35_ラビットⅡ建造計画①
ラビットのメンバーがそれぞれの役割についた日。
ハイデマリーはシズを伴ってセクレト造船本社へと訪れていた。
新造するラビットの仕様について、可及的速やかにまとめる必要があるからだ。
各員に全力を尽くせと言った手前、ハイデマリー自身も適当な仕事をするつもりは一切ない。
……だが、自身の思い描いた設計図と、セクレト造船から提示された設計図案の違いに頭を悩ませていた。
セクレト造船、VIP専用会議室。
それほど広くはない部屋の中心には机が置かれてあって。
それを挟むようにラビットからはハイデマリーとシズ、セクレト造船側からは2名が対面して座った。
机の天板はモニターになっており、そこには幾つかの図面が表示されている。
机上に表示しきれなかった分は空中に投影されており、何時でも比較できるように準備が整っていた。
ハイデマリーが昨日提示した条件は、
①300m級駆逐艦をベースに艦載機母艦機能を搭載。
②少人数かつ輸送艦として運用するため細かな区画は最小限でいい。
セクレト造船の設計部門は、昨日ハイデマリーと商談した営業部門からそう聞いていた。
そんなざっくりとした仕様を聞かされた設計部門が、たった1日で真面な図面など引けるかと持ってきたやっつけ素案が、今提示されている図面の数々だった。
それを見たハイデマリーが首を縦にふることはなかったが、たった1日で数枚の図面を用意するセクレト造船は流石に大したものだと内心では舌を巻いていた。
「ここから設計を煮詰めていきたいのですが、ハイデマリー様が必要な条件を詳細に仰って頂けますか?」
先日ハイデマリーと商談したハーフリングではなく、人間の男性が額に脂汗を浮かべながら問いかける。
男にしてみれば、この一件はとんだトバッチリだった。
男は上司であるハーフリングから『別件があるので対応は任せる』と言われ、何が何やら分からないままに業務を引き受けたのが前日の夜だった。
VIP対応とはいえ、自社の商品に自信のある男は、いつも通りテンプレートを渡して満足して貰えばいいとたかをくくって翌朝来てみれば、メールの受信欄にクレア・セクレトの文字が。
優雅に朝のコーヒーを流し込んでいた男は盛大にむせた。
親会社の専務取締役から送られてきたメールに腰を抜かしながら確認すると、
『極力顧客の要望に応える事。手段は問わない』と書かれてあった。
ここに至り、自分がとんでもない一件を任されたと把握した男はすぐさま開発チームを招集。
部下に用意させていたテンプレートを見せてはみたものの反応は悪く、昼過ぎからやってきたハイデマリーと対面した男は胃痛を耐えていた。
「戦艦並の戦闘力を持たせたいんや。シールド、艦砲は強力なのが欲しい。
あと、主砲には特装砲を採用したいんやけど」
「戦艦並の装備に加えて特装砲でございますか……。
念のためご確認ですが、特装砲は弊社の重粒子圧縮砲でお間違いないですか?」
「間違いないで。超重力子圧縮放射砲を載せたいけど流石に無理やろ?」
無理に決まっている。そんなもの載せて何と戦うつもりだこのドチビは。
男は思わず声を挙げそうになった己を何とか自制できた。
「もちろん無理です」
ただし、朝から呼び出されて不機嫌になっていた部下はそうではなかった。
黙らせるには遅く、本件の重要性を説明しきれていなかった自分のミスに胃痛が加速する。
脳裏に浮かぶのは麗しい白髪の専務取締役の笑顔。
クレア・セクレトは笑顔で人を切り捨てる。そんな噂を男は知っていた。
むしろ実際に閑職へと配置転換された人間を知っている身からすれば、今すぐにでも隣の部下を謝らせなければならない。
「あ、やっぱ無理? ウチも流石にちょーっと厳しいかなとは思とったんやけど」
男が謝罪の声を挙げようとしたところで、ハイデマリーがたははと頭を掻きながら言った。
顧客の要望を考えるフリだけでもしようとしていた男は、ひとまず黙って隣の部下に説明を促す。
「現在主流の戦艦級主砲、シールドを運用するには莫大なエネルギーが必要になります。
機関部はそれに見合った出力を担保するために、どうしても巨大化せざるを得ません。
むしろそれでも追い付かず、ENGを幾つも搭載して要求出力を確保するのが現在の設計思想です。
弊社が帝国軍に卸している戦艦は全長20㎞級なので、それを300m級に落とし込むのは現実的ではないかと」
理論立てて不可能を告げる部下に、男は打って変わってよく言ったと内心褒めたたえる。
まさしくこう言いたかったのだと、深く頷きながらこう言うのだ。
私も部下と同じ考えです、と。
『現在の戦艦を300m級にダウンサイジングするのは無理なことは理解できます。
では、過去の戦艦では如何でしょうか?』
「ウチらはただの商人やし、戦艦で何を相手すんねんってのは確かにある。
敵対するのはヴォイドや宙賊くらい……ときどき流れの軍艦も相手にするかもしれんけど、まあそんなのはレアケースや。
けど帝国軍かて、艦隊には数世代前の船が現役で使われとるやん?
せやから今の戦艦やのうて、昔の戦艦級を300mに落とし込むことは出来へんかなって思ってな」
「成程……お客様の慧眼、恐れ入ります」
無茶言わないで。そう思うも、男はとりあえず褒めておけの精神を忘れない。
しかし、ハイデマリー達の言っていることが悪い案ではないことも確かだ。
半導体を例にするが、半導体の性能を上げるにはより多くのトランジスタを乗せる必要がある。
単純に数を増やせばとも思うが、同じ面積でより多く半導体を搭載することができれば、同じ大きさで性能をあげることが可能だ。
要は半導体を微細化することによって同一チップ面積に多くの素子を搭載できるようになるので、処理能力が高まっていくということだ。
ハイデマリーが目を付けたのはそこだった。
つまり昔は大型にしないと1kWしか出せなかったけど、今では超小型で1kWを出せるのでは?
そういった話をしている。
「過去の戦艦級同等の出力を出せるENG、それも300m級に搭載できるとしたら……」
「もちろんENGは数個載せて貰ってかまへんで。空きスペースはようさんあるつもりやから」
「畏まりました」
男は机上モニターに指を走らせる部下から視線を受け取った後に一度頷き、ハイデマリーに向き直る。
「現在帝国全土のデータベースから該当機種の検索を掛けております。
その後でENG組み合わせのマッチングをシミュレーションするので、少々お時間頂きますね」
「え! この場で出来てまうん?」
「ええ、弊社の設計部隊ならこの程度は普通ですよ。
銀河ごとに造船部門の得意領域が異なっているので、マッチングで思わぬ結果が生まれることもあります。
本社にしかない機能且つ、お客様のようなVIPの方にしかご紹介していないのであまり使う機会もありませんが」
「はー、シズみたいなAIなら兎も角、AIを使う側の人間もエライ優秀なんやね」
「使う者が居てこその弊社設計部門であり、自慢のシステムですので。
では検索している間に、その他についても煮詰めてまいりましょう」
これは期待できそうだとハイデマリーはほくそ笑んだ。
隣に控えているシズの能力を使えば同程度のことは出来るだろうが、それでも個人と大企業では規模が違う。
最適化が施された機械ほど怖い物はないと、シズを作ったハイデマリーは理解していた。
「他にも色々必要やけど、まずは強襲コンテナ艦かな。
艦内区画と一体化して使えるようにして、必要があれば分離もできるようにしたいんやけど」
「それなら弊社の商品をそのままお使い頂けます。
こちらは艦内区画、カタパルトと直結して使えるタイプの強襲コンテナですね。
形、大きさは必要によって数種類の中からお選びいただけます」
長方形のブロックを上下に積み上げただけの図面が空間モニターに映し出される。
片側がコンテナ艦、もう片側はカタパルトとコメントで記されていた。
ハイデマリーが図面を触って次の画像を表示してみると、実際の運用されている船の画像が映し出された。
上下でセットの長方形が2つ、艦の胴体を左右から挟み込むように接続されている。
さらに画像を送ってみると、コンテナ艦の内部や、左右両方のカタパルトからTSFが出撃する画像が映し出されていく。
「前使ってたのは外付けで、それもエアロック同士を連結させてたんやけど、これなら強度の心配もなさそうやね」
「弊社の強襲コンテナは特別な改造なしに艦の装甲として使えるよう頑丈な合金を外壁に用いておりますので、バイタルパートとしても大変優秀でございます」
艦の上面前部に付けるとウサギの耳みたいで可愛いから好き。
そんな理由で無理やり取り付けていたコンテナ艦だが、接続する構造的に強度不足はいがめない。
元々が輸送艦なのでオプション装備なのは仕方ないが、オークリーの一件では被弾面積を増やすだけでしかなかった。
だからコンテナ艦を分離してぶつけるという作戦を立てられたのだが、それはいい。
自身が帝国の”リスト”に載ったと知らされた時から、ハイデマリーの最優先は自衛能力の強化になった。
リストに載ったから何かが変わるわけではない。
クラウン司令はそう言っていたが、そんな保障など何処にもないとハイデマリーは考えている。
そもそもリストとは何か? 何人載っていて、何が理由でリストに名を連ねることになったのか。
その全てが不明瞭な中で出来ることは、自衛力を高めることだった。
幸いにしてエリー、オキタ、そして二人と遜色ない腕前を持つリタを含め、優秀なパイロットが3名になったことでラビットの艦載機戦力は拡大した。
たかが3人とはいえ、彼ら彼女らは一騎当千のエースパイロット。
宙賊どころか軍属相手でも引けを取らない3人を手中に収めた今、母艦に過大な戦闘能力を持たせる必要が本当にあるのか? すべてを任せてしまってもいいのではないだろうか?
ハイデマリー、アンドー、シズで話合った時、三人は迷わず否と答えた。
ハイデマリーは母艦だけで何とかしなければならない場面が必ずやって来ると予想し。
アンドーは艦の直掩に一人残すには、パイロットの能力から勿体ないと判断し。
シズは、戦場で何かを期待した戦略を立てるのは準備段階から間違っていると宣言した。
だから過剰な戦闘力を持たせた母艦が必要だと判断した。
それはTSF搭載機能を持つコンテナ艦とて同じことだ。
有事の際にはラビットを捨て、コンテナ艦で逃げることまで考えているのだから。
「亜光速ブースター、整備機能は標準装備であるん?」
「勿論でございます。
強襲コンテナとして基本的な装備は揃えておりますので、艦に搭載されている亜光速ブースターの補助としても使えます。
また、搭載した機体はエレベーターを使ってカタパルトへ直接移送させることを想定しております。
ただし、この方式を採用される場合はコンテナ艦とカタパルトがセットと仕様が決まっておりまして、ご用意出来るものはこれだけしかありません」
苦しい表情で男が提示してきた仕様を受け取り、空間へ放って投影する。
表示された数はざっと10種類。
十分だとハイデマリーは思うが、広大な宇宙に星の数ほどの支社を持つセクレトからすれば少ない。
構造が簡単で十分な機能と拡張性を有しているため、あとは艦形状に合わせるしか選択肢が無いのが理由だった。
「部長、各支社が開発したENGの検索とマッチング終わりました。
グラナダ研が2世代前の戦艦級出力と同等、サイズは半分のENGを開発しています。
2機載せれば1世代前、4機載せれば……信じがたいですが、わが社の主力戦艦に同等の出力を出せます!
凄いですよこれ、100年先の技術を先取りしているとしか考えられません!
本社で話題にならなかったのが不思議なくらいだ……」
天板モニターに2世代前の戦艦級に搭載されたENG図と、グラナダ研が開発したENG図のSPECが表示される。
性能はほぼ同等。ただ構造だけが大きく異なり、サイズは半分。
信じられないと呟く設計担当。男とハイデマリーも全く同じ思いだった。
「ウチはシステムとか制御系が専門やから構造はさっぱりやねんけど、こうやって二つ並べてくれたら分かる。
パッと見ただけでも分かる、異様な技術力や。どないなってんねんこれ……。
グラナダ研って、惑星グラナダのことでええんか?」
「どうやってこんなブレイクスルーを……あ、すいません!
はい、軍事惑星グラナダに本拠地を構えるセクレトの研究所です。
ですが、あそこに造船部門があるなんて聞いたことがありませんが……?」
「私も存じ上げません。
あそこにはTSFとVSFの研究施設しかなかったと記憶しております。
ただ、この図面にはしっかりと開発完了の判が押されています。
確かに存在しているようですが、こんな物を一体何に使うつもりだったのか……」
設計担当が男を覗き見るが、セクレト研が船のENG開発をしていたのは知らないと首を横に振る。
しかしセクレト造船のデータベースに登録されている以上、正規の手続きを踏んで開発が行われたはず。
男はセクレト造船というセクレト・コーポレーションとは別会社の人間だが、VIPを任せられるくらいには上の地位にいる人間だ。
にも拘らず、このような高性能なENGが開発されていたなどは寝耳に水だった。
今朝のクレア・セクレトから送られていたメール、突然現れた不可解なVIP扱いの客、狙ったかのように用意されていたENG。
何か、自分の知らない大きな流れが動いている。
男は言い知れぬ予感に背筋が寒くなった。
『出処が怪しいのは気になりますが、使えるのであればこちらを採用しましょう。
このSPECであればミス・ハイデマリーの要求に十分に応えられます。
使用するにあたり、安全が保障されていることが大前提ですが、問題はありませんか?』
「はい、不備があればAIが弾きますので使用上の問題は絶対にありません。
しかし、こちらを組み合わせるにあたっては問題があります。
複数の搭載案をセクレトAIが提示してくれていますが、どうやっても艦の全長が350mから400mは必要になります。
350m以上の駆逐艦は弊社になく、次のサイズは巡洋艦クラスとなりますが、全長は㎞を超えてしまいます」
「となると、予定しとった駆逐艦級をベースにするって話は……」
「無理ですね……ベースの見直し、もしくは完全新規の図面を起こす必要があるかと」
「うーん、それは予想しとらんかったわ」
お手上げだと両手を挙げるハイデマリー。
既存の艦をベースに改造する選択を選ぶのは、ただ工期を早めたいだけではない。
流用元がある分クレジットが比較的安くなるからだ。
それが出来ないとなると、男の言う通り巡洋艦をベースにするか新規に図面を起こすしかない。
となると問題なのはクレジットなのだが、即座に了承できるほど持ち合わせに余裕があるわけではなかった。
そもそも個人で巡洋艦を持てる商人などそうそういない。
居るとしたら実家が相当太い貴族出身か、アライアンスを組んだ中堅企業くらいだ。
セクレトほど大きくなると独自の艦隊を持つこともできるが、そんな企業は帝国に3つしかない。
では新規に図面を起こすしかないのだが。
「なんぼになりそう?」
「おおよその概算ですね……まさに、戦艦級でございます」
「アカン」
『まさしくアカン、ですね』
思わず天を仰いだハイデマリー。部屋にお通夜の様な空気が流れる。
そりゃこれだけハイスペックを追求したら高いに決まっているだろう。
男はそう言いたいが、クレアの一件もあり滅多な口を開くことはしない。
むしろ、男としてはここからが正念場だった。
極力VIPの要求に応え、採算度外視で作れと言われているが、本当に言われた通りにするほど馬鹿ではない。
建造は大きな取引だが、今回に限っては金銭面でメリットが出ない前提の取り引き。
言われるままに採算度外視で契約を結べば、自分の負の実績が会社に計上されてしまうことになる。
上司は金にがめついハーフリングだ、言われた通りに契約したと言えば怒鳴り散らされるに決まっている。
これは避けなければならない。
しかし市場価格から安くしなければ、もっと上からの覚えが悪くなるのも目に見えている。
それだけは何としても避けたい。
避けるためには、頑張って安くしました感を滲み出すしかない。
会社の利益を守る。自分の立場も守る。両方やって初めて及第点なのだ。
バランスの取れた回答をハイデマリーから引き出そうとしたところで、VIP室の扉が勢いよく開かれた。
「ハロー、マリーちゃん!
そろそろクレジットの代わりにストリップでも始めようとしとる所かなぁ?」
「誰がするかボケ! ってクソ義姉やんか、何やねん急に。
こっちは義姉やんが投げた商談中や、入ってくんなや」
「社長!? え、義姉さんって……義妹さんなのですか!?」
「そだよー。君たちだけだとそろそろ行き詰まるだろうって、優しい社長様がいい案持ってきたよん。
当然聞いてくよね、マリーちゃん?」
ハイデマリーの義理の姉であり、セクレト造船社長。
今では殆ど使われなくなった紙を両手で持ちながら、ニヤニヤと笑っていた。
主人公不在が続きます




