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宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
XTSF開発計画
49/91

46_手に入らないもの

用語解説

帝国近衛軍 について

現在は第1席から第12席までが任命されている。席次を与えられた者にはそれぞれ独立した部隊を持つことが許可されている。帝国軍とは指示系統が違い、皇帝の命にのみ従う。

 

 X-TSF組み立てより2週間後。グラナダ宇宙港より5000kmの地点、模擬戦宙域


 東雲技研、ゼネラル・エレクトロニクスなどの御三家を含めた企業の第11世代機開発計画リィンカーネーションは最終断面に入っており、直接的な優劣をつける最後の機会である模擬戦へと臨んでいた。

 その模擬戦の模様を帝国近衛軍三席メルセデス・フォン・ノヴリスは、帝国近衛軍が誇る全長40㎞の弩級戦艦ブランデンブルクの艦橋から観戦していた。


「フム、東雲技研は割とまともな機体を作ったのだな。一芸に秀でた機体づくりが特徴な企業と思っていたが、やればできるじゃないか。まだクセが抜けきっていないように見えるが、全てが高水準に纏まっている良い機体だ」


「ありがとうございます! 三席に評価頂けたと知れば、開発陣も破顔一笑するでしょう!」


「そうか。もっとも、私をワクワクさせてくれるような試みが皆無なのが気に食わないがな。お前たちの利点を自分で消してどうする」


 空間投影ディスプレイに記載された機体説明を横目にメルセデスが呟く。意気揚々としていた東雲技研の担当者はその一言に肩を落とした。


 リィンカーネーション計画におけるメルセデスの立場は、次期主力量産機選定のため、帝国皇帝より直々に派遣されたアドバイザーだった。もちろん帝国軍からも多数の人員が機種選定のために派遣されているが、皇帝より直々に派遣されたメルセデスの意見は誰よりも尊重される。

 これは単に上からの命令だからという理由だけではない。それだけの重みが、自他共に帝国最強を認める近衛軍にはあるからだ。

 僅か12席しか用意されていない彼女らの武勇を知らない者は軍事関係者にはいない。ひとたび戦場に出れば、絶望的な状況でさえ兵士の士気を復活させるほど。誰もが憧れ、意欲ある者であればその旗下に入ることを至上とすら考えている。

 そんな彼女の意見を軽々しく扱うなど、この場にいる全員に出来るわけもなく。


 しかし、近衛軍第三席を与えられているメルセデス・フォン・ノヴリスは多忙の身である。

 近衛は帝都防衛を主任務とするが、通常兵力では対処できない事態解決のために皇帝より密命を帯びる特殊部隊の一面もある。一度命令が下れば皇帝の名の下に暴力を持って事態の収束を図る。彼女の二つ名である”血刀”も、その無慈悲なまでの力を前に付けられた一種の忌み名だった。


 そんな彼女が何故、第11世代機コンペディションのアドバイザーなどをしているのか? それは皇帝の気まぐれの一言から始まる。


 ”件の兎だが、セクレトから新たな機体を受領するようだな”

 ”誠でございますか? しかしながら銀河を見通さんばかりのご慧眼には感服致します”

 ”なに、つい先日のこともあるから気にしていただけの事。時にノヴリス、お主にはその兎の監視を命じる”

 ”陛下の目を煩わせる存在であれば、消したほうが良いのでは?”

 ”早とちりをするでない。いずれ昇って来る運命だが、友誼を結ぶのも良かろう。近衛ではお主が一番いい意味で抜けておる。面倒を見てやれ”

 ”は、ではそのように”


 こうして、本来であれば次機主力機選定など帝国軍のみで行うべきところ、メルセデスのコンペディション参加が決まったのだった。


「私が選べるのなら、リィンカーネーション計画は東雲技研で決まりだな。

 ゼネラル・エレクトロニクスは東雲技研より量産性に重きを置いている分、性能の差が顕著に表れてしまっている。東雲技研がこじんまりとした機体を作ったからか、両社似通った機体特性に落ち着いたからな。東雲がいつも通り尖ったものを出して来れば分からなかったが、これでは返って評価し易くなっている。

 数を揃える分にはゼネラル・エレクトロニクスでも良いと思うが、前線で戦う身であれば少しでも性能を求めるたくなるものだ」


「貴重なご意見ありがとうございます。量産性と性能差を含め、この場の将校と話し合いたいと思います」


「ああ、私はただのアドバイザーだから後は好きにやってくれ」


「畏まりました。最後に、何か他にご意見等あれば窺いたいのですが……」


「ご意見、だと?」


 傍に控えていた帝国将校がメルセデスに問いかけた所、どこか物憂げだった彼女の眉は不機嫌そうに吊り上がった。それを見た彼女の側近、ミハエル・ドルフ中佐は何かに備えるように身を固くし、眼を細めた。


「この体たらくで私に他の意見を聞くのか!? 貴様ら今まで何をやってきたのだ!」


 静かに話していた姿から一転、大声を上げたメルセデスにその場の将校、企業の役員は震えあがった。


「確かに貴様らが作った機体は優秀だろう! だがそれは”セクレトを除いて”という話だ!

 貴様ら全員、セクレトを相手に何度負けたのか!? 私が観戦した模擬戦以外に何回負けたか覚えているなら、是非この場で教えて欲しいものだ!」


 メルセデスが観戦するまでに行われた模擬戦において、参戦した企業の試作第11世代機は、その全てがオキタが操るセクレトの試作第11世代X-TSFの前に打ちのめされている。そして、その事実はメルセデスの下にも当然届いていた。

 模擬戦が開始された緒戦、企業はセクレトのX-TSFを舐めていた。パイロットが変わった情報と飛行テストの結果は共有されていたが、所詮はコンペを降りた機体。何か致命的な不具合があるに違いないと高を括っていたのだ。

 ところが蓋を開けてみれば全戦全敗。善戦すら許されず、あっという間に撃墜判定を受ける結果に舐めた態度を取っていたテストパイロット達も本気になったが、ワンオフ機という水を得たオキタの前には無力だった。


「セクレトが計画を降りていなければ、満場一致でアレを採用している! オキタ中尉が操る機体は一見クセの塊に見えるが、本来の仕様であれば背部ユニットの換装によってどんな戦場にも対応できる傑作機になっていただろう。……ここに居る全員、クレア・セクレトに席を譲られたことを覚えておけよ!」


 はっきりと言うメルセデスの姿に、企業の役員たちは苦い顔を浮かべる。何度も敗戦したことで、彼らもセクレトの開発力が自分たちの先にいることを理解したのだ。判定勝ちすら拾えない負けを何度も味わわされていれば、何も言い返せないのも当然だった。


 そんな彼らとは違い、メルセデスは別の視点でX-TSFを見ていた。

 いや、X-TSFそのものではなく、クレア・セクレトの手腕についてだ。


「計画を降りている以上、あの機体を軍が接収することはできん。クレアめ、我が友とはいえ抜け目のないやつだ」


 艦長席の背もたれに身を任せ、メルセデスはこの場には居ないクレア・セクレトの顔を思い浮かべる。オホホと笑みを浮かべる姿が容易に想像できた。


「次期セクレト総帥候補の手腕、見事と言えましょうな。セクレトの総帥選が控えている今、この功績は彼女にとって強力な追い風になる」


 そんなメルセデスの傍に控えていたミハエル中佐もまた、軍にとっては厄介極まりない結果を生み出したクレアの功績を称えた。


「何だミハエル、お前が他人を褒めるとは珍しいな」


「ここまで見事に全員が騙されたのです、賞賛の一つや二つは送って当然でしょう。

 ……リィンカーネーション計画の序盤から欠陥機の様相を見せつけ、それを東雲技研、ゼネラル・エレクトロニクス、帝国軍に周知させることで開発計画を降り、セクレトにおける開発計画そのものが失敗したと誤解を与える。

 しかし欠陥機とはいえ、御三家の一角であるセクレトが次期主力量産機と銘打って開発した機体。企業の威信のためにも何らかの結果を残す必要がある。

 そこで元帝国軍TSFパイロットの二つ名持ち、新進気鋭の傭兵であるオキタ中尉を招集。汎用性を捨てたエースパイロット向けの専用機開発へ移行したと、またしても周囲に誤認させた。

 その結果、オキタ中尉の技量もあり機体性能が一線を画していると印象付けるが、パイロットの技量の高さ故に再現性の無い欠陥機との再度の評価に繋がる。

 しかしながら、計画末期になって公開された本来の仕様はパイロットの技量関係なく、換装システムを搭載した汎用性に富んだ傑作機になりうる試作機だった、と。

 ここまでの流れ全て、クレア・セクレトの描いたシナリオ通りでしょうな」


「ええい、我が友ながらやってくれるわ!」


「セクレトが降りたと全員が認知できたのは、閣下の責任でもありますがな。

 彼女も我々以外にそれを公開するつもりも、その必要もなかったでしょう」


「……」


 ミハエル中佐の解説に、メルセデスは脱帽だと座っていた座席から足を投げ出した。

 メルセデスもミハエルも、この場になって初めてクレアの目的を悟った。彼女が開発計画を降りた理由は、X-TSFを自社の次期主力量産機として配備するためだと。


 帝国軍に採用が決まった機体は、開発企業を含め軍以外への配備が禁じられる。

 変わりに開発企業は今後数十年の確実な利益を得るが、大金をはたいて作り上げた機体は自社の警備部門に配備することが出来なくなる。

 これは一企業が帝国軍の主力機体と同じ戦力を所有させないための取り決めだが、今回のような抜け道も存在していた。どれほど優秀な機体であれ、正式に計画を降りたのであれば軍は手出しができなくなるのだ。

 とはいえ、帝国軍もそんな裏技に指を咥えて見ているほど生易しくはない。実力行使に出て企業まるごと接収することも容易いが、相手は帝国経済の一角を司るセクレト。

 セクレトがただの一企業であれば介入の余地もあっただろうが、関連企業を含め国家経済が傾くような致命傷を避けたいのはこの場の誰もが察する所だった。


 そして、彼女たちの懸念はそれだけに留まらない。


「X-TSF、ヴェルニス・パイロットライン、セクレト級弩級戦艦アスチュートより発艦します。

 ―――X-TSF及びヴェルニス・パイロットラインへ、こちら近衛第三軍旗艦ブランデンブルク。模擬戦開始は3分後、各員は模擬弾使用を再度確認せよ」


 セクレト級弩級戦艦アスチュートから先程発艦した機体の一つであるヴェルニス・パイロットライン。これも彼女らの頭痛の種だった。


 リタが操る共和国製第10世代VTSFはトーマス・フランクリン技師以下セクレトの開発陣によって帝国の技術を取り込み、未完成でありながらもスペック上では第11世代に迫る性能を示していた。

 共和国の技術力は帝国に追いつくどころか、帝国を追い越している可能性まであることにメルセデスは危機感を覚えた。先程の叱責の大半はこの事実が原因だった。

 そんなヴェルニスの真価は独自の換装システムだが、その背部には初期X-TSFの換装兵装を基に改修された高機動兵装”アルタ・モビリダ”が装備されている。

 手持ち武装としてビームサブマシンガンが2門。大型、小型の追加ブースターに増設されたミサイルポッドと腕部グレネード、2門のビームキャノンと共和国製の砲撃型バックパックの火力に帝国式の高機動兵装を取り込んだ新装備を装着したヴェルニス・パイロットラインもまた、模擬戦で無類の強さを見せている。


 これ以上計画を降りた機体と、計画とは無関係の機体に負けて評判を落とすわけにはいかないと、全ての企業がセクレトとの模擬戦を避けた結果、今回のような身内対決が数回に渡り行われることとなったのだった。


「時間です。始めて下さい」


 模擬戦開始の合図と共に、弾けたように飛び出す2機。

 オキタのX-TSFは彼の得意とする中近距離での砲撃戦に持ち込むため、ショットガンとアサルトライフルを構えていた。

 対するリタのヴェルニス・パイロットラインは手持ち武器こそ1発の威力が低いビームサブマシンガンだが、取り回しで右に出る武装はない。X-TSFのグラビティシールドこそ抜けないが、模擬戦ゆえ今回はシールドの防御判定は無しとなっているため憂いもない。


 挨拶代わりだと互いに手持ち武装を放つも当然のように避け、次第にお互いが得意とする機動戦へと入っていく。

 高機動兵装”アルタ・モビリダ”の機動性を活かしたTSFからVSFへ、VSFからTSFへの変形によって複雑な機動を描くヴェルニス・パイロットライン。多数のスラスターを圧倒的な推力で制御し、暴力的で荒々しい機動を描くX-TSF。瞬時に互いの場所が入れ代わる機動戦に、艦橋で見ている者たちも思わずため息を吐いてしまう。


「まったく、あの二人は魅せてくれるな!」


「閣下。前もって言っておきますが、飛び出していくのは禁止です」


「分かっている! それくらいの分別くらいは私にもある!」


 手持ちの武装では決定打を得られないことを悟った2機はサブウェポンを交えた段階へと入っていく。

 X-TSFがミサイルをばら撒けば、その最低限のみ迎撃し、弾幕の隙間を縫うように避けて進むヴェルニス・パイロットライン。

 瞬時にVSFからTSFへ変形し、ビームサーベルを抜いて肉薄する姿にショットガンの連射で迎撃するX-TSF。たまらず後退し、VSFへと変形して回避行動を取った所へ再度X-TSFから放たれたミサイルが降り注ぐが、それを物ともしない回避機動を見せるヴェルニスの姿に艦橋からは歓声が上がる。


「お気楽な物ですな。本来であればアレは敵であるというのに」


「お前の言う通りだが言ってやるな。私はもう諦めた。結局、あそこで歓声を上げている連中は戦場を知らんのだからな」


「危機感が足りません。いくらセクレトの新型に狂兎の小隊員が乗り込んでいるとはいえ、企業のテストパイロットが最新鋭機に乗って手も足も出なかったのです。

 東雲技研やゼネラル・エレクトロニクスのパイロット達も腕が悪いわけではありません、むしろ腕利きに入るから此処にいる。加えて、乗り込んだ機体は試作とはいえ第11世代機。にもかかわらず、この条件で足蹴にされたことに対して仕方がないと諦める企業連中には怒りすら湧いてきます」


「二人の技量が跳び抜けているのは、今やこの場にいる全員の共通認識だ。子飼いのパイロット達が敵わなくても仕方がないと諦めさせてしまう程のな。

 叶うことなら私としても是非部下に欲しいが、契約傭兵故にそれも叶わん。初対面の時は冗談で言ったが、今なら近衛に推薦するのも吝かではないぞ」


「ですが、そんな彼らでも閣下には及びません」


「その通りだ。リターナ中尉の方はともかく、オキタ中尉には明確に足りん物がある。

 しかしまあ、それを除いても目の前のコレを見てしまえば、私もうかうかしていられないと思うよ」


 2人の眺めるモニターの先では、遂に肉薄したヴェルニスの振るうビームサーベルによって、X-TSFのアサルトライフルが切り払われた姿が映った。

 そのお返しだと放たれたショットガンの直撃を受けたヴェルニスの装甲に多数のペイントが付き、模擬戦における損壊を模倣するダメージエミュレーターによって強制的に機体が仰け反った。X-TSFはそこへ更に蹴りを入れ、距離を取った所で背部ウェポンユニットから予備のアサルトライフルを展開、仕切り直し追撃を開始した。


「やるな、オキタ中尉。一癖も二癖もある機体を見事使いこなしている」


「リターナ中尉も単身スパイ活動のため共和国内に潜伏していただけあり、度胸が据わっております。あれだけの弾幕を恐れずに飛び込める者など極僅かでしょうな。……」


「どうした、ミハエル。何か思うことでもあったか」


 鋭くモニターを睨むミハエルを横目に確認したメルセデスが問う。


「―――閣下、本当に二人をこのまま放置するのですか? これほどの力、やはり一介の傭兵として野放しにするには危険過ぎます」


「何を言うかと思えば……評議会の狸共のような物言いは止せ。彼らはラビット商会の所属だ、飼い主がこちらを裏切らん限り害はない」


「ラビット商会のハイデマリー……たしか、彼女の兄には帝国軍人がいましたな」


「だから止せと言っている。私が友と認めたのだ。それともお前、私を怒らせたいのか?」


「いえ……失礼しました、閣下」


 不機嫌さを隠そうとしないメルセデスに、不満気だがミハエルは同意した。


 そうして近寄りがたい空気を出す二人の元に、ひとりの将校が走り寄って来た。


「メルセデス閣下、ミハエル中佐。グラナダ宇宙港より至急電です」


「何用だ」


 届いた至急電を確認する二人。

 中身を確認していくにつれ、2人の表情は怪訝な物へと変わっていく。


「模擬戦止め! 現時刻を持って試験部隊はグラナダ宇宙港へ帰投せよ!」


「ノヴリス三席、一体何が?」


 目尻を吊り上げて命令を下すメルセデスに、観戦していた企業の役員が問う。


「7日後に予定していた実戦計画が即応待機にまで早まった! どうやら銀河外縁で動きがあったらしいが、詳しいことは分からん! 各企業の諸君は帰投後に会議室まで集まってくれ!」


またお時間いただきます

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