47_対ヴォイド戦闘評価試験①
ようやく機体と身体が温まってきた俺とリタの模擬戦は、クレアからの中止宣言によって不完全燃焼で終わってしまった。
この機体なら新しい世界が見れると、ある種の予感を持てた時なだけに残念でならない。
それはリタも同じようで、機体から降りた時には火照った顔でぎらついた視線を俺に向けていた。分かるぜ、お前もまだまだヤり足りないんだろう? 後でお互いが満足するまで存分にやり合おうぜと言うと、何故か汗ばんだ顔を顰めた後に溜息を吐かれた。何故?
そうこうしている間に俺たちを収容したセクレト級弩級戦艦アスチュートは、惑星グラナダの静止衛星軌道上に建設されているコロニーに帰還した。
「お二人供、お急ぎください。まもなく会議が始まりますわ」
シャワーを浴びて模擬戦で出た汗を流し、待ってくれていたクレアの後をついて行く。
惑星グラナダの静止衛星上のコロニーは重要な軍事拠点ということもあり、帝国軍2個艦隊が駐機できるほど広い。コロニーの内の無人列車を乗り継ぎコロニー中心部の重要区画、グラナダ星系全体を統括する指揮所に辿り着いくと、多数の人が巨大なモニターを見ながら慌ただしく動いている姿見れた。
そんな指揮所を通り過ぎた先にある会議室に辿り着くと、ここ数ヶ月で見慣れた企業の面々が席についていた。
「失礼、遅れましたわ」
「集合時間を僅かに過ぎていますねぇ。セクレト代表が時間すら守れないなんてねぇ。我々も暇ではないのですよ、えぇ」
「なので失礼と、そう申し上げたはずですが?」
「悪いな、ゼネラル・エレクトロニクスのオッサン。俺が道に迷って遅れたんだ、許してくれ」
「契約傭兵も大変ですねぇ。テストパイロットをしながら、貴方と歳の変わらない女性のナイト役までしなければいけないんですから、ねぇ?」
「はいはい、そうですね。ほら、クレアも怖い顔するなって。折角の綺麗な顔が台無しだぞ?」
「まぁ嬉しいですわ。オキタ様にそのように言って頂けるだなんて、綺麗に着飾った甲斐もあったというものです」
「クックック、お姫様も大変ですねぇ。どうですかねぇオキタ中尉、今からでもセクレトから弊社に乗り換えませんかねぇ?」
「お断りだ。オッサン守るより美少女守る方が100倍マシなもんで」
「手厳しいですねぇ」
クレアと知り合ってもう2ヶ月が経つが、その間に他企業の役員とやり合う姿を何度も目にしてきた。
此処にいる企業の代表の中で、誰よりもクレアは若い。
セクレトの次期総帥候補、現専務という肩書は俺の想像も付かない程大きなものなのだろうが、それはここに居る他の企業の代表たちも同じだ。海千山千の商人からすれば、如何に御三家の一角とはいえただの若造扱いになるのも仕方がないのかもしれない。
それもあってか、クレアはライバル企業からあの手この手で言いがかりに近い嫌がらせを受けていた。見兼ねた俺やリタがショートカットに入ることもあるが、どこまで守れているかは正直分からない。
さっきねちっこく話しかけて来たオッサンもその一人だ。ゼネラル・エレクトロニクスの役員で、事あるごとにクレアやリタに突っかかっている姿を何度か目にしている。
クレアとリタ曰く、向けられる視線も胸やら尻やらをチラ見してくるなどヤラしいもので、2人ともここが軍事基地じゃなかったら手打ちにしていると息巻くほど毛嫌いしている。
最近は俺も絡まれることが多くなっていて……ケツの心配をした方がいいのだろうか。
馬鹿なことを考えながら椅子に座ると、反対隣りに座っている東雲技研のテストパイロットが手を上げて迎え入れてくれた。
「お二人供、お疲れ様です」
「お疲れ。悪い、実は俺とコイツがシャワーしてたせいで遅れてさ」
「いえいえ、謝罪は必要ないですよ。御二人が最後に模擬戦をされていたのは知っていますし、ノヴリス三席もまだ来ておられませんから」
すまんすまんと小声で言うと、気にしていませんよと小声で返してくれた。
企業役員たちの関係とは違い、パイロット同士の交流は比較的穏やかだ。模擬戦で直接語らったからなのかもしれない。特に東雲技研のパイロットは俺たちと一番歳が近いからか、こうやってよく話しかけてくるようになった。
向こうにいるゼネラル・エレクトロニクスのパイロットも初対面では舐めた口を利いていたが、実力で黙らせた後は無害になった。今では軽く会釈はしてくれる良好な関係が築けているのだ。
「オキタが先にシャワー室に行けば良かったのに。そうしたら私も直ぐにシャワー室に突入できて、遅れることもなかった。……いや、もっと遅れてた?」
「そうしていたら、今頃お前は気絶して医務室だろうよ」
「いやん、私が耐えられなくなるほど激しくするつもり?」
「不法侵入者の頭をかち割るって言ってんだよ」
「ははは、相変わらず仲がよろしいことで」
「ヤンチャすぎて困ってるだけだっての」
「私はいつだってうぇるかむ」
「黙っとけ、互いの名誉のためにも」
「嬉しい癖に」
仰る通りでございますが何か? 悔しいことに、嬉しくないわけがありませんが?
だってここ2ヶ月の間、毎日健康的な女の子が好意を隠さずに寄って来てくれるんだぞ? ぶっちゃけどうにかなりそうでヤバいんだが、そこんとこお前はどう思ってるのか教えてくれよ。
朝っぱらからきわどい恰好をした女の子に”おはよう”なんて言われてときめかない奴がいるか? つーか何だよその恰好ジャケットの前くらい閉めろデッケェなおい。せめて肩には羽織れようぉデッカ。時々俺の伝家の宝刀が反応しそうになるのを耐えている時だって、そんな俺の思考を読んで更に煽ってきたりもするんだぞ? オイオイオイ、喰われるわ俺。ダメだ、まな板を思い出して無に還れ。
とまぁアホな考えでいられるのも、この絶妙な距離感があってこそ。ハイデマリーに釘刺されたことはリタだって覚えているはずだから、アレもコレも全部悪戯のつもりだろう。……ああ、弄ばれていると思うと涙でそう。
「―――諸君、遅くなった。楽にしてくれ」
そうこうしている間に入って来たメルセデス三席を立ち上がって出迎える。そんな俺たちに向かって三席はそう言うが、誰だって近衛を前にしたら礼儀を尽くさざるを得ない。
「全員揃っているな? ……よし、では私からは今後の予定変更について大まかな概要を説明しよう。正面のモニターを見てくれ」
会議室のモニターに開発計画の日程表が映し出される。開発計画の終盤から参加した俺やリタからしたらほんの少しの間だったが、残すところ実戦評価だけとなっている。
「諸君らも把握していることとは思うが、リィンカーネーション計画は実戦での評価試験を残すだけとなった。
予定では7日後にここを発ち、銀河外縁部の駐屯地で対ヴォイドの”間引き”に参加する手筈だった……が、前線で動きがあったため予定は繰り上げられることとなった! ミハエル! 詳細を説明しろ!」
「ハッ」
前線で動き有り、か。連中がこっちの予定なんてお構いなしなのは当然として、幾重にも渡る観測結果によって計画されるであろう間引き作戦の前に動き出したのは気になる。
そんなことを考えているとクレアが服の裾を引っ張って来た。ん? どうした?
「オキタ様、間引きとは以前に仰っていた?」
「あー……そうだな、一言で言うとヴォイドの数を減らす攻勢作戦だ。
消極的な、って前振りが付くけど」
”間引き”は対ヴォイドの基本戦術だと、小声でこそっと聞いて来たクレアに顔を寄せて答える。
ヴォイドが集まっている場所へちょっかいを掛けて誘引、ワープで逃げて戦場に引きずり出すのが第1次作戦。
逃げた敵、つまり俺たちを追ってワープしてきたヴォイドが一定数に到達したらワープジャミングを展開、敵総数を絞り込むのが第2次作戦。
第3次作戦はのこのことついて来た連中を待ち構えた部隊でタコ殴りにする。
こうやって敵総数を減らす戦いのこと”間引き”と言っている。
この間引きを定期的にやらないと、一か所に集まったヴォイドが空間の許容量を超えて四方八方へとちりじりに侵攻を始める。3年前の侵攻も間引き失敗によって起きたってのが通説だ。
とはいえ、こんな作戦が通じるのもヴォイドが突撃以外の作戦を執らないからだ。奴らにAIみたいな考える脳ミソが詰まっていたら、こんな見え見えな罠に何度も嵌ることはないはず。
そんなヴォイドが妙な動きを見せる……とシリアスっぽく言ってみても、あまり心配する必要はないだろう。もともと一か所に留まれなくなったら移動する回遊魚みたいなもんだし。
ただし、餌は有機物無機物なくそこら辺にあるモノすべて。これが一番ふざけていると俺は思う。
「群体は幾つかのグループに分かれ、移動を開始した様子を複数の駐屯地が確認している。
連中の目的だが、作戦本部は2千光年先にいる中規模ヴォイド群体への合流だと推測した。
ここがそうだ。戦艦級の居ない小規模群体でも数回のワープで踏破される距離と言える」
ミハエル中佐が星系図に示したポイントには何もない、ただ真っ黒な空間が広がっている。他の場所はガスやら塵やらで光って見えるが、一部だけ黒で塗りつぶしたように何もないように見える。
それがヴォイドの集合体、光が遮られてしまっているのはそれだけ密度が濃いってのが通説だ。元々宇宙空間の真っ暗で何もない場所はヴォイドって呼ばれてたんだろ? だからそう名付けられたらしい。
奴らはそこから出てきて、好き放題に暴れまわって寄生する人類に敵対的な変異異性体。俺が3年間戦い続けた人類にとって明確な敵だ。
そうクレアに解説を入れると、机に置いた手に手を重ねてきた。止めてくれ、リタに煽られて我慢がヤバい今の俺に女の子の柔らかさはかなり効く。ついでに反対隣からの睨みもかなり効く。ちょ待てよ、これ俺のせいか?
「既に侵攻ルート上に近い駐屯地から対ワープジャミングを実行、移動ルートを制限した掃討作戦へ移行している。我々が安全に狩れるように用意されていた小規模群体も含めてな。
さて、そうなると検証用の敵が居なくなったことになる。であれば、別の作戦目標を立てねばならないことも理解して頂けることと思う。
そこで、作戦本部から提示された新たな目標がコレだ」
ミハエル中佐が星系図に示したポイントは、先程の中規模群体から見て近距離の地点だった。
「中佐、質問いいですか」
「許可しよう」
「中規模群体から近すぎるかと。これでは挟み撃ちにしてくれって言ってるようなものです」
「オキタ中尉の言うことも分かるが、今回は駐屯部隊との合同作戦になる。こちらの間引きに合流されたとしても対応できない数ではないと作戦本部は判断した」
「正規軍ならそうでしょう。ですが俺たちは……イマイチ団結力に欠けるかと」
俺たちが使うのは貴重な試作機だ。無用な犠牲は出せない以上、積極的な攻勢を避ける陣営が出てもおかしくない。
寄せ集めの集団なら全滅も十分あり得るのではないか? 言外にそう伝えたが、この言い方だと少しばかり弱い。
何故なら、戦うのは実験部隊だけじゃないからだ。
計画に参加している企業は、各々の警備部門を護衛として連れている。そこに駐屯部隊が加わるとなれば、帝国軍が提唱する対中規模ヴォイドの部隊定数を上回っているだろう。
成程、数だけ見ると作戦本部がGOサインを出すのも理解できる。
駄目だな。企業が消極的になることを差し引いても、危険度が曖昧で反論する根拠に乏しい。
俺の勘は危険を訴えているが、弩級戦艦が近衛とセクレト合わせて2隻もいて全滅なんて起こり得るのか? という理性的な考えもある。
他の連中はどう思っているのか? ふと気になって周りを見渡す。
俺と同意見なのか、ゼネラル・エレクトロニクスのオッサン連中も微妙な顔色を示していた。
「中規模群体の近くで危険に思う者も多いとは思うが、本作戦では付近を担当している駐屯地部隊との共同戦線となる。
最前線で対ヴォイド戦闘を繰り返してきたエキスパートがどれほど頼りになるかは、そこに座っているオキタ中尉を見て貰えれば分かるだろう。
つまるところ貴殿らは賓客扱いで、安全な戦場での実戦評価が出来るということに変わりはない」
ここまで安全が確保されていると言えば安心できたのか、大半の企業役員は胸を撫でおろしているように見える。
安全な戦場なんて在るはずがないということを理解はしているのだろうが、耳障りの良い説明を受ければ勘違いもしてしまうのだろう。溜息を吐いているメルセデス三席の気持ちがよく分かる。
「では出立は明日、日付変更後すぐとする。臨時艦隊の編成はこちらで行うので、各員はそれまで待機するように。以上」
そう言って近衛の2人は会議室を後にした。続くように各員が続々と席を後にしていく。
退席していく中で一人、立ち上がってこちらを見てくる人物がいた。ゼネラル・エレクトロニクスのオッサンだ。
「安全で楽な戦場でのテスト、ねぇ。そんなものは幻想ですよ、えぇ」
「奇遇ですわね。私も同じ想いですわ」
「クックック、ではお互い足元を掬われないようにしますかねぇ。
ではセクレトの御三方、次は戦場で会いましょうねぇ」
癖が強いオッサンだが、こういう所の抜け目がない。企業勤めの長生きする秘訣なんだろう、色々と気を回して準備してくれることを祈ろう。
「私共も艦に戻りましょう。オキタ様に対ヴォイド戦の極意を聞きたいと、護衛のTSF部隊が申しておりましたわ」
「そうなのか? 話すのはいいけど、今更感があると思うぞ?」
「お恥ずかしながら、私が管理している警備部門は帝都を中心に行動しているので対ヴォイド戦闘の経験が殆どありませんの。元軍人の者が中心となってここ数ヶ月はシミュレータールームに籠っていたようですが、正直なところ私も少しばかり不安でして……」
そうなのか。クレアは安全な帝都方面を担当しているって言ってたから、その護衛だとヴォイドとの戦闘経験が少ないのも無理ないな。
「オキタ、オキタ。実は私もあまり経験がない」
「は? リタも!? 何で!?」
「特殊部隊は対人専門」
「うわーお……ちょっと予想外だ」
大丈夫かこれ? 安全で楽な戦場どころか、ハラハラドキドキ心臓に負荷が掛かる戦場まっしぐらじゃないか?




