38_長い時を生きる人たち①
ハイデマリーとアリアドネがラビットⅡの金額を巡って拳で会話していた頃の話
ラビットが借りているホテルの一室。
アレンとエレンはラビットでは二人しか持っていない端末を使い、エルフ本星と交信を行っていた。
要件はセイバーリングの予備パーツ発注だけなのだが、久しく連絡をしていなかった双子からの連絡ということもあり、モニターの向こうでは入れ代わり立ち代わり古馴染みが映っては消えていく。
「はあ、これだから長生きはするもんじゃないんです。
知り合いに挨拶するだけで1日が終わってしまいますよ」
「長らく連絡していなかった私達も悪いですが、これはさすがに疲れるね。
ですが、何百年経っても変わらない顔ぶれにはどこか安心感を感じますよ」
要件は疾うに伝えているにも関わらず、知り合いたちはなかなか通信を終えさせてくれない。
彼らの質問は大体”外の世界はどうか” ”いつ帰ってくるのか”といった決まり文句。
二人も”気になるなら外に出てみれば”という決まり文句で応えるが、それでも質問は止まらない。
そんなやりとりを少々面倒に感じつつも、本星を離れてから変わらない顔見知りの様子に、双子はいつもより柔らかい表情を浮かべている。
『―――すまんな、儂で最後だ。
要望通り、セイバーリングの修理及び予備パーツはセクレトの輸送船を経由してそちらに届けるように手配を進める』
「やあ、最後はやっぱり君かい。思った通りだ」
「久しぶりだね、アトレー爺さん。壮健で何より」
『たかが10年、久しぶりも何もあるか』
「……ああ、そうだったね。私達も人の世に長く居すぎたようだ」
老年のエルフ、アトレー。
見た目はお爺さんエルフは、二人にとっても身近な存在だった。
『孫のエリーは、やっぱり顔を見せてはくれんか』
アトレーはエリーの祖父だ。
家を出てから一度も顔を見せてくれない孫に、アトレーは今回も駄目だったかと落胆した。
エリーが実家を飛び出したのは、今から数十年ほど前の話だ。
当時から類稀なパイロットセンスを持っていたエリーだったが、自身の置かれた環境に嫌気が差して軍を辞めた。
そのままの勢いでエルフの支配領域から飛び出ていきそうな所をアトレーは何とか宥め、アレンとエレンにエリーの面倒を見て貰えないかと頼んだ。
それほど余裕のある暮らしをしていない二人だったが、切羽詰まった古い友人の頼みを断ることができなかった。
そうして今の明るい性格とは正反対の、陰気だったエリーを引き取ることになった。
それからさらに数十年が経ち、ラビットに参加してからの今日まで、二人はエリーの家族代わりとして世話をしてきたのだ。
「アトレー爺さん、何故エリーの両親が顔を見せないのですか?」
『言ってやらんでくれ……倅も後悔しとるんじゃ。
合わせる顔がないと言っておる。何故ちゃんと向き合ってやれなんだのかと。
じゃが、お主らも倅たちの気持ちは分かるじゃろ。
P.Pを使えんエルフがどういう目で見られてしまうか、知らんわけではあるまいに』
「随分と自分勝手なことを言いますね。それとこれとは話が別でしょう」
アトレーは苦々しい表情で息子たち、つまりエリーの両親が娘の扱いを後悔していることを伝えた。
長寿のエルフは後悔や懺悔の時間も人間の何百倍もあるため、今も顔を合わせることができないと言う。
それを勿論承知の上で、アレンとエレンは鼻で笑った。
二人はヒトの社会で暮らしてもう何百年にもなる。
短命なヒトや別種族との出会いと別れを幾度となく繰り返した二人の感覚は、エルフよりも人間に近くなっていた。
そのためエリーの両親が何をしているのか、何をのんびりと構えているのか不思議に思ってしまうようになったのも無理はなかった。
「あの子の親については今更期待していません。それはどうでも良いのです」
「大事なのは、つい先日エリーとセイバーリングが共鳴したことです。
装甲は未だ灰色ですが、前回の戦いでは蒼い光を纏う瞬間がありました」
『な、なんと!? あの子が漸く……ああいや、しかし良かった。
じゃが蒼、蒼か。つまり、お主らのどちらかと……?』
「失礼な、馬鹿な事を言わないで下さい」
「怒りますよ? 私達はあの子を娘のように思っているのですからね」
『す、すまん。悪気はないんじゃ。
しかし、お主らならあの子を任せても良いと思っていたんじゃ……』
「アトレー、いい加減にしてくれ」
「もう切ります。これ以上は私達も抑えられる自信がないので。
次に顔を見る時は、もう少しマトモな会話を期待しますよ」
変わらない同胞の言い分が癇に触れる。二人は不機嫌を隠そうともせず交信を切った。
「はぁ……ダメダメですね、エレン」
「そうですね、アレン。彼らは……いいえ、変われないのは私達もですか」
二人は深い溜息を吐いた。
永い時間を生きるエルフは見た目だけでなく、考え方や凝り固まった固定観念はさび付いたネジのように固い。
伝統、言い伝え、慣習に育てられた者たちは、それが当然だとしている。そしてそれは何時だって正しいものだ。
正しさ故に変わらない。そして変わらないことは、必ずしも悪いわけではない。
停滞は成長を促さないが、何も変わらないことに意味を見出すことも当然のようにある。
エルフたちの間で伝統、文化、風習が色濃く残っているのは、彼らがそれだけ自分たちの生活を守ってこれたからだ。
しかし、そのために犠牲になった者を二人は知っている。
だから二人は、変化しないといけない時に、変わろうとしない同胞の姿が気に食わなかった。
しかし何百年も生きてきた中で、急に違う考えを持てと言われるのがどれだけ残酷なのことか。エルフの支配領域から出て、それなりの苦労を味わった二人は身を持って知っている。
だからアトレーにも強く言えない。
それでも、思う所はあるのだ。
「やはり、オキタ氏に期待するしかないですね」
「エリーが多感になった切っ掛けは彼で間違いないですし……やれやれ、そろそろ借りの一つでも返さないと、返しきれなくなってしまいます」
「そこはおいおい考えましょう、彼以外に適任はいません。
しかし、エルフの運命の相手が人になるとは思いもしなかったですよ」
若い二人の行く末を思って瞑目する。
どうか、この出会いが悲劇で終わらないようにと。
☆
コロニー・エスペランサの帝国軍専用宇宙港。
第二艦隊旗艦ブルーローズの専用ドックに、中破したラビットが鎮座していた。
見る人が見れば旗艦の横に中破した艦を放置するなと言われるだろうが、そんなことはなく。ラビットには幾人かの整備班が集まって外装の取り外しを行っていた。
無事な装甲を売るためではない。融解した装甲の厚さから共和国軍のレーザー出力を逆算するため、ハイデマリーの許可のもと装甲の回収を行っているのだった。
そのすぐ隣の区画には艦載機の整備場が整えられており、訓練を終えた機体が整備と補給を受けていた。
エリーはクラウン司令から許可を貰い、その一画を中破したセイバーリングの整備場として借り受けている。
第二艦隊の面々ともブルーローズでの模擬戦三昧で顔見知りになっているため、快く貸し出してくれた。
整備場に固定されているセイバーリングは背部スラスターを破壊され、武装も喪失してしまっている。
灰色の装甲にも多くの傷を付けた愛機を見上げるエリーの表情は、普段笑顔に絶えない彼女とは無縁の険しい物だった。
「……あ~もう、悔しいなぁ!」
思い出すのはオキタが堕ち、自分も死にかけたオークリーの戦い。
死が目前に迫るほど追い詰められたのは、エリーにとっても久しぶりのことだった。
追い詰められる要因は幾つも思いつく。
まず数の差があった。
僚機が慣れないVSFに乗っていた。
得意とする機動戦が行えない限定的な空間での戦闘だった。
だが、それが何だと言うのか。その程度の逆境を弾き返せずに天才を自称できるものか。
傷ついた愛機を眺め、エリーは唇を咬んだ。
エリーは天性のパイロットセンスを持っている。
それはラビットの全員が認めるところで、センスだけならオキタすら遠く及ばないだろう。
これはエリーがオキタの突拍子もない機動に合わせて動けることからも判る事だ。
オキタが常人からすれば異常とも思える機動を見せるのは、隔絶したG耐性のお陰だとエリーは考えている。
いくら機体に慣性制御技術が備えられているとはいえ、急制動を繰り返すことは身体に多大な負荷を掛けることになる。
しかしオキタは機体に取り付けられたスラスターを余すことなく使い、急制動急加速で無理やり機体を振り回している。
だから敵機のロックオンを外せるような無茶苦茶な機動を取れているのだ。
後ろから見ていたエリーはそれに気付いていた。
そして急制動を繰り返すことが、機体に多大なダメージを与えることになることも知っていた。
たった一戦で万全だった機体を、イエローアラートまで振り回した今回がいい例だった。
対してエリーは僅かなスラスター噴射で機体を滑らせ、流れるような機動戦を得意としている。
これは機体への負荷を最小限に抑えるよう心掛けた結果身に着いた戦い方だった。
もちろん後先考えずに機体を振り回す戦いもできるが、セイバーリングをはじめELFシリーズの予備パーツはエルフの勢力圏以外では手に入りにくい。
自然と機体を労わる戦い方を身に着けた今となっては百害あって一利なしだ。
何より、セイバーリングのコックピットでモニターと睨めっこしているアンドーの仕事を増やすことにもなる。
「どう? 直りそう?」
低重力空間に調整されているドックの中、床を蹴ってコックピットに近づき、作業中のアンドーに問いかける。
「チェックリストに沿って診断プログラムを流したが、この程度なら装甲とスラスターの交換だけで問題なかろう。
フレームに歪みが出とらんのが幸いしておる。
流石天才、機体の扱いに慣れておる」
「あのねアンドー。ボク、墜とされたんだけど?」
「良いパイロットってのは帰って来るのが第一だが、その次に大事なのが機体を巧く使うことだ。
そうすれば儂の仕事も減る、お前たちも長く戦える、全員が生き残る可能性が増える。
イイこと尽くしだろう?」
「ふーん。じゃあオッキーは? アンドー的にはどういう扱いになるの?」
「今回に限ってはアイツを責めることはできんなぁ……率先して危険な囮役を引き受けた男だし。
それでも、たかだか数回で機体にイエローアラートを出す奴が良いパイロットだと手放しでは言えん。
どれだけ腕が立とうが、儂の中ではお前さんが一番上手いパイロットなのは変わっとらん。
オキタ自身もそれをよく分かっておるだろう」
「……えへへ、何だよ~、今日はやけに褒めてくれるじゃん」
頭の後ろで手を組んで、満更でもないように笑うエリー。
そんなエリーの姿に、年の功か、普段とは違うぎこちなさをアンドーは感じた。
踏み込んで問うべきか、放っておくべきか。
エリーしかパイロットが居ないのであれば、どんな些細な問題でもアンドーは間違いなく問い詰めていた。エリーの不調はラビット全員の命に直結するからだ。
しかし、今はオキタやリタもいるし、ラビット商会は休業中で当人の内二人は出張中だ。
それもオキタやリタは一緒にいるのに、エリー一人だけ居残り組。
そんな中、どこか元気のないエリーの問題は何にあるのか?
思春期特有の恋バナの可能性があるので、オッサンはそんな花のある話は聞きたくない、とアンドーは聞くのを躊躇った。
「あ~、エリー、最近調子悪いようだが平気なのか?」
しかし聞かないのも薄情者っぽいし、何より双子と同じく保護者ポジションの自分が若者のメンタルケア担当なのも分かっているアンドーは、渋々ながら話を聞いてみることにした。
「え? 大丈夫だよ? どうしたの急に」
「お前さん、最近どこかよそよそしいからな。
本当に平気か? 儂でよければ、今だけ話を聞いてやる」
「アンドー……年取ったね」
「喧しいわ! 喧嘩ならこのスパナで買うぞ!」
「わわっ、そうじゃないって! えっとね、変われるアンドーが羨ましいって思っただけ。
うーん……ま、アンドーならいっか。じゃあ、話聞いてもらおうかな?
でもあまり面白くないよ? 出来損ないのエルフの愚痴って」
お待たせしております




