33_X-TSF開発計画
「帝国軍が軍事惑星グラナダで推し進めている次期TSF開発計画に私共セクレト・コーポレーションの一つ、セクレト・インダストリアル・ペサダも参画しております。
そこで私共が開発中の第11世代X-TSF実証実験機。この開発計画に、貴方様を弊社の主席パイロットとしてお迎えしたいのですわ」
『帝国軍次期TSF開発計画。開発コード:リーンカーネーション』
クレアから渡されたデータファイル。そこには数枚に渡って機体概要が書かれていた。
まず、機体フレームには情報伝達を可能とした新規素材を取り込んだ合金を採用。
情報伝達を可能とする機体フレームはアウトランダーにも搭載されているほど一般的なため新技術ではないが、新規素材を用いることで従来と比較にならない情報伝達が可能となるそうだ。
なんでも搭乗者がB.M.Iホルダーの場合はコックピットモジュールを介して機体とパイロットをダイレクトにリンクさせ、従来よりも更に機体反応を大幅に上げる事が可能らしい。
次に戦艦以上の艦船に搭載されている、重力制御技術を応用した偏光力場”グラビティシールド”のTSF搭載。
TSFが標準装している現行のシールドは物理と光学兵器の両方を減衰することを目的にしているが、進化するTSFの携行火力にシールド技術が全くついてこれていないのが現状だ。
グラビティシールドはビームやレーザーといった光学兵器をほぼ無効にしてしまうので、最近の主流である光学兵器だけでも防いでしまいたいという意志なのだろう。
戦艦クラスのシールド技術をTSFサイズまでダウンサイジングするのは驚異的だが、これも従来技術の発展型といったところか。
更にアクティブステルスシステム。
ステルス性とレーダー技術は鼬ごっこだ。帝国軍では電子戦機や特殊部隊が使っているイメージだが、この機体が採用されたら一般機にもステルス性を持たせるつもりなのだろうか。電子戦機といえば、高価なイメージしかないのだが。
そして最後に背部換装ユニットとあるが、これには大きな×が付けられている。
殴り書きのようなコメントがあるな、どれどれ……
『研究室の馬鹿者共め! 確かに共和国のような換装システムを持たせることは合理的だが、それじゃつまらん! なんなら全部載せした方が強いに決まっている! 格闘ユニット? そんなものは犬にでも喰わせておけ!』
格闘ユニット、高機動ユニット、砲撃ユニットなどは全て不採用と書かれ、その下に第2案としてラフな設計図が描かれている。名称は……統合打撃ユニット?
設計図をよく見ると、機体背部に接続されているのは2機のコンテナのようだ。全高は機体の半分以上とかなり大きなコンテナで、真ん中の機体を挟み込むような図が描かれている。
一目見ただけで重そうな機体だと判る。まともに動くのか? 読み進めてみると、肝心な武装についての記載もあった。
コンテナ内部は上下半分に区切られており、上部には超高機動小型ミサイルを多数搭載。
下部は携行火器の弾薬庫になっており、撃ちきり後は弾薬庫からサブアームと共に弾倉が展開され、素早いリロードが可能。継戦能力は従来機の比じゃない……って、こいつ実弾兵器しか持ってないのか!
しかもコンテナ自体にも背部・サイドにスラスターを多数搭載して機動性と推力を確保するらしい。
デカくて重くて硬い機体を大出力のスラスターでかっ飛ばす……うーん、どこぞのフルアーマーばりの火力と機動力にはロマンを感じる。
けどそれだけだ。面白そうな機体を作ろうというのは理解したが、もう軍人でもない俺が関わったところで良いことはないだろう。
仕事の誘いをどう断ろうかと思いながら書類の最後まで目を通すが、後は特筆すべき項目は無いようだ。
外部の人間に見せるくらいだからこれが全てではないのだろうが、パッと見ただけでは目新しい新技術もないらしい。技術の焼き増し、再誕とはよく言ったものだ。
けれども、最後の行にこう書かれてあった。
【機体コンセプト:領域支配殲滅機】
これだけは間違いなく、俺の興味を惹く機体コンセプトだった。
全て読み終えて視線を戻すと、こちらをジッと見つめて待っていたクレアと視線が合った。
「お読み頂けましたでしょうか?」
「ざっとは。けど、これを俺に見せてどうするつもりだ? 俺はもう軍人じゃない。この話を受けるつもりはないぞ」
「まあまあ、そう焦らないで下さい。結論は私の説明をお聞きになってからでも遅くはありませんわ」
これを見せて終わり、ということは勿論ないのだろうけど。機体以外で何か興味を引く話をして貰えるのだろうかと、少し期待してしまう。
「この機体について、どう思われました? 素人目にも、かなり扱いづらい機体だと見えましたが」
「俺もそう思う。この機体は火力を前面に叩きこむには向いているが、機体重量やバランスなんかは考えられていないように見えた。どれだけ優秀な機体制御用ソフトウェアを詰むつもりか知らないけど、個人の技量に頼らざるを得ないんじゃないのか?
特に大型かつ多数のスラスターで機体を動かそうとした時点で、それに翻弄されるのが目に見えている。こんな空飛ぶ火薬庫よりも、初期案の背部ウェポン交換式の方が一般兵にも受けがいいと思う」
「やはりそうですか。困りましたね、私も開発チームには頭を抱えておりますの。
とはいえ、私共もこちらの機体を帝国軍に採用頂こうとは思っておりません」
うん? 採用してもらうつもりがないというのはどういうことだ?
企業としては採用して貰った方が利益になると思うが。
「元々この機体は、ある御方が近衛軍に入隊される際の専用機として開発が進められていた機体でございます。
ですが、その御方がとある理由で近衛への入隊を断られたため開発計画は中止となり、一時は機密保護の観点からそのまま破棄される案もございました。
しかしながら、性能の限界を追求したこの機体を眠らせておくには勿体なく感じ、リーンカーネーション計画の実証実験機として改めて採用、本機の運用データを持ってセクレト独自の次期主力機開発へと駒を進める手筈となっております。なので、こうした開発現場の逸脱した行動もある程度は許容しておりますの。
つまるところ、本機がコンペディションに残ってしまっては私共としても今後の配備計画が狂うのですわ。勿論帝国軍とも約定は取り交わしておりますので、万に一つも採用されることはございません」
「じゃあ何で開発計画に参加したんだ……?」
「その方が都合が良かった、それだけのことですわ」
ニコリと笑う姿が末恐ろしい。
帝国と企業の関係なんてよく分からないが、清廉潔白な関係なんかじゃないだろう。
「クレア嬢に質問。この機体は元々誰のために作ったの?」
「ご想像にお任せしますわ、おほほ」
俺も気になっていた内容だがはぐらかされてしまったか。
こんな機体バランスが劣悪そうな機体を動かそうだなんて、いったいどんな人を想定して作ったのやら。
ああ、元々は換装システムを採用していたところを無理やり統合ユニットに変更したんだったか。変更しなければ優秀な汎用機になっていただろうに。
「ですので、この機体が完成してもセクレトが直接的な利益を得るわけではございません。
なので完成後はオキタ様に譲渡致しますわ。勿論実戦データは随時送って頂く必要はございますが、悪い話ではないでしょう?」
むむむ、開発を完了させるだけでこの面白い機体が貰えるのか。それはかなり魅力的な提案だ。
お財布事情は依然良くないし、TSFもローンで買うつもりだったからその費用も丸々浮くことになる。
でもなー、ちょっと気に食わないところがあるだよなー……オネダリしてみるか。
「実弾兵装だけってのはなぁ……こう、補給事情とか弾薬費が嵩むだろ? ビーム兵器の一つくらいはあった方が良いと思うんだが」
「開発チームには私から直接お話しておきますわ。それにセクレトはどの星系に行かれても支社がありますので、補給についても問題ございませんわ。費用も3割引きでお取引させて頂きます」
「契約期限は?」
「機体は既に組みあがり、グラナダ基地に納入済みです。
残すは制御ソフトウェアのみですが、ベースは既に完成しているためフィッティングのみと報告を受けております。なので、長く見積もっても3ケ月程度でしょうか。
開発チームが別途オプションを計画中とありますが、そちらに関しては無視して頂いて構いませんわ」
まさに至れり尽くせりだ。パッと行ってササっと乗って、後は機体諸共さよらなら~だ。
正直受けない手はないが、雇用主であるハイデマリーを抜きにして決めていい話でもない。そう思って隣を見る。
「まあ、気味が悪いくらいの好条件だと思う」
「だよな? 俺は前向きに検討してもいいと思っているんだけど……」
「良いんじゃない? けどクレア嬢、オキタを貸し出すのに条件を追加したい」
「お聞きしましょう」
「ヴェルニスの修理、予備パーツの生産、バックパックユニットの開発と生産をお願いしたい」
「私共へのメリットは?」
「これを約束してくれるなら私は賛成側に回る。あと、共和国機のデータが手に入る」
「前者は兎も角、後者はいずれ軍から情報が撒かれるでしょうが……よろしいですわ。リターナ様の機体も私共で面倒を見させていただきます。
それと、ハイデマリー様の説得に関しても問題ないと思いますわ。今頃は私共の艦艇製造部門の代表がラビットの新造計画を格安でご提案しておりますので、色好い返事が頂けると確信しております」
「なるほど。じゃあ本当に、後は俺が首を縦に振るだけだと」
抜け目のないことで。初めから外堀は埋められていたわけだ。
「話は分かった。ただし向こうの状況が分かっていないから、一度ハイデマリー達と話した後で連絡する。それでもいいか?」
「構いませんわ。良いお返事をお待ちしております」
話も終わり、お互い立ち上がった所で手を差し出された。
それを握り返すと、やわらかい感触が掌に伝わって来る。
小さい手だ。こんな子が本当に大企業の専務とは恐れ入る。
「最後にひとつだけ。何でそこまで良くしてくれるんだ?」
その問いに、クレアは一度キョトンとした後、朗らかに笑ってこう言った。
「オキタ様、私は最初に申し上げましたわ。私は貴方様にゾッコンですと」
またお会いしましょう、そう言って部屋を出ていく彼女を見送る。
「勝てねぇなぁ……」
「相手が悪い」
こればっかりは、リタの言う通りだろう。




