34_それぞれの役割へ
クレアとの話も終わり、エスペランサ・コロニーのホテルに戻る道中。
頭を悩ませているのはクレアからの依頼だ。
あの依頼に色々と思おうことはある。何せ、彼女は存在自体が怪しさの塊みたいなものだ。
大企業セクレトの専務取締役。次期総帥候補から指名依頼を受ける現状は異常と言っていい。
彼女はクラウン司令と個人的な繋がりを持っていることも示唆していた。
ということは、帝国軍とも深い関係にあると見ていいだろう。
そんな彼女が、トップガンだったとはいえ俺のような一個人に固執する理由は何か?
馬鹿正直に好意を受け取って良い相手じゃないだろう。あのロン毛ではないが、セクレトの名前を聞けばどんな傭兵だって喜んでついて行くはずだ。
自社お抱えのパイロットだって腕利きを揃えているはず。
ある種の選び放題のなかで、クレアは何故俺を選んだ?
リタのように、3年前に俺が命を救ったのか? それならそうと、最初にそう言うだろう。
クラウン司令と何か密約を交わした?
可能性としてはありだが、あの人なら用事があれば直接伝えるだろう。
それだけの借りがあの人との間にはあると思っている。
何ひとつ分からない、想像の域を出ない。
だからこそ、無条件に彼女を信じてはいけない。
とは言っても、既に状況の真っ只中へと放り込まれた俺に選べる選択肢は、あまりにも少ないのだけれど。
さて、そんなことを考えているとホテルのロビーまで帰って来た。
そのままエレベーターに乗る。借り受けているフロアの大部屋へ入ると、疲れた顔をしたクルーたちが迎えてくれた。
「ふたりとも、お疲れさん。話はエリーから聞いとるけど、またエライのに絡まれたなぁ」
「見事に融けてるなぁ……お前らも大丈夫か?」
ぐでっと椅子にもたれ掛かっているハイデマリー。
他の面々も似たり寄ったりで、此処に来てからたった一日しか経っていないのにかなりお疲れのようだ。
「こっちもこっちで色々とあってなぁ。
ほれみんな、ぐーたらするんもええけど、耳だけはオキたんに向けときや。
……ほんで、セクレトの総帥候補には何を持ちかけられたん?」
みんなの意識がこちらに向いたのを確認したところで、今日持ち掛けられた商談について話す。
ラビットを辞めた上でセクレトと契約する誘いを受け、それを断ったこと。
帝国軍次期TSF開発計画に、セクレト陣営として参加する要請を受けたこと。
参加する条件として、開発が完了したTSFを貰い受けること。
追加条件として、リタの搭乗機ヴェルニスの修理と換装ユニットの新規開発を受けて貰うこと。
結婚うんぬんについては話さないでおいた。向こうも冗談だろうし。
まだ言う事あるだろ、そんな感情の詰まった目で俺を見るリタについては無視を決め込む。
「遂にヘッドハンティングかぁ……いつかは来ると思って心の準備しとったけど、こうやって直面すると中々心配になるなぁ」
「それは断ったから平気だって。でも4000億提示されたのは驚いたよ」
「あちらさんの立場ならそれくらいは提示するやろな。
でも、それだけ言われても断るくらいウチらのこと大切に思うてくれてて嬉しいわ。ありがとうな」
「いいって。俺だってハイデマリーの下で働くの、何だかんだで満足してるんだよ」
「イヒヒ、それ、雇い主としては最高の誉め言葉やで」
へにゃっと笑うハイデマリーに合わせて溜息を吐く。
こうやって素直になれるのも、ハイデマリーの魅力の一つなのだろう。この環境から抜けようとはそうそう思えないな。
「それで、オキタ氏は開発計画に参加するのですか?」
「そのつもりだ。
とは言っても、皆にも一言相談して、反対されたら考え直すのもありかなって。
ハイデマリー達もセクレトの造船部門に絡まれたって聞いたから、その辺を聞いておきたくて」
「あー、確かに儂らの所にもセクレトの営業が来おったわ。
凄い勢いのハーフリングでな、儂とハイデマリーに口を開かせんくらいの早口で新造艦開発について説明されたわ」
『私達は修理のつもりで造船所に向かったのですが、どの企業も見積もりすら出してくれなかったのです。
業を煮やしたミス・ハイデマリーが怒りの形相になり始めた頃になって、漸くセクレト造船部門の代表が到着。捲し立てるように説明を開始し、ミス・ハイデマリーとのバトルが始まりました』
「バトル? 何したの? 値引き交渉?」
「なーんもしとらんよ、りーさん。同郷の奴がウザかったから喧嘩腰になってもただけや」
「儂も久しぶりに見たが凄かったぞ、ハーフリング同士の商談は。がめついったらありゃせん。
……冗談抜きで老体に響くから、拳の応酬だけは辞めてくれ。止める方の身にもなってくれ、マジで」
「マリーも少しは抑えようよ。いい歳なんでしょ?」
「エリーにだけは言われとうないわ」
ハーフリング同士の殴り合いって、言っちゃ悪いが子供同士の喧嘩にしか見えないんだろうな。
ハイデマリーは人間とのハーフだから130cmくらいあるけど、純粋なハーフリングだと90㎝から110㎝くらいだ。
喧嘩する姿も微笑ましくなりそうな気もするが。
大柄なアンドーが止めるのに苦労するのなら、そんなこともないのだろうか。少し見てみたい。
まあそれは機会があればでいい。
今は俺たちの母艦がどうなるかだ。
「結局ラビットはどうなるんだ? 修理か購入か、もう決めたのか?」
「ん~……外堀埋めてきたセクレトから買うのはホンマに癪なんやけど、これからの事もあるさかいオーダーメイドで建造することに決めたわ。
採算度外視でも作らせろって懇願されたら、ウチかて首を縦に振るしかないわ」
『300m級の駆逐艦をベースにし、母艦としての機能も追加しました。
しかし、現状はその部分しか決まっておりません。
ミス・ハイデマリーとミスター・アンドーの要望を取り込もうとしておりますが、仕様が纏まっておらず造船部門との折衝が必要となっています』
「ま、出来てからのお楽しみってこっちゃ。
てなわけで、オキたんには悪いけど開発計画には参加して貰うで?」
「いや、それは別にいいんだけど……」
いったいどんなものが出来上がるのだろうか?
二人と付き合いの長いエリーを見れば、苦い物でも食べたような顔をしている。
ふと視線を感じて双子を見れば、俺に向かってヤバイヤバイ! という感じで首を横に振っていた。
よし、どんな物が出て来ても驚かない心構えだけはしておこう。
「え、私トンデモ艦に乗るの……?」
ボソッと呟くリタは無視する。心が読める故の悲観、お前の困惑はお前にしか分からないのだ。
例え戦艦だろうとハイデマリーが輸送艦と言えば輸送艦なのだ、艦長が言うのだから間違いない。
奇抜だろうがトンデモだろうが、母艦に戦闘能力が付与されるのなら問題なし。
前に出て戦うのが得意な俺たちに直掩はあまり向いていないから、自衛能力が高まるのは素直に嬉しい。
あ、でも出来れば艦内カタパルトは欲しいかな。
カタパルトからの発艦は何時までたっても男の子のロマンだ。
「ほんで、オキたんは何時出発するん?」
「聞いてみるから少し待ってくれ……うお、返信早いな。
明後日の午後予定らしい。セクレトの物資輸送艦隊がグラナダに行くから、そこに相乗りする」
「直アドもろたんか、あちらさん最初から逃がす気ないな。
ほな足は大丈夫と。りーさんも行くんやろ?」
「うん。ヴェルニスの修理と換装ユニットの開発も向こうでやってくれるから、その調整には私も居た方が良い。
ごめんね、合流して直ぐに別行動になって」
「ええよ、今は開店休業中みたいなもんやからな。
それよかふたりとも、ちゃんと自分の愛機を仕上げて来てや」
「必ず満足いく機体に仕上げてくる。
入ったばかりの私がこんなこと言うのもおかしな話だけど、エリー、後はよろしくね」
「……ま、しょーがないから受けてあげる。
ボクもこっちでセイバーリングを直さないといけないし、前以上にパワーアップする機体の慣熟だって必要だからね。
だからこっちはボクに任せておきなよ。
あ、でもオッキーに変な事したら承知しないからね!」
「それは大丈夫。フェアにいこう」
怖い。
仲良いのか悪いのか、たぶん悪くはないのだろう。
当事者である俺に何も伝えてくれない所がまた怖い。
でも何も言えない。言えば最後、どうなるか分かったものじゃないから。
片や静かに、片や勝気に笑う二人のTSF乗りに挟まれる俺の未来はどっちだ。
「はいはい、そこまでなー。
他に何か言いたいのおるか? ……おらんな? ほなウチから一つ。
全員、それぞれの仕事を目一杯頑張ってや。
全員揃った時に一人だけ置いて行かれたーとか言わんように、全力を尽くすことを期待します!」
手を叩いてそう言ったハイデマリーに、各人が頷き返す。
俺も気合を入れよう。
エリーもリタも、ラビットさえ新しくなる中で俺だけが置いて行かれる訳にはいかない。
それに初の専用機になる機体の開発だ。このシチュエーションに燃えなければ男じゃない。
セクレトが製造した領域支配殲滅機、必ずモノにして見せる。
サクサク進めるつもりでしたが、あまり物語が進まない話が進みそうです




