40_軍事惑星グラナダ
ハイデマリーとアリアドネがラビットⅡの金額を巡って拳で会話していた頃の話
241021 29_新たな出会いと傭兵ギルドに挿絵追加
最低限の荷物を持ってコロニー・エスペランサの宇宙港を訪れた俺とリタを待っていたのは、バレンシア星系を中心に活動するセクレト・バレンシア星系艦隊の旗艦だった。
セクレト級弩級戦艦アスチュート。全長40㎞を誇るセクレトの弩級戦艦だ。
前もって連絡を入れていた俺たちを、もう驚きもしないがセクレトの専務取締役であるクレアが直々に待ってくれていた。
簡単な挨拶を終え、アスチュートに搭乗するとそのままの足で貴賓室へと案内される。
アスチュートは企業保有の戦艦ということで、戦闘面以外にも来賓客を迎え入れる設備が整っているらしい。
案内されて直ぐにウェルカムドリンクを用意され、文字通りVIP待遇を受ける俺とリタ。
コンシェルジュが付くなど充実したサービスに少し気後れしてしまったが、元々貴族だったリタは何ともないのか何時も通りだ。
いや、ドリンクの2杯目を貰うほどの図太さを見せていたので、普段以上にリラックスしているようだった。
俺たちの搭乗までに準備を整えていたのか、ひと息吐いた頃にアスチュートはコロニーの宇宙港から発進。
大小含めて約300もの輸送艦と護衛艦からなるセクレトの艦隊は、コロニーを出発後すぐにスターゲートへと突入した。
俺にとっては人生二度目のスターゲートだったのだが、帝都バレンシア星系とグラナダ星系は直接スターゲート同士が繋がっているため、何かを感じる余韻もなくグラナダ星系へとワープアウトした。
貴賓室に備え付けられているモニターに目を向けると、そこには一面茶色の惑星が映っていた。
「オキタ様は、グラナダに来られるのは初めてですか?」
「初めてだし、惑星に降りるのもかなり久々な気がする」
今では何処にあるのかも分からない故郷の蒼い惑星とは打って変わって、グラナダの地表は砂と岩場に覆われている。
超望遠で地表を探索していると、爆弾でも撃ち込まれたかのように、人工的に地表を削り取られたクレーターが幾つも見つかった。
まるで惑星全体が兵器の実験場のような扱いだ。
「私もグラナダを訪れるのは二度目になりますが、相変わらず寂しい惑星ですね」
隣に移動してきたクレアが、俺が開いているモニターを覗き込んでくる。
肩が当たるほど近づかれ、柔らかい香水の匂いが鼻腔を震わせる。
「グラナダはヴォイド戦線における防衛基地も担っております。
開発計画には実戦での評価試験も含まれているので、期待させて頂きますね?」
にこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべて俺を見つめてくるクレア。
こんな美少女に近寄られて太ももに手を置かれた日には勘違い一直線なのだが、机を挟んで反対側に座っているリタを見れば千年の勘違いも一瞬で冷めてしまう。
シャンパンを飲みながら睨みつけるという高等テクを見せるくらいなら、物理的に助けて欲しい物だ。
「ちょっと離れてくれ、流石に近い……」
「フフ、緊張されてます?」
あかーん。もっと近づいて来る。
「クレア嬢、離れて。これ以上は見過ごせない」
「オホホ、怖い怖い。そう威嚇されては仕方ありませんね」
見兼ねたリタが助け船を出してくれた。
自分で振りほどこうとしなかった俺をリタが睨んでくるが、俺だって男だぞ。
これがムカつくクソ野郎相手なら振りほどきもするが、美少女に言い寄られたら無体な扱いなんて出来るものか。
そんなことを考えていると、リタの目がさらに吊り上がった。心を読むな、心を。
「ま、まあ二人とも落ち着いて。
さっきはヴォイド戦線における防衛基地の役割も担っているって言ってたが、結構な頻度でヴォイドの襲撃があるのか?
スターゲートの近くで防衛戦なんて真似は御免だぞ」
この近辺までヴォイドが侵攻してくるなんてことは考えられないが、スターゲートなんて巨大な防衛対象を前に防衛戦をするなんてのは御免だ。
スターゲートより大きな前線基地を背に戦ったことは何度もあるが、抜けられたら後がないってのは精神的な負荷も大きい。
基地よりも替えが利かないスターゲートなら猶更だ。
出来ればこちらに有利な場所で戦えるように戦略を立てて欲しい。
「そこは安心して下さい。
惑星グラナダは各前線基地への統合司令部といった扱いだそうですわ。
ここを中心に銀河外縁部へ防衛線を敷いているとか。
もちろん、スターゲートが併設されているため重要な補給拠点にもなっているそうです」
「成程、グラナダ星系を含むこの銀河系の最終防衛ラインが此処ってこと。
なら安心。帝国軍の防衛ラインは分厚いことで有名」
「リタが言うと妙に信ぴょう性が出るよな」
「ん。突破してきた経験者だし」
そういえば、オークリーに来るときは帝国軍の警戒線をワープで突破したと言っていたな。
詳しく聞いてなかったけど、あのプロテクトゥールとかいう戦艦はどんなENG積んでいたんだろうか。
「けど、拍子抜けだったな。
グラナダに着く前に襲撃があるかもと思っていたのに」
「オキタは商会での仕事に毒されすぎ。
軍がそこかしこに展開している場所で宙賊が来るはずがない。
この船団が魅力的なのは同意するけど」
「そりゃそうか」
今までの旅を思うと拍子抜けしてしまうほど平和に目的地へ辿り着くことが出来たせいか、少しそわそわしてしまった。
リタの言う通り、帝国軍がそこかしこに展開している星系をうろつく不届きものなど居るはずもないのに警戒してしまうのは、傭兵業が板について来たってことなんだろう。
「皆様、間もなく本艦はグラナダ宇宙港へタッチダウンします。
その後は軌道エレベーターで惑星へ降下しますので、忘れ物には注意して下さい」
貴賓室で寛いでいる俺たちに、控えていたコンシェルジュがそう伝えてきた。
外部を映しているモニターを確認してみると、船団は既に解体され、各艦が衛星軌道上に固定されているコロニー宇宙港へ入港し始めていた。
そのコロニーとグラナダが太い線で繋がっているが、あれが軌道エレベーターなのだろう。コロニーから伸びている線は合計3つ、エレベーターと思しき大型設備が地上と宇宙を行き来しているのが見える。
物資の運搬もあれでやっているのだろうか?
衛星軌道上から投下するよりは安全っぽいし、流石SF世界。
傭兵になって嬉しいのは、こういう夢のある光景が見れる所だ。軍に居たら絶対に体験できなかっただろう。
しかし、どうして地上に降りる必要があるのだろう?
宇宙でTSFの試験をしているとばかり思っていたが。
「衛星軌道上のコロニーで開発が進んでいるんじゃないのか?
てっきり宇宙で機体を組み立てていると思っていたんだが」
疑問はクレアに尋ねるに限る。
わざわざ重たいパーツを重力のある地上で組み立てる必要はないはず。無重力空間で組み立てた方が効率的だ。
それに、TSFは基本的に宇宙での戦闘が想定されている。
何故TSFが宇宙戦をメインと想定されているのかと言うと、このご時世では制宙圏を握られたらそこでゲームセットだからだ。
宙域戦で負けたとして、悪足掻きで惑星に籠城したとしよう。するとどうなるか?
余程その惑星を傷つけたくない理由が無い限り、攻めている側がわざわざ惑星に降下することはない。
惑星の衛星軌道上から反応兵器やら戦艦からの砲撃やら、ありとあらゆる兵器で地表を焼き尽くして終いだ。
だから惑星への籠城なんて何の意味も持たない。惑星に引きこもるくらいなら、尻尾を撒いて逃げる方が100倍マシだ。
だからTSFは宇宙空間での運用をメインに考えられている。
勿論大気圏内や巨大恒星の近くといった高重力下での戦闘も問題なく行えるように設計されているが、普通はそんな場所で戦闘なんて起きない。
攻める方も守る方も、可能な限り環境を選んで戦いたがるのは何時の時代だって同じだ。
「X-TSF開発計画は宇宙空間がメインですが、現在は地上での評価試験が始まっています。
私たちもそこへ合流する形となりますわ。
もっとも、以前申し上げました通りセクレトは計画を降りているので、他企業の邪魔をしないお行儀の良さを求められますが。
まあ、私に文句を言ってくる企業はそうそう居ないでしょうけど」
「だろうね。居たとしても、それは同格のビッグスリーだけ」
「東雲技研とゼネラル・エレクトロニクスか。
当然コンペには参加してるだろうし、どんな機体を出してくるのか楽しみだな」
アウトランダーといった、頭のおかしい機体開発を得意とする東雲技研。
目立った技術は無いが、徹底した低コスト化と高い生産技術で数を揃えることに特化したゼネラル・エレクトロニクス。
コストとスペック、整備性といったあらゆるバランスに秀でたセクレト。
俺の勝手なイメージだが、ビッグスリーへの評価はこんなものだ。
個人的には、尖がった機体を出してくる東雲技研の新型が気になる所だ。
「予定通りだと、今は空戦での能力評価を行っている所のようですね。
開発室曰く、重力下での戦闘機動が機体フレームにはより厳しい条件だと言ってましたわ」
「クレア嬢の言う通り、辺境にでも行かない限り高重力下の空間はない。
なら、大気圏内で評価をするのは理にかなってる」
「あとはシミュレーションで評価、か。
性能評価試験で実機確認が行えないのは気になるけど、仕方ないか」
「グラナダはテラフォーミングされた1G下ですが、地表に建設されている重力室では高重力下でのフレーム耐久試験も実施しているそうです。
もちろん、開発室も後々は実際の高重力下での試験を予定しているかもしれません。
さあ、艦も宇宙港に着いたようですし、参りましょう」
「了解。……リタ、お代わりはもう辞めとけ。食い意地張り過ぎ」
「美味しいのが悪い。これ、後でもらえる?」
「勿論ですわ。あとで地上に送って貰いましょう」
シャンパンを離さないリタに苦笑しながら、クレアに促されて貴賓室を後にする。
コンシェルジュの後を付いて艦内を移動していくと、コロニーとのボーディング・ブリッジに辿り着いた。
”ここから1G下”の標識前で地に足を付けてゲートを潜ると、慣れた重力が身体に掛かって来る。
「けど高重力下かぁ……あまり行きたくないんだよな。
艦内は重力制御されているはずなのに、それでも身体が重い感じがするんだよ」
「それはお辛そうですわね……」
「高重力下の最過酷条件は基本的に銀河の中心、つまりブラックホールにより近い部分。
視界は白一色になるし、眼と頭がおかしくなるから私も行きたくない」
軌道エレベーターに着くまで雑談を振ってみれば、リタも俺と同じ意見のようだった。
リタの言う通り、銀河の中央に行けば行くほど光が強くなって、周囲は白色一色になる。
俺も一度だけ体感したことがあるが、普段は色が付いていたはずのものが白一色に見えるせいで、脳がバグった感じがしてどうにかなりそうだった。
正直、あれだけで二度と行きたくないと思える。
なのに、行きたくない理由はそれだけに留まらない。
銀河の中心には、だいたいバカでかいブラックホールがあるのだ。
近くにそんな物があれば機体も重くなるし、重力に押し潰されないように、普段は着ない熊みたいなごついパイロットスーツを着る羽目にもなる。
しかも一定以上の速度を出し続けないと重力に捕まって帰ってこれなくなるクソMAP。
兵装だってまともに機能しなくなるし、もう最悪だ。
本当に行きたくない。いやマジで。
「到着しました。クレア様、荷物は後ほどお届けいたします」
「分かったわ。御二人とも、こちらです」
エレベーターとはよく言ったもので、人が乗る階層から物資運搬用の階層などが一緒くたになった、巨大な建造物をそのまま上下に動かしているらしい。
俺たちはVIP扱いだそうで、クレアの後を付いて行くと一番上の階層に案内された。
そこは広い空間で、まるで高級ホテルのラウンジの様な場所だった。
こんな贅沢を覚えて良いのかと思いつつ、そのまま近くに備え付けられていた座り心地のいいソファに腰を掛ける。
どんな人間がこの場所を使っているのかと周囲を見渡してみると、少佐以上の階級章を付けた軍人や、同じく企業の重鎮だろう人達が集まっていた。
リタは兎も角、俺からすれば気後れしてしまう場所だなここは。
「出発を遅らせてごめんなさい! 私たちで最後です!」
そうこうしていると、フロアに響くような声を聞こえてきた。
声がした方へ視線を向けてみると、見慣れない軍服を着た女性と、その副官と思しき老年の軍人が立っていた。
「わお、これは予想外」
「リタ、誰か知ってるのか?」
「あの制服、帝国近衛軍だよ。何でこんな場所に居るんだろうね」
「はあ!?」
思わず大声を出した俺に気付いたのか、件の近衛軍人とバッチリ目があってしまった。
ああ、ここでも面倒事に巻き込まれるのか。
大股でこちらへ近づいて来る二人を見ながら、俺はもう何度目にもなる予感を胸に抱いた。
ようやく40話到達です。ここまで読んで頂きありがとうございます。




