41_帝国近衛軍との出会い
241021 29_新たな出会いと傭兵ギルドに挿絵追加
241023 39_長い時を生きる人たち②で一部文章加筆修正
造語解説
P.Pホルダー ≒ 超能力者
軌道エレベータが降下し始めた頃、俺は近衛服に身を包んだ軍人から視線を離せないでいた。
真紅のポニーテールを揺らしながら、大股で近づいて来る帝国近衛軍の女性士官。
彼女に声を掛けるVIPは大勢いたが、それを気に掛けているのかいないのか”うむ!” という簡単な挨拶だけ返し、視線はこちらを捉えて外さない。
そうやって脇目も振らずドスドスと勢いよく歩く後ろを、老年の男性士官が少し遅れて歩いて来る。
顔がはっきりと見える距離まで近づいてきて初めて分かる、近衛軍二人の容姿は中々特徴的だ。
女性士官は意志の強さが現れているかのように目が爛々と輝いており、特徴的な赤髪のポニーテールは血でも被ったような色で鈍く輝いている。
老年の男性士官は、その見た目年齢に等しい落ち着いた雰囲気を纏っている。
しかし、周囲が感じ取れるように敢えて鋭い雰囲気を出している怖いお爺さんだ。
クレアもこちらに近づいて来る二人に気付いていたようで、俺たちは立ち上がって二人を出迎えることとなった。
「お久しぶりでございます、ノヴリス三席、ドルフ中佐。
こうして直接お会いするのも御前会議以来でしょうか。
御二方とも、ご壮健で何よりでございます」
「久しぶりだなクレア殿、貴殿も息災のようで何よりだ!」
「閣下、遅れた手前あまり騒がれぬようお願い申し上げたはずです」
「許せミハエル! 友を前に我慢などできるか!」
ノヴリス! この女性が”血刀”のメルセデス・フォン・ノヴリスか!
辺境にいた俺ですら聞いたことがある、帝国近衛軍の第三席。
無駄な装甲を削ぎ落した軽量機を操り、多数の共和国部隊を刀一本で血祭りに上げたことから”血刀”の二つ名を持つ帝国近衛軍第三席にして、近衛第三軍の軍団長。
と言うことは、御付きの副官がミハエル・ドルフ中佐か。
こちらも"狩人"の二つ名持ちで、狙撃を主体にメルセデス三席を援護する凄腕のスナイパーだと聞いている。
「貴殿らは見ない顔だな! 見た所傭兵のようだが、P.Pホルダーのクレア嬢が護衛を付けるとは珍しい!
つまり、貴殿らはクレア嬢が護衛に選ぶほど優秀ということだな?
ならばクレア嬢、こちらのノーヴィス二人を紹介してくれないか!」
気力に溢れているノヴリス三席の圧が凄い。あと、声もデカい。
何時も笑顔を浮かべているクレアが若干引き気味になっていて、ドルフ中佐はノヴリス三席に溜息を吐いている。
ははぁ、何となくこの二人の関係性が見えてきたぞ。
「こちらはラビット商会所属の傭兵、オキタ中尉とリターナ中尉です。
私の護衛ではなく、弊社のX-TSF開発計画のテストパイロットとして出向頂いております」
「そうか! 貴殿らが噂の狂兎か! ……はて? セクレトは計画を降りたのではなかったか?」
狂兎? また厳つい名前を付けられたな。
というか、計画を降りていることはこの場で言って良いのか? それも良く通る大声で。
そう思ったのも束の間、ノヴリス三席の発言によってラウンジ内が騒がしくなっていく。
端末で連絡を取る者、ひそひそ話をする者、何を当然のことをと動じない者と様々だ。
「あ、あらあら……」
当のクレアは困ったように頬に手を当てている。
軍とビッグスリーには連絡していたが、その他には話を通していなかったのだろう。
話す必要すらなかったのかもしれないが、それはそれだ。
コンペティションに参加しているのはビッグスリーだけでじゃない。中堅企業や、間接的に小規模の企業もTSFの製造には関わっているはずだ。
本来正当な審査が求められるコンペの場で、セクレトはビッグスリー共々堂々と談合していました! などと公共の場ではっきり言いきられてしまうと、クレアの立場としてもあまり良いものじゃないんだろう。
「おや? 私はそう聞いていたが、実は違ったのか!
セクレトが計画を降りていないのであれば、私もしかとこの開発計画を見届けねばならんな! はっはっは!」
「いえ、私共は既に降りておりますが、ええと……」
ノヴリス三席のまたの発言に、今度は静観していた2グループが座っていた椅子から立ち上がった。
十中八九、東雲技研とG.Eの二社だろう。
「閣下、既に通達のあった通りセクレトは開発計画を降りております。
しかし公然の事実とはいえ、明確な経緯を知っているのは東雲とGEだけ。不用意な発言は控えますよう」
「なんだそうなのか! それならそうと初めから言ってくれればいいものを、二人とも私に気を使いすぎだぞ!」
クレアの貼り付けたような笑顔に助けて下さいの文字が見えた所で、ドルフ中佐が助け船を出した。
東雲とG.Eと思しき関係者も落ち着きを取り戻したのか、席に座り直している。もっとも、こちらの会話には注意を払っているようだ。
しかし、強権を振り翳すことに躊躇いの無い帝国軍らしい言い回しには懐かしさすら覚える。
コンペで談合? していますが何か? ビッグスリー以外でここに居るお前たちだって気付かない程間抜けではないだろうし、気付いた所でお前らに口出す権利ないから。
そう言っているに等しい発言に、周りも罰が悪そうに黙り込んでしまった。
ここにいるのは帝国皇帝と最も近い近衛軍人。軍があっけらかんと談合を認めてしまった以上、それをネタに問い詰めることは御上に歯向かったことになる。
そしてこのエレベータに乗ることを許されているということは、それなり以上に帝国軍とビジネス関係にある人間たちばかりだろう。関係を悪くはしたくない以上、明らかにオカシイと思うことにも黙って従うしかない。
あーやだやだ。こういった事があるから、ずっと戦場に居た方がマシだって思うんだよ。
「しかし、それならそこの二人は何をしに来たのだ?
こう言っては何だが、計画に参加しないのであれば子飼いのテスターで十分だろうに」
「フフ、こちらで開発中の弊社の機体は、彼に預けようと思っておりますの」
「ほう! わざわざ軍のコンペティションを降りてまで手元に置いておこうとした機体を、セクレトとは無関係の傭兵に譲渡すると言うのか!
俄然、そこの者たちへの興味が尽きないな! 噂の狂兎小隊、当然優秀なのだろう?」
「はい。なにせ、少数で共和国の特殊部隊からΑΩを守り切ったTSFパイロット達ですもの」
クレアの紹介に合わせて、俺とリタは二人へ敬礼する。
「ラビット商会所属、オキタ中尉です」
「同じくリターナ中尉です」
「うむ! 私はメルセデス・フォン・ノヴリスだ。
結構結構! 礼儀正しい若者は私の好みとするところだ!
メルセデスだろうがノヴリスだろうが、貴殿らの呼びやすいように呼んでくれ!」
「ミハエル・ドルフ中佐だ。この暴走列車の副官をしている」
返礼を貰ってから敬礼を解く。誰だって近衛を前にしたら背筋が伸びるだろうに。あのリタだってピシッとした敬礼を……待て、お前どこで帝国式を覚えて来たんだ。
「オキタ、オキタか……はて、どこかで聞いた名だな。忘れてしまったがな!」
「”ヴォイドキラー”に”箒星”、近年稀にみる複数の二つ名持ちのTSFパイロットですな。
閣下が中尉の名前を聞いたことがあるのは、中尉が帝国近衛軍の第十三席に招集される予定だったからです」
え、何だその情報初耳なんだが。
あのまま軍を辞めてなかったら、今頃は近衛軍の軍服来て部隊を率いてた可能性があるのか?
……いやいや、敵陣に突っ込むことしか出来ない俺にそんなのは無理だから何かの間違いだろう。
所で、何でリタもクレアもドヤ顔をしているんだ。するなら評価されている俺だろう。
「ああ、そうだったそうだった! 老練翁の子飼いか! 道理で聞き覚えのある名だと思ったわけだ!
しかし、あの老練翁とクレア殿が認める程の男と同僚になれなかったのは残念だ!
陛下は近衛団長の空席を埋めたがっているのだが、評議会の連中が喧しいからな! 貴殿を迎え入れる審議とやらをしている最中に、貴殿は軍を離れてしまった。
まったく、中央の狸共は誰のおかげでヴォイドの脅威から生き永らえているのかまるで理解していない! そうは思わんか、キラーよ!」
「はっ、そう言って頂けるだけで身に余る光栄です。
ですが自分は近衛で部隊を率いるより、いちパイロットでいる方が性に合っていたようです。
傭兵になってそれを自覚しました」
「生粋のパイロットと言う訳か! 軍を離れてなお戦おうとする、その意気や良し!
気に入った、困ったことがあれば私を頼れ! なんなら今からでも近衛に推薦してやってもいいぞ?
面倒な評議会の連中なら、私が直々に口を利けないようにしてやる!」
「閣下、品の無い会話を大声でしないで下さいますか。
近衛として、ひいては陛下の品位が疑われてしまいます」
「はっはっは! この程度で陛下の威光は弱まったりなどせん!
それに私と評議会の仲の悪さは余人の耳にも届いているだろう! 今更だ!」
いえ、一切知りませんでした。
本来は皇帝の独断で決められるはずの近衛人事に評議会が口出ししているなんて、たぶんこの場に居る大半は知らないはずだ。
面白いなこの人、聞いてないのに色々と喋ってくれるから止めたくなくなる。
「ウフフ……」
ああ、成程。だからクレアもこの人と仲良くしたいんだな。暗黒微笑が隠せていないぞ。
『間もなく軌道エレベータはグラナダ基地へ到着します。
御乗りの皆様は降機のご準備をお願いします。』
「おっと、楽しい時間はここまでだな! 私も本来の仕事に戻らねば。行くぞミハエル!」
「了解です、閣下。ではセクレト御一行、我々は此処で失礼する」
嵐のように来て去っていく二人を見送る。
色んな意味で激しい人だったが、悪い人ではないんだろう。
今回の開発計画でこれ以上関りがあるかは分からないが、頼りに出来る近衛軍人と縁が出来たことは何時かプラスに働くかもしれない。
「ふぅ―――では、私たちも基地へ向かいましょう。迎えが来ているはずです」
「了解」「分かった」
さあ、開発計画の始まりだ。




