45.5_日常の風景
以下の話に挿絵を追加しています。
31_昼間の少女
37_ラビットⅡ~
43_一幕
―――帝都バレンシア星系 コロニー・エスペランサ 帝国軍第2艦隊母港
エリーはホクホク顔で第2艦隊旗艦ブルーローズ艦内のPXを歩いていた。その背後には気落ちした様子を見せているTSF部隊数名が続く。精鋭の第二艦隊所属であるにも拘らず、まるで敗残兵のような様相をしている彼らが今日の犠牲者だった。
始まりはエリーの機体が改修された時まで遡る。
アンドーの手によって改修されていくセイバーリングを興味津々に見ていた彼らだが、その中の一人がどうしても手合わせをしたいと言い始めたのだ。
曰く、ライフルモードとソードモードを一つの実体剣で使えるようにしたセイバーリング・アンセスターと切り結びたい。いや、斬って捨てたいし斬り捨てられたい。
まさにバトルジャンキー。小さなウサギの女主人のような感性を持っているなら”こわ、近寄らんとこ”と言う所だが、ここは貴族の武家から集められた選りすぐりのエリート部隊。貴族のノブリスオブリージュなんてクソ喰らえ、とりあえず一戦ヤらせてくれとごねる1名が出たら、後はもうドミノ倒しに手を挙げる連中で溢れかえった。
そこから先はあれよあれよとクラウン艦隊司令の許可まで降り、エリーは押し寄せてくる貴族たちを相手に模擬戦を繰り返していった。
とはいえ夜討朝駆け上等な貴族たち相手に戦うのも疲れるだけなので、エリーは賭け試合として受けるようにした。
その結果がこれである。
ここ数日のブルーローズの艦内では見慣れた光景に、周囲で見守っている兵士たちは南無三と手を合わせた。
「ほらほら、今日は甘味廻りに行くんだからシャキッとしなよ」
「エリー中尉ってああ見えてめっちゃ喰うんだよな……」
「第3小隊が禿げ上がったんだろ? 俺今日持ち合わせ少ないんだけど」
「貴方馬鹿なの? あのエリー中尉を相手に負けを考えないとかある?」
「ちっげーよ。許嫁にペンダント買ったから金が無いの!」
「なら許す。でも金は出せ」
「今のご時世でも肝臓は高く売れるらしいぞ」
「許嫁に贈り物をしただけなのに当たりキツくない?」
ルンルンとスキップまでし始めそうなエリー。その後に続く本日の生贄たち。
そんな姿を見つけた帝国軍中佐(1敗)が、面白そうだとちょっかいを掛けに話しかけた。
「ごきげんよう、エリー中尉。後ろの負け犬は別として、何かいいことでもありましたか?」
「あ、ごきげんよー中佐。何でもないよ?」
嘘である。ただ奢られるだけなら毎日のこと。それ以外で何かあるなと瞬時に察した中佐の洞察力は高かった。部下に目配せをすると、待ってましたと言わんばかりにイイ笑顔で女性士官が話始める。
「中佐、中佐、あれですアレ。今日の22時から中尉のイイ人から連絡があるらしくて」
「ちょ!? 何でそれ知ってるの!? ていうか、オッキーは別にイイ人じゃないからね!!」
「今日の夜に突撃してきたら殺すって、マジでヤリそうな眼で言われたら何かあるなって察しますよ。
後はほら、アンドー技師が言い触らしてたので」
「アイツ殴る」
拳を握り、顔面を真っ赤にぐぬぬと唸るエリー。
そんなエリーを絶望したような表情で見る者たちもいた。
「おのれオキタ中尉。こんなかわいい女の子を放っておくとは男の風上にも置けぬ」
「しかもリターナ中尉と二人旅。いや、深窓の令嬢クレア・セクレト様との三人旅」
「俺はエリー様に振られたのに(6敗)」
「一夫多妻は銀河皇帝が許したもうた。が、我らが許すかは別である」
「いや、マジでクレア様引っ掛けたとかになったら銀河中から狙われるのでは……?」
「R.I.Pオキタ中尉」
「俺たちがお前のおくりびとになってやるぜ」
天真爛漫な美少女エルフは気付いたら第2艦隊の愛されキャラとなっていた。そんなエリーを見守る者、俺を伴侶にと暴走する者から物理的に護る者と、エリーの周囲は賑やかに過ぎていく。
◇
―――セクレト造船 秘密ドッグ併設の作業エリア
「うへへ……出来たでぇ」
暗い部屋の中、モニターに向かっていたハイデマリーは狂気の笑みを浮かべていた。
「いひっ、いひひひひh」
中世の魔女のような笑い声を上げているが、単に連日の徹夜泊まり込み作業のせいで頭が可笑しくなっただけである。
ロールアウト間近に気付いた不具合、大幅な仕様変更に度重なるスケジュールの変更。朝言ったことが夕方には変わっている修羅場の如き開発環境に暗黒微笑で顔面が固定されてしまっている。
そんな彼女の周りには、同じくスケジュールに押し潰された部長以下セクレト造船の関係者が床で眠りこけていた。
『ミス・ハイデマリー、そろそろ眠られた方がよろしいのでは……?』
その中で唯一眠ることを知らずに働けるシズの役目は、かろうじて人間らしい生活を送れるようにフォローすることだった。
食事を作り、過労でぶっ倒れた人間から風呂に投げ込み、溺れかけたら拾って床に敷いた布団へ投げ捨てる。そして翌日には蹴飛ばして業務に戻らせる。
人の心を教わっている最中が、一番人の心が分からない時期なんだよね。涙ながらに訴える部長もまた、張り手一つで今日の業務を強制的に終わらされていた。
「ウチはまだまだやれるでぇ! アカン栄養ドリンクないやんけ! アレないとウチ……クゥーンzzz……何言うてんねん、あとはこのシミュレーションを流して結果を義姉やんに投げつける作業が残っとるんやでぇ。。。あれ? あのアホどこや?」
そう言うハイデマリーも色々と限界である。
『貴女が踏んづけています、ミス・ハイデマリー』
「おん?」
ぐぇ、と言う声でハイデマリーはアリアドネを踏みつぶしていることに気が付いた。
セクレト造船の社長がこんなところで油を売っていて大丈夫なのかは分からないが、アリアドネも可能な限りハイデマリーに付き合ってラビットⅡ(仮)の建造に付き合っていた。
「おい義姉やん、起きぃ」
「ぐぇぇ」
踏みつけた足のまま揺らすが、アリアドネは唸るだけで起きない。
「しゃーない、ウチらだけで完成した特装砲のシミュレーションやってみるか。シズ、ボタンを押すんや!」
『シミュレーション開始します』
「……」
『……』
「……」
『完璧ですね』
「……うへ、想像通りやけどキャパ超えたわ。ウチは寝る」
ハイデマリーは寝ぼけた顔で結果を眺め、ニヒルな笑みを浮かべて後ろに倒れ込んだ。
重粒子圧縮砲verセクレト6.0のシミュレーション結果。ビームに変換せず重力波として打ち出した最大出力時の火力は、惑星を簡単に飲み込んでいた。
『おやすみなさいませ、ミス・ハイデマリー』
◇
―――惑星グラナダ 静止衛星軌道コロニー 商業地区
「クレアの機嫌が悪いからご機嫌取りをしろ、ねぇ。二日ぶりだけど、最近スパンが短くなってきてないか?」
朝の模擬戦を終えたあと、顔を合わせたリタにそう言われた。
クレアはセクレトの次期総帥候補だから、今のうちにどうにかしてやろうと考える不逞な輩も多いらしい。
直接的なちょっかいを出す馬鹿は流石にいないものの、言葉でチクチクと嫌味を言われるのは日常茶飯事。だから時間がある限り俺やリタが一緒にいて、近寄って来る連中をインターセプトするようにしているのだが。
「オキタ様、こちらですわ」
上級将校御用達のカフェの前で手を振るクレアを見つける。まあこんな綺麗な子がセクレトの次期総帥って言われたら、何とかしてやろうと考えるアホが出ても仕方がないだろう。
「悪い、待たせた。Jrに出す要望書を纏めてたら遅くなった」
「お勤めお疲れ様です。今朝も完勝しておりましたわね、私も鼻が高いですわ。
それと……フフ、セクレトの制服が良く似合っております」
「こんな場所に着て来れる服が無いんだよ、せいぜい笑ってくれ」
近況を話しながら店へ入る。
こうやってクレアと待ち合わせることはもう何度目にもなるが、毎回高級な所ばかりに呼び出される。
個人では絶対に来ない場所だから新鮮味があっていいんだが、その場に合わせた服を俺は一着も持っていなかった。そのため、セクレトの警備部門の制服を着て来ている。……ハイデマリーに見られたら泣かれるか?
「いらっしゃいませ。お二人でよろしいでしょうか?」
「ええ。外が見える席に案内して貰えるかしら?」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
グラナダが眼下に見える席へと案内された。
腰を落として話を聞く態勢へと入ると、クレアが口を開く。
自分に気に入られようとする周囲が鬱陶しいこと、敵対企業に嫌味をチクチクと言われ、ほんの少しでもミスをしたら鬼の首でも取ったかのように延々となじられること、若い女と見られていて視線が鬱陶しいこと。
それに負けじと言い返してはいるが、いい加減面倒にもなるしストレスも溜まること。そんな連中をP.Pで吹き飛ばせれば楽なのに、それも我慢しないといけないこと。
俺やリタが模擬戦無敗で嬉しいこと、それで相手を苛立たせることがストレス発散にもなっているのでもっと暴れて欲しい。
などなど、吐き出される言葉に興味深く聞いていると、頼んでいたケーキセットが運ばれてきた。
「あら……これは美味しいですわね」
毒を吐いていた顔が一転、年相応の笑顔を見せる。
俺も同じものを口に入れるが、味が複雑すぎて分からなかった。美味しいのは美味しいんだが、繊細すぎてどうも庶民の味覚には勿体なく感じる。まあ、全部食べるのだが。
「度々申し訳ありません。オキタ様は嫌な顔一つせずお話を聞いて下さいますので、私も甘えてしまっております」
「別にいいさ。クレアの話は面白いし、お嬢様のお悩み相談なんて普通は出来ないことだからな。俺も俺で楽しませて貰ってる」
「オホホ、そう言って頂けると嬉しいですわ。……理解されないことが、一番辛いですもの」
手に持った紅茶に視線を落として吐いた言葉は、どうにか俺の耳にも届いている。
どうにもクレアは真面目過ぎるきらいがある。周りが全部敵……という訳でもないんだろうが、クレアの周りにはクレアを崇拝する連中しかいない。
クレアを支えているように見えて、本当はただ縋りついているだけの関係とはリタの評だが、ここ数ヶ月一緒に居てあながち間違いじゃないと感じるようになった。
だからクレアは誰にも頼ることができず、常に完璧であろうと演じているのだろう。下の人間を不安にさせないために。
「逃げられないのは辛いよな。クレアがクレア・セクレトである限り、その悩みは一生付きまとうだろうさ」
「ええ、覚悟の上です。私はクレア・セクレトですもの」
敢えて突き放す様に言うと、さも当然だと言わんばかりに返して来る。真面目ちゃんめ、愚痴を吐く以外の息抜きを覚えれば少しは楽になるのに。
「まあ、助けが必要にあれば言ってくれ。良くして貰っている誼だ、幾らでも手を貸すし、お悩み相談だって受け付ける」
「ありがとうございます。その時が来たら、いの一番に声を掛けさせて頂きますわ」
なあ、クレア。お前はそう言うが、他人ができるのは助け船を出すだけで、助け出すことはできないんだ。助けて欲しいと手を伸ばす勇気がなければ、周りは何時までもお前を理解しようとしないだろう。
俺はラビットの傭兵になった時にそれを学んだ。俺がハイデマリーに教えて貰ったように、何時かお前にもそれを教えてくれる人が来るのかもな。
本編に絡むものの、がっつり書くと時間がかかるので小話まとめでした。




