴らにやり口を教えたのは貴様か?」
「さあ? どうでしょうね」
「……質問を変えよう。命じられたら実行したか?」
「当然でしょう? 私は帝国軍人ですよ」
「狸め……だから情報局の人間は好かんのだ」
今度こそ出て行ったメルセデスを見送った後、グローリーは目を瞑って天井を見上げて呟く。
「もう誰も彼を無視出来なくなった。私もこれから忙しくなるだろうな」
調整ミスってヴォイド誘引し過ぎて本格的侵攻を起こし、紙一重で想定以上の成果を出してしまったせいで出来た火薬庫を見てこりゃ不味いと考え、ちょっと燃えればいいと火を放ってみればこれまた予想以上に燃え広がるように風が吹いてしまったので、せっかくだからと火薬庫の周りで踊る全員を見て笑っているグローリーって男が全部悪いんだよ。
なお一部の人にはバレている模様。
こういう主人公の周りで何かが起きている風な話が書いてて一番筆がのります。
次回は軟禁空けのオキタ目線の話、それでエピローグは終わりの予定です。
その後はいつも通り人物紹介を挟み、次の章に入ります。




