06_ブリーフィング
20240114改訂内容
02,03,04話を加筆修正
03にハイデマリーの挿絵を追加。ハイデマリーの種族をホビットからハーフリングへ変更
20241010 段落修正
詳しい話は艦橋で。シズにそう促された後、出撃準備に取り掛かったアンドーとシズ端末を格納庫に残し、俺とエリーは艦橋へ向かった。
艦橋を見渡せる艦長席には既にハイデマリーが座っており、艦橋前方にはアレンとエレンが並んで座っていた。計器類を弄っていることから、おそらくそこが索敵・通信席なのだろう。
そして特筆すべきは、ハイデマリーの両脇には長身のスレンダー美人と、ハイデマリー程度の背丈の小さな……一部分だけ大きい少女がいることだ。
「ミス・ハイデマリー。
ミスター・オキタとミス・エリーが参られました」
「ん? おお、二人ともお疲れさん。
オキたんも挨拶もそこそこにごめんな。
そろそろコロニー駐屯軍から通信が入るから、依頼を受ける受けんは任せるで聞いといて。
今回の件、ウチはあんま興味ないから話半分にしか聞かへんで」
「りょーかい」
「了解」
ハイデマリーはそう言うと姿勢を崩して端末を弄りだした。
どうやら本当に興味がないようで、隣のチビシズを傍に引き寄せて一緒に端末を眺め始めた。
こうして見ると姉妹のように見えてくる。
「駐屯軍指揮所より入電、モニターに出すよ。
ハイデマリー氏、君とシズの美しい姿も相手方のモニターに映るが構わないかい?」
「かまへんよー」
いいのか。このイロモノの集いを堂々と映してしまって本当にいいのか。
滅茶苦茶舐められそうだが、ハイデマリーの方針なら従うしかないのか。
隣のエリーも呆れた顔で首を横に振っている。
『―――傭兵諸君、おはよう。
私は帝国軍外縁派遣艦隊所属のガーデン少佐だ。本作戦の指揮をとらせて頂く。
まずは急な依頼にも関わらず集まってくれたことに感謝を述べる』
通信が開くと同時、多数のウィンドウが開く。
コロニー内にいる傭兵に手当たり次第に声をかけたのだろうか、ざっと40はくだらないだろう。
「へー、殊勝なグンジンだね。傭兵に頭を下げる軍人なんて久しぶりに見たよ」
「普通舐められるようなことはお互いやらないはずだが、この少佐は当たりかもな」
傭兵は金を。軍人は誇りと名誉を。
求める物が違うからか、プライドの理由かは知らないが、傭兵と帝国軍人の仲はあまりよろしくない。
敵は宙賊とヴォイド、それが分かっている軍人なら傭兵相手だろうとある程度の敬意を示す対応をするが、理解出来ていなければ喧嘩腰や高圧的な態度が当たり前。
その点、今回のガーデン少佐はそういった配慮が出来る軍人のようだ。
『事前にコロニー駐屯軍から通達があったと思うが、我々はこの星系に巣食う宙賊共の根城を発見した。
当然、我々はこれを叩く。
諸君らもそれに参加し、宙賊撃滅の一翼を担って貰いたい。
しかしアジトの宙域、敵戦力の詳細については諸君らが参加の意思を示してもらわない限り提示できない。
よって、これより1分間の猶予を与える。
本件を受託して貰える傭兵諸君だけこの場に残ってくれたまえ』
「おやおや? どうやらガーデン少佐とやらは本当にお優しい方のようですね。
逃げ道を用意して下さいましたよ」
「そうかなぁ? この状況で逃げだしたら、それこそアウトじゃない?」
「エリー氏、別に後ろ暗い者たちが根城に逃げ帰るのを待ってあげているだけとは限らないでしょう?
全てを投げうっての逃走、それもまた人生ですよ」
「ゆーてもなぁ、そんな肝が据わっとるやつがおると思うか?」
仲間たちの理解が早くて困る。
ガーデン少佐の言いたい事はこうだろう、『逃げたければ逃げろ』。
それはこの中にいる"かもしれない"スパイに向けて言っている。
スパイはこの場から逃げることができるが、アジトに向かった所で近いうちにアジトごと滅ぼされる。
なら傭兵もスパイの身分も捨てて、単身逃げだすか? と聞いているのだろう。
「逃げたければ逃げてみろ、そう挑発してるのか」
「正確には『もう逃げられないぞ』と言うことです、ミスター・オキタ。
この場に呼ばれた時点で適合者は……ああ、モニターから数名消えましたね。
ニューラルネットワークに登録されている傭兵名簿からも除名されています」
「きっと陸戦隊がなだれ込んで行ったんだ! えげつな!」
「こっわ、戸締りしとこ」
「問題ありません、ミス・ハイデマリー。本艦のセキュリティは万全です」
はしゃぐエリー。
縮こまるハイデマリーの頭を撫であやすチビシズ。
何というかこう、目の前で起きていることとのギャップが激しすぎてだなぁ……。
『時間通りだな……後を気にしなくて良くなったが、どこに耳があるかは分からん。
早速説明に入るが、諸君らへの連絡事項は二つだ。
一、味方の砲撃に当たるな。
開幕の狼煙は派遣艦隊および駐屯軍艦隊の砲撃とする。
初めの一斉射で宇宙港を潰せれば御の字だが、それは期待のしすぎだろう。
傭兵諸君らは奇襲を受けて出てきた宙賊を天頂方向から奇襲、艦隊所属のTSF/VSF隊と共に殲滅してもらう。
その際も艦隊は拠点への砲撃を止めはしない。故に、当たるな。
二、期待に応えろ。
帝国軍は優秀な人材を常に欲している。
ここで己の有用性を示し、名と信用を上げれば指名依頼も増えるだろう。
それは諸君らの求めてやまないクレジットに直結する話だ。故に、期待に応えろ。
出立は3時間後。各自装備を整えて規定の宙域へ集結せよ。
以上、通信終わり』
そう言ってガーデン少佐は通信を切った。
質疑なし、意見聞き取りなし。相変わらず一方的だ。
軍はこういうものだと理解するのに俺も時間が掛かったが、エリーたちは……
「3時間後もあったら、お菓子食べて昼寝もできるね」
「おや? アンドー氏のお手伝いはよろしいので?」
「今は変態と二人きりになりたくない」
「フフ、エリー氏はピュアですからね。もっと熟れた方が、私達としても嬉しいのですが」
「キtt!」
「「フフフフフ」」
ああ、大丈夫か。大丈夫なんだろうな。心配して損した。
「あ~……エリーとオキたん? あのガーデン少佐には一応注意な? ありゃ相当な食わせ者やで」
「傭兵をちゃんと扱うところがか? 確かに出来た人間だと思うが」
「そこは別にエエねん。
ウチが言いたいのは、ガーデン少佐がおる帝国外縁なんたらってのは帝国軍の直轄部隊やろ。
傭兵ギルドに事前に連絡してきたのはコロニー駐屯軍やろうに、妙な話やと思わんか?
……シズ、駐屯軍と帝国軍の違いは?」
「はい、ミス・ハイデマリー。
駐屯軍はその名の通り、コロニーを拠点に駐屯する軍隊ではありますがその規模は小さく、言ってしまえばコロニーと主要航路の治安維持部隊程度でしかありません。
部隊装備はコロニーの経済状況に依存しており、帝国軍と比べ質と量で大きく劣っています。
また帝国軍の長期滞在部隊も便宜上駐屯軍と称されることがあり、例を挙げるとミスター・オキタがいた部隊が便宜上駐屯軍と呼ばれていた帝国軍です」
「……へー、そうだったのか」
「キミ、本当にそういうことに無頓着だね」
「アレン、オキタ氏は周囲の目を気にしないタイプと見た」
「ああエレン、彼は冷めやすく、しかし燃え上がるタイプなのだろうね」
「「焦れったいなぁ、オキタ氏」」
「黙れエルフども」
エルフを一睨み、怒りで頬が引き攣りそうになれるのを耐えながら咳払いをする。
シズ、阿保共が黙ったから続けてくれ。
「帝国軍は皇帝を頂点に置いた軍隊であり、その軍事力は駐屯軍と比べ物になりません。
質・量ともに人類種が生息している銀河の中で最大の軍事力を誇っています。
また帝国には貴族制度が設けられており、貴族たちは皇帝の名の下に星系……所謂領地を、圧倒的な帝国軍の力によって統治しています。
しかしながら、貴族が帝国軍を掌握しているわけではありません。
彼らは皇帝から一時的な指揮権を預けられているだけであり、その関係上貴族と帝国軍では対立派閥も多数存在しています。
ですが今に至るまで帝国が揺らぐような事態が起こっておらず、皇帝を頂く帝国の繁栄は今後も続くことでしょう」
「なら、帝国軍の少佐が説明するのは当たり前じゃないのか?
作戦の主力を張れるほど立場も力も上なら、駐屯軍から指揮権を奪ってもおかしくないだろう」
軋轢は生まれるだろうが、彼らは帝国中を回っているのだ。
一時の関係だと割り切りってしまえば、派遣艦隊が配慮する必要もないだろう。
「せやな。そう思われてもしゃあない。
そ、こ、で。ウチがさっきからシズとしとったことに繋がるんや」
そう言いながら、ハイデマリーはタブレット端末をヒラヒラとさせてきた。
ゲっと言う声が周囲から聞こえるが、察しの悪い俺には何か分からない。
それを感じ取ってくれたのか、ハイデマリーがモニターに映してくれた。そこに書かれていたのは……
「じゃーん!
実は駐屯軍はずっと前からアジトの位置を知りつつ、戦力不足を理由にそれを放置しとりました!
そりゃあ指揮権も取られるわなぁ」
あっけらかんとそう言いのたまった雇い主。その様子に、流石の俺も焦りと緊張から足元に冷えた感触を覚えた。
このクライアント、よりにもよって銀河でやったらマズイことリスト上位に位置することをやりやがったな!?
「確認するがハイデマリー、お前帝国軍にハッキング掛けたのか?」
「せやね」
「せやねじゃない! それこそ、今すぐにでも帝国軍がなだれ込んでくるぞ!?」
3年とはいえ軍属だったんだ、少しは軍のやり方を知っている。
帝国は自分たちに反抗する、反抗できる勢力に容赦をしない。
必ず追い詰めて息の根を止める。俺だってそう教え込まれた。
だからこれは、いくら何でも無茶が過ぎる。
商会の一つや二つ、帝国にしてみたらそこらの石ころでしかない。踏みつけられてお終いだ!
「バレたことないで? 知らんけど」
「ボクたちの命がまだあるってことは、マリーのハッキングがバレたことない証拠なんだよね……」
「ラビット七不思議の一つですね。ええ、理由は知りたくもありません」
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを見ているのです。君子危うきに近寄らず、ですね」
皆の視線が一つに集まる。その先には不適な笑みを浮かべるデカシズがいた。
「フフフ、不思議ですね」
こ、高性能AI、またしてもお前か!?
……ああ、そうだよ。
薄々感じていたことだが、ラビットのクルーは普通じゃない。とんでもないタレント揃いだ。
やり手の商人、凄腕の傭兵エルフに見た目麗しい双子エルフ、高性能AIシズ、変態アンドー……アンドーすまん、お前だけはまだ変態のイメージしかなかった。
「駐屯軍は機会を伺ってたんやろね。可能な限りのパトロールをして被害を抑えつつ、時間を稼いで戦力が整うのを待った」
「で、帝国軍が来てくれたから作戦の決行を決めたと」
「あるいは帝国軍とは別の要因で元々踏み切るつもりやったか、や。
ニューラルネットの記載によると、派遣艦隊がこのコロニーを訪れるのは3年先の予定やったらしいで。
てことは、何か別の要因があったときのために準備しとったと考えられへんか?
せやないと、こんな直ぐには動けんやろうしな。
……別の要因、ねえ?」
「「「「ああ、分かる分かる」」」」
「な、なんだお前ら。急にこっち見て」
「何もないで。そのままのオキたんでおって欲しいのと、この後もちゃんとウチのとこに帰ってきてくれたらそれでエエから。ほれ、エリーとオキたんは準備してき」
微妙な空気になった所で、ここでの話は終わった。