49_対ヴォイド戦闘評価試験③
パイロットスーツに着替え、急いで格納庫近くの待機部屋に向かう。
クレアとの話は想像以上に長引いてしまった。
艦隊は既にハイパーレーンを抜け、第1次ワープに入っている。待機室に着いた頃には、既に数名の隊員たちが待機していた。
「オキタ、こっち」
どこに座ろうかと視線を彷徨わせていると、片手を挙げて俺を呼ぶリタを見つけた。
「リタ! 悪い、遅れた」
「本当に遅い」
片手の拳を突き合わせながら隣に座る。
今回はリタが僚機だ。エリーが居れば3機での小隊行動が取れるが、この間まで相棒を務めてくれたアイツは此処にいない。
頼りなれた相棒の不在、それに対しての不安はない。
リタとは付き合った時間こそ短いが、ここ数ヶ月の模擬戦でお互いの癖は把握している。背中を預けられる腕を持っているのは、今では俺が一番知っている。
問題があるとすれば、それは俺だ。
どうしたものかと頭を悩ませていると、そんな俺を横目で見ながら、何か言いたそうな雰囲気を醸し出しているリタがいた。
「なんだよ、ちらちら見て」
「聞いて欲しいの?」
「ん~……」
「話せるなら話して。気になって仕方ないから」
何か言いたいことがあるのかと聞くと、ノータイムでそう返された。
何時も通り勝手に心を読めばいいのに、本当にダメな一線は越えない気配りをするリタが、今だけもどかしく感じる。
それだけ聞いて欲しいことはいっぱいあるのだ。言語化するのが難しいのもある。
とはいえ”AΩが機体に組み込まれているけど、どうしたらいいと思う?”なんて事案は出撃前に話せる内容じゃない。
「いや、いい。考えが纏まってから話す」
「ん、なら待つ。けど、それが戦闘に影響が出るなら下がってて」
「それは大丈夫だ」
たぶんな。
ΑΩが搭載されていることは政治的に問題ないと、クレアはそう言っていた。
けれどそれは搭載する側の都合であって、実際に機体を操る俺の都合は一切考えられていないものだ。
とは言っても、最終フェーズが組まれた時には搭載済だったというのだから、それから何度も模擬戦や訓練で機体を動かしている以上、とやかく言うのも今更なのだろう。
それでも命を預ける機体に不確定要素が入っていること。それも評議会の意志入れが原因である時点で不気味でしかない。
そもそもの話。
俺が頭を悩まされているのは、クレアから懺悔の如くリィンカーネーション計画の全貌を聞かされたからだ。
『評議会のオーダーは、機体にΑΩを搭載することでした』
『オキタ様が宇宙に穴を開けた際、搭乗機にはΑΩが搭載されていた……と噂されています。
その真偽がどうであれ、評議会はΑΩがあの現象を引き起こしたと疑っています』
『評議会の狙いは現象の再現、その観測とデータの取得と思われます。
共和国にΑΩが奪われた以上、彼らがそれを武器として使ってくることは間違いありません。
であれば、対抗手段を講じるための足掛かりとして本計画を利用し、運用データを収集ようとするのも頷けます』
『ここまで言えば気付かれているかもしれませんが……はい、オキタ様の懸念している通りです。
今回コンペディションに参加している”全ての試作機”に、大小の差はあれどΑΩが搭載されています』
『惑星オークリーでのΑΩ強奪事件以降に評議会の独断によって決められたため、帝国軍には通知されていないはずです。
三席については御存じの通り隠し事が苦手なので、敢えて伏せられているのかもしれませんね』
『今回の一件は回収されたΑΩを巡る軍と評議会、貴族連による権力闘争も孕んでいます。
どのような形で評議会が多数のΑΩを手に入れ、企業側へ横流しをする流れとなったのか。私も深くは存じておりません。
ただ事実だけを述べるのならば、当初はただの次世代機選定計画でしかなかったリィンカーネーション計画は、評議会によってΑΩ搭載機による実証実験の一面を持つようになってしまったということ』
『ΑΩはP.Pとの共振によって超常現象を引き起こすと言い伝えられていますが、オキタ様にP.P因子はありませんでした。
つまりP.PとΑΩの親和性は未だ不透明なのですが、それを訴えた所でこの流れを止めることはできません。
加えて、他のテストパイロットにP.P因子があるかは私も情報を持ち合わせておりません。
最悪、オキタ様が引き起こした現象が再現される可能性があります』
『X-TSFがΑΩを運用するには搭載されたOS……S.P.A.Tの秘された領域を解放する必要があります。
ですが、P.P因子が無ければ使用できません。
機体はこれまでと変わらずお使い頂けます。それだけはお約束致します』
『本当に、本当に申し訳ございません』
以上が、クレアが俺に話してくれた計画の全貌だ。
身体を震わせながら頭を下げていた姿を思い返す。それまでの甘い雰囲気からの急転直下な展開に頭痛がしたが、出撃前に問い正す時間もない。
唯一の救いは機体はいつも通りということ。身体を張る事しかできない俺には、それを信じるしかない。
「話は変わるけどさ、クレアがX-TSFの名前を付けてくれたんだよ」
「へぇ? 何て言うの?」
「デスペラード」
「ぶふっ」
珍しくリタが吹き出した。
気持ちは分かるぞ、俺も初めて聞いた時は正気を疑った。とてもじゃないがTSFやVSFに付ける名前じゃない。
「い、いいんじゃない? 似合ってると思うよっ?」
「ツボり過ぎだろお前。これで墜とされたら目も当てられねぇよ」
「堕ちたらギャグ完成だね、見たいけど見たくない。クフっ」
苛烈なまでの機動性のせいで命知らず以外に乗りこなせない、故にデスペラードとのこと。
乗る側からしたら顔を歪める事間違いなし、クレアのネーミングセンスは中々良いらしい。
「自分が一番常識的ですって顔しながら、道外す所あるからなぁ」
「分かる。お嬢様が見せちゃいけない顔芸、無意識に披露してくれたの覚えてる?
特にノヴリス三席に詰められた翌日のクレアが私にとってのハイライト。あの疲れ切った顔は、マリーがクレジット溶かした時にそっくりで笑える」
「ああアレな! あれは笑い堪えるのに必死だった!
そのくせ食堂の甘味一つでも食べたら機嫌直すんだよなぁ。そんな場末の甘味でお嬢様の機嫌が取れるのかって突っ込みたくなった」
「ね。せめてもっといい物食べてからにして欲しかった。そのせいで私の腹筋が鍛えられた」
「珍しく腹抱えて笑ってたもんな。指摘されたクレアは顔真っ赤に反論してたけど」
「クレアのしょんぼりした顔がいきなりシャキーン!って変わるんだから笑わない方が失礼。時間があればクレア百面相作れるよ、きっと」
「違いない!」
基地での一幕を思い出して笑い合う。
思えばだいぶ絆されたものだ。初めてあった頃は俺以上に警戒していたリタも、今では笑い合って話せる友人みたいな関係になっている。
「さーて、思い出にふけるのもこのくらいにしておいて、真面目に意識切り替えていきますか。
何せ偉そうに言った手前、下手なマネは出来ないからな。
リタも、こんなしょうもない戦闘で堕ちるなよ?」
「お互いさま。オキタこそ、気負い過ぎると変に力入って足元掬われるよ」
「久しぶりのヴォイド戦闘だからな、気合も入るもんだ……っと、警報だな。そろそろ最終ワープか?」
待機室に警報が響き渡る。そろそろ2回目のワープに入る頃合いだろう。ここから駐屯部隊との合流まで時間もそれほどかからないはずだ。
『アスチュート艦長より達する。
これより近衛・企業連合艦隊は最後の大規模同期ワープを敢行する。
ワープアウト後は展開中の帝国軍駐屯部隊との合流を目指す。各員、第二種戦闘配置を厳と為せ』
『ブリッジより第二種戦闘配置発令。繰り返す、第二種戦闘配置発令』
第二種戦闘配置が発令された以上、ここにもパイロットが押し寄せてくるだろう。少し早いが、搭乗機で待つことにしよう。例のΑΩの件もJrに聞いておきたい。
「後ろ任したぜ、α2」
「こっちこそ。せいぜい追い越されないようにね、α1」
◇
『総員、第一種戦闘配置。繰り返す、第一種戦闘配置。
ワープアウトまで5分、各パイロットは搭乗機にて待機せよ。
繰り返す、パイロットは搭乗機にて待機せよ』
コックピットに乗り込み、発艦前の最終確認として機体のチェッキングプログラムを流す。
曰く付きの機体にも拘らず、計器は全てオールグリーンを示している。いつも通り使えると聞いてはいるものの、何も問題が見つからないのも気持ちが悪いものだ。
「アスチュート、データリンクの確認を」
『アスチュートCICよりα小隊、データリンク良好。
機体状況はこちらでも随時確認しています、ご安心を』
「了解、網膜投影スタート」
コックピット内だけだった視界が、機体が捉えているセンサー範囲まで一気に広がる。360度視界は良好だ。
結局、リタと分かれた後にJrと二人きりで話すことはできなかった。お陰で大事なことを聞きそびれたが、機体が完全に仕上げられていることだけはプライドの高い彼も念を押してくれた。
『ワープアウトまで1分。繰り返す、ワープアウトまで残り1分。
各機ワープアウト後は速やかに発艦し、駐屯部隊の指示に―――待って下さい、ワープアウト後の宙域にて状況変化を確認』
「なに?」
網膜投影には俺たちα小隊の管制官が各所へ確認を取っている姿が映る。
どうやらブリッジではワープアウト後の宙域が観測出来ているらしく、慌てた様子が見て取れる。
『ワープアウト後の宙域で戦闘と思われる光を確認、駐屯部隊は既に戦闘状態へ移行していると思われます』
「どういうことだ? 何が起きている?」
『詳細不明。しかし、本艦隊の任務がヴォイド殲滅であることに変わりなし。
α小隊はワープアウト後に発進願います』
駐屯部隊が戦闘に入っている、敵は十中八九ヴォイドだろう。
問題はそれが目標の小規模群体なのか、近くにいる中規模群体なのか―――
『状況変わったけど、、、平気そうだね、待ちわびたって顔してる』
「慣れてるからな。こちとら3年間休まず戦い続けてきたヴォイドキラーだぜ」
通信を繋げて来たリタにそう返すと、ニヤリと笑い返された。
『α1、X-TSF発進スタンバイ』
「メインシステム起動」
『メインシステムの起動を確認、発進シークエンスを開始します。
アスチュート右舷リニアカタパルト、発進区画の減圧シークエンスを開始します。非常要員は退避して下さい』
機体が格納庫を移動し、エレベーターで発進区画まで移動していく。この一瞬が待ちきれない。
『―――アスチュート、ワープアウトします。
カタパルト接続、全システムオンライン。
ハッチ開放、リニアボルテージ出力臨界到達。
進路クリア、X-TSF発進どうぞ』
「X-TSFデスペラード、α1オキタ出るぞ!」
ロボット物で一番好きなのが発進シーンです。リアルでも空母からの発艦シーンは興奮します。
3章の畳み方は迷走していますが、この章が終わったら漸くタイトル通りの冒険もさせてやれるかなと思ってます。




