53_突入準備
デスペラードが整備と補給を受けている艦内格納庫には、嗚咽を漏らしながら頭を抱えたり、震える自分の体を抱き締めている整備員が多数、その身を無重力に任せて浮いていた。
覚悟を決めて戦場にいるはずの人間が情けない、などと吐き捨てることは出来ない。
それだけ先程流れ込んできたヴィジョンは凄惨な物だった。何十何百と仲間の、あるいは自分の死を体験させられて素面でいられるほど人間は強くはない。
それでも俺は、それでも俺たちはまだ死んでいない。
その事実だけを頼りに、差し迫る焦燥感に押し潰されそうになりながらもデスペラードのコックピットに転がり込むように入る。
機体の主機を入れて直ぐに通信を開く。通信先はアスチュート艦橋のディエゴ艦長、ブランデンブルクのノヴリス三席、戦艦カスケードのグローリー艦長だ。暫くの呼び出しの後、通信先に顔色の悪そうな三人が映る。
「余計な事は言いません。艦隊はワープに必要な余力をチャージしながら全速前進、敵包囲網を突破した後に艦隊同期による大規模ワープを提案します」
三人は今にも吐きそうな顔をしつつも、頷いて提案を受け入れてくれた。先程のヴィジョンを見た以上、彼らも理解しているのだ。間もなく艦隊の背後から挟み込むように敵増援がワープアウトしてくることを。
『こちらのアドバンテージは選択を間違えた先にある袋小路を知っていることだ。間違った選択肢を選ばなければ命は繋がる―――であればアスチュート、ブランデンブルクは弩級戦艦の火力を前面に集中! 随伴する艦艇と共に袋小路に嵌る前に宙域を突破する! 敵陣中央突破は近衛の誉! 各々覚悟を決めよ!!』
『いやはや、死んでいるのに生きているとは面白い体験をしたものだ。
さて帝国軍人の諸君。戦死体験はそこまでにして、艦隊は機能回復と再集結を急いでくれ。カスケードは2隻の前に出るぞ。帝国軍の意地に掛けて、一人でも多くの人間を生かすように』
初めにノヴリス三席が、次にグローリー艦長が部下に向けて指示を下す。流石は精強な近衛と辺境の部隊だ、立ち直りが早い。そうなると問題は寄せ集めの企業の警備部門だが……
『……こちらは完全に浮足立っている。本艦の艦橋は何とか落ち着きを取り戻したが、随伴艦の多くが恐慌状態になっている。他企業の艦船も似たようなものだろう、艦隊機動が取れるかどうか』
『リモートでもいいのでついて来るように設定して下さい。こうなった以上、帝国軍艦隊は脱出する意思のある船を優先します』
『待ってくれ、それでは纏まった防衛網が築けない。艦隊防衛に穴が出来るぞ』
『では喰い破られるまで待ちますか? 貴方も何度も経験したでしょう。なら少しでも早く、少しでも多くが生き残れる術を私は考えます』
『そのための戦力が必要だと言っている。生き残るべき者が生き残れるように』
『主人への忠義も貫き通せば美学でしょうが、死は等しくやってきますよ。今は一分一秒も無駄に出来ません。それともこう言い換えれば良いでしょうか? 肉の壁が築けるまで時間が欲しい、と』
余裕を無くしていた二人の艦長が互いに意見を主張するが、俺はグローリー艦長に賛成だ。
俺だって出来る事なら全員を助けたい。だが、そんな悠長な事を言っていられる段階は疾うに過ぎ去った。これから先は諦めた味方を拾い上げられるほどの余裕はない。文字通りの弱肉強食、綱渡りの綱を堕ちた者から宇宙に散っていくことになる。
それに、アスチュートは俺が絶対に沈ませない。だからグローリー艦長の心配を少しでも和らげたいのだが、平行線になるのは避けたい。
どう仲介すればこの場を乗り切れるかヴィジョンを思い出すが、ふとこの場面を経験したことが無いことに気付いた。
「二人ともちょっと待って―――」『ダァン!』
こんな言い合いは今までやったことがない! こんな未来はヴィジョンでも経験した事ない!
そう言いかけた所でドカンと一発。拳銃でも撃ったのかと思うような音を響かせたのはノヴリス三席だった。
腕を組み、仁王立ちで豊満なプロポーションを惜しみなく引き立たせている姿が通信回線に乗った。どうやら全部隊に繋げているようだ。
『諸君! 腰抜けの諸君! 聞こえているか! この玉無しフニャチン野郎とオボコを気取った行き遅れ共!結婚したせいで自分の時間を無くしたと後悔している離婚予備軍共! 私は近衛軍第三席、メルセデス・フォン・ノヴリスである!』
あまりの言い様に悲痛に暮れていたはずの艦内の空気が死んだ。ひょっとしたら宇宙が静まった可能性すらある。
『未だ戦う気概を失わない勇気ある戦友! そしてお荷物であることを自覚出来ていない腰抜けの資本主義者共! 近衛たる私の自信が滲み隠せない美声は鼓膜を通して脳ミソまで届いているか!? 考えることを放棄したアホが隣にいるのならぶん殴ってでも正気に戻してやれ!』
ノヴリス三席の言葉に思わず網膜投影をスタートして整備場を眺めてみると、整備員が整備員を手に持ったスパナでぶん殴っていた。正気かこいつら。ああ、正気じゃなかったな。
『諸君は何回死んだ? 因みに私は400通り程の死に方で宙に散ったぞ! いやはや、皇帝陛下の盾たる近衛の私がこんな所で死ぬとは一生の恥である! 憤死ここに極まるわ!』
近衛が皇帝を守れずに死ぬのがどれほど屈辱なのか。それが心底不愉快だと訴える怒声に俺の背中も自然と伸びた。
『死に方も様々でな! 艦橋ごとビームで焼かれたり、TSFで戦って死んだかと思えば、艦橋まで突入してきたⅠ型ヴォイドに絡みつかれて死んだこともあったわ! 近衛たらしめる最優な我が身体をその、タコだかイカだか分からん奴らの触手で好きなようにされて……あの屈辱が分かる奴もいるだろう!?』
誰がそこまで言えと言った。あ、三席のちょっと乙女を感じさせる声に男性整備員が腰を引いてる。想像したんだろうな、分からんでもない。それとも隣の女性整備士のを想像したのか、思い出したというか……死んでるなら兎も角、今は生きてるんだから反応しちゃうよな。うん、生きるのって難しい。
『あんな屈辱を受けて、黙って死んでやれるほど諸君は物分かりが良かったか?
死に場所も死に方も選べず、あんな奴らにただ良いように蹂躙されるほど私達は弱い存在だったか!?
―――冗談じゃない! 冗談じゃぁないぞ!
命の最前線に立つ諸君が、決まってもいない未来のために! 抗わずに諦める、物分かりの良い連中なはずがあるものか!』
力強い声に皆聞き入っている。
『辺境を守る帝国軍人は精強そのもの! 中央の軟弱共とは違い、生まれ育った星系に散ることを誓った諸君は、間違いなく帝国臣民を守護する誇り高き軍人だ!』
『企業勤めの諸君は、クレジット欲しさに命知らずにも警備部門に入ったアコギな集団か!? 断じて違う! 私がこの日まで見てきた諸君は! 日々技術を磨き! 危機に備え! 民間人でありながらも武器を持つことを選んだ、戦う決意を持てる強き者だ!』
俯いていた人が顔を上げて前を向いている。
『諸君! 覚悟を決めろ! 死んだ未来はもう見た! 何度も死んだ! 飽きる程に! ならば生きるために、死ぬ覚悟を決めろ!先に死んだ者たちに! あの世で私達は精一杯抗ったのだと胸を張って言えるように!』
『今ここにある命を燃やせ! 戦え! 抗え! 選ばれた未来ではない! 望む未来を自分たちの手で取り戻すのだ!!』
通信の先から鬨の声が聞こえてくる。良かった、心配していた企業の士気もノヴリス三席の演説のお陰で戻ったようだ。
『閣下、近衛の者にも何かお声がけをお願いします』
『私の配下の連中にもか……知らん! 黙って私に付いてこい!!』
イェーイ!閣下最高! などという声が通信先から聞こえてくる。軽いノリは元来のものなのか作ったものなのか……まあそんな事はどうでもいいか、通信先で聞いている連中の口元も緩んでいるだろう。俺みたいに。
『艦隊第1戦速! TSF/VSFは順次全機発艦しろ! 各艦は砲火を前面に集中! ヴォイドの壁を喰い破れ!
――――――聞いていたな、オキタ中尉。貴殿が私の僚機になれ』
個別回線に切り替えたノヴリス三席がそう伝えてくるが、生憎と俺の僚機には頼りになる相棒がいる。
だから断りを入れようとしたところで、回線に割り込んでくる者がいた。
『お話のところ失礼致します。オキタ様、トラブル発生ですわ』
「クレアか? 何があったんだ?」
通信に割り込んで来たクレアはモニター先にいるノヴリス三席がいることに気付きながらも敢えて無視し、息を整えながら話しかけて来た。
『オキタ様、落ち着いてお聞きください。リターナ様が倒れました』
「なんっ……容体は!?」
『元々体力の限界だったのか、今は高熱を出して意識レベルも低下しています。這ってでもそちらへ向かおうとしておりましたので、少々乱暴ではありますがストレッチャーに固定して医務室まで運びました』
「B.M.Iの弊害か。アイツ、平気だとか言ってたけどやっぱり限界だったんじゃないか」
無茶させ過ぎたのか。これくらいでどうにかなるほど軟なパイロットじゃないと思うが、ΑΩがリタの能力を増幅したせいで負荷の掛かり方が桁違いだったのかもしれない。
『それと……リターナ様は、まだ先程のヴィジョンを見ているようです』
「っ、マジかよ!」
『無意識とは思いますが、先程から気になる言葉を口にしておりますわ。恐らくオキタ様に向けてだとは思いますが……”行ってはいけない” ”逃げて” ”来る”と』
敵が来る、か? 何回ヴィジョンを見ているのかは分からないが、たぶんヴォイドの大群がやってくる姿を見続けているのだろう。だから逃げろと言いたいのだろうが、逃げるためにも今は戦わないといけない。
「リタが心配なのはそうだが、そうは言ってもいられない。クレア、任してもいいか?」
『はい、お任せください。オキタ様に私たちの命運を託しますわ……どうか、生きてお戻りくださいませ。私もまだまだお話足りませんの』
「大丈夫だ、任せろ。―――っと、すいませんね話し込んでしまって。
そういうことなので、僚機の件は受けさせていただきますよ、ノヴリス三席」
『メルセデスで良い。あと、敬語も止せ。400回も生死を共にした戦友に畏まられるのは好かん』
「そうか? じゃあお構いなく。よろしくな、メルセデス!」
クレアとの話を黙って聞いてくれていたノヴリス三席、もといメルセデスが不適な笑みを浮かべて通信を切った。再開は発艦の後だ。
「α1より小隊管制へ。発進後、α1はノヴリス三席と小隊行動を取る。コールサインは……そうだな、”ラビット2”に変更だ」
ここで終わろうがどうなろうが、俺はラビット小隊の一員だ。ここでそれを掲げて戦っても罰は当たらないだろう。
『アスチュート管制了解。ラビット2、装備が変更されています。
片側2門、計4門のハンドガトリング装備です。給弾用のベルトリンクが背部ウェポンユニットに接続されています。取り扱いに問題はありませんが、ご留意を』
「ラビット2了解」
弾幕を張り続けられる武器が良いと帰艦時にリクエストを出してはいたが、まさか状況に嵌るとはな。弾をばら撒きつつ突破力が必要な現状には丁度いい。
『ラビット2、デスペラード発進スタンバイ。全システムの機動を確認しました、発進シークエンスを開始します』
機体がカタパルトに移されるにつれて、肩肘を張っていることに気付いた。やはりいつも以上に緊張しているようだ。
ビビってるのかって? ああそうだ、何たって何度も仲間が死んだヴィジョンを見せられたんだからな。今度こそ俺も死ぬかもしれないが、それはこの際どうでもいい。最初に死ぬのが俺なら、仲間を守って死ねるならそれはそれで諦めもつく。
だが、そう簡単にくたばってやるつもりは毛頭ない!
『ハッチ開放、カタパルトエンゲージ。リニアボルテージ出力臨界到達。
進路クリア、X-TSFデスペラード発進どうぞ! オキタ中尉、未来を頼みます!』
「任された! ラビット2、デスペラード発進する!」
3章も終わりに近づいてきました。ここまで見て下さりありがとうございます。
あと1回程度はどんでん返しするつもりなので、何とか付いて来てもらえると嬉しいです。




