44_ヴェルニス・パイロットライン
B.M.I-Linkシステムは機体の破損を痛覚として搭乗者へフィードバックする。
ヴェルニスの片足を切ったのは俺たちだ。どれほどの激痛が走ったのか想像もできない。
耳を疑いたくなる内容に、間違いないのかと視線でリタに訴える。
「間違いない。でも大丈夫、私は平気」
大丈夫なわけがないだろうに、いつも通りの抑揚を感じさせない声でそう言うリタ。
何とでもないと言いたげな姿に、ざわついた心は少し平常心を取り戻すことが出来た。
「エリーは知っているのか?」
「うん、もう話した。謝らないよって言われたけど」
「あいつ……いや、らしいと言えばらしいが」
「それがエリーの良い所。気持ち良いくらい真っ直ぐだから私も話しやすい。
オキタこそ大丈夫? 凄い顔してる」
言われて口元に手が行った。情けない顔をしているのだろうか。
思い出すのはオークリーの戦い。手練れな共和国機との乱戦の中で、俺とエリーは明確な殺意を持ってリタの機体の片足を切り飛ばした。
敵対していた、命のやり取りをしていた結果だ、今更謝るつもりはない。
それでも共和国のリタを墜とした事と、友人のリタを傷付けたことでは話が違う。しかも傷つけた事実を今まで知らなかった。情けない処の話じゃない。
「リタ、俺は」
「いいよ、全部分かってる。私は大丈夫だから」
「けどよ」
「だから大丈夫だって。痛いのには慣れてるから」
そう言われ、思わず顔を逸らしてしまった。
気遣う笑みすら見れないなんて情けない、本当に情けない自分に心底腹が立つ。言い様の無い感情に頭を掻き毟りたくなるのを抑える。
今更だぞ糞ったれ。命が軽いこの世界じゃ、力がないと何もできないことくらい嫌と言うほど理解させられてきただろうが。
思い出せ、何のために俺はパイロットになったのか。3年前のコロニー失陥時の恐怖と悔しさを思い出せ。
死に場所も死に方も、ヴォイドに寄生されて人としての尊厳ある死すら迎えられなかった無力な人たちの顔を思い出せ。
コロニー防衛線で友人の一人すら助けられなかっただけに留まらず、今も遣わなくていい気遣いまでさせて悔しくないのか。
文字通り体中弄くり回されて、挙句痛みに慣れているとまで言わせて恥ずかしくないのか。幸せに暮らせるはずだった女の子一人助けられなくて、エースを名乗る厚顔無恥な野郎でいいのか。
否だ。弱さは軍に志願した時に捨てたはずだろう。
下げていた顔を上げ、変わらず俺を見続けてくれたリタに真っ直ぐ視線を合わせる。
「悪い、情けない所見せた。けど、自分の立ち位置ってやつは再確認できた。
俺は、俺がくたばる瞬間まで仲間を死なせるつもりは毛頭ないからな」
「ありがとう。でも、守られるだけの女になるつもりはないよ。この力は自分で望んだ力だから」
「ああ、分かってる。お前の選択と覚悟を否定するつもりはない」
だから俺に出来る事は全部やるってんだよ。
「―――さて、御二人のお話も済んだところで本題に入りましょうか」
二人だけの世界に入ってしまっていた所、横から顔を出したクレアに引き戻される。
少しの羞恥心を覚えつつ、黙ってみていた爺さんへ視線を向ける。
「当事者の覚悟が決まっておるなら、引退したジジイには何も言わん。
業腹じゃが、共和国の機体を帝国式に染め上げる手伝いくらいはさせて貰うわい」
「うん、よろしく」
「差しあたってヴェルニスの修理部品じゃが、セクレトのグラナダ工場でパイロットラインを立ち上げて生産を始めておる」
「早いな、データを取ってからそう時間も経ってないだろうに」
「小僧は物を知らんのか?
昨今はデータさえ吸い上げたら、後は機械が何とでもしてくれるじゃろうに」
「あ、そうか、そうだったな」
いやそんなこと知らん。文字通り3年前に目覚めたようなもんだからその辺の事情については全く知らない。
ストリートで目覚めてからは生きるだけで精一杯な生活だったからこの世界で教育なんて受けたことが無いし。
何なら帝国軍人としか話が通じないまであるかもしれない。それもTSF関連とか戦闘面だけ。
よくよく思い返すとこの世界じゃ幼卒ですらない事実に泣けてくる。
だからエリーやハイデマリーから常識知らずで可哀そうな子みたいな扱い受けるんだよな……。
「パイロットラインが立ち上がったとはいえ、機体性能がそのままと言う訳には行かん。ボルト一本でさえ共和国とは規格が合わんのだからな。
後はどれだけ製造精度を上げられるかじゃが、共和国の技術を丸パクリをするなら儂はいらんじゃろ。
儂に任せたい仕事がある……お嬢、そうじゃろう?」
「ご明察ですわ。
お任せしたいのはリターナ様がご要望の機体改修と換装兵装の開発。
御老体に鞭を打たせて貰ったのです、相応の仕事を期待しておりますわ」
「フン、相変わらずの性悪め。専任の開発チームまで揃えておいて良く言うわい。
とはいえ、まだ大規模な改装が出来るほど潤沢な部品が揃っているでもない。
宇宙での実戦試験は何日後を予定しておるのか分かるか?」
「ノヴリス三席曰く、次の作戦に合わせて一ケ月後になるそうです」
「機体全体の組み換えには間に合わんな。
フレームはそのままに機体外装を剥がして、変えられる部分は総とっかえが限界と言った所か」
「一ヶ月でできるものなのか……?」
「安心せい、此処の連中はセクレトの中でも選りすぐりじゃ」
「間に合わせの機体で性能が落ちるのは許容できないけど?」
「嬢ちゃん、儂らを舐めすぎじゃあないか? 共和国製の2割増しでこさえてやるわい。
後はX-TSF向けに孫が作っておった換装兵装を背負えばそれなりにはなるじゃろ。
さしずめ、ヴェルニス・パイロットラインと言った所かの」
「X-TSFの? ああ、前見せて貰った資料に書いてあった兵装か」
初めてクレアに開発計画の話を聞いた時に見せて貰った資料にあったやつだろうが、元々はJrが作っていたのか。
局地戦対応用の砲撃戦用や機動戦用の兵装は完成度も高そうだったが、元々はX-TSFみたいな頑丈で大柄な機体に装備させるのが前提だろ?
そのままヴェルニスに載せることは出来ないだろうが、まあこの爺さんなら何とでもするんだろう。
「性能2割増しのパイロットライン。いいね、とても楽しみ」
リタの顔が見たことないくらい輝いている。
俺としても、ヴェルニスが前に戦った時から2割増しの性能になるのは心強い。あの時でさえ、俺とエリーの二人がかりで一機も墜とせなかったんだからな。
それだけヴェルニスの性能は圧倒的だった。あの限定的な戦場じゃなければ何も出来なかったくらいには。
俺が堕ちた以降の戦闘映像をエリーに見せて貰ったが、あの隊長機はセイバーリングの出力すら上回っていたようだし。正面から戦える機体が帝国に幾らあるのやら。
「ではこちらはリターナ様とフランクリン技師にお任せするとして、オキタ様は私と整備ドッグへ参りましょう。
X-TSF最終フェーズの期待組み立てが始まっていますので、そちらの実機確認と……あとはそうですね、健康診断も済ませておきましょうか」
◇
何故か女医のコスプレをしたクレアの問診を最後に健康診断も終え、整備ドッグへと向かう最中。
「健康診断の結果は後ほど医療課から出てくるので、結果はそちらをお待ちくださいね」
「了解。……実は俺、精密な健康診断を受けたの初めてなんだよ」
なので、正直結果がどう出るのかビビってる。
今回の結果で出自がバレてお前地球人! 帝国人じゃないアウト! とか言われないかとか、検診を受けている最中に気付いたがもうあとの祭りだろう。血液まで採取されたし……。
「まあ、そうでしたの? 軍でも健康診断は実施されるのではないのですか?」
「そうなんだけど、任務で忙しいせいか俺たちの基地じゃ簡単な問診だけだったんだよ」
「オキタ様が以前居られたメリダ星系はヴォイドの攻勢が激しいと聞いておりますが、そこまでの環境だったのですか?」
俺の昔話が聞きたいのか? あまりおススメしないが……まあ、オブラートに包んで話をしようか。
「銀河外縁方面の部隊はどこも似たようなもんだろうけど、ヴォイドの圧力を真正面から跳ね返すのが役目だからなぁ。
ヴォイド占領宙域からは宙域のキャパを越えた連中がこっちの都合なんてお構いなしに突撃してくるし、大変ではあったよ。
ある程度防衛ラインを押し上げないと押し込まれる可能性があるから、連中の巣をつついて数を減らす間引き攻勢にも出ないといけないし、月が替わった頃には他の隊が丸ごと居なくなってるなんてのはザラだったな」
よくもまぁあんな環境で3年間も戦えたものだと思う。
俺が居た隊も何人もメンツが入れ替わったし、俺だって何か歯車がズレていたら今ここに居ることは出来なかっただろう。
「過酷な環境と一言で片づけるのは失礼かもしれませんが、大変な日々を送られていたのですね……」
「それでも人員だけは揃ってたんだよ。
何で最前線にいるのか分からないお坊ちゃまや、人に言えないような理由で軍人になったトリガーハッピー、ヘタレな政治犯とか色々だ。
ああ、あと設備や補給は充実してたな。
セクレトにも随分助けて貰った記憶がある。ありがとな」
「……いえ、それがセクレトの役割でもありますから。少しでも前線の役に立てたのなら、外縁部の支社も本望でしょう」
クレアの顔からは、何時もの朗らかな感じが少し薄れている。
聞かれたから雑談も兼ねて話したが、お嬢様には前線の話なんて面白くないだろうな。
此処にいることすら違和感を覚える程、このお嬢様は争いごととは無縁な環境で育って来たのだろうから。
「そう難しい顔すんなって。俺たちは志願して軍に入った軍人だったんだぜ?
それに、基地に配属されるのはその銀河方面が出身の連中ばかりだ。基地を抜かれれば最後、自分たちの生存権が脅かされるんだから士気も高かった。
クレジット欲しさにやって来る命知らずな傭兵も沢山いたしな」
「それでも、戦い続ける毎日に嫌気が差したりはしないのですか?
終わりの見えない防衛戦に絶望し、心を病む人も多かったのではないですか?」
やけに聞いて来るな、どこか琴線にでも触れたのだろうか。
とはいえ、俺も終わった昔話を延々とするつもりはない。
「そんなことは精強無比な帝国軍にはあり得ない、なんて言えればカッコいいんだけどな。
実際は大半の軍人がクレアの言う通りだったよ。嫌々やってる連中の方が多かった。
だから、俺たちみたいなヴォイドを相手に戦い続ける外縁部隊には共通の戦訓があるんだ。
心が折れそうになった時に思い出す、とっておきの覚悟を込めた宣誓だ」
「それは……?」
「Soy el Ultimo―――"我こそは最後"って意味でな。
後ろを守る最後の砦は俺たちだっていう、軍人として最高の強がりだよ」
お久しぶりです、時間が中々取れないので思うように書けていません。
本当はストックを溜めるために放置を継続するつもりでしたが、生存報告も兼ねて1話だけ投稿します。
それではまた




